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6.お食事会 でござる


 さてミウラの言葉を借りて「豪華絢爛」な大広間に通してもらった。階段をさらに上った三階である。

 背丈の倍はありそうな両開きの戸を開くぐる。清の王様が住んでる宮殿と言われても鵜呑みにする自信がある。


「このような大広間に通してもらって、心苦しいでござる」

「ここは中くらいのレストルームです。大広間はここの比ではありません」


 えーと、聞き間違いかな? なんだかもっと広い部屋があるような台詞だった。


 広い窓から日の光が差し込んでいる。東向きの部屋でござる。

 床は艶々の石が敷き詰められ、長い長い長い机には真白な布が掛けられ……布に柄が編み込まれている?『レースです旦那』 


 むっちゃ遠くの先っちょの方。壁に、イセカイ独特の縦型囲炉裏『暖炉です旦那』、もとい、暖炉がある。暖炉の上には恰幅の良い中年男が描かれた絵が飾ってある。

 暖炉を背にして、小柄な老人? が座っているのだが……。


 くすんだ金髪。背中が丸い。座っているのでよく分からぬが、背は低い方だ。

 あれが会長であろう。

 老人の背後には家老っぽい『執事長です』もとい、執事長が背筋をピンと伸ばして立っていた。


 こちらから見て右にオットー殿が座っていた。後ろにはメイド殿と同じ着物を着た女性が『メイドは固有名詞ではなく、職業名です。女中ですね』、メイドが控えていた。

 ……というか、時々ミウラに心を読まれている気がするのだが、気のせいだろうか?


 オットー殿の向かい席が空いている。席の後ろにお女中(メイド)が控えている所から、そこが某の席であろう。なに、簡単な推理でござるよ。

 席に立ち、椅子を引こうとするとメイドさんが椅子を動かしてくれた。

 なかなか! 親切で気の利くメイドさんでござる!


『いえ、至極一般的なマナーです』

 ……だそうだ!


 机『テーブルです旦那』、テーブルの上には、手拭い大の厚めの生地『ランチョンマットです』ランチヨンマツトが敷かれ、白くて薄い皿が一枚乗っかっていた。さらに、さらの上に白い布が畳んで置かれている。

 両隣にナイフとフォークが三本ずつ。スプーンが一本。それぞれ大きさが違う。さらに皿の向こうに小ぶりのナイフが二本とフォークが一本。

 箸なら一膳で事足りるが、これだけの数のナイフとフォーク。猪を吊って解体する所か始まるのでござろうか? 的に向かって投擲するのではあるまいな?

 不安で足が震えるでござる!


『旦那、ナイフとフォークは左右のを。外側から使います。皿にのっかった布は前掛けの変わり。襟に掛けて汚れを防いだり口を拭いたりします。マナーは私が逐一お伝え致しますので、どうかご安心を!』


 ミウラが頼みの綱! 頼んだでござるよ!


「ふふふ、噂通り、肝の据わったお方だね。フランク王国式料理を目の前にして全く動じておられませんな」


 なんと!

 商会長は女性であった。穴熊を連想させる風体の老婆である。

 柔和な顔付きだが、騙されてはいけない。見た目通りでこのような立派な商会を維持できるはずが無い。

 ここに来て覚醒した。同心としての勘が囁く。

 試されている!


 ついつい良い顔をしてしまう性格の某は、良き心象を与えようと背伸びをしてし、毎回ドツボにはまるのである!


「挨拶が遅れた事をお詫び申し上げます。わたしは本商会の会長、イシェカ・ビラーベックです」

「ご丁寧にいたみいる。某、伊尾田松太郎。イオタと呼んでくだされ」


「改めてご挨拶致します。ビラーベック商会本店店長兼、総合マネージャーのオットー・ビラーベックです」

「イオタでござる、よしなに」


「さてさて、堅苦しい挨拶はこれまで。積もるお話もありますが、先ずはお食事に致しましょう!」

 イシェカ会長の音頭で食事が始まった。




『先ずはオードブル、食事の前の軽い食事です。一番外側のナイフとフォークを使ってください。フォークが左手でナイフが右手ですよ。基本、左手で食べるのが礼儀です。姿勢は背中に物差しを入れたように真っ直ぐで! 前掛けを喉元に押し込むのを忘れずに』


 りょ、了解でござる!


