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26.凱旋 でござる


 首級って、塩漬けにしないと腐るんだよね。


 二十六匹のトロールを討ち取ったり!

 赤い鎌とハンマーと付け足し二名は、スベアの冒険者ギルドへ凱旋した。


 全員、ギルドマスターの部屋へ呼ばれた。

 泥や汗、トロールの返り血などが服や顔にこびり付いた汚い格好のままだ。

 ギルドマスターのボリスが、両腕を開いて出迎えてくれた。


「よく帰ってきた! 北へ向かったチームが一人を残して全滅したんだ。だから、そちらも、もしやと思い捜索隊を編成していたところだったんだ。無事でなによりだ!」


 ボリスは、先に北へ向かったチームの悲劇を話し出した。

 北もゴブリンがトロールに駆逐されていた。

 北チームの悲劇は、トロールの主力と遭遇したこと。

 冒険者の接近を先に関知され、先手を取られたこと。

 トロールの一団を指揮するトロールに実力者がいたこと。

 五十匹以上のトロールの集団に襲われた冒険者は、一人を逃がす為、捨て身の行動に出た。


 尊い犠牲を払い、生き残りはその場を脱出した。

 深い傷を負ってはいるものの、命に別状は無い。報告も届いた。


「犠牲になった連中は、皆地元の冒険者だからな。被害が親族友人に及ぶ事を考えたんだろう」

 冒険者の鑑でござるな!


「では、そちらの報告を聞こうか」

 ボリスが話しを促した。


 代表して、ヘイモが報告してくれた。某らは、補足説明するだけ。あと、討伐時の脱線しがちな話しを元へ戻す役もだ。

 話が終わる頃、南へ向かっていた冒険者チームが帰ってきた。こちらは無傷。ゴブリンもトロールも見かけなかった、痕跡も無かったとの事だ。

 命拾いしたな、南のチーム!


「ふむ……」

 椅子に深く腰掛け直したボリスは、つかの間、天井を仰いだ。

 そして……


「もはや我等冒険者ギルドの手を離れた。この情報を領主様に届け、トロール討伐の軍を出してもらおう」

「それがよいでござる。ここまで被害が出て、なお座しておるようでは領主の名が廃るでござる」


 冒険者一組が壊滅したのだ。生存者もいる。報告は二カ所から。これ以上の証拠は要らぬであろう。

 四日後にスベアを離れ船の上の人となる某にとり、既に手の離れた案件となった。


 後で聞いた話しだが、ボリスによるトロール南下の報を受け、スベア軍がようやく重い腰を上げたそうだ。


 規定の報酬を即日頂戴したのだが、討伐報酬でもめた。

 取り合いになったのではなく、譲り合いでもめてしまった。


「イオタさんが全て取るべきです。俺たちはイオタさんに助けられたんですから、受け取ることはできません!」

 ヘイモ達赤い鎌とハンマーのチームはもとより、デイトナまでがそう言っている。


「拙者は先頭切って突っ走っただけでござる。ここは皆で公平に分配すべきでござろう?」


 といった押し合いへし合いを延々と繰り返していたところ、件の受付嬢にてボリスの妾カーリンが痺れを切らした。


「だったら、イオタさんが半分とって、残りを分けなさい。それでいいでしょ?」

 凄い恐い顔だった。


 結局、カーリンによる和議の案で納得する某ら。

 こうして、波乱を含んだ一件は解決した。


 お話は終わり、名残を惜しむ仲間達と別れ、某はギルドで一人となった。


「カーリン殿」

「なによ」


 相変わらず女子には無愛想なカーリンである。

 同じ愛人属性なのに、カーリンとデイトナ殿で、どうしてこうも違うのだろうか?


