13.自立 でござる
いよいよ夏も盛り。日差しが強い。
編み笠を持ってなかったら、干涸らびていたことだろう。
某は商隊の護衛に紛れ、南の町へ向かっていた。
もうそろそろ、目的の町が見えて来る時刻でござる。
あの後。
血止めだけしたバルテオを後ろ手に縛り上げ、ビラーベック本店へ引き上げた。
コリンナちゃんのお母さんは、泣いて喜んでくれた。床に頭をこすりつけて礼を言っていたっけ。
それだけで危ない橋を渡った甲斐があったというもの。
驚いたことに、ビラーベック商会は、赤の他人であるコリンナの身代金を集めていた。
あの吝嗇で悪名高いイシェカ会長が、渋々であるが用意を始めていたのだ。
これには訳があった。
孫のアンニャちゃんが「お婆ちゃんなんか嫌い!」と絶交宣言をしたらしい。
これには参ったらしく、渋々ながら身代金支払いの許可を出したという事だ。
渋・々・で・ご・ざ・る!
『旦那、会長にとっては他人なんですから、渋々でも金を出したって事を良しとしなければ』
それはそうなのだが! だったら早く出しとけよ!
その後どうなったかは預かり知らぬ。
用心棒の殺戮に屋敷の破壊。
肩で風を切る勢いのビラーベック商会である。お上との繋がりも太いであろう。加えて、主犯であるバルテオの身柄も押さえている。
ならば、どうとでも出来よう。
給金は後日取りに来ると一方的に宣言し、そのまま夜の町へ出た。
ンなけったくそ悪い場所にはいられない。このままタネラへ旅立ってもいいが、ビラーベックで働いた給金を受け取らぬ訳にはいかぬ。
主に懐具合の都合で。副として、ケチ臭い会長から少しでも金をふんだくってやろうとの思案もある。
複雑な事情が絡み合って、某の心が整理できぬ。よって、日を置いて受け取ろうと考えた訳だ。
話を戻して、
南。これから向かう先。船を使うダニビス川の情報を仕入れるために選んだ先。どうせ、一度は帝都グレート・ベアリーンに帰らねばならぬのだ。
帰りもどこぞの商隊護衛に潜り込もうと思っている。
『もちろん、冒険者ギルドの仲介でですよ』
だれに説明しておるのかな、ミウラ?
帝都の騒ぎのほとぼりが冷めるまで、南の町で小遣い稼ぎをした。
水飴を売ったり、これは! と思う商品を仕入れたり。
空いた時間はすっかり忘れていた「器用さ」の実験として、木彫りの人形を彫ったりして過ごした。
南の町で十日ほど過ごした後、冒険者ギルドを介し、帝都へ向かう商人の護衛職を手に入れた。
帝都への帰りは大勢の商隊じゃなくて、ケチ臭い個人商店の護衛でござる。
馬車と荷車だけの商人。思い出すのも憚られるミッケラーが貧乏になったら、こうなったであろうという商人でござる。
個人商店なら護衛なんか雇うなよ。と思う所であるが、最近帝都の周囲で盗賊が活発に動き出したという。
小規模商人でも危ないらしい。小規模商人だから、ショボイ依頼料しか出さない。
誰も依頼を取ろうとしなかった。某は違う。
帝都へ戻る理由がある。帰りの旅費さえ出ればそれで良い。
そう踏んで依頼を受けたのであるが、受付嬢からは何度も念押しされた。
何でだろうな? と気になったのであるが、まあいいかと問題を先送りしてしまった。
それがいけなかった。
もう二度と問題を先送りしない。もう二度と「ま、いいか」とは言わないと固く心に誓った!
人間、失敗してこその成長でござる!
この商人、人使いが荒い。まるきり不親切。涙が出そうになった。
『未来の世界では、これを「塩対応」と名付けておりました』
言い得て妙である。たしかにしょっぱい対応だ。
さんざんな目に遭わされながら、お昼過ぎに帝都グレート・ベアリーンへ到着。
帝都入り口の関で長蛇の列。なぜか今日に限って大混雑。とことんツイていない!
などと愚痴をしょっぱい商人から聞かされて、いい加減こいつを斬ってやろうかと思い始めた頃。
関の守衛から手招きをされた。
どうやら、順番を飛ばして先に手続きをしてくれるらしい。
『塩対応の反対語は「神対応」です』
言い得て妙である! 確かに神の如き対応だ。
やたらにこやかな守衛殿。某に何かと話しかけてくる。こちらも気分が良いので、笑顔で対応するのもやぶさかではない。
しかし、護衛対象の商人には普通の対応であった。むしろ塩対応。
なぜ? 違和感が残る。
ま、いいか。
冒険者ギルドで依頼完了の手続きをすます。ここの受付嬢は笑顔を絶やさない。ぜひ、カーリンに見習って欲しい。
さて、ついでにおすすめの安宿を聞いておく。
最低条件として、風呂が設営されている、または近くに風呂屋のある宿が希望だ。
「だったら『水と風の宿屋』をお勧めします。お名前をだして、冒険者ギルドの紹介と言って頂ければ、便宜を図ってくれるはずです」
ますますカーリンとはえらい違いでござる。時々比較対象としてカーリンの名を出すが、彼女に恨みはござらぬ。
『旦那、「冒険者ギルドの紹介」、って文言は頂けますが、その前になんで旦那の「お名前」が付いてきたんでしょうね?』
「うーむ?」
腕を組み思案すること暫し。
……ま、いいか。
よく分からん。宿に行けば判るだろうという判断を下した。
そして「水と風の宿屋へ」。
言われた通り、名とギルドの紹介を告げると、これが下にも置かぬ扱い。
二階の部屋は南向き。五人がゆっくり出来る広さ。臭くないベッドに、黒光りする机と椅子。部屋の中央にはこぢんまりしたテーブルが置かれ、そこにソファーが一対。
高そうな部屋でござる!
「か、かような部屋では支払いが出来ぬ! 女将、もっと安い部屋へ通してくだされ!」
「いえいえ! イオタ様に泊まって頂けるなら、もとい……、部屋がここしか空いていませんのでお通ししたまで。申し訳なく思っております。そう言うことですから、部屋代は一番下のクラスで大丈夫ですよ。連泊して頂けるなら、サービスとして夕食にお酒も付けます」
「連泊致すでござる」
やっと運が向いてきたでござるか?
『ツキが回ってきたって事でしょうかね? 旦那の運は最低の1レベルじゃなかったっけ』
それもそうだ。
「でも、現実がこれだからいいんじゃないかな?」
『うーん。……ま、いいか』
先ほどの冒険者ギルドで、(ついでと言ってはなんだが)、依頼ボードを見ておいた。帝都に滞在するにあたり、金を稼がねばならぬからな。
結果をいうと、ろくな依頼が無かった。
よってここは商業ギルド頼み。
『というからには、商売の当てはあるんでしょうね? 頭にリンゴを載っける仕事は魔法自在の実力行使でお断り致しますよ!』
「そのような危ない真似はせぬ。最後の手段として取っておかねばな」
『取っておくんだ』
「商売に当てがある。南の町で、ミウラが昼寝をカマしている間に珍品を仕入れてきた。帝都には無い商品故、確実に売れるでござろう」
『わたしの知らないうちにって……嫌な予感しかしませんが?』
「某を信じろ!」
『昔、トラスト・ミーとかカマして、全国民をカマした政治家がいましたね。何で今思い出したんだろう?』