8.嫌がらせ でござる
用心棒の仕事の一つにイシェカ会長の孫、アンニャちゃんの送り迎えがある。
幼年学校へは、遊び相手の子らも一緒に通っている。
幼子達が仲良く登校する姿は見ていて微笑ましい。
吝嗇の会長がよく許可を出したな、と思ったが、アンニャちゃんのお願いだったらしい。吝嗇でキッツイ性格の婆も、孫には弱いと見た。
アンニャちゃんからのご指名で、某が送り迎えをすることになった。
アンニャちゃんは、いつもネコ耳カチューシャを付けている。おかげで後ろからでもすぐわかる。
それに学校はすぐ近くにある。幼子の足で開ける距離。子供達だけでも充分通えるので親御さんとしても安心であろう。
ぶっちゃけ、楽ちんな仕事である。
この間、先生はずっと立ち番。ご苦労ザマア!
時間をムリくり作って、商会内を回っておく。どんな空気かを知らないと、警備の穴が出来るものだ。
回ってみると分かる事がある。この建物の中、空気が重い。なにゆえ?
「あんた! こんなことやってるの? 規則だからってもっといい方法があったらそっちに変えるべきだろ! 商会を潰す気かい!」
会長がいい大人を叱っていた。結構大声だ。
皆、見て見ない振り。空気がどんよりしているのはこのせいか?
皆が皆、失敗を恐れている。それも仕事の失敗ではなく、日常作法の失敗だ。
ざっと一回りしてから持ち場へ向かう。エランが突っ立っている玄関だ。
二人合流してからは、交替で店の周囲をブラブラ見回り。そうこうするうちに昼飯。
指定された部屋へ向かう。
「紙が勿体ないよ! あんた! 一枚だと思って軽く考えてるんだろ? 一枚を軽く考えてると百枚になるんだよ!」
また会長だ。こんどは例の小僧さん。丁稚も大変でござるな。
「あんた! 百枚の紙を無駄にするのかい!」
「いえ、自分はまだ一枚しか……」
「お黙り! このままだと百枚潰すと言ってるんだよ! 口答えばかりして! それと返事はハイだろ!」
無茶苦茶でござるな。
某は昼飯を頂かせてもらうでござるよ。
さて、なぜか二人同時に昼飯を頂いている。
先生はむすっとした表情のまま食う。かわいげのない男だ。
一緒に食べてると防犯上の穴ができるのだが、ビラーベック商会の決まり事だから仕方ない。飯は一時に食べる事となっているのだから。
「フン! 一緒の釜のメシを食うとか、一体感が大事だとか会長が言ってたぜ。どうせ古い考えの上に立っての事だろう。くだらん!」
エランも情報を仕入れる能力は持っているのだな。
『旦那、この煮豆!』
「うむ、大豆そっくりだ。味噌や醤油が作れるかも知れぬな」
『作り方はお任せください。伊達に異世界転生学を研究していた訳ではございません』
「頼もしいぞ、ミウラ」
さて、メシも食った。ゆっくり休憩も出来た。背伸びをしてから仕事に戻ると――
「普段からそうやってるんだろ! でないと紙を粗末に出来ないからね! あんた、普段から紙を粗末に扱ってたんだね! きっとそうだ! あんた何て恐ろしい子だい!」
あーあ、まだやってる。
商会を守るとか言ってる割に、潰す方向へ突っ走ってるのに気づいてないのでござろうか?
三日ほど決まり切った日常業務を繰り返したら飽きてきた。
昼飯時、ふと声を掛けてしまった。
「エランにはご兄弟やご両親はおられるのか?」
心眼で覗いた「妹ラブ」なる、こやつらしからぬ性癖を知りたくなったのだ。
「ネコ耳の方を先に言え。そうすれば言ってやらんこともない」
相変わらず害虫を見るような目で某を見るのな。
「拙者には弟が二人と母が一人。家は上の弟が継いでおる。下の弟は身分の高い家に婿養子に出たでござる」
「……父親はいないのか?」
この朴念仁、某の家族構成に興味があるのか?
