12.始末記 でござる
「ふははは! 可愛い妹を助けたかったら、動くんじゃねぇぞ! キサマら!」
デイトナを締め上げ、首に刀を当てるバルティオ。
目が血走り、笑いの形にひくついた口から涎が出ている。狂気に走った人間は面倒だ。
「まて! 妹を放せ! やっと、10年越しに! やっと会えたんだ!」
「落ち着け、エラン殿。落ち着くでござる」
「頼む、妹を放してくれ! 何でも言う事をきく!」
こっちはこっちで、いつもの冷静さや冷酷感をどこかへ置き忘れてきた憐れな中年エラン。
「この子を頼む」
「ピ?」
足手まとい、もとい、役立たず、もとい、無意味に頑丈なウラッコへ、コリンナを託す。
頼りのミウラは立ち木に頭を突っ込んで気絶中。
エランは、いつもの冷酷なまでの冷静さを失っている。
「もう駄目だ! 破滅だ! 犯罪がばれたし、店も無くなった。商品も金も証文も!」
さっきまで笑っていたバルティオがもう泣いた。
「よくもよくも! わたしから全てを奪い去ってくれたな!」
「バルティオ殿、落ち着くでござる。こんなことやってもなにも解決しないでござる」
勤めて優しい声色で語りかける。
「お前らからも全てを奪ってやる!」
デイトナの首に刀を這わせる。つつーと、血が流れ出す。
「に、兄様……」
「デイトナーっ」
右腕を決められたデイトナ殿。左腕がだらんとなっている。
肩が抜けたか? 動かせないでいるらしい。
「よーしよし、何でもすると言ったな! よーし……じゃあ……」
さっきまで泣いていたバルテオが笑った。人間の一番醜い笑い方で。
「そこのネコ耳と戦え! 二人で斬り合いをしろ! 残った者にこの女をくれてやる!」
「ネコ耳ッ!」
エランは剣を上段に構えた。
無手の相手に上段とは、これまた厳しいことをしてくれる。
対して某は、極端な左斜めに構え、左手を軽く前に出す。
徒手空拳の構え。最悪、左手は犠牲でござるな。
「エラン殿。落ち着くでござる。例え拙者を斬っても、デイトナ殿は開放されぬでござる!」
「やかましい! お前と戦わなきゃデイトナが死ぬんだ! こうするしかないだろう!?」
左側面だけをエランに向けて、そろりそろりと足を運ぶ。
戦う気を出したエラン。いつもの歩行法で移動する。バルテオの目には、二人が円を描いて動くように映るであろう。斬り合いを見ているだけのヤツはいいな!
某とエラン。間合い、気迫共に拮抗した。高度な戦闘状態に入ったってことだ。
こやつ、某の無手、ならびに手の内を知らぬが故の初見殺しを警戒しておる。いざ戦いになると、いつもの冷静さを取り戻すのがエランだ。皮肉なものよ。
もっとも、その性格が幸いしておるが。
さて、この緊迫した場面で、一番気をつけなければならない人物は、エランであろうか?
