16.大変な事態 でござる
悪いこともあればいいこともある。ナントカ殿に『ナントルカさんです』に新しい靴を買ってもらったでござるよ!
やったー、でござるよ! うっひょー、でござるよー!
さて、大立ち回りの始末は、騎士団がかたづけてくれた。
同心をやっていたから後始末に慣れておる。仕事でござったからな。ゆえに片付けを手伝おうと申し出たが、笑顔で断られた。
この騎士隊長殿がいい男でござった。竹を割ったような性格にして豪放磊落。
いつか酒を飲みに行こうと約束する仲になった。
盗賊団は五十人あまりであったらしい。うち、何人かはお尋ね者の賞金首とのこと。
旅の資金が増えた。
嬉しいやら、資金のあらかたが悪者の命の代価なのでどうでしょう? という複雑やら、なんともかんともな心境でござる。
ナントルカ殿が泣いて礼を言っておった。某は戸惑っておる。
これが依頼された仕事だし、ミウラの助けがある故、盗賊の五十人位、何とでもなる。第一、エランが五十人抜きをやったのだ。あ奴に出来て某にできぬはずはないっ!
それに何度も言うが、悪人退治は同心時代の仕事の延長でござる。さして感動はないでござるよ。
宿も「水と風の宿」で部屋が取れた。いつものように上機嫌な女将に迎えられた。
不思議なことでござるが、またもや前の部屋しか空いてないとのこと。料金は前と同じ一番安い部屋でいいと言ってくれた。相変わらず運の数値が低いままだが、この件は運が上向く兆しでござろう!
『コンマ5位は上がっているかもしれませんね。……だといいですね』
なにやら含みのある言い方はやめて頂きたい。某も気にしない方向で努力しているのでござるよ!
部屋に湯を張った盥を持ってきてもらい、簡単に旅の埃を落とす。さっぱりした。
二階まで重たい盥を持ってきてもらったのだが、宿の使用人の愛想はいい。使用人が何人もいるのだが、我先にと走り回る気の利いた者ばかり。
この宿は流行る!
さて、日が暮れる前に冒険者ギルドへ寄ろう。依頼の後金を頂く為でござる。
道すがら、アンニャちゃん愛用のネコ耳カチューシャを付けた子供、……だけでなく、いい年こいた大人までも付けておる。ビラーベックめ! 小銭を稼いでおるな!
イヤミの一つでも言ってやろう。
『売り上げの一部を頂きましょう。旦那はその権利があります』
「けんり? けんりとは?」
初めて聞く言葉でござる。
『権利って言葉がボキャブラリーに無いのか……。江戸時代に無かった単語なんですかね? えーと、利権ですかね。ネコ耳カチューシャの大元は旦那です。真似されたんですから、売り上げの中からいくらか貰うのが筋ってモノです』
「真似のどこが悪いのかな? 浮世絵なんか真似っこばかりだが?」
『うーん、時代とモラルのギャップが……そうだ、前にビラーベックの家紋を使われた事件があったでしょう? あれと同じ事が旦那とビラーベック商会の間で行われているんですよ』
なるほど。理解した。小遣い程度は貰えるのかな?
『未来じゃ最強のネズミ……いえ、話しが長くなるので辞めましょう。その際はわたしが台本を書きます! ふんす!』
謀はミウラに丸投げせよ。
イセカイに放り込まれて今日。短い間で身につけた教訓でござる。
いつものように冒険者ギルドの戸をくぐる。
いつものように、中でたむろしているむさ苦しい冒険者共の視線が集まる。賑やかだったのに、皆、口をつぐんだ。外界へ出たネコ耳族は、このような扱いに耐えていたのでござるな。
はて、……いつもは殺気めいていたり、気色悪い目で顔と胸と尻を嘗め回すように見られるのだが、今日は毛色が違う。
なんだろう? なんだか気味が悪い。
受付嬢にナントカ殿のサインが入った終了書を提出する。
「はい、確かに受理致しました。これが前払いを引いた依頼料です。お疲れ様でした」
懐に金を納めたのち、依頼ボードの前に行く。
幾人かがボードに張り付いていたが、某が近づくとそそくさと後ろへ下がった。
うむ、久しぶりの差別でござる。慣れてるからいいや。
『ろくな依頼有りませんね』
うん。
「ないなー」
後ろから「スゲー」とか「さすが」とか聞こえてくるが、今の独り言っぽいミウラとの会話の何に感銘を受けてくれたのだろう? 謎が残る。
日が沈んでいく。
暗くなってはいない。中途半端な時間帯。黄昏時とか逢魔が時とか呼ばれる時間。……ネコ同様に夜目の利く某には、如何ほどの影響も無い。自慢でござる!
