24.ゴブリン殺人事件 でござる
「ゴブリンとやらの死骸でござる」
『腐ってやがる』
水気が無くなり黒く変色している。蛆が湧き、蝿が飛び回っている。
首が異様な曲がり方をしている。頭が爆ぜているのもある。
そんな死体が三つ。体はバラバラだ。よく獣に食べられなかったものである。
……いや、囓られておるか?
全部、手足が引きちぎられ、腑が食われていた。
食い残しだ。こいつら食われておるのだ。
にしてもだ、食い残しを食う獣も居るであろうに、残飯を食わぬ?
食わぬ訳でもあるのか?
例えば――
「お、おえぇー!」
デイトナが吐い……口から出た物質はキラキラ輝いていた。
『これは! 美形が持つというオプチカル合成のレアスキル! いっちょイオタの旦那も嘔吐してみませんか?』
ことわる!
「イオタさん! こいつらは?」
ヘイモだ。他の者は、周囲を警戒している。若いのによく訓練された組である。少し感心した。
『警戒してないのは、雌ヒョウのポーズ肩を振るわせているデイトナだけですね』
丸いお尻がプルプル震えてゲッフンゲッフン! そんな事はどうでも……目に焼き付けておこう。一生ものでござる!
「死後十五日から半月といったところでござるかな? 一月は超えてござらぬ。
下草が乱れておる。激しく争った跡でござろう。
得物は鈍器。全部上からの攻撃。よって相手はゴブリンより大型で腕力の強い集団と思われる。
下手人は人じゃない。下手人は、ゴブリンを食べる魔物でござろう。
そいつらは何らかの理由があって食事を早めに引き上げた。
より重要な理由があって処理を後回しにしているにしては日時が過ぎすぎる。そのまま忘れてしまったのだろう。さほど知恵がある生き物ではないと推測されるでござる。
そして残飯を他の獣が食わず手つかずのまま。犯人が強力な生き物であるが故、近づく獣がおらぬ証左。
検分した所、ざっとこんなものか?各々方、他に気づく事はござらぬか?」
口を開けている者、ぶんぶんと首を振っている者。どちらかしかいなかった。
エサだけが靴先であちこちを探っている
「イオタさん……、ずいぶん詳しいな。レンジャーの出る幕が無いぜ」
「この前まで、拙者は町の治安を守る役職にあった。ちょとした経験がござる故」
捜査対象のゴブリンが殺されて放置されている。ゴブリン殺人事件でござる。
冗談はさておいて、この状況に引っかかりを憶える。
なんでだろう?
あまりにも絵面が残酷だからだろうか?
「……これは異常な事態でござる。これより全員、会敵即斬の心構えにて進むでござる!」
「そ、そうだね! より慎重に進もう。みんな! 警戒を怠るな! いつでも抜けるようにしておけ!」
ヘイモの役割を取ってしまった形だが、あやつは何とも思っておらぬようだ。
『美少女特権』
これほどまで影響力を発揮するスキルだとは!
美少女恐るべし!
「方角はこっちだ」
下を這うようにして調べていたエサが、特定の方角に向けて顔を上げた。
「音を立てるな。姿勢は低く」
エサを先頭に森の奥へと進む。
隊列は、エサと某が先頭。鎧を着て盾を持ったアウボがそれに続き、ヘイモがその後ろ。デイトナが続いて、魔法使いのヨーナと坊主のイサクが並ぶ。
突撃型の一列縦隊で森を進んでいった。
昼を過ぎたあたり。
エサと某は地面に這い蹲り、草の影に隠れていた。
他の者達も、木や岩、大きな草陰に身を潜めていた。
我等の視線の先。開けた土地だ。崖が風雨避けになっていて、子供の背丈ほどの子鬼・ゴブリンが巣にするに適した場所だった。
とうとう見つけたのだ。
敵の集団を。
そつらは――
「身の丈六尺五寸」
『身長約2.5mですね』
「重さ百貫目」
『約400㎏ですね』
ミウラの言う単位がよく解らぬ。未来の国際的な単位だと聞いたが?
「角の無い青鬼」
『だいたい合ってます』
最終的に意見の合意をみた。
「あいつらトロールだ! どうしてここに?」
「静かにエサ殿! 狼狽えてはいけないでござる。貴殿は一番の年長者。芝居でも良い、落ち着け」
赤い鎌とハンマーの頭領はヘイモだが、あやつはまだ若い。精神的な頭領はエサなのだから。
……ところで、「とろをる」とは?
『知能が低い代わりにとてつもなく怪力です。当然、ゴブリンなんか屁でもない』
気味の悪い青白い肌。肌の表面は岩のような物で覆われていて、刀が通りにくそうだ。持って生まれた鎧であるか? 甲羅を持つ鬼など聞いたことがない。さすがイセカイ。意表を突くでござる。
ヘイモがあの甲羅の正体を教えてくれた。
「あの装甲は、垢とかが角質化した物です」
汚ねぇなおい!
中年腹を突きだしたアンコ体型。腕や足が短い。それでも人のより長いが、釣り合いが取れてなくて短く見える。あの手でケツは拭けないぞ! 出しっぱなしの付けっぱなし。
いやもう汚い事だらけだ!
そんなのがざっと二十匹もウロウロしている。あそこが巣だとしたら、もっと居るはず。
手に丸太を持ってるのもが大勢。あんなので殴られたら頭が破裂するだろうし、首の骨がぽっきりいってしまう。
で、一匹がだらしなく肉を咀嚼していた。その肉に見覚えがある。ゴブリンの腕だ。
……下手人確定である。
「なるほど。ゴブリンの集団はトロールの集団に取って代わられたでござるか」
『半月も前に、ですかね? 計算が合わないですね』
謎は後回し。問題はこれからいかが致すか? である。
斬るとすれば角質、もとい、鎧が無い各関節と喉、顔か? ふくらはぎも柔らかそうだ。
実に斬りにくい所ばかりだな!
「おっ! あのトロールは帽子を被ってるでござるよ。人から奪ったのであろうな?」
黒い桶をひっくり返したような帽子である。パイプも咥えていて、一見知性派だ。
『あれはシルクハットとパイプ? おいおい、よしてくださいよ!』
「むっ! あそこのトロールは女物の前掛をしているでござる。やや! あそこのは金髪のカツラを――」
『だからやめろって! どうして危険なモンばっか出てくるんだよ!』
「あの山は オサミツ山――」
『もうどうなっても知らないぞー!』
なぜかミウラが怒り狂っている。
解せぬ。
「どうする? ヘイモ? 後退するか?」
エサが、若い頭に指示を仰ぐため、振り向いた。
某の耳が動く。
危機を察したミウラが、懐より滑り出て背の背負子に乗っかった。
一隊の後方にトロールが三匹。こっちに近づいてくる!
見つかった!
「後ろに回り込まれている!」
この時点で全員がトロールに気づいた。
「ヘイモ! 指示を出せ!」
「囲まれた!」
それは分かっている。
……つーか、ヘイモ、おまえ狼狽えているのか?
次話、「突入」