7.荒野の用心棒 でござる
ビラーベック商会の跡取りにして長男にして本店店長のオットー殿の言う事には――
「最近、商会本店に対し乱暴を働く者がおります。大きくなった事に対する嫌がらせだと思います。被害らしい被害がありませんので。でもさすがに鬱陶しい。そこで、抑止のため用心棒を雇い、これ見よがしに警備させているのです」
――とのこと。
「イオタ様の他にも一名雇っています。これからお引き合わせ致します」
オットー殿の言う事には、荒事が行われるようになったのは最近の事。ゆえに、もう一人の用心棒は、某が来る数日前に雇ったとの事。
「拙者、用心棒と名の付く職業の者と相性が悪いのでござるよー」
『先生の一件ですね』
うむ、あ奴は危険だ。
とはいうものの、あ奴はグレイハルトにおる。某と同時に町を出たとしても、某より何日も前に到着できるはずがない。
胸をなで下ろすでござる。
「用心棒として雇ったのですから、怖い見かけの人を選びましたよ。でも、これが意外とアンニャをあやすのが上手くて。アンニャの遊び相手達からも、ウケがいいんですよ」
「鬼面仏心でござるな。よくできた御仁と推察致す」
外観は怖いが内面は優しいと。某と気が合うように思う。
「主とした仕事は彼に任せ、イオタ様はのんびりとお過ごしください」
今は裏庭にいるとの事。そこへ店主自ら案内してくれている所だ。
「ああ、あそこにいる彼です」
腰に剣を釣り下げた男が、アンニャちゃん他、二名の幼女と遊んでいる。
「まてまて! 捕まえるぞ! 人攫いに捕まってしまうぞ!」
「キャー!」「キャーッ!」「キャーッ!」
黄色い声。笑い転げる声をあげながら、悪党役の用心棒から逃げる。
用心棒も、幼子の目線に合わせるように腰をかがめ、両手を広げて走っている。
「ほーら捕まえた! 遠い町へ売り飛ばすぞ!」
「キャー!」
おっ! アンニャちゃんが、後ろから蹴りを入れたぞ。
「うわわわー! やられたー!」
大げさに、仰向けに転がる用心棒。
そこで某と目が合った。
鞣し皮の上下、両肩に防具の男。肩まで伸びた青系の銀髪を後ろになでつけている。
瞼の血色が悪くて青い。
『先生!』
「エラン!」
腰の物に手が伸びる。条件反射でござる!
「ネコ耳!」
信じられない速さで飛び起きるエラン。こやつ既に剣を抜いている! むっちゃ早い。
対して、某は鯉口を切って居合いの構え。
「子供好きとは驚いたでござる!」
「仕事だ仕事! お前こそ何でここに!」
「顔が真っ赤でござるよ。うふふ」
「それはどうでもいい! そ・れ・よ・り! お前、何でここに!?」
同じ台詞を二度言う当たり、相当切羽詰まっておるな。
「エランと同じく、用心棒に雇われてな……って、拙者、あのあとすぐ旅に出たでござるよ! どうして拙者より先にグレート・ベアリーンに着く事が出来たでござるのか?」
「馬鹿め! 長距離馬車に乗ると町を一つ飛ばしで進める。理屈上、倍の速度で旅が出来るのだ。そんな事も知らんのか!」
「ぬかったわ!」
こんどはこっちが赤面する始末。
だが! 子供を上手くあやせるスキルに比べれば、如何ほどの事も無い!
某の勝ちでござる!
「お知り合いでしたか? 子供がいます! 乱暴事はお控えください!」
オットー殿が慌てている。
何事かと、店の者まで顔を覗かせている。
幼子達は怖がっている。幼児教育上、宜しくない場面でござる。
「あ、いやこれはお遊戯の一環で……」
エランはおどけるようにヒラヒラと剣を頭の上で振った。
「悪者は、拙者が成敗致すーっ! ズンバラリン!」
鞘のまま腰の物を抜き、ゆっくりとエランを斬るまねごとをする。
「まいったー!」
おどけた仕草で、倒れるエラン。
幼子達は?
「ネコ耳しゃんだー! きゃー!」
ぱちぱちと小さな手で拍手。
顔を出していた店の者は、失笑しながら引っ込んでいった。
ふー、どうにかこの場は納まったようだが……。
前途多難でござる。
「ミウラ、明日にでもこの町を出よう」
『旦那、資金計画通りの金が貯まらぬ限り、先へは進めません』
「言い換える。なるべく早くこの町を出よう」
『では、なるべく早く資金を稼いでください』
ううっ!
