4.チャンバラ でござる
某は戦闘態勢を整えて待っていた。
いつもの袴姿に襷掛け。額に金鉢巻。細い鉄片入りの鉄鋼脚絆に腹巻き。腰は二本差し。
騒動があった直後である。人が集まっている。そしてしばし姿をくらましていた某が、完全武装で参上。
何かが起こる。
その期待が人を集めているのだ。
その期待とは――ヤクザもんとの全面対決。
予定では、この一戦直後、あるいは一戦中に逃げ出す予定である。
荷物は全てアイテムボックスへ放り込んでいる。宿は引き上げた。
待つ事暫し……。
一人二人……、坊主頭に片目の大男を先頭に、九人のゴツイ男が早足でやってきた。
案内している五人は、先ほどのサンピン共。
「親分、コイツが生意気なネコ耳の小娘です!」
「ほう!」
親分と呼ばれて答えたのは、片目の大男ではなく、脇に立っていた小男だった。
白髪交じりの豊かな髪を後ろに撫でつけた男。小洒落た服を着ている。こやつからは常人でない貫禄が見て取れる。
「ネコ耳の! あんた名前は?」
良く通るドスの利いた声である。
「拙者の名はイオタ。伊尾田松太郎でござる!」
丹田に力を込め、腹よりの声を出す。さあ、剣劇の幕が切って落とされた!
「親分、このバカヤロウに目に物見せてやってくだせぇ!」
「バカヤロウはてめぇだ! エンコ詰めろやコラァ!」
ガッキリと堅い物同士がぶつかった音。サンピン兄貴が鉄拳制裁を喰らった音だ。
「このお方はなぁ、ハイエンシェントネコ耳族のイオタ様といって、バルディッシュのオーガ一味30人を一人で全滅させ、スベアではトロールの集団50匹を根切りにしなすった大剣豪様だ!」
「え?」
某も「え?」
「そんな大虐殺ネコ先生が秘伝技を披露してくださってるってぇんだ! それ見てちったぁ勉強しろい! てめぇがそんなんだからいつまでたっても使いもんにならねぇんだよ!」
「いやいや、親分、拙者はそのような大それた者ではございませんが」
「これは失礼を。オーガ一味が50人でトロールが100匹でしたかな?」
「十人と二十六匹でござる!」
いま噂に尾ひれが付く瞬間に立ち会ったでござる!!
「ふっ、男達と同じく、命が短い道を歩む女か」
親分の後ろに控えていた用心棒っぽい二人。そのうちの一人が、なかなかに良い目で睨んでくれている。
肩をいからせながら前へ出てきた。
「私は強い者に目が無くてね。」
よしよし、少々筋書きから離れてしまったが、何とか……、うっ! こいつ強いぞ!
足運びが尋常でない!
全体に痩せている。
頬がコケっとこけた男。うらぶれているように見えていて実は眼力が強く鋭い。紙くらいならスッパリと切れそうな程鋭い。髪は青っぽい銀色。肩までの髪を後ろになでつけてある。
鞣し皮の上下に、両肩に防具。
おしむらくは顔色が悪い事だ。すさんだ生活を続けていたのだろう、血色が悪い。とくに瞼が青白い。
『はっ! あのお方!?』
「どうした、ミウラ?」
『そっくりなのです! まるで転生者!』
「ニャンだと!」
ミウラの知識は馬鹿にできない。貴重な情報を先に聞いておこう。それによって対処が違ってくる。どんな手を出してくるか分かったものではないぞ!
『先生!』
「先生?」
ミウラが先生とまで呼ぶその男とは!?
『後世の批評家が言う、最強の剣士は13代目石川五右衛門、続いての2強が山根伸介と福本先生。あのお方は福本先生そっくりだ! あれは強い!』
ああ……、いつもの別の見地からの意見でござるか。参考意見として記憶の片隅にでも置いておこう。
あと、13代目の話しを後でじっくり聞こうか。
まあ何だ、強いのは強いみたいだし。
某は腰を落とし、膝に力を蓄え、柄に手を軽く置く。
「仮称」先生も、重心を低く構え、同じく柄に手を置いた。
得物の長さはざっと見た所、某と同じほどか?
