20..晴れてBクラス冒険者 にござる!
晴れてBクラス冒険者である!
美人受付嬢が言う「ベテラン、もしくは一流」。某の心象は「凄い人」。ミウラがいうに「食っていける」人。
『狙い通りですね、イオタの旦那』
「うむ!」
あとは一月、ここで頑張ればAクラス。「超一流」「もっと凄い人」「裕福」である!
『それはどうでしょう? 一月後と言えば7月半ば。グレゴリオ暦で8月終わりから9月始め。秋です』
「それがどうした?」
『そこから海を渡って、大陸を横断するとなると、直に冬になってしまいます。冬の移動はお勧めできません。
となると、早い内に大陸へ渡り、冬を越す基地を作らねばなりません。
であれば、ここでグズグズしている暇は無いのです。
よって、Bクラスのまま旅を始めるべきです』
それは真剣に考えねばならぬ問題であるなー。
某とミウラの目的は南の国、ヘラス王国のタネラへ赴くこと。あわよくばそこで永住権を獲得することである。
そのための手段として冒険者ギルドと、Bランク登録である。Aランクへ昇ることが目的では無い。
危うく目的と手段を取り違えるところであったわ!
さて、ひとっ風呂浴びてメシ食って寝るか!
銀の森亭の共同浴場にて熱い湯船に浸かる。案の定、女子の入浴は無い。
ひょっとしてこの宿、女子は泊まっておらぬのか?
失意の風呂から出てくると、食事どころが賑やかになっていた。早い時間なのだが、七分の入りである。流行の宿は何処かが違う。
洗い髪を手ぬぐいで拭きながら看板娘を捜す。
カウンターで、看板娘と目付きの鋭い商人風の男が会話していた。
早速、某に気づく看板娘。
「あっ! ネコ耳さん! ちょうど良いところに!」
「拙者、イオタという名がござる。風呂になら一緒に入ってもいいでござるよ」
「あ! それ良いですね」
飯を食ってた連中がざわついた。某と看板娘が一緒に風呂へ入る話に食いついたのか?
……覗きには細心の注意を払わねばならぬ。刀持ち込もうか?
「ところで、こちらのエンリコさんが、イオタさんにお話しがあるそうです」
エンリコさんがどうとかの下りはよい。一緒のお風呂を先に解決して欲しい。
「お初にお目にかかります。私、ビラーベック商会スベア支店長のエンリコと申します」
初老の男。背が高く、姿勢が正しい。後ろに撫でつけた髪と口ひげに白髪が交じっている。
ビラーベック商会ってことは、ミッケラーの件だな。そして、この男はミッケラーの上役ってことであろう。
「この度、うちの若者がご迷惑をおかけいたしました件に関し、心よりお詫びいたします」
がばりと頭を下げた。
ずいぶん深いお辞儀である。
立ったまま頭を下げられてもなぁ。
『イオタの旦那、異世界じゃ座ってお辞儀はしないんです。この場合、土下座並に深い礼だと思ってください。参考までに』
ミウラが言うのだから間違いないだろう。
長い間頭を下げていたが、ようやく頭を上げた。
「お詫びと言ってはなんですが、一席設けて御座います。是非、私どもの誠意を受け取って頂きたい。もちろん、ミウラちゃんもご一緒に」
『糞ミッケラーを許しちゃいけません! あの馬鹿男の上司なんだからもっと酷い詐欺を働くつもりですよ! 商人は頭を下げてナンボの生き物です。ここはほっといて二階へ上がりましょう』
それも手であるが、ちょっと周りの状況が変化してしまった。
二人の会話を聞いた客達がざわつきだしたのだ。
「たしか20人斬りのネコ耳族を騙したのがいたな」「ビラーベック商会の若い奴らしい」「ビラーベックってズルするのか?」
商会に対し、良くない噂が流れている。
詳しく聞かなかったが、ビラーベック商会は大店らしい。良くない噂は丁寧に消したいのだろう。
だとすると、某への扱いは下に置かぬものとなる。商会の顔があるからな。
こちらから顔を潰すのは不味かろう。
となると、ミウラの意見は悪手であろう。あやつ、ミッケラーに関してやたら感情的になる傾向がある故。
ふむ、ここは昔の同心時代の解決方法で良いのかな?
「エンリコ殿! 拙者、世間が言うほど怒ってはおらぬでござるよ。それに支店長たるエンリコ殿の顔に泥を塗る気は毛頭ござらぬ。ここらで正式に手打ちにいたそう。お誘い、よろこんでお受けいたすでござる」
『旦那ぁ~!』
「おお、さすがイオタ様。表に馬車をご用意しております! さっそく――」
「いやエンリコ殿、しばしお待ちを。拙者、風呂より出たばかり。それなりの支度が必要でござる」
そう、支度が必要である。
「エンリコさん、お風呂から出たばかりの女の子を誘うって、凄く失礼よ!」
「これは私としました事が! どうぞごゆるりとお支度を。私への遠慮はご無用に!」
看板娘より助けの手が伸びた。
なるほど。女子という技はこうやって使うのであるな。一つ利口になった。
『旦那! 私は反対です!』
二階の部屋へ入ると早速ミウラが毛を逆立てた。
「そう言うなミウラ。ここが落としどころである。相手の顔を立てねばならぬ時がある。損して得取れと言うではないか。多少仕込ませていただくがな」
持ち物の中から、必要なモノを取り出す。
「ここは港町。新鮮な海鮮料理が期待できるぞ」
『し、仕方ないですね。エビとかカニはでますかねぇ?』
食い意地のはったミウラのことである。最後は賛成すると思っていたよ。
部屋でいつもの筒袖袴に着替え終わった後、文机に向かい、鉛筆という名の筆をとっている最中でござる。
「えーと、『エンリコ殿の選ぶ数字は5』っと。これ、何処に仕舞おうかな?」
下で手に入れた紙にイセカイの文字を書く。
『キリの良い数字ですから、目立つ所に……、それ書いた紙を細く折りたたんで、紐の代わりに髪の毛を後ろで束ねたらどうですか?』
「おお、それは良い案でござる!」
いそいそと髪を束ねる。やや高い位置で縛ったから馬の尻尾みたいであるな。
『くっ! 破壊力強すぎますぜ、旦那!』
何の破壊力であるか? 男の髪型としては、ありふれておるように思うが?
細かい仕込みを済ませ、サイコロを懐に放り込んで部屋を出る。
階下に降りると律儀にもエンリコが待っていた。看板娘も隣に立っている。
「キャー! イオタちゃん可愛い! ポニーテール破壊力有るー!」
ミウラと同じ事を言っておる。このおなご。
「こ、これほどとは! お似合いですイオタ様!」
エンリコまで?
どういうこと?
心眼発動!
種族:人間
性別:男
武力:二
職業:商人
水準:甲
性癖:馬の尻尾愛好家
運:四
馬の尻尾とは、何のことでござるかな?