3.イセカイその二 でござる
さて、川上に向かい、全裸で歩くことしばし。
……全裸もこれはこれで快適でござる。
……新しい趣味への扉が開けた気がして、困惑することしばしで御座った。
「え? 何?」
突然、進行方向で火柱と煙が天高く上がった。
体がびくりと反応。足がすくんだ。
しばらくして聞こえてくる爆音。雷鳴によく似ておる。大筒が使われたのであろうか?
音の大きさから、爆発の規模が大きいと判断した。城の大手門を吹き飛ばせる威力であろう。イセカイは戦国の世であったか!?
いや、そんなはずはない、と思う。思いたい。
争いの危機に身構えた。何しろ全裸だし。男衆に回されるんなんて、まっぴら御免。昨夜の御菜はあくまで想像上の産物に過ぎないったら過ぎないのでござる!
いざとなれば川に飛び込み、下流へ逃れる覚悟で……ネコ的に水泳ってどうよ?
犬派だったので良く分かんないが、あいつら水を嫌うと聞いている。某、前の世では水練も嗜んだ(子どもの頃)から、泳ぎに自信はある。
そういえば、伝助が無類のネコ好きであったな。
己の限界に挑戦し続ける生き物だとか、太古より人間の仕事を邪魔をする為に存在する生物だとか、可愛さだけで全生物の頂点に立った種とか、ネコの事となるとニヤニヤしながらぬかしておったわ!
とにかく、用心しながら川を遡っていった。
足の裏にも肉球が存在するので、尖った石ころを踏みつけても痛くなかった。
肉球様々でござる。
足場の悪い河原をどれくらい歩いたろうか? 川が曲がりくねっていて、真っ直ぐに進めにのが腹立たしい。
とうとう雨が降り出してきた。体を動かしてないと肌寒い。
背まで伸びた黒髪が雨水を吸い込み、雫として垂れ始めた頃。
伊耶那美様が用意してくれた小さな村にたどり着いた。
――壊滅していたが。
村の建物が薙ぎ倒されていた。火災の跡もある。
そこかしこに損壊の激しい死体がゴロゴロと転がっている。
やはり某と同じであろうネコ耳一族の村だった。頭頂に三角の耳。尻には長い尻尾。
男も女も、老人も年端もいかない子共も、仲良く一緒に死んでいる。
なまんだぶなまんだぶ……。
襲撃が終わり、下手人は立ち去った後のようだ。こちらは寸鉄も帯びぬ素っ裸の少女が一人。某としても、下手人が彷徨く現場は避けたい。元同心であったとしてもだ!
この村の者達、服は前合わせで、着物に似ている。ネコ耳族は前世と同じ習慣を持つ模様。これは暮らしやすい……。
ってか、死体を見慣れた同心であろうとも、いかんともし難い光景である。まさに地獄の一丁目。いや、三丁目位には足を踏み込んでおるネコ耳美少女が一人。これが素人だったりした日には、先ほど胃の腑へ納めた生魚を吐き出していたであろう。
職業的に、とある死体を検分する。
まだ若い女子おなごである。
背中を袈裟斬りで一撃。背骨まで逝っている。
傷口の様子から、重くて長い得物と思われる。幅広の長巻きみたいなのとか?
む? この子の肉球、小さいな。黒っぽいし。ちなみに某のは桃色だ。
両手を合わせて仏さんに拝んでおく。
さて――失礼して、前の合わせを緩める。
なんだろう? 乳を覆うような布が? 乳当てか?
イセカイの風習はよく分からんな。
下も脱がせてみる。
着衣に乱れがござった。惨い事をする。
ぬう? この下履きは?
この子は湯文字を捲いてない?
ふんどしの前布がないような、へんな肌着だ。逆三角形の小さな布きれがお股をぴったりと覆っている。
なんか、こう、……仏さんを前にしてるんだが、なんか、こう……男の部分をふしだらな気にさせる、いわば強い神通力を感じる下履きでござる。
イセカイの風習は難解でござる。
さて、色々と調査の結果、この村を襲ったのは、少なくとも十人を超える集団でござろう。大多数が剣を使う。中に、大規模な火薬を使う者がいる。手練れの忍びが混じっているかもしれぬ。
この火薬を使った戦法が厄介だ。刀を手に入れたとしても、火薬の前では役に立たぬ。
どう対処しようか?
地獄の光景を前にして、冷静に考えている某がいる。
状況は最悪。腰の物が無い故、なお心細し!
襲撃者がどこかにおるはず。何者でござろう? 山間の村故、山賊の類いであろうか?
明るいうちに村の生き残りを探すものの、やはり死体ばかり。全滅でござるな。根切りでござる。動く者は一人として居らぬ。
遠くからこちらを威嚇するネコが数匹いるばかり。この村で飼われていたのでござろうか? 可哀想に。
山賊による襲撃方法は奇襲でござろう。武器を手にした仏さんの数が少なからず居た。この村にも侍が居たのでござる。かの者達が、切り刻まれておった。……あの時の某のように。
侍の持つ武器は、……見慣れた刀。反りがあって、鍔が凝っていて、握りに鮫肌と糸が使われている。イセカイの武士に手を合わせておいた。
さて、仏さんの始末でござるが……、
悲しいかな、これだけの数の死体、某一人で埋めるには手に余る。可哀想だが放っておくしかない。
いずれイセカイの御上より探査の手が伸び、賊共はお縄になるであろう。これだけの殺しをしてしまったのだ。端役の者ですら市中引き回しの上、磔獄門は免れぬ。
伊耶那美様、これのどこが「簡易に生活が開始できるよう用意した村」でござるか?
昨日のうちにこの村へたどり着いていたら、某も死んでいたでござるよ!
己の無力感に空を見上げる。灰色の空から落ちてきた黒い雨粒が顔に当たって痛い
雨はまだ止まない。いよいよ本降りの様相となってきた。
間もなく日が暮れる。体が冷える。素っ裸故、寒さが尋常でない。
このままでは体が保たない。
喉が渇いた。腹にまともな物を入れたい。着物が欲しい。屋根の下で眠りたい。でないと、今夜死ぬ。
生きている者は四つ足のネコばかり。
すると――、
トラジマの子猫がひょこひょこと近づいてくる。つぶらな眼で某を見ている。可愛いではないか! 伝助がネコを可愛がる理由が分かった気がする。
某を村の生き残りだと思っているのだろう。保護を求めておるのか、甘えたいのか。
……哀れな。
いや待てよ。あれをこたつの代わりに出来ぬものか?
しゃがんで、にっこり笑って、おいでおいでをすると、親しげに近寄ってきた。
ヒョイと抱き上げ、温もりを堪能する。
『おねえさん、ひょっとして伊尾田様ですか?』
ネコが喋った。
鼻に掛かった色っぽい少女の声だった。
トカゲも喋ったのだ。イセカイともなれば、ネコも喋るのだろう。