17.スベア以来の決着を付ける-1 でござる
『では、わたしの言う通りに進めてくださいね』
「心得たでござる」
さて、仕込みは第二段階へ。商業ギルドにて交渉証言人とやらを雇うでござるよ。
交渉証言人とは、商談に付き添って商談の内容を証言・証明する権威有る役職のことでござる。
交渉証言人を紹介してもらった。怪傑ネコ頭巾のふあんで、某に会いたがってる交渉証言人を優先して紹介してもらった。そのために大金を払ったでござる。
この男、メガネを掛けた短髪の中年。背が高く身も引き締まっている。誠実そうな顔付きだ。
『まさに外資系エリート管理職』
ギルド内の一室で(ミウラ暗躍による)打ち合わせでござる。
なるべく和やかに、時折額を引き付かせながら。
「あの芝居をご存じでござるか?」
「怪傑ネコ頭巾ですね? 見ましたよ! 最高の出来です。そのモデルとなった本人にこうして会えるなんて夢のようです。是非握手を」
ここは大望の為、我慢のしどころと、握手に応じた。顔が赤くなるのが自分でも判る。
「仕事の話の前に、あの芝居についてでござるが……、あの芝居には元になった事件があるのをご存じか?」
交渉証言人殿は身を乗り出してきた。
「もちろんです! 有名なお話ですよ!」
よしよし。
「では、ビズ商店とは?」
「ビラーベック商会ですな! バルテオがバズ。エドガーがエランさん、ドロティアがデイトナさんですよね。グレート・ベアリーンで知らない者はいません!」
「ひょっとして、普遍的な知識でござろうか?」
「ええ、至って普遍的です!」
「ではイオタは? ネコ耳頭巾は?」
「あなた様でございますよ、イオタ様」
「うわ、恥ずかしい! なぜか拙者だけが本名なのでござるよ! おかげで有名になってしもうた」
「なにも恥ずかしがることはありません! 名誉です! 誉れです! 胸を張ってください!」
よしよし、小っ恥ずかしいが、予定以上の成果である。
劇には出なかった用心棒時代の小話を一つ二つして、交渉証言人の機嫌を取っておいた。
「話を戻すでござる。拙者、ものを知らぬ田舎者な故、商業上の常識や規則を教えて欲しいでござる」
「なんなりと、喜んで!」
ニコニコ顔でござる。
よしよし。
「商売をするにあたり、規則で想定しなかった揉め事が起こった場合どうなるでござる? もし前例でぴったりのがあったら、それに沿って動いて良いのでござるか?」
「商売において前例は絶対です。規則を作る際の参考にしている位です」
よしよし。
「例えば、例えばでござるよ! 値段つけで前例があったら?」
「商常識として、前例に準拠します。でないと規律が保てません。値崩れの原因になります。商業ギルドがもっとも恐れるのはそこです」
思った以上の言質が取れたでござる。
そのあと、幾つかの打ち合わせをし、信頼関係を結んだ後、本番に臨んだ。
本気になったミウラ先生の怖さを思い知れ!
