5.グレート・ベアリーンのビラーベック商会 でござる
なんやかんやでグレイハルトの港町を後にして数日。
朝、宿をたって歩き続け、夕方になる手前で次の宿場町へ到着する。
これを繰り返す事、数日が過ぎた。
ちょうど良い所に町が作られ、一日掛けて町から町を移動することで、旅人は安全に長距離を移動できる。
イセカイでも、日本と同じ考えを持ったお上が居られたのであろう。
欠点は、お昼ご飯の場所に茶店の一つも作られていないと事である。
……たまに、近所の農家の方が露天で食べ物を売っておられるが、まれな話でござるよ。
しかし、某のちぃと能力は、かの難問に順応できていた。
「焼いたパンは値が張る。パンを持って旅しなくとも、安い小麦粉を持って旅すれば、荷物が嵩張らず済むとは思わぬか? ミウラよ」
『パンの作り方を下手に知ってしまったから、この人は……』
「作り方など、うどんと一緒でござろう? パン種を焚き火で焼きあげればホカホカのパンのできあがり。釜を使わないから税金を払わなくてすむ」
『この方、時間が普通にすすむという不便なハズのアイテムボックスを有効活用しておりますなぁ。なんか、こう……、反則じゃないけど反則感がするのはナゼ?』
原料としての麦は安い。水飴作りで買い求めた時、その安さに驚いた。
『現世中世ヨーロッパよりも大量に麦が流れてますね。人口の多さがそれを如実に物語っています』
例え粉に碾いたとしても、パンの材料であるから、当然焼き上がったパンより安い。
ならば朝の内に、粉を使ってパンを捏ねておき、アイテムボックスへ入れておけば、お昼には生地が膨らんでいる。それを取り出して軽く炙れば、おいしい焼きたてパンのできあがり。
露店で売ってるパンより平べったい出来となるが、代わりにモッチリしていて歯ごたえが出てくる。某、こちらのパンが好みである。
『パンと言うよりナンですね。ナンもパンの一種と言えば一種ですが……』
「ミウラよ、言葉遊びは止めよう。美味しかったらそれで良いのだ」
『至高の名言ですな。そう言えば最近、至高ってませんね?』
「うーん、落ち着かない生活を送って……何を言わせる!」
話を旅の食事に戻そう。
「この肉で作った『はむ』であるが、似たような蒲鉾に比べ大味だな。同じ肉ならソーセージがうまい」
肉の塩漬けを寝かて乾物にした食べ物らしい。嫌いではないのだが。
『素朴な蒲鉾には、素朴な山葵と醤油が合うように、大味の食材には大味の調理が合うんですよ。いつかお教えいたしましょう』
「うむ、頼む」
楽しみであるな!
旅の当面の目的地は、ゲルム帝国皇帝のお膝元「ぐれぇと・べあぁりぃん」である。
『帝都、グレート・ベアリーンですね』
日本で言うところの江戸に相当する大きな町である。
てくてくと歩くだけの旅は、まだまだ続くのでござるよ。
さて、まもなく帝都、グレート・ベアリーン到着である。
石造りの城壁が見えてきた。あれは何だろうな?
「あれが帝都、グレート・ベアリーンの城壁ですよ」
ついさっき、同じ道行きとなった歩きの行商人が教えてくれた。
旅は道連れ世は情け。商人は情報を持っておる。某の武装は野盗共への抑止力となる。両者良い事ずくめ。
『win.winの関係と言います』
ミウラのエゲレス語が冴える! 格好いい! 意味は知らんけど!
そうか、あの壁の向こうがベアリーンか。
道の先では行列ができている。すぐそこに立派な馬車まで止まっている。町へ入る準備をしているのだろう。……違い鷹の羽に似た家紋入り。どこかで見たような?
「この都市は、入るのに税を取られます」
行商人が説明してくれている。親切な御仁だ。
「それと、旅の者は厳しい検査が待ってます。面倒くさい手間と時間を覚悟してくださいよ」
むうっ! 金と時間か? そこにネコ耳族への言われない差別が加わると……
『女子の身で面倒くさい手間はイコール、……同等でいかがわしい手間ですね。ゴクリですよ! 今度は小役人相手ですか?』
「あわわ!」
小役人相手に小汗を掻くのは御免被りたい!
「もうし! そこにおいではイオタ様では御座いませんか?」
馬車から人が出てきた。腰の低い中年男だ。ミッケラーと違って笑顔が自然。
もしくは本当に笑っているのか? 某を探していたようだしな。
「いかにも、拙者伊尾田松太郎、コホン! イオタでござるが、そこもとは?」
「これはイオタ様。お初にお目にかかります。私はビラーベック商会のオットーと申します。お迎えに上がりました」
なんでビラーベック商会がここに出てくるのか?
