表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/164

2.イセカイその一 でござる

 肉球、気持ちいい……。

 伊耶那美様! 何やってくれちゃったんですか!?


 全裸でネコの耳を持った美少女たぶん、略してネコ耳少女にしてどうするのでござる? 某を女にして何がしたかったのでござろうか?

 空が白み、やがて日が昇る。……あちらは東になるのであろうか?

 ……西から日が昇る可能性も疑うべきで御座ろう。


 さて、一夜明けた今朝。

 もちろん、徹夜でアレしました。

 おかげで某、真理にたどり着けたでござる。年増も良いけど、若いってのも良いな、といの真理に開眼したでござる。


 そ、そんな目で某を見るな!

 みんなも経験あるはずだ。自分が美少女になって男共からアレされまくる光景を想像してアレするのを!

 某は何ら悪くない。どこにでもいる日本男児である。

 某、一夜の経験を経て確信した。今は無きムスコは、心の中で歴として生きているのでござると!


 女に成りきらないでござる! いや成りきれないと理解した!

 だから、こう考えてみよう!

 この姿だと、湯屋にて女の脱衣場に出入り自由なのでござる!

 ここに到達した時点で、目の前が開けたと達観できた。

 某、前向きに生きていけるでござる!


 それにしてもこの体。素っ裸のまま一夜を過ごして、風邪一つ引かない。頑丈な体だ。

 熱を発する行為を致していたと言うこともあるが……。

 素晴らしいーっ! ふんす! ふんす!


「ニャオーン!」

 素っ裸のまま、天に吠える。

 ふうぅ、落ち着いた。


 そういえば、伊耶那美様がすぐ側を流れる川に沿って歩めば良い、と仰ってたな。

 ……上流と下流、どっちでござるか?


 ……伊耶那美様、ひょっとして、御壊れでおいでか?


 恨み辛みを口にするだけじゃあ前に進めない。二十五年生きた同心人生より学んだことだ。但し、実行は難しいのござるよ!


 とりあえずまあ、旅をする前に腹ごしらえだ。

 目の前の川に入って魚とか――捕れた! 素手で。


 鮎たいな姿形をした魚だ。五匹も捕れた。

 さすがネコ。素早さと器用さに半端がねぇって。

 はっ! これが伊耶那美様の仰っていた神通力!?


 ……だからネコの姿をしている!?


 なんだか釈然としないが納得。そして、軽く後悔……。


 まあね、何かを失わなければ、得る物は無い。剣の腕前を上達させたければ、それ相当の年数を鹿島の神に捧げねばならぬと剣の師匠が仰っていた。

 それに、イセカイではネコの耳と尻尾を付けたのが「人」なのかも知れぬ。ネコの耳が付いてないと猿として扱われる世界やもしれぬ。

 なにせ、イセカイだからな。鬼とか天狗とかが並んで蕎麦食っとる世界だろうしな!


 気を取り直して……。


 魚が捕れたのは良いが、火種が無いでござる!

 石がゴロゴロしてるから、鉄さえあれば火を起こせるのだが、それは叶わぬ望み。

 こんな事なら、加持祈祷により火を出せる神通力をお願いすれば良かったと反省するも、時既に遅し!


 火を起こすどころか、逆に曇ってきて、一瞬だけどパラッと降ってきたぞ。

 行動を急がねば!

 って事で、内臓を猫の爪で掻きだして、骨から身を剥がす。なにげに便利なネコの体。

 これは刺身でござる!


 味? 生臭くもなく、それなりにいけた。ネコの身故、生魚でも何ともなかろう。

 酢飯があれば最高だった。あと醤油。


 さて、腹もふくれたことだし、簡易に生活が出来るという村を捜索しよう。

 おそらくであるが、まず間違いなく某と同類で、ネコ耳の一族だろう。

 定廻り同心であった故、探査事は日常のお仕事。故に慣れている。


 川上へ向かうべきか、川下へ向かうべきか? 外れれば無駄な努力。ある意味、究極の二択。

 するとどうでしょう! 川上から箸のような加工物が流れてきました。

 さすが伊耶那美様。スサノオ様の故事と引っかける所が風流でござるよ。

 雲行きも怪しくなってきたことだし、急いで出発しよう。


 ……村に可愛い子いればいいのにな!


 川上へと足を運びながら、景色を堪能する。これが別の世たるイセカイでござるか!

 川は前の世と同じでござるな。逆しまに流れることもない。


 水をすくって飲んでみたが、ただの水で御座った。美味しい!


 イセカイを知らぬ御仁に申し上げておくが、イセカイといえど川に酒は流れてござらぬよー! 参考にしてくれたまえ。


 木々や下草は前の世によく似ているでござる。ただし、そこら辺に桃がゴロゴロ成っているとの情報は間違いでござるので注意されたし。


 道中、菜でも採ろうかと、森の浅い所に入ったりした。

 根野菜っぽいのを発見。これ幸いと土をかき分けていて気づいた。

 太い根っこの部分だが、老人の顔にあまりにも似ている。気味が悪くなってやめた。


 ネコ的に野菜ってどうよ、と思う事もあり、菜はやめにした。


 野生馬の群れも見かけたでござる。

 綺麗な白馬で御座った。だが某が知ってる馬と、ちょいと違ったな?


