15.やはり運が悪かった でござる
歩きで行商していたナントルカ殿。
どうやら金が貯まったので馬ごと荷馬車を買ったらしい
さて商品を仕入れ、出発も翌日に迫った。その時重大な情報が入ってきた。
町の近くで盗賊がチラホラと姿を現したとの噂話だ。
帝都を守る騎士団は、既に事態収拾へ向け動き出している。だが、なかなか尻尾が掴めない。
ナントルカ殿は契約が有り、どうしても明日出発しなければならない。
商人同士で集団を組めば、少数の盗賊など怖くないのだが、あいにく明日出発の商隊はいない。
一人で盗賊と遭遇する確率の高い街道を行かねばならない。急遽護衛を雇おうと思い立つのは道理。
ところが、日が暮れかかったこの時間に、明日早朝に出発する予定に合わせた護衛は雇えない。虫が良すぎる。
そこで、先ほどの揉め事であったという。
「なるほど、ちょうど良い。拙者が名乗り出よう」
「助かります! イオタ様に出て頂ければ千人力です!」
はっはっはっ! それは大げさな!
そして翌朝。
某とミウラは荷馬車の上にいた。抑止効果を狙って、バルディッシュをこれ見よがしに抱えている。
「本当に申し訳ありません。まさかイオタ様ほどの冒険者に仕事を受けて頂けるとは!」
ナントルカ殿は恐縮しまくりであった。
B級冒険者がそれほどまでの評価を受けていいのだろうか?
『商人独特のおべんちゃらでは? 何せ金額が金額ですからねぇ』
「たぶんそれな!」
依頼料が安っすい。必要経費を差し引くと赤字ではない程度であった。
目的地がダヌビス川近郊の町なければ、返答を躊躇していたはずだ。
片道三日。目的地にまる一日滞在の旅である。
道中の焚き付けに、南の町で仕入れた木製品を有効的に使ってこんちくしょう!
そして帰り。
間もなくグレート・ベアリーン。これから先、大きな森を割って作った道を抜ければ、高い建物の先端が見えてくる。ここまでずっと荷馬車に乗っているから楽ちんでござる。
『順調でしたね』
「拙者を雇った金が無駄でござったな」
「無駄無駄、大いに結構! イオタ様が睨みを利かせてくださったから盗賊団が襲ってこなかったのです」
ナントルカは前向きで明るい男だ。こういった商人ばかりなら、世の中はもっと平和になっていただろう。
森に入りしばらく。
道の曲がりくねった場所を幾つか越えた。一本道だし、大型の幌馬車が速度を落とすこと無くすれ違える道幅である。
イセカイには、かように整備された道がある故、商業活動が盛んとなる。その結果、ビラーベックのような大店が生まれ、ナントルカのように成功しつつある夢を持った商人が生まれるのだ。
森の中は日陰が多い。オマケに今日は風が背後から吹いている。馬は追い風となるので、幾分か楽が出来るだろう。
のんびりと考え事に耽りつつ、大きな曲がり角を曲がると――。
「むっ!」
『旦那』
風上だったので気づくのが遅れた!
「ナントルカ殿! 馬を止めよ! 血の臭いがする!」
「ええーっ!」
ナントルカが手綱を捌くも、焦ったからか馬がなかなかいう事聞いてくれぬ。馬車の扱いに慣れておらぬ事もある。
結果最悪の事態に陥った!
目の前に、商隊を組んだ馬車が幾つも止まっていた。
荷が荒らされている。
護衛らしき男達と、商人らしき男達が幾名も一様に血を流しながら倒れ伏していた。
この状況からして襲撃されて間もない。近くに盗賊がいるはずだ。
森の中で幾人もの気配を感じる。何十人もの気配が動いている。
これぞ最悪の状況。幸いなのは襲撃が終わり、気が緩んでいたのだろう。盗賊がこちらにまだ気づいていないこと!
「このまま進め! 盗賊共は森に引っ込んでいるようだ!」
「はいぃっ!」
変な声をあげ、一旦止まりかけた馬をもう一度歩かせる。
「おい! まだ獲物が残っているぞ!」
「逃げるな!」
見つかったか!? 横手の森から、盗賊が姿を現した。
多い!
後ろからも!
最悪なことに、後ろの盗賊は馬に乗っていた。三騎だ。
馬車を今から走らせてももう遅い。すぐに追いつかれる!
「走れ!」
馬のケツをバルディッシュの石突きで殴り、荷馬車屋から飛び降りた。
「イオタ様!」
「ここは拙者に任せて町へ急げ! 救援を呼んでこい!」
ナントルカは、必死で馬をせかし、この場を逃れた。それで良い!
「でぇい!」
盗賊が駆る馬の足にめがけ、バルディッシュを振るう。結果は予想通り。
馬という機動力を奪ってやった。
すまん、馬よ!