「父は下の弟が生まれて間もなくの頃だったか……、仕事で命を落とした。いわゆる殉職でござるよ」
某も職に殉じてしまったが、話がややこしいのでそこは伏せておく事にしている。
「ふーん」
エランは壁の一点を見つめて、気のない返事をした。それっきり黙り込む。
「エランの番でござるが?」
焦点が合ってない目で壁を見つめたままだったが、つと口を開いた。
「妹が一人。生きていればネコ耳くらいの年になっているはず」
えーっと、某二十五歳であるが、見た目は十六、七。
「エランは幾つでござるか?」
「35になった」
ずいぶん年の離れた兄妹だな。そりゃ妹が可愛いわ。
そしてだんまり。
「えーと、親御さんは?」
「母は死んだ。父は知らん!」
おう! 父親に反抗して家を飛び出した口か!
心中察するところもあるが、コイツ嫌いなんで――
「ふーん」
とだけ言って残りの飯を掻き込んだ。
こやつ、なんか気になる。
午後の門番は交代制となった。さすがに二人で一日中立ちっぱなしは効率が悪い。疲れるし。
で、某の番が終わり、先生が交代に……現れない。
嗅ぎたくもない先生の匂いを辿っていくと裏口に出た。
そこで先生がサボっている。
「くどい! わたしはもう戻らぬ! 諦めろ!」
「何度言われましょうと、必ず――誰だ!」
やっと某が覗いていることに気づいたか。
お喋りをしていたのは先生と、見ず知らずの男。頬に刀傷がある。こやつ、膝を付き、先生を敬うような仕草をしていた。
どうせ何ぞ弱みでも握ってるんだろう。
「ああ、こいつはわたしの同僚だ。一緒にここで用心棒をしている」
「用心棒などと……。また来ます」
そう言って、そそくさとこの場を後にした。あー、こいつもそこそこ剣を使うのな。物騒な物腰をしている。
「何でもない。交代の時間だったな。すぐに向かう」
某と目を合わせること無く、早足で去って行った。
「変やヤツだと思っていたが、まさに変なヤツであった」
『いやなんか、こう、なんか事情がありそうな……』
「ふん! どうせ、悪事でも働こうと相談でもしていたんだろう! 茶でも飲むぞ、ミウラ!」
休憩だ休憩! あーあ、おかげで休憩時間が短くなった!
そして事件は次の日の午後に起こった。
事件とっいっても暴力沙汰ではない。
用心棒が抑止効果となったのか、幸いにも暴力事件は押さえられている。
なにが起こったのか?
ところで、三井が井桁の屋号紋を使っているように、イセカイでも、大店は屋号紋を使う。
自分ちの店とか、自分ちの使用人とか、自分ちの荷馬車ですよとか、周囲に知らせるためである。いわば宣伝。
店の格式を誇るためだとか、使用人の品位を保つためだとか、自分所の上等さを誇るためでもある。
ビラーベックは「違い鷹の羽」によく似た紋を使っている。代表例が浅野家の家紋。あれを簡素化するとビラーベックの屋号紋になる。
さて、例えば関係無い者がビラーベックの紋を使ったとしたらどうなるか?
市井の人々はビラーベック商会の関係者だと思うだろう。信用も置くだろう。
勘違いした者が、ビラーベック本店に売掛金を回収に来るかもしれない。
「どうなってるんですか? 私どもはビラーベック商会に売ったのですよ? 証文なんて普段求めておいでですか? 私どもも信用で商売させて頂いているのですよ!」
勘違いした者がいた。
「といった方々が最近見えられるようになりました。日に1人か2人。金額もさしたるものではありません。嫌がらせの一種ですね」
嫌な野郎の顔を前にして昼飯を食ってる時だった。オットー殿が相談にやってきたのは。
『わたしは先生の事嫌いじゃないですよ。お昼ご飯のおかずをこっそり分けてくれますし』
ミウラはいいんだ!
