表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/164

間話:吟遊詩人ウラッコ


 二泊三日の船旅が始まった。


 朝早くの出港であったが、日は西に沈みそう。……しつこいようだが、イセカイでも日は西に沈むのであろうな?


 その日は何事も無く終わりを迎えようとしている。

 夕餉は船の大広間にて、客全員が揃ってとる決まりだそうだ。安くもない船賃に朝晩が含まれているので、遠慮無くいただく事にする!


 食堂とやらに案内される。大勢の人で混雑していた。

 何かを催す舞台だとか、酒を出すカウンターがあったが、椅子に座ると人の頭で何も見えなくなった。背が低いと不便でござる。


 さて、テーブルには既に料理が並んでいた。

 冷え始めていたが、待たされるよりは良いと思うのが某の性格である。むしろ喜んで食事を始めたほどだ。


 そうこうする内、演奏が始まった模様。

 ここからは見えないが、男の声だ。高音が綺麗に伸びている。

 歌謡を聞きながら、不味くもなく旨くもないイセカイの料理に舌鼓を打った。

 オツである。粋である。


 ふと気がつくと目の前に奇天烈な風貌の人物が座って、某をじっと見つめていた。

 目に悪意は感じられないが……


「いつの間に?」


 背は低い方。頭も胴体も目も、ぜんぶ丸で描ける。

 黄色いモサモサの髪。頭頂には同色の羽根飾り。


「僕は吟遊詩人(バード)のウラッコだっピ!」


 声がでかい。あと甲高い。どこかで聞いた声。さっきの歌謡はこやつであったか。


「お姉さんはネコ耳族だっピ?」

 声がでかいって!


「うむ。拙者、伊尾田松太郎と申す者。イオタとお呼びくだされ」

「じゃ、イオタちゃん!」

「ちゃん付けは止して頂きたい」


 大声でイオタちゃんは、わりかし真面目に止めて欲しい。

 にしても、こやつ、普通の人ではないな? 某と同じく動物系の人間だろうか?


「お客様、トリ羽族の方は初めてでございますか?」

 水を持ってきた給仕さんが教えてくれた。


 トリ羽族という一族がいるらしい。


『鳥だからバード。うまい! 座布団一枚!』

 意味が解らん事を言っているのは、チャトラネコのミウラ。某の相棒である。


 某が生きた江戸時代とやらから四百年後の未来からやってきた元女子博士。なぜか雄の子猫に希望して転生してきた経歴の持ち主。魔法使いである。

 こやつ時々、先ほどのような不可解な戯れ言を言う悪い癖がある。


吟遊詩(バード)人とは、各地を旅して周り、歌を歌ったりお話を曲に乗せて語ったりする職業の事です。大道芸人の一種ですかね?』


 流浪の者か。ならば、世界各国の事情やこの世界の事を詳しく知っていような?


「酒でも飲むでござるか?」

「頂きますっピ!」






「この船が向かうゲルム帝国は、幾つかの国を従わせているっピ。大きな国だっピ」


 ウラッコは酒に弱かった。すぐに酔う。一度酔えば、あとは酒を舐めるようにして飲み続ける。


「国としては新しい方だっピ。建国されて200年は経つけど、いつまでも新興国と呼ばれているっピ」

「ほほう。して、国の特徴などはござるかな?」


「大陸最強と名高い鋼蹄騎士団を大勢抱えているっピ。海に面した一方を除く3方を大国に囲まれているっピ。だから、軍備は手を抜けないっピ。文化や芸術も自由な風潮があるけど、えてして固いのが好まれるっピ」


 なるほどなあ。


『じゃあ、イオタの旦那、今度は周りの国を聞いてください』


 これまでチャトラの子ネコ、ミウラの指示通りにウラッコに質問を出していく。ミウラはこう見えて三十才の元女。博士の如き知識を蓄えた、某の頭脳である。


「ゲルムの西にフランク王国があるっピ。ここもでかいし強いっピ。両国の堺に鉄を産出する小さい国があるっピ。そこは鉄鉱石の鉱山を人質にして独立しているっピ。だから、両国の緩衝地帯になってるっピ」


「そうかそうか、呑みねぇ呑みねぇスジ肉食いねぇ!」

「遠慮無く頂くっピ。南東は8つの王国を束ねているレブリーク帝国と国境を接しているっピ。レブリークは千年の歴史ある国だっピ。歴史がありすぎて退廃臭もかなりのものだっピ。真東にマスクーバ皇国。これも由緒正しい古の大国だっピ」


 ゲルム帝国は、古い国の横にあるからいつまで経っても新興国と呼ばれるのか。


「イオタちゃんが行こうとしているヘラス王国のタネラは遠いっピ」


 日本の国より長い距離を移動せねばならぬ、それは覚悟の上。

 理想の王国。理想の保養地タネラ。それが某とミウラの最終到着地。

 ……暖かい土地でゆるりと過ごす為には命を惜しまぬ!



