21.食事会と神通力 でござる
馬車の中にて。
すっかり日が暮れた。小窓から見える町の灯りが流れていく。
「お誘いに乗っていただいて感謝いたします」
言葉だけの感謝を頂いたエンリコが静かに頭を下げた。
「いやいや、ミッケラー殿は早い内に店持ちになられるでしょう。彼の者の前途にケチを付けてはいけないでござる」
「ミッケラーが店を持てば、客になっていただけますかな?」
エンリコは、探るような目で某を見る。こういうとき、鋭い系の目を持つ者は楽できて良いなー。ただ、それにばかり頼っているといつか蹴落とされるのだが。
「なるべく早い時期に顔を出すでござるよ」
ミッケラーは店を持つだろう。ただし、すぐに潰れるであろうが。
それ故に、早めに顔を出したいと言ったのだ。
「なるべく早くですか。私も早めのご来店をお勧めいたします」
む? エンリコの目が大まじめだ。ひょっとして某と同じ考えを持っておるのかな?
信用問題が原因で、早期に潰れてしまわないか、と。
『商売人は信用が第一。笑顔が二番。口は三番』
言い得て妙であるな!
「イオタ様を信用して、事の次第を述べますが……」
エンリコの真剣な目は続く。芝居か、本気か? 果たして?
「実を言いますと、ミッケラーは、ビラーベック家の三男なのです。修行のため、このような田舎で行商に努めております。私の許可が下りれば、来春にも本店へ戻ることとなりましょう」
「なんと! 店主のご子息でござったか? それはそれは……」
どら息子の教育もたいへんでござるな、との言葉は飲み込んだ。
「これから向かう先は海の幸をふんだんに使う事で有名な料亭です。急な予約を入れましたので個室が取れず、フロアのテーブル席となりますが、雰囲気を損なわぬよう重々申しつけておりますのでご安心を」
客が大勢入っていると言っておるのだな。大衆の面前で仲直りの儀式といった所か?
世間への宣伝であるな。意図的であるな。
こやつ、優秀な男である。そして冒険好きな男でもある。
「心得たでござる」
心と言葉は別物と心得た。
「頭の良いお方は話が早くて助かります。よろしくお願いいたします」
こうして、エンリコとの打ち合わせは済んだ。
『カニ! このカニがマーベラス! ボーノ! カニカマじゃないよね? エビ! 大怪獣エビラじゃないんだね? わたしの体よりでかいんだけどっ! 小さなネコに転生して良かった! 幸せってこういう事なんだ! ねえ、海老蟹のセックルは正常位だって知ってました?』
「いや、知らぬ」
ミウラが足下でよろこんでいる。某としてもよろこんでいただいて幸いである。
確かに、この蟹の足、某の腕より太い。そしてエビ。百万石の大大名ででもない限り食べられないであろう! イセカイって不思議な所だなー。
塩ゆでにされただけだけど、微妙な塩加減が素晴らしい!
「普通、蟹は冬の食材です。冬の蟹はもっと大きいですよ」
なんと! これよりでかい蟹がいると!
化け物が跳梁跋扈している世界なんだ! と、つくづく思った。
『三杯酢で食べても良いけど、塩竃にして蒸し焼きにした蟹を食べたいな! 客に木槌で塩竃を割らせるんだ。客に受けると思う。あと焼きカニも香ばしくって美味しいよ!』
なるほどなるほど。
その旨をエンリコに伝えると、厳しい顔に変わった。エンリコは、店の料理長に耳打ちしている。
料理長は驚きの顔をしつつ、メモを取り出し走り書きしていた。
……ひょっとして、イセカイに無い料理であったか?
某も知らぬ料理法であるから、有り得るな!
ミウラは博士の上に食通であったか!