彼女の生きていた時代の有名剣豪そっくりだし、腕だって立つし! 憧れの人のそっくりさんなんだから! そりゃ懐くよ!
だからといって、悪党は悪党だ。悪党の膝の上で寛いでどうするよ?
「ビラーベックほどの大店が、なにも手を打ってないとは思えぬでござるがっ?」
『これが嫉妬というものか。旦那、安心してください。ネコとはそう言う生き物です。旦那を裏切ってるつもりは毛頭ございませんから』
気にしてなんかおらぬ!
「ビラーベックのマークを使っている者を何組か捕まえましたよ。一組は堂々と店の前で商売を始めましたからね」
「では解決でござるな」
オットー殿が頭を振った。
「そいつらが言うには、マークを使って何か法に触れますか? 何が悪いんですか? ですと。確かに、法で縛る事は出来ませんからね。おおっぴろげに取り締まる事は出来ません」
「典型的な詐欺でござる! 憤りを感じるでござる!」
「私どものマークを掲げたテントで違法な賭博を打っていたり、食べ物の屋台を開いていたりと、ビラーベック商会のレベルを下げる商売をしている者が増えてきました。この者どもは、みなマークを使っている者達の真似をしたと言ってます。真似が真似を産み、手が付けられなくなってきつつあります。もうどうすればいいのか、お手上げ状態でございます」
また対処がめんどくさい手を打ってきたものであるのな。
「そんなの簡単だ」
エランが不敵に笑った。
「片っ端から斬り殺してやろう。5、6人も斬れば、真似をする者もいなくなるさ!」
早速、鞘から光る部分を覗かせる
「それはおやめください! 余計にビラーベックの悪評が立ちます!」
「じゃ、いいアイデアが出るまで寝て待ってる。その時になってから起こしてくれればいい」
エランは、長椅子の上でゴロリと横になった。こいつ使えねぇ!
『問題は、勝手にマークを使われている事ですよね』
ひょいとテーブルに飛び乗ったミウラ。後ろ足で顎をひっ掻いている。何か良き考えがあるのだろうか?
『あっさり使わせてやったらどうでしょうか? 旦那、こういうのはどうです?』
で、結局使わせる事にした。
但し、使用料をもらう事にしたが。
ビラーベックの息がかかった者に、そういう設定で商売をさせた。
実績を幾つか作り上げておくためだ。
準備を整え、満を持してビラーベックの屋号紋を使っている者どもを片っ端から捕まえ、使用料を請求した。
むっちゃ高額の使用料を求めた。正々堂々と請求した。
この件に関し、お上の方にも手を回した。商業ギルドの方にも筋を通した。
立派な商売として成立したからには、勝手な使用は商売の妨害となる。
あっという間に真似っこ商法は姿を消した。
『ミッケラー繋がりで思いつきました。どぎつい商売には、よりどぎつい商売で。今回の案件は、未来の世界じゃ既に通過点なんです』
ミウラの喋る内容は全く理解できぬが、そう言う事なのだろう。解決したから万歳でござる。
「うーん、これは使えますね」
オットー殿が何やら考え込んでいる。
「金がかからないどころか、利益が生じるのかい? 手間もかからないようだね」
吝嗇で有名なイシェカ会長も乗り気だ。
「敵の攻撃を逆手にとって儲けるとは。さすがエンシェントネコ耳族ですね!」
褒めてくれるなオットー殿。これはミウラの案であるし、そもそもエンシェントネコ耳族とは無関係でござる!
「エンリコが言ってた通りだ。イオタ様とお付き合いしていると金儲けのアイデアが湧き出てくる」
やはり某を利用しようとする魂胆であったか!
複雑な気分でござる!
「体を動かす事なく解決したんだから、いいんじゃないか?」
壁にもたれるエラン。腕を組み、醒めた面で笑っている。その余裕な素振りが気に入らぬ!
……とはいえ、事件が解決したのだ。良しとしておこう。
そして翌日。
本命の事件が起こった。