3.港町グレイハルトその二 でござる
「おうおう! ネコ耳の姉ちゃんよぉ! ここで商売したけりゃ払うもん払ってもらおうかぁ!」
絶賛、ヤクザの兄さんに絡まれ中でござる。五人で取り囲まれた。
「いわゆる、所場代でござるか? それなら商業ギルドに確認してくだされ。料金は先払いしてござるよ」
「それは商業ギルド向け。俺らが話してるのは俺ら向け。商売の邪魔が入らないようにしてやったり、怖いお兄さんに絡まれないようにする用心棒代は別なんだよコラー!」
「ヘッ! 取り敢えず、今日の上がりはぜんぶ頂くぜ!」
勝手に口銭の入ったジョッキを逆さまにし、銭をズタ袋へ入れていく。
『旦那、気をつけてくださいよ。こいつらヤクザだ。何するか分かりませんよ!』
イセカイにもいるんだな、ヤクザもんって。限られた狭い場所でシノギを削ってる連中。
「心配するなミウラ。伊達に同心をやってはいない。こういった手合いは、あしらい慣れておる。コホン! そこの親分さん!」
笑顔で。勤めて穏やかに声を掛ける。
「おう? 俺の事かい?」
サンピンのくせに親分と呼ばれて気分がいいらしい。
「それは、みかじめ料でござるな。拙者、各地を転々としているでござるよ。その地その地の親分衆に気持ちよく払ってきたでござる故、ご案じめさるな」
顔はにこやかだが、尻尾は激しめで左右に揺れている。
「話し早ぇえじゃねーかよ! これで姉ちゃんも堂々と仕事できるってもんだ。絡んでくる奴がいたら俺らに声を掛けてくんな。不届きもんはコテンパンに伸して叩きだしてやっからよ!」
協力的に見えたのであろう、恫喝的な言葉が引っ込み、馴れ馴れしい言葉に取って代わった。
「拙者ら商売人の護衛や安全を考えれば、進んで払うべきでござる。今までは、そうしてきたが……その方らは若干不安が残るでござるなぁ」
半眼で睨み付ける。ヤクザもんは、こうした言い方に過敏に反応する。
「なんだと?」
ほらね。再び凄み出すヤクザ者。いや、チンピラか。
近くで商売をしていた者達の中には、荒事の予感に店をたたみ始める者もいた。
「若干どころか、大いに不安。むしろ心配でござるよ!」
「あ? 喧嘩売ってんのか?」
「生意気な口聞ってっと腕の骨の一本や二本折るぞ! そうすっと商売できねぇよな! ね、兄貴!」
予想以上の純粋な馬鹿共である。
「老婆心で忠告致す。貴殿らは二つのヘマをやらかしたでござるよ。気づいておらぬか?」
目の前で二本の指を立てた。
案の定、そこへ意識を集中してしまうチンピラ。
「なんだと? 何がヘマだってんだ? おもしれぇ、言ってみろ!」
ほーら、こっちの術中にひっかった。こういうノリの良い馬鹿は楽で良い。
「一つは……、貴殿ら、集金途中で客を蹴散らしたでござろう? 後、三割は集金が見込めたでござるよ? 貴殿らの懐に納める金子は、もっと多かったはず。勿体ない事でござるなぁー」
「うっ!」
今更気づいても遅い。こいつら、実入りより効果を優先したのだろう。馬鹿だなぁ。
「もう一つも聞きたいでござるかな?」
「なんだバカヤロウ! 早く言え!」
バカヤロウはお前だっての!
「もう一つはヘマと言うより……、馬鹿をしたな。お主ら」
「何だと、ウッ――」
眩しいのだろう。掌を目の前に出して光を遮った。
ずっと手にしたままの長長尺刀の刀身でお日様の光を反射。兄貴の顔に当てたのだから。
長長尺をこれ見よがしに大上段に構える。
「抜き身の刀をぶら下げた者。それも正式な殺人術を学んだ武芸者の前に、素手で現れたって事でござる。それ!」
長長尺刀を振りおろした。
先頭に立って講釈を述べていた兄貴のベルトがブッツん。ズボンが下がる。
「ひぃいー!」
後ろへ下がろうとしてズボンが足に絡まり、仰向けにひっくり返る。残り四人はアニキをかろうじて受け取っていた。
そして、ミウラに目で合図を送る。
「get.are.(ゲツター)バルディッシュ!」
『ガッテン承知!』
光る魔方陣の中心より、バルディッシュを引き抜く。
「むーん、くりすたる、ぱわー! めいく、ふるめたるじゃけーっと! ますかーきちゅーし!」
ミウラに教えてもらった古式ゆかしき呪文ばーじょん二。
青白く輝くバルディッシュ! ぶんぶんと振り回す。
「まほうのねこみみしょうじょ、まじかる☆イオタ! それすたるびーいんぐに変わっておっ仕置きよっ!」
光が先端の刃に集約されていく。
「鳳凰幻夢! ふぇにっくす・バルディーッシュ!」
「ちょっ! ちょっとおー!」
振り下ろした斧部分が地面に食い込む。光が地を駆ける!
狭い範囲の地面が揺れ、ヤクザもんがひっくり返った。
「首、おいてけー!」
もう一回大上段から振り下ろすバルディッシュが、兄貴格の顔の真横の地面に食い込んだ!
「あひっ! うひっ!」
首が切り落とされてないことに驚愕の表情を浮かべる兄貴。
「おう、どサンピン共! てめえらじゃ力不足でぇ! 拙者から金を巻き上げてぇんだったら、拙者より強い武辺者を連れてきやがれってんだ、こんちくしょうめ!」
「ひぃ! お助けー!」
とある方言で凄んでやると、尻に帆掛けて逃げていった。
「おっ、覚えてやがれー!」
それでも一言置いていくところ、さすがヤクザ者の面目躍如といったところか。
「一昨日きやがれ!」
定番のご挨拶で返したでござる。
『アガリを置いていってくれましたね』
おひねりを収納したズタ袋が落ちていた。チンピラ共の忘れ物だ。
――正当な所有権はこちらにあるがな。
「うむ、今日の所はこれまでにしよう」
残って見物している人がそこそこの数いた。刃傷沙汰の懸念があったのに、剛胆な人達だ。
『旦那、面倒事に巻き込まれる前にこの町を出ましょうか?」
「ふむ……」
考えることしばし。
「運次第だが、……旅費の足しになるかもしれない」
イオタの旦那の運値は低い。