「ここは良い町でござるな!」
「そうであるようなそうでないような。スベアは魔物による襲撃が殆どありませんので、のんびりしたものです。上に動いてもらうにも一手間掛けねばなりません」
「それは厄介でござるな」
「逆を言えば、一手間さえ掛ければ動いて頂けると言うことで」
「なるほど!」
軽い雑談にオチも付いた所で、エンリコが襟を正した。
「イオタ様、改めてお詫びさせていただきます。この度、うちの若い者が大変なご迷惑をおかけし致しました事、誠に申し訳御座いませんでした」
そして深く頭を下げる。
これは儀式である。
人気の店というだけあって、客が溢れている。某らは一番良い席を占領している。
賑やかに食べているので、自然と客の目がこちらに吸い寄せられる。
某とエンリコが何者であるかは、自然と伝わるようになっているようだ。
いわば、有象無象の客達は観客であり、某らは演者である。
客の視線はこちらに向いていない。しかし、もし客がネコ耳族であらば、全員の耳がこちらに向いていたであろう。
「いやいや、エンリコ殿。拙者、騙されたなどとはこれっぽちも思って居らぬでござるよ」
言いながら指で隙間を作って、これっぽち感を客席に向けて主張する。
客達は上の空で飯を食っておる。
某らのやりとりに、がっつり食いつきおった。
「そう言っていただけると助かります」
「彼の者には、道中ずいぶんと便宜を図ってもらったでござる。追加料金と思えば安いものでござる」
「いえいえ、契約内容をうまく伝えきれなかった者が悪いのです」
エンリコは徐々に詐欺の内容を「意見の食い違いもあった系」に誘導し始めた。
いやいや、あの件は食い違いではない。
某に手落ちはないのでござるよ。
「拙者、彼の者の若さ故の過ちを正すために剣を抜いたに過ぎぬ。戯れでござるよ。しかし気をつけられよ。拙者と彼の者の間でござるから冗談で済んだのでござる」
こちらはじゃれ合い系で押させてもらおう。
「そのことは、こちらで重々叱りつけておきます」
「エンリコ殿、若者をあまり叱らないでいただきたい。拙者も身につまされるでござる」
さりげなくミッケラーへの救いの手を差し伸べておく。
「おーい! 次の料理を早くお持ちして!」
店の客達は、およそのことで両者の和解が進んだと思ったのであろうか。一同安堵の顔で各々の料理に手を付け始めた。
「イオタ様は旅を続けられると伺っておりますが――」
なんか来たぞ!
「私共でお力になれること等、ございませんか?」
エンリコの目力が凄い。
某の要望を叶える事により、上に跨がろうとしている。
某、同心時代に小さな罪を握りつぶす事もあった。人情がらみであったり、より大きな犯罪に釘を刺す等の場合等によるが。
ここに商人が絡むと腹立たしいこととなる。あの者どもは、弱者の立場から強者の立場へと、それはもう見事な変わりっぷりをみせる。金と言葉の力は強い。商人の常套手段である。
そこに乗っかるのは三十俵二人扶持にすぎぬ同心の役得である。伝手を作るのは同心の仕事である。
今回も乗っからせてもらう。
「拙者、なるべく早く海を渡るつもりでござる。上陸地は何処で、路銀はいかほどでござろうな?」
「イオタ様の目的地を考慮しますとゲルム帝国のグレイハルトでしょう。朝一の出航で翌々日の朝に着きます。船賃は1万セスタです」
すらすらと口にしおる。こやつ、事前に調べておるな。
「船賃程度は持っておるのでござるが、船の予約方法が解らぬ。どの港へ渡れば良いのかも解らぬ。力を貸して頂けぬか?」
商会より金は出させねぇよ!
人を動かしてもらうだけだ。恩と呼ぶには簡単すぎる頼みである。そして、某に実利がある。
本当に船の乗り方が解らないのだから。
「おやすいご用です。なるべく早くの便ですね? 予約が取れ次第、お知らせに上がります」
福々しく笑いおる。これが商人の笑顔である。
あちらとしても某に早くここを出ていって欲しいのだろう。
商品の値段が釣り合った模様。
某としても嬉しいよ。
さて、後はどうやって某の一手を撃ち込んで終えるかだが――。
「ビラーベック商会とはどのような店でござるか? 恥ずかしながら、拙者は山育ち故、とんと解らぬのでござる」
先ずは様子見をかねて情報収集である。
「では簡単に。我がビラーベック商会は、何でも扱っておりますが、主に小麦と食料品が得意分野ですね。本部はゲルム帝国の帝都ベアーリーンにございます。8カ国に渡って商売の手を広げております」
で、でかいな。三井とどっこいどっこいか? 某、こんな大店相手に喧嘩売ってしまったのか?