ここは通さんと、バルディッシュを振り上げ威嚇する。
すると出てくる出てくる。一体何人いるんだ? この盗賊団!
「今、イオタとか言ったな?」
「確かにネコ耳族だ。長槍も持っている」
「野郎共! 名を上げるチャンスだぞ!」
「合同盗賊団50人でかかれば、容易いぞ!」
盗賊共の間で、何やら不穏な会話が成されている。
意味を知るつもりはないが、隙を見逃すつもりも無い。
「行くぞミウラ!」
『ガッテンで!』
バルディッシュを振り回し、盗賊団の中へ突っ込もうとした時であった。
靴の紐が切れた。
⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰
私は行商人ナントルカ。
運のいいことに、城門近くに騎士様集団がおられました。
イオタ様の危機を伝えると、すぐに騎士団が走り出してくれました。
隊長に、是非とも道案内をさせてくれと頼んだら、怖い笑顔を浮かべて後ろに乗れと言ってくれました。気に入られた模様。
長いようで短いようで焦ってお腹が痛くなった来た頃、襲撃された場所に到着しました。
なんという事でしょう、イオタ様の姿は見えません! 代わりに、さっきより多くの盗賊が倒れていました。
「おのれ! 裏をかきおって! 手分けして探すぞ! 1班は左の森! 2班はこの道の向こう! 3班は右の森! 4班は俺と共に待機! 進め!」
隊長様が指示を下している最中、私は走り出しました。このままじっとなんかしていられません。勘に従って左の森に沿って走りました。どうか無事でいてください!
「あ、あれは!」
見覚えのあるバルディッシュが木の幹に食い込んでいました。
もしかして! もしかして、イオタ様は! いえ、イオタ様はお強い。それにまだ武器はお持ちだ。腰に刀を差しておられた!
落ち着かねばなりません。修羅場でこそ笑顔を見せるのが商人なのです!
でも、笑顔がこわばってしまいました。
足下に転がっていたのは……これは……、イオタ様の靴。
私は靴を拾い上げ大声を出しました。
「隊長ー! イオタ様はこちらです!」
「でかしたぞ商人! 伝令! 至急2班と3班を呼び戻せ! 4班抜刀! 俺に続け! 生かして帰すな!」
私も騎士様の後について左の森に分け入りました。下草も藪も少なく、足を取られることもありません。ちょっとばかし荒れた空き地にいるようです。
そこにも激しい戦いのあとが見られます。そこかしこに盗賊達が倒れていました。
まるで、倒れた盗賊達で道が出来ているようです。
イオタ様を襲った盗賊団は、一体何人いたのでしょう?
「この調子だと50人くらい斬ってしまうだろうな」
相変わらず怖い顔の隊長です。でも声が楽しそう。楽しんでいるのか、怒っているのか、難しい人でございます。
「こっちだ!」
遠くで騎士様の声が聞こえました。あちらにイオタ様がおられるのでしょう。
どうか無事に生きていてください!
そう神に念じながら、胸が痛くなるほど走りました。靴を両手で胸におしい抱いて。
その先へは先に騎士様達が向かっておられました。
ずらりと並んでおられた。何かを囲っているように立っておられる。
いても立ってもたまらず、危険を忘れ囲いを分け入ると……・
「ああっ!」
大柄な盗賊が、大木に背を預けて立っておりました。雰囲気や装備からして盗賊団の親玉でしょう!
親玉の視線の先には、仰向けに倒れているイオタ様が! それも裸足で!
声が出ません! イオタ様は私を助ける為にその身を犠牲にして!
「ふー、ふー、俺は死なん! こんな所で死なんぞ!」
そんなことを言った親玉の口から、赤黒い血がドプリと吹き出しました。
「ぐおーぉ!」
剣を振り上げる親玉。
それを無造作に隊長様が切り捨てました。
人が切られる所も、騎士様が剣を振るう所も初めて見ました。商談のうえで使えそうな経験です。いやいやいや! 私は何て不埒なことを考えてしまったのでしょうか!
「イオタ様は?」
「安心しろ、イオタ殿は無事だ」
でも仰向けに倒れて……尻尾がパタパタと振られています。
「すまぬな、イオタ殿。一番美味しい所を頂いてしまったようだ」
「いや、馳走かたじけない。感謝する」
「え? これはどういう?」
なんだかよく分からない。
「商人には判らぬか? イオタ殿は敵に致命傷を負わせていたのだ。動くことも敵わぬほどの深い傷だ。追撃する必要の無いほどの。だから、腰を下ろして休憩しておられたのだ」
え? あ、なるほど! 戦いが終わっていたから休憩していただけでしたか! ああびっくりした。
「フフフ、それにしても、お話通りの猛者。それでいて武人の機微を知っておられる。愉快だ!」
隊長さんは笑っているようにお見受け致しましたが、どうしてこんなに怖い顔になるのでしょうか?
イオタさんもです。
何て凄みのある笑顔なんでしょう!