上手く体の陰に隠して間合いを計らせないようしている。
なんだこいつ! 思ったより出来るぞ!
「ネコ耳、お前の足運びが見えないんだが、そのズボンも武器の一つか?」
某の袴は、足口が広い。腰を落とし膝を撓ませると、足がすっぽり隠れてしまう。相手からは足の位置が掴めなくなるのだ。
「いいね。無性にお前を殺したくてしょうがない」
先生は先生で不思議な間合いの詰め方をしてくる。じりじりと両者の間合いが詰まっていく。互いの気が高まり、あと僅かで両者の気が合う。
「先生! 止めてくだせぇ!」
水を差したのは親分さんだった。無粋な!
「あっしらはイオタさんと事を構えるつもりは、これっぽっちも御座いやせん!」
必殺の間合いに身を割り込ませてくる親分。この親分も、なかなかの傑物だ。
「フッ! つまらん」
柄から手を離した先生は、クルリと背を向け、元来た道を勝手に帰っていく。
「ふぅー」
肺腑に溜めた熱い気を吐き出す。
あれは気組みからして違う。
あの様な強者がなぜ、ヤクザの世話になっている?
某、脇と額に汗をかいてしまっていたでござるよ。
「あの方は用心棒のエラン先生です。やたらめったら腕が立つんでさぁ」
聞いてもいないが、親分さんが教えてくれた。
「そうか、エラン殿か……覚えておくでござる」
「争いはやめてくださいよ、虐殺ネコ先生」
「拙者は虐殺などしておらぬ!」
「でも、野盗の50人斬り――」
「十人でござる!」
「トロール100匹――」
「仲間と協力してやっと二十六匹でござる!」
「でも、ほら……」
親分が指し示す方向。
「♪ネコ耳可愛いイオタちゃん♪ 野盗を50人斬っちゃった! トロールなんかは100匹だい♪」
歌っているのは黄色いもふもふした塊。
「ウラッコぇ! テメェ斬る!」
「なんだっピー!」
……それにしてもエラン先生の剣は小汚い柄だった。あやつらしくない。
あれだと戦いの最中にすっぽ抜けるぞ。
碌な剣では無いな。おそらく貧に窮して、剣を売り飛ばしたのだろう。代わりに手にしたのが、なまくら刀と見た。
そんな事を考えながら、刀身の汚れを手拭いで拭い、鞘に収めた。
なんだかんだあって、所場代は払わなくていいそうだ。
翌日。宿の部屋あてに、一部が赤く染まった布にくるまれた指の長さほどの棒状の何かが五本送られてきたことを吉祥に、グレイハルトの町を出ることにした。
――ブツはゴミ箱へ捨てておいた――。
爽やかな青空。絶好の旅日和であるったらあるっ!!
『せっかく人を集めたのに、チャンバラやって木戸銭を取る計画はおじゃんとなりましたね』
「それで良かった……あの御仁、某より少々強いでござる。スキルという汚い手を使わねば、拙者が斬られるだろう」
反省でござる。
武士とは――、などと綺麗事を言っていたが、知らぬ間に増長していた様でござる。
「ふんどしを締め直すでござる」
『旦那が身につけているのはパンティです。ちなみに締めたらマルコさんとアニスさんに食い込みます。何があったか知りませんが、締め直すお手伝いを致しましょう』
「一人で出来るからいい」
⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰
グレイハルトの冒険者ギルドにて。
「あれから何日も経つけど、新人さん来ませんねぇ?」
「一体どうしたんだろう?」
ギルマスと受付嬢チーフは来る日も来る日も、入り口を見続けていた。
ここはのんびりとした時が流れる町、グレイハルト。