「次は拙者の番である。拙者に聞きたいことや、役立つことは何かござらぬか? これしか役立たぬように思えるが?」
脇に立てかけたおいた刀を視線で指す。
「平穏でどちら様にも喜ばれる商売がモットーですので、とんと荒事には縁遠いのですよ。ですが、お言葉に甘えさせて頂いて……」
エンリコは顔一面に笑顔を展開しているが、目だけ笑うのを止めたようだ。なんか、商人の笑顔が怖くなってきたな。
「イオタ様が――」
声をひそめたが、聞き取れぬ小ささではない。回りの客に聞こえる大きさを保っている。器用だな。
「ハイエンシェントネコ耳族であると、件の者から聞いたのですが……。なんでも、いつの間にか持ってなかったはずの槍を手にしていたとか?」
そっちから来たか。
いつかどこかで聞いてくると思っていたが……。
ハイエンシェントの名が特有の意味を持つと言うことぐらいは理解している。なんらかの商売に使えるほどに。
某と縁を持ちたいのであろうか?
だとすると、早く追い出したいと思ったのは間違いか?
いや、この地は早く追い出したがっている。次の地で待ち構えているのか?
それで九分九厘まちがいなかろう。
某も思うに……大店と縁を持っておいて損は無いしな。
繋ぎをつけておくか。
「そうらしいでござるな。拙者、いまいちピンと来ておらないのでござるよ」
これは事実である。何度もミウラから説明を受けているが、未だ理解に及ばない。ミウラが言うには、概念と単語の欠落、とやらが足を引っ張っているらしい。
肯定の答えに、エンリコは眉を引きつらせていた。
「人や普段のネコ耳族とは、また違った力を持つと言われておるが、拙者の里ではこれが普通でござったからなぁ」
「例えば、何が普通で何が違うのでしょう?」
話に乗ってきた。某もエンリコの上に跨がる気満々である。
「論より証拠でござる」
懐より、サイコロを取り出した。
「ここにサイコロがある。これを振っても良い。ご自分で考えても良い。一から六までの好きな数字を一つ言ってくだされ」
「む?」
某の言葉の意味を計りかねたか、エンリコは緩慢な動作でサイコロを手にした。
掌で転がしながら深く思考している。悩め悩め! 悩むだけ無駄である。結果は既に決まっているのだから。
片方の耳をこれ見よがしにピクピクさせる。観察力に優れたエンリコは、すぐ耳に気づいた。これは意味の無い動作であるが、エンリコはそうは思わぬはずだ。
頭の中の考えを無駄に多くさせる為の手である。
「……2。多くの商人が嫌いな数字は2です。1番ではなく2番手を表しますから。商人ならまず選ばない数字でしょう」
顎を引き、やや上目遣いに変わるエンリコ。数字当てと思い、外しに来たか?
それにしても用心深い男であるのな。
「では、二を選ばれるか?」
「いやいや、少しお待ちを!」
腰の小袋から何やら取り出し、茶色いのを詰め込みだした。匂いからして、茶色のは煙草だるろう。すると、アレは?
『あれはパイプです。キセルのイセカイ版です』
キセルと比べて、大きくて品が無い。豪華に見せかけるのには丁度良い形かも知れぬが。
一見のんきにプカリプカリと煙を吐き出しているが、頭の中では必死に考えているはずだ。おそらく罠に填められていると、商人の勘が告げているのだろう。
もう片方の耳をピクピク。気になるのか、チラチラと耳を見ておるわ! 観察力が良すぎるというのも困りもの。頭が良すぎるのも考えもの。
「サイコロを使っても宜しいですか?」
「……ご随意に」
エンリコはいそいそとサイコロを転がした。
出た数字は三。
「では3、いや、お待ちを! ……私が選んだ2とサイコロが示した3を足して5、と致しましょう」
自分の意思とサイコロの偶然の合わせ技を出してきおった!
某が思いもしなかった行動に出る男であるな!
「では、五でござるな?」
ピコピコと耳を動かしてやる。
「5です!」
エンリコは試合に挑むが如く身構えている。おーお、拳をきつく握りしめおって!