酒だとかつまみだとか甘いのだとか買い込みながら、町をブラブラする。
『おや? まだ人だかりが続いているようですね』
例の芝居小屋が盛況である。
某は店を覗き込んでいて気づかなかった。ミウラが先に気づいたのだ。
前よりも多くの幟が立っている。
いつぞや前を通った立派な劇場のことである。あれから半月は過ぎているのに、まだ行列ができるとは。
「全役者勢揃い忠臣蔵か? はたまた人気役者が出張っているのか?」
『ちなみに出し物は何でしょうかね?』
幟に掻いてある。えーと、――、えーっと、――。
『怪傑ネコ頭巾となってますね』
えーっと……。
「おい! そこにいるのはネコ耳じゃないか!」
どこかで聞いた声に振り返ると……
『先生!』
ミウラの耳がピンコ立ちした。
小洒落た服を着たエランと、綺麗なドレスを着込んだデイトナ。
「やっと戻ってきたか!」
『なんだか、先生が爽やかな顔になってますよ。先生じゃないみたいですよ! 光墜ちしたのでしょうか? ねえ! わたしの先生を返してよ!』
時々意味不明な台詞が入るのな。ミウラがケモノな所以か?
『旦那、気をつけて。なんだか回りの反応がおかしい』
懐から顔を出すミウラの頭を撫でてやる。
気づいておるよの合図でござる。
劇場で列を成す者。雑踏を構成する者。全てが全て、某らを見ている。
「あの時言いそびれてしまったが、ネコ耳には返しても返せぬ恩を受けた。私で出来ることがあるなら何でも言ってくれ。この命すら惜しくない」
どよどよ!
何でござるか? 人々の間に波が発生したでござる。
「わたしも、イオタちゃんのためなら何でもするわ。お礼がしたい」
「ならば、一緒に風呂に入って背中を流して欲しいでござるッ!」
『願望より先んじて欲望が出た!』
どよどよどよ!
人垣から邪な気配の強波動が出たでござる。
「ちょうどよかった。これも何かの縁でございます。お芝居をご一緒致しましょう」
「オットー殿!」
「これくらいの金は出すよ。安心おし」
「イシェカ会長!」
そして、会いたくなかったオットー殿とイシェカ会長が、おめかしして並んでいた。
これは一体どういう事でござるか!?
『答えは簡単です。旦那が何かやらかした結果でございます』
確かにそうでござろうがっ!
『怪傑ネコ頭巾。なるほど。イオタちゃん人形人気しかり、冒険者ギルドの空気、宿屋の好待遇、ならびに、ナントルカ氏の絶大な信用、そして盗賊が旦那を討ち取って名を成そうとした下り。すべてここなる出し物と関係があると見た。なに、簡単な推理だよ、ワトソン君』
ワトソン君が何者かは知らぬが、第三者であることは確実であろう!
「エラン、業務命令だよ。イオタさんをエスコートしな」
イシェカ会長が、悪意に満ちた目をして笑っている。
「さあ、いこう、一緒に入ろう」
エランは狐みたいな目だ。
「イオタちゃんと一緒に観劇できるなんて夢みたい」
兄妹にがっしと両脇を掴まれた。足が地面から離れたでござる。
「そ、某、芝居を見るのは初めてで……」
「なに、私も劇なんか見たことない。しかもオペラって旨いのか? ってレベルだ。安心しろ」
ねえ、オペラってなに? 新しいお酒?
『歌劇でございます。またまた旦那は最初からハードルの高い芸術を選んでしまって。楽しみですね』
こうして、某の意思を無視した悪党共の手により、オペラハウスなる伝馬町のような場所へとしょっ引かれていったのでござる。
席は二階であった。三階かも知れぬ。とにかく高い。
舞台を斜めから見下げる席。場内も一望できる高み。
窓が無い作りだから、薄暗い。
舞台は幕が下ろされていた。
幕の前に立つ、一人の人物。魔法の照明で照らされていた。
「今宵お集まりの淑女紳士の皆様! この劇の原作者兼、脚本家兼、作曲家のウラッコですッピ」
わき起こる万雷の拍手。そしてウラッコ、殺す!
「ぶるっ!」
勘のいい奴。某から放射される殺意に一瞬身を震わせおった。
「今日は、この劇の興行主で有り出資者であらせられるビラーベック商会の会長と、本店店長様にお来し願いましたッピ。皆さん、どうか暖かい拍手を!」
会場から拍手。立ち上がって手を振る二人。
「さらに、剣士と女剣士のお二人ッピ」
軽く手を振るデイトナと、軽く無視するエラン。三度目の拍手。
「最後に――」
なにタメてんだウラッコ! ぶっ殺すぞオラ!
「ネコ耳族の剣士、イオタさんですッピ!」
会場を揺るがす大拍手!
ウラッコぇー!
飛び出そうとするも、そこにいる全員に取り押さえらた。
何ニヤニヤ笑ってる!
『これから旦那の大活躍が始まるんですね! ワクワクどきどき感がたまりません!』
南無八幡大菩薩! 我を七難八苦から救い給え!
……鹿之助殿は馬鹿ではなかろうか?