2.港町グレイハルトその一 でござる
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ここはのんびりとした時が流れる町、グレイハルト。
その冒険者ギルド。
ギルドの受付カウンターの中では――
ギルマスと受付嬢チーフが緊張しつつ入り口を凝視していた。
「そろそろ来てもいい頃ですよね? 期待の新人って」
「うむ。野盗の集団30人をたった一人で斬り捨て、50匹のトロール集団を壊滅させた期待の新人だ。ここでAランクに上がってもらう。良い宣伝になるぞ!」
「来ますかね?」
「はははっ! 来るさ! 冒険者は、仕事しなきゃおまんまの食い上げだ。だから冒険者は冒険者ギルドへ足を運ぶ。それはA級であろうとS級であろうと変わりはない!」
「そうですよね!」
ギルマスと受付嬢チーフは笑い合った。若干の不安を押し殺しながら。
その頃ッ! イオタとミウラは商業者ギルドにいたッ!
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某は、グレイハルトの港町へ入ってすぐ、商業者ギルドにこの身を登録した。
余計な経費が掛かるのに、なにゆえ、商業者ギルドに加盟したのか? その理由を話すと少々長くなる。
大前提として、某は武士である。
武士であるが戦人ではない。
戦う力は保有しておるが、好んで刀を振るうつもりはない。
某、江戸の町人を犯罪者の手より守る同心であった。
恐れ多くも徳川家の末臣を自負する武士故に、「忠」や「考」それと「悌」を守る者である
正義の心は誰にも負けぬ。
権力の最高点に位置する武士故、正義の心は町人に負けてはいけない。武士とは、法度を守る「義」を持つ者である。
ヘイモやデイトナのように、生活の糧として魔獣を相手に戦う職業には就けぬ。
イセカイに徳川家は無い。故に某の「忠」は某自信に向けられる。
さて、某を動かすのは「義」である。
武士故に正義と大義を最高のよりどころと成す。
バルディッシュのオーガの件、並びにトロール大量発生の件は、義によって立ち上がった。正義と大義という道徳に突き動かされ、某は動いたのだ。
一方、金もうけは商売である。
商売なら商業者ギルドの元で商う。
それが道理である。
ぶっちゃけ、某は元来、平穏を愛するネコ耳なのである。
『とかなんとか、お題目を唱えておいでですが、「それ」を売って手っ取り早く糧を得ようって魂胆ですね?』
「うむ、まあ、そういう捉え方もあるでござるな」
某が広場で売っているのは水飴である。
「甘い食べ物は、どこの国でも不足している、と言っていたのはミウラでござろう?」
『それを即売りに出す、旦那の行動力に感嘆している次第です』
「よしよし、水飴、もう一本食べるか?」
『よろこんで!』
ふっふっふっ、小麦を使って水飴を作ったのござるよ。
この世界に箸は無い。
そこで製材所にて、箸に似た棒きれを大量に(無料で)引き取り、それに水飴を搦めて売り出したのだ。
砂糖に比べ甘さは少ないが、かわりに安い。
パンになると途端に高くなるが、『パン屋ギルドの利権ですな』、原料の小麦は安い。
故に、売り出し値段が安い。たった十セスタ。
二本の箸でコネて食べる、といった遊び要素が入っているから、子供に大受けである。
この調子だと、夏本番で冷やし飴を売れば大もうけかも!
何日も水飴を売っていたら集客率が落ちてきた。飽きられたのだろうか?
一品当たり単価が低い商品を売っているので、販売量が落ちると、純然たる利益ががくんと落ちる。これは痛い。
ここは一つ、手と品を変えよう。
ネコ耳村で手に入れた長長尺刀が役に立つ時が来た。
「さてお立ち会い! 拙者、二天一神流免許持ち! 抜刀術の達人でござる!」
鉢巻きに襷掛け。よそ行き用の袴姿。そして腰に一刀。
この刀は普段使いの定寸。
「当家に伝わる家宝、正宗が暇にあかして鍛えた天下の名刀デェエーイ!」
わざとらしい気合い一閃。目にもとまらぬ速さで抜き放つ。
「おおーっ!」
ポロポロと集まっていた人達から声が漏れる。間髪を入れず畳み込む。
「抜けば玉散る氷の刃。刃こぼれ錆び一つ無い」
一回二回と型に従って振り回す。
「さて本日は、特別に我が流派門外不出の奥義をご覧に入れましょう! さあさ、お代は見てのお帰りだ」
なんだろうと客が前屈みになる。客が客を呼び、予想を上回る人が集まった。
「ここに取り出したるは、家宝中の家宝!」
ここであの長長尺刀である。
刃渡り六尺三寸。
『約190㎝ですね。ケンシロウの背より5㎝高い』
真横に立てると某の背丈より高くなる。
鞘を腕に沿わせ長いのを強調。
「ご覧のように、拙者の腕より長い。左手で鞘を持ち、右手で引き抜く事はこれこの通り!」
鞘を持った左手をいっぱい後ろに下げ、柄を持った右手をめいっぱい前に出す。鞘より銀色に光を放つ刀身が顔を出す。
両腕をいっぱいいっぱい伸ばしても切っ先は見えない。
「これは馬上より歩兵を切りつけるための刀。名付けて馬上刀。あまりの長尺故、従者に鞘を持たせて抜く作り。もうとう、一人で抜くようには作られてござらぬ!」
立て板に水を流すような弁舌に、ほうほうと頷く見物人。
昔、潜入捜査のため習った口上が役に立つ時が来るとは夢にも思わなかった。
「さてお立ち会い! 拙者が見事これを抜けるや否か? 抜ければ拍手御喝采!」
普通抜けない。ミウラが言う所の生物学的物理学的に抜けない。
某、柔軟運動を兼ねて、手首の関節と肩関節をポキポキと鳴らす。
何という単語だったか忘れたが、客の意識を誤った方向へ導く手法である。
関節を鳴らせば、関節に秘密があるのでは? と幾人かは思いつくだろう。
例えば、関節を外して腕を伸ばすんじゃないか? 等と。……痛くてとんでもない話であるが。
『ニャーン!』
可愛く鳴くミウラ。頭の上に真っ赤なリンゴを固定させてある。
『だだだ、旦那! しししし信じてますぜ!』
「そんなに震えていると、良からぬ所を斬ってしまうでござるよ」
『ひ、ひいいっ!』
「いざっ!」
腰を落とし――次の呼吸で腕を振る。
リンゴは見事、上下に真っ二つ。
右腕には抜き放った超超尺刀。
「おおおーっ!」
観客大受け!
某、超超尺刀を見せびらかしながらお辞儀する。……仕掛けを施してある鞘の方は、背中に隠しておく。
『ニャーン!』
ミウラが可愛く片手を上げてクニクニした。
それが合図となった。
「おおっ! それ! お代だ!」
「良いものを見せてもらった。そら、おひねりだ!」
これ見よがしに置いておいた木のじょっきに小銭が投げ入れられる。
続々と投げ入れられ中。
想定外の金額が集まりそうだ。
「おうおうおう! 誰に断ってここで商売やってんだおう!」
「帰ぇれ!帰ぇれ! 見せモンは終わりだ!」
「代わりに別の見せモンが始まるぜ!」
集金途中だというのに、怖いお兄さん方が五人ばかり割って入ってきた。
おかげでお客さん達が逃げるように、つーか、逃げてしまった。
あーあ。面倒なのがやってきた。