4.ミウラ でござる
「いかにも、拙者が伊尾田松太郎でござる!」
喋るネコに対し、町方役人として礼節をもって答える。
某の名を知ってるって事は、伊耶那美様のお使いであろう。
危機に瀕した某に、こうして救いの手を差し伸べて頂いたのだ。
さっきは壊れているとか言ってご免なさい。
『やっぱり! よかった。わたしの名は三浦純粋。純粋と書いてピュアと呼びます。できれば名字の三浦と呼んでください』
ミウラ・純粋と書いて「ぴゅあ」か。
……はて? 純粋の漢字に「ぴゅあ」という読み方があったかな?
『アレです! イオタの旦那と同じくこの世界へ転生してきた口です。こう見えて元は人間の美少女だったんですよ』
テンセイ? ああ、伊耶那美様の言葉の中にあった。こやつもイセカイで生まれ変わったのでござるな。
『村が無法者に襲われるという不特定因子を見落としていたと、イザナミ様が詫びておられました。わたしがこの村の子ネコに転生したのは、村が襲われた直後でした。
大爆発の魔法を使われた後、生き残った村人は殺されておりました。
まともに村へ到着していたら、イオタの旦那もどうなっていたか分かりません!』
ブルルって来た。夕べのオカズが現実になっていたかと思ったら、背中に鳥肌が立った。
『早速ですが、イザナミ様からの依頼で、手違いによる補正のスキル……えーと、神通力?の追加が3つ有ります。まず3つの内の2つをお渡し致します!』
伊耶那美様は、ずいぶんと義理堅い神様であるな。噂とは違い、善神の鑑のような神様でござざるだ。
『いきますよー! ピカー!』
ミウラの発した光が、某の体に吸い込まれていった。
おそらく、強力な守護呪符的な何かであろう。
「これは何の神通力なのだ?」
『この村を襲った連中と絡んじまった場合を想定して、「避妊」と「性病無効」の神通力ですよぉ!』
「う、うわわーん!」
『残り1つの力ですが、体を得たイオタの旦那だと、体力と精神力が大きく削がれるとの事ですので、落ち着いてからという事にいたしましょう』
「そうしてくれ!」
女になった体で男に回されるのは想像上のおかずであって、現実世界じゃ決して起こってはならない事でござる!
『落ち着かれましたか? では申し上げますが、わたしはイオタの旦那の部下だった伝助の子孫なんですよ』
いや、それはおかしい。
「それが事実だとすれば、年代とか色々と齟齬を来すのではないか?」
伝助は某より一つ上だ。オマケに独り身だった。
おなごにモテないのが取り柄というか、有名だった。仮に、万が一、天地がひっくり返って嫁をもらい、子供を作ったとしても計算が合わない。某が死んでから、まだ一日しか経ってないからだ。
ましてや「子孫」と名乗る以上、数代は重ねているはず。
もう一つ、伝助は士分ではない。姓や家名は持っていない。
よって齟齬をきたす、と申したのだ。
『疑問ごもっとも。わたしが生きていたのは、イオタの旦那がお亡くなりになってから400年ほど経過した未来の世界です。その頃は政府……、いや御上による統制……、人別の都合上、全国民……民百姓町人商人が姓を持つに至ったんですよ。
400年の年月を跨いで、わたしがイオタの旦那と同じ時間へ転生できたのは、時空管理……イザナミ様の不思議なお力と思って、丸呑みしてください』
生意気な口調であるが、子共のような声だから不思議と気にならない。伝助とよく似たしゃべり方だな。
「ふむ、伊耶那美様のお力であれば、摩訶不思議な出来事であろうと可笑しくはない」
素直にミウラの言葉を信じよう。
「ところで、ミウラは何歳でテンセイしたのだ?」
声からすると十代前半の模様。
『えーと、14歳――』
若い身空で……あまりにも憐れでござる!
『――と205ヶ月』
「三十一歳と一月でニャーか!」
『旦那、計算早い!』
子供声の年増、それも大年増であるか! ……年増もそれはそれでそそるモノがある。
いやいや、もといして、まだ疑問が残る。ミウラがここへやってきた理由が分からない。
「そなた、なにゆえイセカイへやってきた?」
『話すと長いんですが……テディベアカットのトイプードル……英語は解らないですよね……。えーと子犬ですね』
ミウラ、その方、異国の言葉を操るまでの学を持っておるのか!?