違う。
バルテオだ。
気の高ぶった男は、ちょっとした衝撃があれば人質を殺す。
ならば、少しでも気をそらす、つまり興味を引く方向へ誘導するのが定石だ。
ゆるりと、ぐるりと回り続ける二人。
張り詰めた空気はバルテオも感じているだろう。だが、いつ殺意を人質へ向けるか解らない。
なんとしても先ずはバルテオの興味を引き、殺意をそらさねばならぬ。
既に、エランは某しか見ていない。こっちはこれで良い。
一度に二人を相手に闘うのは骨が折れる。
ゆるりと回る二人。
某の背後にバルテオが位置する並びになった。背中で感じるバルテオが発する歓喜。
バルテオの殺意が逸れた。興味が勝った証拠。
これで一対一に持ち込めた。
あとはエラン。こいつが厄介だ。
拮抗した緊張状態。
……仕掛けるか。
爪先で砂利を蹴飛ばし間合いを詰める。
予測していたようにエランが動く。上段からの必殺の振り下ろし。
それを誘ったのは某である。
「加速!」
とたん世界はゆっくりになる。
ゆっくりな世界でもさすがはエラン。侮れない剣速。
某は、その剣に合わせて左腕を大きく払った。
剣の筋が外れる。懐に踏み込みながら、右手をがら空きになったエランの胴に這わす。
逆手に持った脇差しを添えて。
あの時拾った脇差しを着物の陰に隠し、体の後ろに沿わせていたのだ。
バルテオが興味を持ったのは、某が隠し持つ刀を後ろから「見せた」からだ。奥義と呼ぶほどのものではないが、某の趣向に気づく事は容易かろう。
某とエランの体が交錯する。
世界が速さを取り戻す。
ザックリとエランの胴を薙いだ手応えと共に。互いに横目で見つめ合う二人。
……見つめ合うと言っても、バルテオからは悪党顔のエランしか見えぬだろうからご愁傷様でござる。
「秘技、即死剣!」
こういう場合、適当な必殺技の名を叫べ、と、ミウラが言ってた。
驚きの表情を浮かべたのも一瞬。エランの体は崩れ落ちた。
「いやーっ! お兄様ーっ!」
デイトナには可哀想だが、何かを得る為には代償を払わなければならぬのだ!
「さあ、デイトナを渡すでござる!」
「ふふふ、面白い見世物だった。まだ動くなよ!」
より一層、首筋に刀を食い込ませるバルテオ。
「ワシはまだ倒れぬ! 死んでたまるか!」
じりじりとデイトナを引っ張って、移動を始めた。
分かっている話だ。エランと某、どちらが倒れてもバルテオのすることは変わらない。
先ずは、この場を逃げ、身の安全を図る事。
某もその動きを防いだり逆らったりはしない。是非ともデイトナを助けたいからな。
そして、非道のバルテオに天誅を加える為にもな!
「刀を捨てろネコ!」
「断る。拙者はデイトナの兄……じゃなくて、姉ではない」
喋りながらも二者は移動している。
「貴殿がデイトナを放さぬ限り、拙者の身を守る武器は捨てられぬ。デイトナを殺せば、即貴殿を斬ってくれる」
「お兄様! 目を開けてください! お兄様ぁーっ!」
バルテオは半狂乱となったデイトナを引きずり、倒れたエランを踏みつけ、門の方へと急ぐ。
「ふふふ、いい度胸だネコ! 殺せるモンなら殺してみろ!」
「なら斬ってやろう!」
「え?」
バルテオの腕が血を噴き出し、刀を落とした。
何が起こったのか信じられない顔をしたまま、糸が切れた操り人形のように崩れ落ちる。
腕の筋を切ってから、首筋を思い切り殴りつけると、こうなる。
「デイトナ!」
「兄様?」
エランがバルテオより妹デイトナを救い出したのだ。
よかったよかった。……いや! いや、いや、いや、そのりくつはおかしい。
「妹さんは某の見かけと同じ十六才ほどではニャかったのでは? デイトナ殿は二十三、四?」
「よく間違われるけど、わたしは16才です」
なんと! 十六でこの色気! イセカイの女子は成長が早いのな!
……とすると、スベアの銀の森亭の看板娘。見た目は幼いが……もしや三十路前ではあるまいな!
それはそれで需要はござるが!
はっ! いかん。今はこのような事にかまけている時間は無い。
「バルテオを殺さなかったであろうな?」
「フッ、当然だ。誘拐の生き証人を殺すほどマヌケじゃない」
デイトナが目を白黒させている。
「どういう事?」
そう言うことである。
「殺されたと思ったぞ。お前が耳元で『死んだふりをしろ。ただし殺すな』と言われるまではな!」
「お兄様が斬られてない?」
デイトナが不思議がるのも無理はない。某が仕掛けたお芝居でござるからな。
「ふふふ、峰打ちでござるよ。この刀は片刃故、峰は斬れぬでござる」
「なに? 私の胴は斬れているぞ! 斬り付け耐性+2の鎖帷子をがなければ即死だった。それを知って斬ったと思っていたんだが!?」
エランが見せてくれた。ぱっくりと切り裂かれた脇腹の革鎧を。
あれ?
「結果良ければそれでよし!」