「拙者、四日後にはこの地を離れる予定でござる。そこで、恩になったカーリン殿を夕食にでもお誘いしたいのでござるが、いかがでござろう? 迷惑でござろうか?」


 ブスッとした表情が、やたら柔軟になるカーリン。


「あらあら、そういうお誘いならよろこんでお受けしますわ」

 一安心でござる。


「されば、今宵は……後始末に忙しいので、カーリン殿の不都合な日にちをお教えいただければ、それを避けてお誘いいたす。いかが?」

「そうね」


 予定をこれから思い出すのであろうと思ったが、即答で帰ってきた。


「明日の夜と三日後が駄目ね」

「明日と出発の前夜だけが駄目でござるな? なるべく合わせるでござる。返事は明日にでもこちらに伺ったときに。ではこれにて!」



『イオの旦那、女の子に奥手の旦那にしては、ずいぶんと猛アタック、熱烈なお誘いじゃありませんか?」


 ミウラがちょっかいを出してきた。

 そういやそうだ。事が恋愛事でなければ、気軽に声を掛けられる。


 これだ!

 今後、女子に声を掛けるときは、下心が無いときにしよう!

 解決!


 その日は宿に帰って熟睡。銀の森亭に予約したおいたから、手続きが簡単であった。

 風呂が有り難い。寝床が有り難い。


 そして翌日の夕方。

 冒険者ギルドのカーリンに、食事の都合が全部悪くなった事を告げに来た。


「唯一、空いている日が出発前夜でござる。申し訳ない!」

「いえいえ、いいのよ。気持ちだけで充分よ」


 頭を下げる某に、溜息混じりで労いの言葉を掛けてくれた。



 さて、そうなればあとは冒険者ギルドマスター、ボリスだけ。

 トロールの件で、忘れていた重大な話があるとして、ボリスに会見を申し込んだ。

 待たされるかと思いきや、すんなり通された。

 ボリスはパイプを磨いていた。


「おや、ミウラ君と一緒じゃないのかい?」


 今日は訳あってミウラと別行動だ。


「危ない現場に連れて行ったので、あれからずっとすねておる。今日はお留守番でござる。そんなことより忙しいでござろう? 時間は大丈夫でござるか?」


 今宵、カーリンとしっぽりする予定だろうからな。話し合いに時間を掛けないのが大人の対応だろう。

 ボリスは手をフリフリしてから椅子を勧めてきた。


「俺もようやく落ち着いたところだ。昨日の夜と今日の午前中を掛け、領主と打ち合わせをしてきた。商業ギルドのお偉いさんも連れて直訴さ。いつもの事さ。大したことない」


 二人して乾いた笑い声を上げる。

 笑いは突然終わった。


「単刀直入に尋ねるでござる。ボリス殿、ギルドの冒険者達を売ったでござるか?」

「何のことかな?」


 即答だった。即答過ぎる位の即答。まるで某の問いを予想していたかのように。


「刈り取った首は塩漬けにしないと、すぐに腐る。ゴブリンの死体は腐っておった。塩漬けにしておかないと死体は腐る物なのでござるよ」

「だから、何が言いたい?」


「ゴブリン案件が持ち込まれたのは、依頼のあった三日前でござる」

 話しを続ける。

「拙者らが発見したゴブリン腐った上に干涸らびておった。ゴブリンが死んでいたのはもっと前。少なくとも十日は前の事」

「それで?」

 ボリスは先を促した。


「ゴブリンの集団を見たという行商人達は、嘘をついていた。ならば、ゴブリンの死体とトロールの集団を見ていたはずでござる」

「ほう」


 余裕の態度だが、内面はどうかな?


「そうそう、ボリス殿が陣頭指揮をとり投入した人員構成が妙でござったな? 連携に齟齬を来さぬよう、一チームで一地域の調査をすべき所、今回は全て混成チーム。男所帯に女を入れたり、それを見せつけて、わざと連携を乱そうとしているふしがござった」


 口を挟んでこないので話を続ける。


「素人のような采配ばかりが目立つばかり。まるで冒険者に失敗してくれろと願うかのよう。いやはや、おかしな話しでござるな」


 ボリスは関心があるような無いような素振り。パイプに煙草を詰め、火を付けた。


「そもそもこの話を持ち込んできたのは商業ギルドでござる。ならば商業ギルドもグルということになる。当初よりボリス殿、いや、ボリス殿達の関心はトロールにあったのでござろう?」


 まだ話を続けねばならないか?


