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10.夜道 でござる


「何度も言うけど、金は出させないよ!」


「でもお母さん――」

「会長とおよび! アンニャが無事帰ってきたんだ! 何を心配する必要があるんだい!」


「会長様、うちのコリンナを! 後生ですからお助けください!」

 コリンナのお母さんは涙で顔がくしゃくしゃだ。


「ええい! 泥臭い顔を近づけんじゃないよ! 自分の子なんだから自分で探しゃいいんだ! あんた、いままで部屋でウロウロしてただけじゃないか! 探しに出たことあったかい? ないだろう? え? ないんだろぅ!?」


 イシェカ会長は真っ赤な顔で怒鳴りつける。


「そんなぁー!」

「お母さん、それは酷い!」


 さすがにオットー殿も、会長をなだめに入る。


「あんたもビラーベックの跡取りだろっ! これくらいの判断、パパッとしな! お父さんが残してくれた店は守れないよっ!」

「母さん!」

「会長様ーっ!」


 修羅場でござるな。どこの地獄絵図でござるのかな?


「ちょっとあんた! イオタさん! 護民官詰め所へ走ってくれるかい! コリンナが誘拐されたって伝えるんだよ!」


 コリンナのお母さんは声を無くした。卒倒するかも知れない。


「そんな事をすればコリンナちゃんの命が危ないでござるよ。アンニャちゃんだと思い込んでいるから無事なのでござるよ。わざわざ下手人に間違いを教えてやる必要はないでござる」

 そっと諭すようにして申し出を断った。


「あ、そう? じゃあ、エラン先生! あんた行っといで!」


 エランーっ!

 行ったら殺すぞ!

 腰の物に手を置いた。


「断る! 暴れられないのなら、用はなかろう。外で酒を飲んでくる。じゃあな!」


 ヒラヒラと手を振って出ていった。

 なんつー言い方。なんつー奴だ! 

 どうにもこうにも腹の据わりが悪い!


『バルテオ商会へ突っ込むつもりですか、イオタの旦那?』


 なにも答えない。答えられないでいる。某も悩んでおるのだ!


『自分を何様だと思ってるんです? 多勢に無勢です。わたしは降りますよ』


 降りたければ降りればいいだろう。某も降りたい。


「お、おねがいです、コリンナを……コリンナを」

 お母さんがうずくまった。絶望、恐怖、理不尽。

 意識を保てなくなっているのだろう。





 腹は決まった。





「拙者、今日の只今をもって職を辞するでござる。短い間でござったが世話になり申した」

「イオタ様! 待ってください!」


 オットー殿が引き留めてくれたが、もうダメだ。

 この商会にはついて行けぬ!


『旦那! わたしは反対ですよ! 護民官に詳しく説明して協力を得るべきです! お待ちください! わたしは意地でも行きませんよ!』


 


「さらばだミウラ。アンニャちゃんに可愛がってもらえ」

 



 すっかり夜中。夜中も夜中。町は静まりかえっている。

 ずいぶん長い間、あの館にいたのだな。


 アイテムボックスより取り出した、いつもの手甲脚絆、腹巻きを体に巻き付けながら、すっかり人気が無くなった町を歩いて行く。

 バルテオ商会はビラーベックより格下だ。おそらく城から離れた町に居を構えているのだろう。

 と、アタリを付けてそれらしい方角へ歩いて行く。


「ミャーン」


 路地から見覚えのあるネコがふらっと出てきた。

 いつものように、某と並んで歩き出す。  


『旦那、誘拐犯の根城、どこにあるかご存じですか?』

「……知らぬ」

『そんな事だと思ってました。ご案内致します』


 すまぬ、ミウラ。


『一蓮托生でございますよ』


 星が綺麗だ。江戸の空とは違うのだな。見覚え有る星は一つも無い。この季節だと釣り針星が南天にかかってるはずなんだが……。


 辻から黒い影が歩み出てきた。

 悪党顔に悪い笑顔を浮かべている。エランだ!


「腕の良い戦士はいらないか?」

「要らないでござる」

「なら勝手について行かせてもらおう。今宵はどうにも暴れたくて仕方ない」


 某に並んで歩き出す。


「そのような軽装では迷惑でござる」

「下に鎖帷子を着けている」


 抜かりのないやつ。




『ここです旦那』


 ビラーベック商会の区画より二つばかり落ちる区画。大通りを二つ後ろへ入った場所。

 敷地はでかいが、建物はさほど大きくない。庭が広いと言う事だ。


 穴だらけの塀から『そういう意匠なんです』覗くと、いるわいるわ! 目つきの悪そうなのが、手に手に得物を持ってうろついている。


『あいつらはほんの一部。中へ入ってすぐの部屋に残り大勢が詰めています。総数は約50人』

「あの数が全てじゃない。まだ中にいるぞ。50人ばかりだ」

「50人? フッ、軽いな。……よく人数がわかったな? ああ、そうかネコ耳族は耳がいいんだったな」


 そういう事にしておこう。ミウラがペロリと舌を出した。


「私が正面で暴れて、連中を引きずり出す。その間に助けだせ」

「心得た」


「いいか? 私が全員を斬り殺してしまう前に助け出すんだぞ!」

「ふん! 空威張りを!」


 某、懐より頭巾を出した。

 これはイセカイではなかなか見かけない日本式の頭巾だ。よく悪代官が顔を隠すのに使っておられる。


「ふふふ、拙者はこれで顔を隠すでござるよ!」

「自分だけ汚いぞ! ネコ耳!」


 エラン、お怒りでござる。夜目にも顔が真っ赤でござる。

 素顔対策をしてこなかった者が悪い。ザマミロ!


 マヌケを尻目に顔を覆っていく。目だけを残し、首から上がぜんぶ隠れる。

 最後に切れ込みを入れた頭頂部からネコ耳を掴み出してできあがり。


「人呼んで、怪傑ネコ頭巾! 正体不明、謎の人物でござる!」

「あ、うん。ああ。その姿を見たら急に怒りが納まった」


 エランがいつものような冷たい目に戻っていた。


『旦那は、ほっとけないタイプだったと再確認致しました』

「今気づいたが、お前は争ってはいけないタイプの生き物だったんだな」


「ふふふ、拙者と争って無事であった悪党はいないのでござるよ!」

「ああ、おかげでなんとなく冷静になれた。じゃ、行くぞ!」


 それが合図となった。

 エランが刀を抜いた。柵を乗り越え、庭へ突入。気合いの入った声を張り上げた。


『旦那、裏へ回りましょう。裏口の近くに穴があります。そこから侵入できますよ!』



 裏庭を走り、立木に登り、二階の出窓へ飛び移る。

 おお! 身軽身軽!

 下を覗くと、ただっ広い庭で、エランが敵と対峙していた。


「者ども! であえ、であえー!」 

 そんな声が聞こえた。


 以後、大騒ぎ、大混乱、乱闘。

 言葉にすればそんな様相となった。


『先生大丈夫ですかね? いくら腕が立つといっても多勢に無勢だ』

「よく見ろミウラ。敵は素人だ。足運び、腰の落とし方、得物の構え方。どれもこれも児戯に劣る。そんなのが何百人かかってきても、正式な剣法を学んだエランの敵ではない」


 ザコ共はかっこつけに任せて、主役は主役に相応しい仕事をいたすでござる。


 窓に鍵はかかっていたが、蹴り壊して侵入した。

 そこに着飾った女がいた。


「あ! イオタさん」


 知り合いだった。



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