用心棒の条件として金額を決めた事は大前提として……、
いつ辞めてもかまわない。前の日に申し出れば、即日契約終了。翌日早朝に精算。
配置などの命令には従ってもらうが、命の危険を感じたら逃げて良い。
だいたいそんな骨子でまとまった。
『辞任申請先は会長。いない時は店長。いない時はマネージャー。以下、順を追って最後は小僧。小僧すら捕まらなかった場合は、冒険者ギルドに文書で辞意を提出。これを追加しておけば万全でしょうが、相手は権力を金で買う大商会。信じるしか有りませんね』
ということで、仕事が決まった。
翌日が初出勤であった。
まずは正面玄関にて立ち番でござる。
先生と左右に並んで、睨みを利かす簡単な仕事でござる。
睨み自体は先生にお任せしている。ネコ耳美少女の某が一生懸命睨んだ所で、青臭い青年に「なんのご褒美ですか?」と、にっこり返されるだけだった。
ぶっちゃけ話、暇である。
「そりゃそうだろう。ネコ耳が暢気な旅を楽しんでる間に、3人ばかりぶった切ってやったからな。当分来ないさ!」
「殺人狂でござるな! 背景は掴めたのでござるか?」
「殺してないさ。大怪我を負わせただけだ。背景だが、連中、高額をエサに頼まれただけのゴロツキだ」
「ゴロツキの雇い主を探せば良かろう?」
「禿げた小男からだったり、貴族っぽい男からだったり、女からだったりと色々だ。黒幕はもう一枚後ろにいる。あいつらから辿れないよう用心している。だから安心して暇してろ」
いちいち勘に障る物言いだな!
いいさ、暇してやるさ!
それと、ちゃんと調べているのな!
暇に飽かせ、久々に己を心眼で覗いてみよう。
さぞや成長した事でござろうな。
種族:古よりのネコ耳族(黒猫)
性別:女
武力:七(足す三)
職業:用心棒
水準:丙
性癖:ガチに女性を恋愛の対象とする女性。新しい扉を開く者
運:一
浪人から用心棒へ格上げでござる。
武力が一しか上がっておらぬのはナゼ? 解せぬ。
運が最低のまま? 解せぬわ!
では本命の先生を覗いてみよう。
種族:人間
性別:男
武力:十
職業:浪人
水準:甲
性癖:妹ラブ
運:七
やはり強い
武力は某より上か。スキルを使って対等とな? 悔しいでござる!
なにゆえ浪人でござるか?
こうして就職していても浪人を名乗るか?
あれか? 浪人を格好いいと思ってるか?
『自由人を気取ってるんじゃないですか?』
自由に気取るが良い!
妹ラブってなんだ?
『妹が好きって事でしょう。さすが先生、危ない男だ』
性癖異常者でござるか。先生にはぴったりでござる!
運の数値が高い。七? 素直に羨ましい。この差は何だろう?
敵と戦うにはまず身内を知るべし!
店の内情がいまいち解らぬので、用心棒もしにくい。守る物は何なのか?
……絶対先生には聞かぬ!
小僧を捕まえて聞く事にした。某を何かにつけてチラチラ見ていた小僧。君に決めた!
「アンニャちゃんのお友達は、どこの子でござるかな? いい服を着ておるから、同じような商人の子かな?」
「はい! いえ、ちがいます。使用人の子です。会長が、お嬢様の遊び相手に、みすぼらしい服は着せられぬと、お嬢様のお下がりを与えております」
この坊主、返事は必ずハイから入れと叩き込まれておるようだ。ちょいうざい。
「我が儘に育っておるが、教育係はおらぬのか?」
「はい! お金が掛かるとの事で、教育係は雇っておりません。代わりに金持ちが通う幼年学校へ通っておいでです! 会長はお嬢様を目に入れても痛くないと常日頃申しております」
「会長は吝嗇家か?」
「はいっ! いえ! 肯定のハイではなくて! 必要な場所に金を使って、必要で無い場所に金を使わないだけです。店長が決めてきた商売でも、利益が少なければ冷たい対応、……もとい、利益優先主義だとご本人が申しております」
それを吝嗇というのだ。
「ナゼ会長は女なのかな? 普通、男だろう?」
「はい。初代会長は3年前に亡くなりました。現会長は、初代会長の奥さんです。ビラーベック商会を守る為に会長になられました。今はご長男のオットー店長が商会を取り仕切っておられます」
ああ、暖炉の上にあった中年男か。建物あちらこちらに同じ男の絵が掛かっていた。あいつが初代会長なのだな。そういえば美化してあったな。
「ここだけの話し……」
小僧に顔を近づけ、小声で話しかける。
「会長、うるさいか?」
「はい!」
返事がハイだけだった。あと顔が赤い。
うむ、大体解った。
「かたじけない。もう仕事に戻りなさい」
「はい!」
元気に走っていく小僧。
『煙たがられているようですね。あの老人』
若者を積極的に邪魔する老人は可哀想な人間なのだ。片山長屋の甚さんを見習うが良い。
「イシェカ会長って、引退の機会を見失ってしまったのかも知れぬな?」
「その通りだ」
今のは先生の台詞であった。