「さて、お手前らは重い腰の領主軍を動かす為に一手間掛けねばならなかった。トロールの集団という大敵を知っていながら、わざと過小な戦力を送り込み、被害の甚大さを訴える作戦でござろう?」

「イオタ。スベアの冒険者ギルドを敵に回すか? もはやお前は敵認定だ。Aランクアップも諦めてもらおう」

「笑止! 拙者、元より、冒険者としての栄達など望んでおらぬ!」


 ここから詰問調に言葉を換え、畳み込む!


「軍を動かす為に冒険者を犠牲にした! これが冒険者達を纏める男のすることか!?」


 怒鳴ってみたが、効果は薄いようであった。


「なに、全ては腰の重い軍が悪いんだ。もっと早く動いてくれれば良かった。より多くの命を救う為にな。お前がこの町の責任者だったら、6人の命と、子供を含む何百人の命と、どっちをとる?」


 これにはカチンと頭に来た。


「それは偽善と言うものでござる!」

「俺は町の人達を守りたいんだよ!」


 同じく立ち上がって怒鳴るボリス。額と額がくっつきそうな距離で。


 睨み合うこと暫し。

 某から椅子に座った。これは話し合いであって、殴り合いではない。

 ボリスはパイプを口にした。この者も落ち着こうとしている。まだ、話を続けられそうだ。


「ふん! 若いな。……ああその通りだ。俺が悪かった。謝罪を述べよう」


 全く反省の見られない謝罪。罪の意識の欠片も持ち合わせておらぬか?


「おっとり領主を動かす為、町ぐるみで一手間掛けた。グルになってるのは商業ギルドだけじゃないぞ。複数の有力者達が一枚噛んでいる。もちろん、領主様も痛い所を付かれてこちら側に立たざるを得ない状況になっている」


 ボリスはゆったりとした動作でパイプから煙草を取り出し灰皿へと捨てた。


「西の山脈に竜がいる。その竜のおかげでこのあたりは魔物が少ない。大陸の列強国も、こんな雪国を必要としない。強力な魔物も居ない。戦争も無い。平和な領土。領主のタガが緩んじまうのも仕方なかろう? 人は(ぬる)けりゃ腐っていくもんさ!」


 心当たりがあるのが何とも辛いな。

 某は平和な世界に生きていた。戦を司るはずの侍は、なぜか政を司っている。


「どうだい? これでもまだ足掻いてみるかい?」


 その勝ち誇った顔がしゃくに障る。反省する気も、本気で謝る気も全くなしと見た。これ以上話しを続けても暖簾に腕押し、糠に釘。言い負かそうとした気力も削がれた。

 作戦を次の段階へ進めよう。


「足掻く足掻かないは、これからじっくりと話し合おう。そうそう、当事者が目の前に居るのでござる。幸いにも宵の口。たっぷりと時間があるでござるよー」


 初めてボリスが嫌な顔をした。これからカーリンと良からぬ事を致す予定である。困れ困れ!


「フン! 5万でどうだ? それで手を打て。被害者の会を慰問する資金として工面しよう」

 とうとう懐柔策に出てきたか。


「悔しいでござるが、そこまで手を打たれていては、拙者に出来ることはない。……くっ! せめて金をむしり取るしか無いのか。仕方ない、拙者の負けでござる。それで手を打とう」


 某、侍であるが、同心でもある。同心とは、事件解決の為に、あえて流されることもある。臨機応変と呼ぶ。


「なあ、イオタさん」

「何でござるか? 話しは終わりでござるよ」


「さっきのどっちを取るという話しなんだが、もしイオタさんなら、どっちを選んでいた?」


 六人の命と何百人の命。どちらを取るか? という命題であるな。

 そんなの決まっておる。


「どちらも助けるでござる!」

「はは、そうか……その手があったか」


 何を笑っているのか、凡夫には理解できぬ。某の負けは負けでござるよ。

 某は、第一回戦の負けに、項垂れたフリをしながら旅籠へ戻った。




 そしてして、草木も眠る丑三つ時。

 ミウラが帰ってきた。


『バッチリですよ』

「そうか、それは良かった」




 ネコとネコ耳が狐の目で笑っていた。



次話で第一章、スベアの町編を終了致します。

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