「まず、ゲルム帝国の真ん中辺から、ダヌビス川で船に乗り、レブリーク帝国を突き抜けて、ジベンシル王国に出て、そこから陸路で南下し、デスパルト山脈越えがらくちんだっピ」


 貴重な道程が示唆された。スベアのギルドとビラーベック商会からの意見と合致した。これで行程目標は決まった。

 とはいうものの、まだまだ先は長いでござる。


「レブリーク帝国の東。ジバンシル王国とレップビリカ王国のさらに東に、ドラグリア帝国があるっピ」


 ドラグリア帝国とな? 顔の体毛がビンビン来ている。重い言霊を感じるでござる。


「ここはみんなと違う考えを持つ人々の国だっピ。政や生活や宗教が、全く違うっピ。ここにだけは足を踏み込んではいけないっピ。すぐ側を通る事になるから、気をつけるっピ」


 日本の薩摩の様な所でござろうか? 一度足を踏み入れた者は二度と帰らぬ魔界と人は言う。

 くわばらくわばら。気をつけよう!



 

「スキル? 聞いた事無いっピ!」

 ミウラに言われるがまま、スキルの事をウラッコに聞いた答えである。


 某の「加速」「異常状態無効」「超回復」「手先器用」それと「妊娠・性病予防」はスキル枠とミウラは言っていた。神に与えられた能力であると。

 そのスキルとやらが、イセカイには無い。

 元々何処にあったのか?


「武術の必殺技とか、僕の弾き語りとかって、いっぱい練習して身につけるものだっピ。簡単に習得されては立場が無いっピ」


 それもそうである。冷静に考えてみると、某やミウラのスキルは反則でござる。


「でも……、人によっては向き不向きがあるから、それがスキルと言ってもいいかも知れないっピ」


 人が持つ天賦の才。それが顕著化、または作られた能力が某らのスキルに相当するものなのであろうな。


 「アイテムボックス」もイセカイには無い神通力らしい。


『中身の時間が普通に経過するという、劣化番のアイテムボックスですがね。よく考えれば、時間が止まってるって事がおかしな話しなんですがねぇ』


 時間が止まってしまうなどと、ややこしい話しは勘弁でござる。熱い物は冷える。冷たい物はぬるくなる。刺身は腐るだろうし、野菜は萎れる。

 当たり前のことが成り立たねば使い勝手が悪い。

 もし味噌を造ったとして、熟成が進まねばいつまで経っても塩豆のまま。味噌にはならん。使えないアイテムボックスなど不便でしかない。


 とはいうものの、「アイテムボックス」「加速」「異常状態無効」「超回復」「手先器用」口にするのもはばかれる「その他」は、イセカイを生きるのに有利な手段。 


 あり得ない能力を伊耶那美様に頂いた。

 この世界の人達には悪い事をしたと思う。


 だけど――



 もらった者勝ちでござる!




「イオタちゃんのお話聞きたいッピ。お里の珍しい話しとか、なんかネタになる話しを聞きたいッピ」

「うーむ、ネタと言われてもなあ……」


 困ったな。こことどこが違うんだろう? 米とか? 日本橋とか?


『ウラッコは吟遊詩人です。話しの前口上とか、おきまりの見栄切りなんかどうでしょう? わたしが知ってるネタを披露しましょう』


 それは名案でござる!


「前口上で有名な台詞が、いくつかござる」

「教えて! 教えてッピ!」

「まず一つ。星から星に泣く人の、涙背負って宇宙の始末。人呼んで銀河――」


 等と、ミウラ口伝の自称名台詞集を夜が更けるまで続けたのであった。






 そして、深夜の個室にて。

 ミウラと、ささやかな宴会を開いていた。


 旅本番。本当の旅に出た記念に、二人だけで祝おうというのだ。

 アイテムボックスより取り出したのは、スベアの町で買った名物の数々。


「先ずは竹パン」

『何ですか? 竹パン?』

「見ての通りだ」 

『……また、ニッチでキッチュなのを買わされて……』


 腕の長さほどある竹。それに巻き付けて焼かれたパン。題して竹パン。


「皮が被さってるが、中はしっとり柔らかという。拙者としてはもっと固いのが好みなのだが」

『旦那はふわふわの白パンより固いライ麦パンを好んで食べますからねぇ』


「頂く際、こうやって……穴が開いてしまうのな」

 竹を引き抜くと、竹輪みたいなパンになった。


「芯を抜くとふにゃふにゃだな。……今更だが、穴が勿体ない」


『よく考えて買って……ダメだろうな。前向きに考えよう! 中に何か入れてサンドイッチ風にしましょう。ちなみにサンドイッチとは具をパンで挟んだ料理です。具入りいおにぎりの具がでかい奴ですかな?』

 それは旨そうだ。


「ならば、今日の為に買い込んだ肉の腸詰めを!」

『ソーセージね』


「太いソーセージを穴に突っ込むと……ミウラ、手伝え」

『これがホンとのネコの手をっと。入れますよ』


「一本じゃスカスカで物足りないな」

『武士らしく二本差しにしましょう。それ!』

「二本は見るだにちょっと、あっ! それダメ! ムリ! 壊れちゃう!」




 ⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰



 同時刻深夜。見回りのため船内を彷徨く船長は、とある乗客の部屋の前で足を止めた。

 ぶ厚いドアを通して、少女の声が漏れていたからだ。

 なんだろう?


 皮が……柔らかい……固い……穴に突っ込む……ムリ……壊れちゃう……


 魅力的なワードの数々。

 この部屋は確かネコ耳のコケティッシュな美少女が泊まっているはず?

 だとすると……。


 歩く途中の姿勢のまま、耳をそばだてる。部下に見られると言い訳が立たないからね。

 内股で歩く姿勢のママ。格好悪いが背に腹は代えられぬ。男は時として後に引けぬ場合がある。今がその時だ!



 ……今宵はいい汗がかけそうだ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