『それを助けて代わりにエルフ……、巨大荷車にひかれて死んじゃった。エヘ!』
小首をかしげる子ネコ。子ネコだから可愛いのであって、大年増が小首を捻って恥じらっても……
……それはそれで、そそるのな!
『そしたら、その子犬がイザナミ様的に大事な犬らしくてね。なんでも世界を悪神による破滅から守る要因の一つだったとか……。
で、助けたお礼に転生させてやるって。異世界に転生できるってんで一も二もなく飛びついたんですよぉ!』
「イセカイなぞで生きる事に飛びついたのか?」
『30まで独身だったし、いい男との出会いも無かったし、もう良いかなーって思って……』
ミウラの緑掛かった黄色の瞳から光が消えた。
聞いてはいけないことを聞いてしまったでござる!
『わたしの生きてる時代で異世界転生はエリートワンチャンもとい……、最先端の流行が異世界転生なんっすよ!』
立ち直りも早いのな。
時も四百年すすめば、流行も変わるのであろうが、いささか節操がなさ過ぎではなかろうか、後輩の方々?
『しかも希望が通ってオス猫へのTS転生!』
「希望して性別を変更するってどうよ!」
こっちは性別が変わってしまって狼狽えておるというに……、こやつ頭おかしいんじゃないか?
『でもって転生の条件が一つあって、イオタ様を助けるって事なんですよー。なんでもイザナミ様がミスった、もとい……見落としが原因で、イオタの旦那が窮地に陥ってしまい、それを助けて欲しいのだと』
うむ、確かに伊耶那美様の手違いで大変な事になっている。
現に、今、ミウラというネコの温もりがなければ、倒れてしまっていてもおかしくない。
『そこで異世界転生に詳しいわたしが、必要なスキルを手にこうして駆けつけたって訳です! 伊達にオタクはやってません! まずはわたしのスキルをその目でご確認ください』
いま気になる言葉があったな? 「おたく」なる仕事がなんだか解らない。だが、ミウラの話を信じれば、――某は、より高度な神通力をえるという寸法だ。受け取って損は無い。
先ずはミウラの神通力とやらを拝見しよう。
腕の中のミウラがモゾモゾと動いた。
『土魔法! ピットホール! ――の、でっかいの!』
ミウラが呪文らしきものを唱えると、地面が小刻みに揺れ出した。
「な、ニャンだこれは! 鯰が騒ぎ出したか!?」
『イオタの旦那、落ち着いて。これは私がやってることですから。怖がらなく大丈夫です』
「べ、別に怖がってなぞおらん! こ、これは武者震いだニャー!」
『意地っ張りとネコ語尾。はい! ご褒美頂きました!』
「だから意味が――むっ!」
山となっていた死体の地面が音を立てて抉れた。
死体が地面に埋まり、土が被さる。
村人全てが埋葬された!?
なんという神通力の強さでござろうか!
「凄いじゃないかミウラ! その方、名のある修験者であったのでござろう?!」
『いやー、これは伊耶那美様にもらったチート……、神通力なんですよ。ほんの一部なんですけどね』
え? そうなの? ひょっとして、某も望めば貰えたの?
『当然、イオタの旦那も望めば貰えたはずなんですが。もっとも江戸時代のお人じゃ、最先端知識不足の情報難民で難儀したはずでしょうね』
知らねぇでござる! 火を吹くとか、雷を落とすとか、そんな大それた能力なんか望む人いねぇでござろう?
『この村であった爆発も、火と風の魔法を使ったのでしょう』
魔なる法、つまり外道の妖術使いがおるのか? それにしてもミウラの知識量には感嘆いたす。
『ちなみにイオタの旦那がもらったお力は何でございましょうや?』
いや、……あの、その……。
ミウラに比べると貧乏くさいな。
ここは正直に答えた。
『HP自動回復に状態異常無効、そして器用さに加速能力ですか? 実に渋いのを選ばれましたね』
えっちぴー?