てか、何処かで見た家紋だと思ったら、ミッケラーの幌馬車に付いていた家紋だった。
「げっ! あなたはビラーベック商店本店長のオットーさん!」
何やら驚いている行商人のナントカさん。
「おや、あなたは行商人のナントルカさん。お久しぶりです。ご商売は上手くいってますか?」
「はい、仕入れにこの町へ参りました」
「オットー殿とお知り合いでござるか?」
「ビラーベック商会のオットーさんを知らない商売人はモグリです! イオタさんこそ、どうしてオットーさんと?」
「ビラーベック商会は知っておるが、オットー殿とは初面識でござる。ちなみに、拙者に何用でござろうかな?」
オットーはニコニコと笑っている、実に人好きをする笑顔だ。
「スベアのエンリコより手紙をもらっています。このままですと、面倒な審査に時間が掛かる上、金を取られます。私どもと一緒なら、面倒な手続きが省けます」
面倒なのは御免被りたい。それでなくともネコ耳族は世間の風当たりが激しいのだ。
「それはかたじけない。ではナントカ殿、これにておさらば」
「ナントルカです。ご縁がございましたらまたお目にかかりましょう」
こうして某は馬車の中の人、もとい、ネコ耳となった。
なった事にはなったが……
「ネコ耳しゃん!」
ネコ耳がいた。
こっち凄く見上げてる。
五つくらいの小さな女の子。頭からはネコ耳が……。
「そこもともネコ耳族でござるか! ビラーベック商会にネコ耳族の女の子が!」
『付け耳ですよ、旦那!』
「え?」
手を伸ばして耳を触ると――厚地の布で作られた耳だった。
この風習にはちょっとついて行けませんね-。
「私の娘でアンニャです。アンニャは猫が大好きでして。これアンニャ、ご挨拶は?」
「ネコ耳しゃん、お耳触っていい?」
うむ、舌足らずが可愛い。てか、挨拶は?
「かまわぬが、おうっふ!」
弾けた栗のような勢いで抱きつかれ、耳を揉み揉みされる。この子、躾がなっとらん!
「こら! イオタ様から離れなさい」
「やだ!」
拒否しても所詮五歳児。力ずくで引きはがされた。
「やだやだ!」
涙が決壊寸前。わがまま三昧に育てられたのだろうな。
「アンニャちゃん、代わりにこれを」
『ちょっ! 旦那! わたしはヒギィッ!』
「ネコちゃん可愛い」
子供は小動物が好きなのだ。
小動物に子守を任せて、オットー殿と差し障りの無い世間話でも一つ……
「エンリコから長文の手紙をもらいましてね。さらに追伸が二つ来ました。かなりの冒険をなされたようで」
「いや、お恥ずかしい」
世間話のつもりが黒歴史話になってしまった。
脇に汗が出てきた。
馬車の窓を開けて、風を入れる。
ちょうど税関前であった。
「ピィー!」
ウラッコがパン一にされてハラパンされていた。持ち物をごまかしていたらしい。
間合いの悪い生き物でござる。
ベアリーンは大きい。スベアよりグレイハルトの方が大きかった。
グレイハルトよりグレート・ベアリーンの方が数倍は大きい。さすが、十日掛けても巡りきれないと言われた町。
大通りの両側に石で出来た家が並ぶ。それぞれ三階や四階建てだ。意匠も凝っておる。
『まるでレゴなブロックで作った町並みです』
柿色や山吹色、紅梅色などが使われている。異国情緒溢れる風景だ。もとい、イセカイ情緒溢れる光景だ。
「グレート・ベアリーンの中心に王の居城、スタンドクラス城があります。あれですね」
前方にはイセカイ独特の先端が尖った構築物、つまり城が見えてきた。
江戸城に比べ、より大規模な作りだが、敷地面積は小さそうだな。
『旦那のいた時代って天守閣が焼失してませんでしたっけ?』
大通りを進むにつれ、建物がだんだん立派になっていく。より背が高く、より幅が広く、より整った石使い、より洗練された意匠。
大きな辻を越えると、本陣に匹敵する豪奢な作りの町並みへと変わった。
ビラーベックの本店はこのあたりであろう。
「もう少し先です。今しばらくのご辛抱を」
なんと、まだ先か? もっとお城の近くか?
また大きな四つ辻を過ぎた。
町を形作る家屋敷が、より立派に、見るからに頑強な作りとなった。
もはや大筒を撃ち込んでも壊れぬ強さであろう。
夕時を過ぎて暫し、馬車が止まった。
「到着です。ここがビラーベック本店でございます。詳しく言えばこのあたりがぜんぶビラーベック商会なんですが」
「ほう!」
『へぇ!』
感嘆の言葉しか出ない。
いままでいろんな建物を見てきたが、ここほど立派な建物は見たこと無い。目の付く所全て複雑な意匠が凝らされておる。
正面の門であろうか? 細かすぎる彫刻が、これでもかとばかりに彫りまくられておる。
三井の本店があばら屋に見えるでござる。
『ロココ調、シンメトリカルドッキング。それは究極なる姿! 大いなる遺産!』
意味不明であるが、未来のお経でござろう。解ります。
それがしも正直度肝を抜かれたからね。
その門の前にずらりと人が並ぶ。ビラーベックの使用人であろう人々。
みな綺麗な服をお召しになっておられる。旅の埃にまみれた旅装束が恥ずかしい。
『絢爛豪華、綺羅星十字、貴介公子、颯爽登場、銀河美少年』
ミウラが狂ったままお経を唱え続けているでござる。
「どうぞこちらへ」
オットー殿の案内で、中へと免れる。
「どうも、どうも」
『すいません、すいません』
尊大なミウラですらかしこまる次第。
一階は商売の施設だった。人が大勢走り回っている。某は二階へ案内された。
案内された部屋で、湯を使わせてもらった。ここで旅の埃や汚れを落とさせてもらう。
着物を整えた頃合いを見計らっていたのか、丁度いい案配で使用人の女子が入っていた。
『これが噂のメイドです。本物。グハァ!』
メイド殿の話だと、これからビラーベック商会の商会長本人と面談するらしい。……某が。
お食事をご一緒に。……ですと!
肩が凝りそうな食事会と思われる。
しかしご安心召されよ。某、同心時代、仕事の都合で有名な料亭で接待を受けた事数回。
膳を前にした作法は心得てござるよ。
『イセカイで、和式と洋式の差が無ければ良いのですがね』