日は変わり、ビラーベック商会の応接間にて。
ビラーベック商店側はイシェカ会長と、オットー店長。こちらは某と先ほどの交渉証言人。
知り合い兼、ビラーベックの護衛として武装したデイトナが壁際で控えていた。
……どう見てもオットー殿の囲われ者にしか見えない。部分革鎧と剣で武装しているのに。、
「今日はまた何の御用ですかな?」
にこやかなイシェカ会長。興業を開始して一月あまり。大盛況で実入りが良いのであろう。上機嫌でござる。
芝居の筋書きに、我田引水的な手を加えた事により、ビラーベック商会の人気もうなぎ登りである。
「あの芝居、原作者兼、脚本家兼、作曲家のウラッコが舞台挨拶で言っておったが、ビラーベック商会会長イシェカ殿が興行主というのは本当でござるか?」
某、勤めてにこやかに話を進めている。
「ああ、その通りだよ。イオタさんのおかげで大盛況さ! 大儲けさね!」
「それは良かった。それを踏まえて……入ってこい!」
黄色い色が入ってきた。
エランに引っ張られて、ボロクズみたいなのが入ってきた。
あちこちに血を滲ませ、青タン赤タンを各所に作りボロボロになったウラッコである。
うつろな表情、丸まった背中。心は完全に折れている。某が、それはもう丹念に折っておいたからの。
「こ、これは?」
イシェカ会長とオットー店長が驚いている。
「お二方と交渉証言人殿には、今回の商談における証人となって頂きたいでござる」
「別にかまいませんが、ねえお母さん、じゃなくて会長?」
「うん、いいともさ。で、なんだいこのざまは?」
まあまあと手で押さえておく。
「さて、ウラッコ。黙って拙者の大事な秘密を漏らしたのは誰でござるかな?」
「僕ですッピ。もう許してくださいッピ」
ウラッコの願いを無視して話を続ける。
「おかげで野盗連合五十人に狙われたのでござるが? 商業ギルド正会員のナントカ殿を巻き込んで。彼の者も死ぬ所だった。しかも騎士団にまで迷惑をかけた。こうなることは簡単に予想が付くでござるよな? それともお主、野盗五十人に囲まれてみるでござるか?」
「そんなことになるとは思わなかったッピ。許してくださいッピ」
今のところ許すつもりは無い。
「ちなみにエラン殿。貴殿なら、五十人の野盗と遭遇して生き延びること位は簡単でござるよな?」
「フッ、冗談はよせ」
一言の元に否定された。
「野盗共の中に騎馬がいたんだろう? さすがに生きて帰る自信は無いな。ネコ耳が生きて帰れたのは神の加護があったとしか思えぬ。まさに奇跡だ、奇跡!」
「ウラッコ、拙者が生きているのは奇跡だとよ。このケリどう付けてくれる?」
ここから口調を変える。こやつ相手に丁寧な言葉遣いは要らない。
「うう、そこまでとは考えてませんでしたッピ。許してくださいッピ。もう一度お考え直してくださいッピ」
「うーん考えてみよう……やっぱ駄目だね」
「そんなぁ!」
「そんなぁって、おや? 悪いのは誰だっけ?」
「僕ですッピ。許してくださいッピ。僕が悪かったですッピ。僕は本当の馬鹿ですッピ。許してくださいッピ」
「許さないね」
「どうすれば許してくれますかッピ?」
「拙者の祖国では、責任を取るにあたり、自ら腹を切って、役人に首を切り落としてもらう風習がある。殿様の名が書かれた紙の端っこを踏んだだけで腹を切った侍もおるぞ」
顔が真っ青だぞ、ウラッコ。この先を想像しているのか?
その想像通りだよ!
「よって許してやる代わりに、首を落とすか、腕を切り落とすか。両足の親指でもいいぞ。どれを選ぶ?」
ウラッコは口を開けたり閉じたりと忙しそうだ。やがて、言葉を口にした。
「あ、足でお願い致しますッピ」
「それで良いのか? 最終回答だな?」
「首は嫌です。まだ死にたく有りません。腕が無いと楽器が弾けませんッピ」
「歩けなくなるぞ?」
「乗り物に乗ったり、人を雇ったり出来ますッピ」
「よし、では足の指にしよう。それで許してやる。話が終わったら斬り落とすから、今のうちにお別れの挨拶をしておけ」
「有り難うございますッピ」
幸せそうな顔をして土下座するウラッコ。
「ご免なさい僕の足の指。さようならだッピ。今まで支えてくれて有り難うッピ。君とはいろんな国を旅したね……ぼそぼそ」
暗い表情で語り出すウラッコは放っといていい。こやつの用は済んだ。
「さて、イシェカ会長。拙者は命の危険に常にさらされることとなったでござる。当事者の一人ウラッコは、こうして責任を取ったでござる」
イシェカ会長の顔もこわばっている。
「これを前例として、責任者全員が責任を取って頂きたいと所望する次第」
「何が言いたいんだね、ネコ耳!」
ネコ耳と来たか。
「上演されている売り上げから三割を頂きたいのでござる」