またも異国の言葉。え、えげれすの言葉であるな! ミウラって物知りなのだな。
推測するに、おたく、って職業は博学の探究者という意味であろう。生前は、さぞや名のある学者様だったのだろうな。
『このまま雨ん中突っ立ってても洒落にならないからら、雨露の凌げる場所へ移動しましょう。左手奥へ歩いてください。この村の地理と状況はおよそ把握いたしましたので、案内しますよ』
ミウラは良く気がつくネコだ。ここは素直に従おう。ミウラを抱いて、目的地へと歩き出す。
それにしてもこのネコ、良く喋るわ。伝助も無駄口が多くて自滅するタイプだったが、さすが子孫、血は確実に引いておる。
『イオタの旦那に関して、わたしの家に伝わる話なんですがね……』
今までと違ってボソボソとした口調で話し出した。
『初代伝助が、イオタの旦那の危機に間に合わなくてね。それは悔しい思いをしたってんですよぉ。お味方を引き連れ、現場に駆けつけた時にゃ旦那は既に事切れておられて……。
ぶち切れた伝助は、手にしてた棒っ切れを振り回して賊の中へ先頭切って突っ込んだそうです。手傷を負いながらも賊の一人をぶち殺したそうですよ!』
そうか、あの食いしん坊で腰抜け伝助がな……。某をそこまで慕ってくれていたとはな。
泣かせるじゃないか。
『45日の法要が済むまで、飯を口にしなかったとか。それはチョイ脚色が過ぎますがね』
「確かにな。でも伝助らしいな。嬉しいよ」
辛気くさいのは嫌だ。某はこうして生きているのだ。申し訳なく思う。
話をそらそう。この際だから気になっていた事を聞く事にした。
「ところでミウラが子孫って事は、伝助に嫁が来たのか?」
『ええ、なんでも、お良って名の、呉服屋小町で通ってた美人だったそうで』
某の思い人だったお良ちゃんですかい!
『うらやましい限りで』
ミウラは女子だったはずだが、なにゆえ羨ましいと? ああ、結婚とか逢い引きが羨ましいのか。
某も羨ましいでござる! うっきー!
『旦那に忠義を尽くした男って事で、嫁の話がひっきりなしで――』
ちくしょー!
大筒に撃たれて爆発しろー!
落ち着け某!
既に四百年前の昔話だ!
某にとっちゃ昨日の話なんだが、四百年経ってるんだと某の体に言い聞かせる!
話を変えよう。このままだと、突発的に腹を切ってしまいそうだ。
「ち、ちなみに、ミウラは何でネコになった? 人として生まれ変わるべきではなかったのか? それとも何か止むに止まれぬ理由があったとか?」
あれだけの神通力、じゃなくて魔法か? 魔法を使えるのだ、何らかの代償を支払ったとしても不思議ではない。
『ああ、その事ですかい。確かにネコの体は巨大な能力と引き替えのペナルティなんですが……』
ミウラの声が低くなった。何があったのだ?
思わず唾を飲み込み、構えてしまった。
『可愛い子猫になったら、いまの旦那のような可愛い女の子に抱かれやすいでしょう?』
こやつ!
天才か?!
いやちょっと待て、今はオスだが、生前は花も恥じらう十四歳と二百五ヶ月の自称少女ではなかったか?
『女風呂とか迷い込んでも不思議じゃないし、女子のスカートを合法的に覗けるじゃないですか。あと一人暮らしの女子の部屋を屋根から覗き放題』
それも悪くない……。
こう……、なんとなくミウラがオスに姓を変えた理由が分かった気がする。
ミウラの思考が理解できる某が心配だ。
『しかし、ネコミミケモ尻尾の美少女でも中身は男。男の娘は有りだけど、中身が男の美少女に抱かれるってのは……』
ミウラの独り言は某にとっても重要な話。某も中身がおっさんの女子と抱き合うのは嫌である。考えるだけでさぶイボが立つ。
『いや、むしろこう考えるべきじゃないだろうか? 美少女の肉体は、おっさんの催眠術により自意識を失っている。自意識を失った美少女をおっさんが操作している?』
「それは……なんか、こう、心の中のムスコに火を付ける要素が多分にあるのニャ!」
『美少女はおっさんの操作により、自分の意識と関係無く、オシッコした後の部位をマニュアル操作で拭かれたり、オートで自慰をしたりと……。逝ける! 萌える! シコれる!』
「その方、至高なる博士であるな!」
ミウラとは仲良く出来そうだ。