 前菜は生野菜。柿色の汁『ドレッシングです、』ドレッシングが掛かっていた。


「オードブルは契約農家で捕れた夏野菜、にんじんのドレッシングを添えて、でございます」


 人参!? 高麗人参でござるか? 高価な薬膳だぞ!


「これはかたじけない」

『使用人に礼は要りません!』

 こ、心得たでござる。汗が半端ないでござる。


 前菜を食べ終わると、ミウラにエサが出てきた。魚を使ったそれっぽい料理である。

 某の下手にコトリと置かれた。

 懐から出てテーブルに乗っかったミウラは、皿の前でおっチョン。

 礼儀正しく腰を下ろし、某を見る。


「食べて良いぞ」

「にゃー」


 一声鳴いてから口を付けた。端から見ると、躾が行き届いているように見えるであろう。こう言う事もあろうかと、以前からミウラと打ち合わせを終えている。 


『立場上ペットですから、主人が口を付けた後になるんですね。お! 意外と美味しい!』

 美味しいなら結構。間接的に某がもてなされていると言う事だからな。


「さて、イオタさん。改めてお礼を言わせていただきますよ」

 婆が相好を崩す。実に人好きのする笑顔だ。

「スベアで馬鹿な息子を鍛えて頂きました事、誠に有り難うございます。三割もの取り分を吹っかけるなんざ、ビラーベック家の恥です」


 ミッケラーは三男とか言ってたな。年をとってからの子供であろう。さぞ可愛かったのだろうな。


「いや、鍛えたというのは大げさでござる」


 鍛えたといっても、光り物を抜いての恐喝だから、こちらが恐れ入る。


「エンリコの手紙に、あれから心を入れ替えたように真面目に働き出したと書いてましたよ。エンリコも喜んでます。ミッケラーは元々商才に溢れた子。変な癖が抜けて一皮も二皮も剥けたようでね。ほんとうに感謝しますよ」

「いやいや、まあまあ、あれがそれでこれでござる」


 湯飲みの水を一口あおる。緊張がただならぬ。自分でも何を言ってるのかよく分からん。


「ご活躍も聞いてますよ。盗賊団をやっつけたり、魔物をやっつけたり、ずいぶん暴れられたようですね。その名声はここまで届いてますよ」

「いやいや、なんのなんの! はっはっはっ!」


 冷や汗が出るのね。

 湯飲みの水が無くなると、メイドさんが気を利かせて注いでくれた。

 たまらずもう一口飲む。


「スベア冒険者ギルド支部長の首をすげ替えたそうですね?」

 危うく水を吹き出す所であった。


「拙者は何もしてないでござるよ。ほんと知らないでござる」


 クビになったかボリス殿!

 でも、某が関与していた事がどうしてバレた? ヘイモが喋るはずはないのだが?


「隠しても無駄ですよ。ビラーベックの力だと、それくらいの事、軽い調べで済みます」


 調役や監察方が? ……いやいやそうではあるまい。

 よく考えれば、商業ギルドが主導した一件である。ビラーベック程の大店が噛んでいて何ら不思議は無い。


「あと、商業ギルドの支部長も代替わりしました。それとスベア騎士団の構成にも変化があったようですよ」

『あっちは想像以上に大変な事になってるみたいですね』   


 想像以上だとミウラが言うが……。ビラーベックの予定通り、という事はなかろうか?

 自分の都合の良い人事に変更したとか?

 最初からビラーベックが動いていたと考える方が収まりがよい。

 ふと、そう思ったら、急に汗が引いてきた。

 安心したからだ。……某の責任じゃねぇって。


「スベア海老のフリカッセでございます」

 すっと皿が置かれた。ごく自然な動き。このメイド、出来る!


