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18.スベア以来の決着を付ける-2 でござる


「不埒者より逃げる故、帝都を離れる為の旅費を頂きたいでござる。上演されているネコ耳演劇の、これまで、そしてこれからの上がり三割を要求する。利益からではないぞ。日々の売り上げ高から三割だ。それでも拙者の命にには代えられぬでござる」


「冗談じゃ無いよ!」

 イシェカ会長は、バンとテーブルを叩いて立ち上がった。


「売り上げの三割だって? 法外な! そんな割で支払うヤツなんかいるもんかい!」

 まあそう言うだろうな。だが遅いのだよ。


「いるよ。あんたの息子に三割払ったネコ耳がここにいるでござる。売り上げからの三割でござる。知らないとは言わせぬ!」

「あ!」

「思いだしてくれたでござるかな? この館内で、その口が言って、その口で謝られたでござるよ」

 反論は来なかった。


「もう既に拙者は支払っているでござる。いわゆる過去の話でござるかな? 今更決まった契約事を変更できるのでござるか? それも何ヶ月も前に完遂した商談のあとで」


 ウラッコに変わってあうあうと口を空いたり閉じたりの会長。


「これは前例ではないのかな? 交渉証言人殿」


 矛先を交渉証言人に向ける。

「良い前例ですね。……それもビラーベック会長のご子息ですから……」


「素人にも判るように、はっきりと言って欲しいでござるな」

「有効です! 三割の支払いは有効です! 実例が身内なのですから、確固たる前例となります!」

 断言して頂いた。


「ちょっと! それじゃ困るんだよ! 三割なんて完全赤字なんだよ!」

「会長、落ち着いて! 私が代わりに商談致します」

 オットー殿が割り込んできた。この男はまだ冷静だな。こっちと話してもいいかな。

 ミウラは駄目だと合図を送ってきた。


「あんたはすっこんでな! ネコ耳! 違う材料で解決しようじゃないか!」


 会長の一言でオットー殿は引っ込んだ。だらしない男である。それだけ会長が怖いんだろう。

 ミウラはほくそ笑んでいたが。完全に会長の性格を読んでおるな、このネコ。

 予定通りの展開なので、台本通りの芝居を続けるとしよう。


「うーん、ならば代案として、即刻上演の中止を申し出る。今からなら夜の部が間に合うでござろう?」

「チケットは先行販売されているだよ! いまさら中止が出来るもんかい! 暴動が起こるよ! あんた、それどうやって解決してくれるんだい!?」


「拙者と暴動は関係ないでござるよ。暴動が起こるなら会長が鎮めれば良い話しではござらぬか? そもそも、チケットの先行販売などと知らせて頂けたでござるかな? ならば拙者は無関係者でござろう?」


 ああいえばこう切り返す。これがミウラ戦法でござるな。


「くっ! 話を続けようじゃないか。でも毎日三割はさすがに厳しい」

「ならば金以外で決着を目指そう。これ、最初の合意でよいでござるな?」

「それでいいよ。その筋で行こう」


 怖いくらい、ミウラの筋書き通りに事が進んでいる。


「交渉証言人殿、証言して貰えるでござるな?」

「承りました。金以外の決着で合意に至りました事を公的に証言致します」

「では、改めて、金以外の要求を致すでござる」


 咳払いを一つ。


「イシェカ会長の首一つで手を打とう」

 手で首をはね飛ばす仕草を入れる。


「なっ! ちょっと! い、命なんて、そんな馬鹿な話があるもんか! デイトナ! エラン! このネコ耳を叩きだしておしまい!」

 目を血走らせ、顔を真っ赤に染め上げてお抱え用心棒へ命令を下す老人。


「それは駄目だな。なにせ、あの芝居は私も腹に据えかねている」

「わたしの命の恩人に、無礼は働けませんわ」


 ふふふ。会長殿、二人とも、既にこちら側に墜ちているのでござるよ。


「裏切るのかい!」


 不惑の年などとうに越しておるだろうに。この老人は幼い。いままでどんな人生を送ってきたのだろう?


「決め事を翻す事が多いでござるな。あと荒事はいけませんな。交渉証言人殿、商人とは武力を背景に商談する生き物でござるか? 信用するに値するのでござるか?」


「まあ、そう気を荒立てずに! そうですね、金以外としか決めていませんでしたから、理屈だけで申しますと、命だってテーブルに乗っていいはずですね。まぁ、倫理的な内容はともかく、双方同意の上、決まった事をたびたび翻すのは信用問題に発展する可能性があります」


 溜息をついておく。


「そこ元との付き合いもある。ここはグッとこらえよう。ならば引きに引いて、金と命以外の何かで……ならば……」

 ここで溜める。


 ビラーベック側は身を乗り出してきた。


「声が欲しい」

「は?」

 老婆の目がドングリみたいなっておる。


「イシェカ会長の声を頂きたい。貴殿が従業員を叱責したり、経営方針に口を出したり、金切り声を聞かせられるのはもう御免でござる。喉を切り裂けば良い。簡単であろう? 金を積んだら回復魔法の強いのをかけて貰える。死ぬまではいかぬでござろう?」


「何を言い出すんだい。何て恐ろし事を!」

「コリンナちゃんは見捨てたくせに何を今更?」


「それだって助かったからいいじゃないか! だいいち代償に体を傷つけるなんて、それこそ聞いたことが無いよ!」


 どんどんはまっていくな、この老人。ミウラの手の上で転がされておるわ。


「ウラッコの例があるではないか? つい先ほど、その方らに証人になってもらったはずでござる」

 部屋の隅で丸まってブツブツと呟いている黄色い塊を指さす。


「彼の者とは、足の指で契約が成立しておる。これは商人が大好きな前例でござる。ささ、会長殿、御覚悟召されい!」


 刀に手を置き、ずずいと迫る!