「そう固く身構えなくとも良い。もはや全ては終わっていること。予知の範疇でござるよ」
「予知?」
「実を言うとな……」
某、間合いを外す為、酒の器をあおった。トンと器を机に置く。果物に似た風合いの美味しい酒であった。イセカイは酒の種類が多いでござる。
「エンリコ殿が五を選ぶのは解っておった。と言うか、五を選んでもらったのでござる」
「え?」
エンリコの顔に初めて見る表情が浮かんだ。
首だけを捻って、後ろの若い給仕に声を掛ける。
「拙者の髪を結わえてある紙紐をほどいて頂けぬか?」
「は?」
戸惑い、エンリコに目で伺いを立てる給仕。エンリコは早くしろと目で返した。
ごくりと唾を呑む音を立て、給仕が紙紐をほどいていく。
纏められていた髪が、バサリと広がり肩に掛かった。
周囲の客共は、もしやの期待に高まっておる。給仕の一挙手一投足に注目している。
解かれた紙紐は薄い紙を幾重にも折りたたんだもの。
「それをエンリコ殿に渡してくだされ。拙者は一切手を触れぬ」
おそるおそる、折りたたまれた紙をエンリコに手渡す。
何のことか解らぬまま、紙を受け取るエンリコ。
「紙を広げるでござる。それが答えでござる故」
某の目と紙を交互に見つめながら、広げていく。
中には、前もって、ある文章が書かれている。
それに目を通したエンリコは――
「えっ!」
一声上げて顔を上げる。続けて立ち上がる。
何事かと、客達がエンリコを見つめる。
「どう書かれていたでござるか?」
「うっ、あっ、『エンリコ殿の選ぶ数字は5』と書かれています!」
店中にドヨドヨとどよめきの輪が広がる。
丁寧にも客のみんなに見えるよう、紙を掲げて一回りする。
おおー、と声を出す者も居る。厨房から顔を出す料理人まで居た。
「ど、どうして?」
エンリコのマヌケ顔、頂きました。
「宿で支度をしている頃でござる。悪戯心が溢れてしまいましてな。エンリコ殿には五を選んでもらおうと思うた次第。よって、その紙を仕込みもうした。エンリコ殿は、拙者が選んだ数字を選んだだけでござる。むしろエンリコ殿が拙者の頭の中を覗いた次第。何も難しい話しではありますまい?」
ひょいと小首をかしげる。
「宿でって……そんな前から!? 数字を決めるずっと前から? あり得ない! どうやって数字を? 是非とも! 是非とも教えてください!」
おおぅ! 始めてエンリコが取り乱しおった。
「あり得ぬででござるか? 拙者にとって歩くとか息を吸うとか、そんな感覚でござるから説明は難しいのでござる。数字自体、適当でござったからな」
腕を組んで小首をかしげておいた。
可哀想なエンリコ。額をねっちょりと湿らせている。
「ではエンリコ殿。船の手配の方よろしくお願い申し上げる。今宵は楽しかった。満腹でござる。そのサイコロは記念にお渡し致すでござる」
エンリコはしきりにサイコロをなで回している。
食事会はこれにてお開きとなった。
「ふう、食った食った!」
宿の部屋でゴロリと横になる。
『旦那。うまくいきましたね』
ミウラが某の懐を肉球でトントンと叩いた。
右の懐より封書を取り出す。
この中には「エンリコ殿は1を選んだ」と書かれている。
左からと両の袖からと、あちらこちらから封書だの折り鶴だのを取り出した。それぞれに「3」だの「4」だのと、六までの数字が書かれている。
エンリコが選ぶ数字は何でも良かったのだ。際限なく選ばれるとこちらも困るので、六までしかないサイコロを持ち出したまで。
これぞ幻夢庵一流斉先生(美年増)直伝の手妻である!
「今回、一番目立つ髪紐を選んだあたり、やはりエンリコ殿は良いモノを持っておられる」
全て集めてミウラの火魔法で燃やしてもらい、残った灰は便所へ捨てた。
証拠隠滅でござる!
ご意見、ご感想お待ちしております。
反応が無いとなんだか寂しいの……