 大型海老が白く煮込まれていた。


「存分に堪能してくださいよ。イオタさんが海老を大変好まれていると聞きましたからね」


 エンリコの入れ知恵でござるな?

 そんな事より!

 ナイフとフォークはどれを使えば良い? さっきのは皿と一緒に持って行かれたぞ!


『真ん中に置かれていたナイフとフォークを使ってください。皿1枚ごとにナイフとフォークを取り替えます』

 頼んだぞ、ミウラ! 今はそなたが命綱だ!


 切り分けて一口。うん、美味い!


「パンをどうぞ」

 小皿にふかふか艶々のパンが乗っている。黄色い……何か変なのが小鉢に?

 なにこれ助けて! ミウラ大明神様!


『それバターです。皿の上、左側の小さなナイフでバターをすくってパンに塗りつけて食べると美味しいです』

 神様仏様ミウラ様! 今、ミウラ教信者が一人誕生した!


 海老美味しいです。海老の味がしませんけど。

 白いソース? の味しかしません。乳臭いけど甘くてとっても美味しいです。

 パンも甘くて美味しいです。どうかもう勘弁してください!


「メインディッシュは骨付き仔羊の網焼き。バシリウス風味でございます」


 まだあるの?


『最後のナイフとフォークを使ってください』

「え? これを使うともうナイフとフォークが無いよ。上のしか残ってないにゃ!」


『左右のナイフとフォークはここで使い切ります。いわば最後の一発! この後にデザート、えーっと、おやつ。そして飲み物と続いてお終いです』


 戦慄が冷たい物となって背筋を走る! イセカイの料理、侮りがたし!


 羊の肉は臭みが誤魔化されている? これは紫蘇風味? ああ、これがバシリウスでござるか? 青臭い紫蘇がバシリウスでござるか?

 生姜の方が合うと思うが、これでも充分美味しいでござる!


『そう言えば、生姜を見かけませんね』

 某の心を読んだとしても驚きはしないぞ! ミウラ教の信者でござるからな!


「デザートのチーズケーキでございます」

 黄色い三角形の、先っぽが尖った、……あうあう!


『上の小さなナイフとフォークを使って。甘いお菓子です。料理はこれが最後です! もう一踏ん張り頑張って!』


 武士として大和魂を見せるのはここぞ!

 ナイフで小さく切り取り、口に運ぶ。

 甘い! しっとりとしていて、それでいてどっしり。まったりとしてコクがある。だのに、しつこくない。


「素晴らしいケーキでござる! これがチーズケーキでござるか?」

「おや、お口に合いましたかね? さすがイオタさん。それは帝都でも有名な店で作られたチーズケーキなんですよ」


 イシェカ会長の言葉尻が同心としての勘に触れた。攻撃を仕掛けられている?


『チーズケーキとは、チーズと砂糖、卵、その他を混ぜた生地を型に流しいれ、天火で焼いたものです。美味しいケーキは、おそらく数種類のチーズを混ぜ合わせています。テレビで某食通が「お口の中がハーモニーや」等と言ってました』


 ぱくらせてもらうぞ!

「複数のチーズが舌の上で、はぁもにぃにござる!」

「ほう! 3種類のチーズが混ざってる事を見抜かれましたか?」

 イシェカ会長が口を丸くした。目も丸くした。


「食事のマナーも正しいし、高価な料理も食べ慣れておられるようで。思った通り。イオタさんは、ただの剣士ではありませんね?」


 ただの剣士でござるよ。傀儡ネコ剣法の達人でござるよ。


「ハイエンシェントネコ耳族。それはネコ耳族の貴族なのでしょうかな?」


 久しぶりに聞いたな、それ。


「そこまで高貴な存在ではござらぬ。ペイペイの小役人でござるよ」


 それよりも、これで食べ物は全て出尽くしたはず!