「嫌だ! 嫌だよ! 金を払う! 三割払うから!」


 だだをこねられてもなぁ。


「今更何を? 金と命以外の決着で合意に至ったはずでござるが? ビラーベック商会は何度合意案件を翻せば気が済むでござるかな?」


 ここからしゃべり方を変える。

「その方、ビラーベック商会を守ると大言を吐いておったが、嘘でござるな。いや、嘘に違いない。拙者を謀るのもいい加減にしろ!」


 ドンと足を鳴らし、勢いよく立ち上がった。


「金も払わぬ、命も惜しい、ましてや声も差し出さぬ。ならば拙者は何で償ってもらえば良いのかな? ああ、血液込みで両腕と両足でも良いが?」


「嫌だよ! 嫌だよ! 何だってんだい! なんでわたしがこんな目に遭わなきゃならないんだい! たかがお芝居だろう?」


「そこに金が絡むと、これはもう商売なのでござるよ。そこもと、押しも押されぬ大商人――」

「提案があります! 是非お聞きください!」

 某の台詞を遮ってオットーが強く出てきた。珍しい。


「会長の声を取り上げる。それは従業員を長時間叱責し続けたり、決め事をひっくり返されないようする。それが声を無くすと同義語と考えますが?」


 これはトンチの類いである。

 オットー殿、思ったより頭の回転が速い。某の目的を理解した顔だ。そしてそれはミウラが最終目的とした落としどころに近かった。


 某、しれっとして話に乗ってみせる。

「それはいかなる事でござるかな?」


「会長は只今この時この瞬間をもって引退します。変わって私が会長職に就きます。元会長には経営方針や従業人の仕事ぶりに口出しをさせません」

「うむ、確かに声を奪ったも同然でござるな。そこが落としどころか。では、そこへ一つ追加を」


 徹底的に穴を埋めておかねばならん。


「完璧を期して、イシェカ殿にはこの本店から立ち退きして頂く。どこかの田舎に引きこもって頂く。本店支店その他ビラーベックにかかわる施設、人員との接触はこれを例外なく禁止。これで手を打とう。まさか、またまた翻すのではあるまいな?」

 念を押す。


「それでかまいません」

 オットー殿が快諾してくれた。


 交渉証言人に向かって頷いた。

「では、契約書を纏めます。双方そこへサインをして本件は落着という事で、宜しいか?」


「異議はござらぬ」

「こちらも同意致します。宜しいですね、お母さん?」

「何だよ勝手に決めて! わたしのしたことは余計なことだって言うんだね!? 商会の為を思ってしてきたことだよ!」


 それが余計なことでござるよ。某はもう頭に来た。ミウラは止めるが怒鳴りつけて――。


「それが余計なことなんですよ、お母さん! 迷惑なんだ!」

 怒鳴りつけたのはオットー殿であった。


「それこそお父さんに怒鳴られるよ!

 はっきり言ってやる! 従業員全員がお母さんの引退を望んでいる。

 お母さんが原因でどれほどの優秀な人材が出ていったと思う?

 バルテオもうちの元従業員だったんだよ!

 お母さんにはお父さんのような人望は無い! 

 みんな、お母さんを怖がってるだけなんだ!

 私は一人の有力者より、より多くの人の未来を取る!

 それが経営者だ!」


 なんというか……某が怒鳴ろうと思ってたことをぜんぶ言ってしまいおった。

 ……もっとも、某が怒鳴ってたらオットー殿の立場がなかったでござろうな。


 猛々しかったイシェカ「元」会長は、力なく頷いた。頷いた頭は下がったまま。

 でも目が暗く燃えている。根っこの方で恨みが燻っておるわ!

 懲りぬお方でござる。自分のことしか考えておらぬ。

 齢を重ねれば重ねるほど、人は成長し、より冷静な判断ができる人物になると思っておったが……。

 年をとりすぎるとは、こう言うことか。


『それは妄想です。立派な人物たらんとした修業や訓練をした者のみが至る境地なのです』

 ミウラは難しい言葉を知っている。


「イシェカ殿、身から出た錆でござるよ」

 名刀も、一部が錆びると、すぐ全身に錆が回る。


「オットー殿もでござる。もう全身が錆び付いて手遅れかも知れぬ! それこそ某のあずかり知らぬ事でござるが!」

 親子の相克も知らんがな!


「……肝に銘じます。ですが、この程度でビラーベック商会はびくともしません」

 オットー殿の目に炎が宿る。

 大した自信でござるな。

 そう来なくてはいけない。



 こうして、めんどくさい一件は落ちる所に落ちたのでござる。

 エラン先生、ご協力ありがとう。



『イオタの旦那。結局、一銭も貰えなかったですね。あと、余計な叱責は台本外でございますよ』


「しっぺ返しが出来れば本望。商人にしろ幕府要人にしろ、死ぬまで老人が組織のテッペンに立っていては次が育たぬ。次の者が手痛い失敗をした時、だれが助言するのか? 誰が代わりに皺腹を切るのか? 武士たる者、常日頃より死に場所を考えておくものでござる」


『旦那と一緒にいると、あれほどつまらなかった世の中が楽しくてしかた有りません』


「ふふふ、世の中金が全てではござらぬよ」


『それもそうですね』

 









「交渉証言人殿、これが成功報酬でござる」

「こ、これが! イオタちゃん人形、両腕可動バージョン! 世界に一つしか無い逸品! よかった! イオタちゃんに肩入れしてよかった!」


 世の中、金が全てではござらぬよ!




 


J「何か忘れてないか?」

ω『ええ、大事なことを忘れています』

J「なんでござるか?」

ω『晩ご飯がまだです』 

J「そうであった! これでスッキリしたぞ!」



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