『前掛けを外して、汚れた口元と手を拭いてください。それで終了。後はゆっくりお茶を楽しみましょう』


 傀儡イオタ、ミウラの操作通りに手を動かす。目は死んだまま!

 終わったでござる! 終わったでござる! おめでとうございまする!


「食後の紅茶でございます」

 白い器、瀬戸物であるか?


「そのカップはドラグリア帝国より取り寄せた白磁だよ。如何(どう)です? 寸評してもらえないかねぇ?」

 イシェカ会長の目が歪む。お試しはまだ続いておるのか? 

 ビラーベック商会は、こんな風に客をもてなすのか?


「ふむ」

 じっと観察する。そのおもてなし、受け取ってやろう。

 某、茶器はうるさいでござるよ。春と秋の陶器市で色々と漁っていたでござる。


「薄い点が珍しく、また美しい器でござるな……」


 某が選んだ茶器の良さは、時代を先取りしすぎていて仲間にはまったく伝わらなかったが、それら自慢の品に比べて……


「色合いが単調故、人によっては飽きが早い。釉調に遊びが無い。薄すぎて取っ手を通しても湯の熱さが手に伝わりすぎ、使用者を思いやる心に欠ける」


 大したことない器だ。十点満点中、いいとこ五点だな。

『確かに、ただの白いティーカップ。百均で買えますね』

 ほーら、ミウラと同意見。

 だけど、このままにしておけば角が残る。某は分別のある大人でござるぞ。


「やや侘び寂びに欠けるでござるが、それでも良き器と思いますぞ」

「ワ、ワビサビ?」


 オットー殿が目を剥いた。イシェカ会長に視線を向ける。

 イシェカ会長は僅かに首を振った。


「まさか、侘び寂を知らぬ……とか?」

 イセカイだから?


「いやー! イオタ様はお目が高い! ワビサビに欠けているのがその器の欠点でございます! さすがハイエンシェントネコ耳族!」

 オットー殿が椅子より立ち上がって某を褒めてくれた。某の眼力も捨てたモノではないな、フフン!


「こ、紅茶はお口に合ったかねぇ!?」

 次は紅茶の寸評か?

 紅茶は何度か飲んでいるので安心でござる。


「この紅茶、香りが良いでござる。あとくちがスッキリしていて気に入ったでござる」

「それは良かったーっ」


 イシェカ会長とオットー殿が胸をなで下ろしている。


『香り付けとしてリンゴの皮だとか、乾かした柑橘類の皮を擦って少量入れるとまた別の表情が出てきます』


 それを一言一句間違える事無く伝える。

 イシェカ会長とオットー殿が目を丸くしながら小声で二言・三言、言葉を交わしておったが、なんだろう? あと執事に何やら伝えておるが?


「さ、さて、イオタ様。この後、ご予定はございますか?」


 紅茶を一口飲んでから、オットー殿が聞いてきた。


「いや、さして用はござらぬ。この町で仕事を見つけ小銭を稼いだ後、東へ旅立つつもりでござる」


 オットー殿とイシェカ会長がにっこりと笑った。


「でしたら、ビラーベック商会で護衛の仕事をなさいませんか? 冒険者ギルドを通して指名依頼致しますよ」


 護衛とは用心棒の事であろうか?


「ミッケラーの件でお礼をしたいんだがねぇ。イオタさん、まともな方法じゃ受け取ってもらえないだろう?」

 にっこりと人の良い笑顔を浮かべるイシェカ会長であった。


 うーん、こちらもお金は欲しいからね。

 両方にとって損の無い所を突いてくる。商人とは、こういう所が上手い。

 ミッケラーに比べ、母親は、まだまともな思考をしている。


 しかし、ミッケラーの母でもある。

 本音はエンシェントネコ耳族である某を使って一儲けを企む、といったところであろう。


「詳しい詰めをしてからでもよろしいでござるかな?」

「はい、それはもう」


 にっこりと笑うイシェカ会長。

 どうかその笑みの裏になにもありませんように。    




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