 角が一本生えていたのだ。イセカイともなれば、馬も角を生やすので御座ろう。

 イセカイは、珍しい物であふれかえっている摩訶不思議な世界でござる。


 珍しい物と言えば、森の中ででっかいトカゲに遭遇したでござる。

 鬱蒼と茂った木々の中、そこは下草だけの広場となっていたのだ。


 差し込まれる穏やかな日の光の中、そやつは日向ぼっこしておった。気持ちよさそうに居眠りしておるわ。

 やたらでかいトカゲである。吉田屋の倉ほどはあるだろうか?


 ご存じで御座ろうか? イセカイのトカゲの背には、蝙蝠によく似た羽根が生えておるのでござるよ。


 某は知っておる。トカゲとは臆病な生き物であると。連中、庭の隅っこだとか、鉢植えの下にすぐ隠れる生き物でござるよ。


 このトカゲ、表面を覆う鱗が綺麗であった。日の光の差し込み具合により、キラキラと輝くのだ。

 触れるほど近づくと、より大きさが実感できる。見上げる高さだ。越後屋の倉よりは小さいが。


「ここまで大っきくなれるとは!」

 鼻っ面を撫でてやる。トカゲはうっすらと目を開けた。深緑色の綺麗な目である。


「その方、綺麗な目をしておるニャー」

 む? なにゆえ語尾にニャーが? 以後、言葉遣いに気をつけよう。


『何をしておる?』

 ほほう、さすがイセカイのトカゲ。人の言葉を操るか? 


 トカゲはむくりと体を起こした。そのまま後ろ足で立ち上がる。バサリと音を立て、背中の羽根が開いた。見るほどに蝙蝠と似ておる羽である。

 ネコでも二十年生きると二本足で立ち、五十年生きると人の言葉を操ると聞く。

 こやつ、年老いたトカゲであるな! 日向ぼっこは年寄りの季語でもあるしな!


 ……某の俳句は、今一評判が悪かったが。 


「その方、余程頑張ったのだな。偉いぞ!」

 パンパンと臑を軽く叩いてやった。お隣で飼っていた犬も、首回りをこうやって甘く叩いてやると喜んだものである。


『変わったメスのネコ耳だな?』

 小首をかしげるトカゲ。どうしてどうして、巨躯を誇る割に可愛げがあるではないか。


『……いや、中身はオスか。ふむ、奇妙な魂をしておる。運命も過激だな。お前を作った神は変わり者だな』

「うむ、異論無い。もしくは慌てすぎたかのどちらかだろう」


 トカゲは鼻から勢いよく息を吐き出した。髪やネコ耳が後ろへ持って行かれそうになる。

 ひょっとして笑った?


『我を怖いと思わぬか?』

「殺気があれば怖いだろうな。だが、その方に殺気がない。むしろ、その七色に変化する体の模様が綺麗である。美しき者に殺伐とした空気は似合わぬでござるよ」


 きまった!

 トカゲは、またも鼻から勢いよく息を吹き出した。羽をたたみ、再びうずくまった。


『この事、他言は無用』

「心得た」


 トカゲは鎌首を上げ、某を睨み付けた。


『安く請け負う』

 睨んできおった。こうしてみるとデカイ目玉だな。


「知らぬか? 武士に二言はニャイと」

 またニャー語が出た。どうも気が高ぶると出てしまうらしい。


 もといして……

 眼力勝負なら畜生には負けぬ。市井の野良犬を眼力だけで追い払う事なぞ、日常茶飯事であったからな。某、同心でござるからな!

 ここは一つ、締めさせてもらおう!


「武士の約束違えは、腹を切る恥辱である。言わぬと言えば言わぬ! ならばこの話、墓場まで持って行ってくれよう」

『ふむ。……たまには信じてみよう』

 トカゲの目から険が抜け、もとの穏やかな色に戻った。


『お前、名は何と申す?』

「拙者、元北町定回り同心、伊尾田松太郎と申す」

『長い名だな』


 言葉を解するとは言え、トカゲはトカゲ。長い言葉は覚えられぬか。憐れ。


「ならば、イオタでよい」

『イオタか。憶えておこう』


 お眠なのであろう。瞼を閉じようとしていた。

 こちらの名は聞いてもそちらの名は言わぬつもりか?

 トカゲのこの行いは礼儀に欠ける。例え畜生たるトカゲであろうと、言葉を解する以上最低限の礼節は仕込まねばならぬ。某、トカゲより高等な生き物として、親切にせねばならぬ責がある。


「こちらも名乗ったのだ。その方も名乗りを上げるのが礼儀ではないか?」

『名前?』


 トカゲは目を見開き、瞳を左上へと上げて固定した。こやつも伊耶那美様と同じ癖を持っておるのか。


『我の名など……そうだ、そう言えば昔、我をディーノと呼んでおった人間がおった。よし、我をディーノと呼ぶ事を許す』

「出井野殿か。しかと憶えた。ではさらばだ。達者でな」


 踵を返し、元来た道を引き返す。

 イセカイとは、まるで絵物語の世であるな。

 楽しくなってきた。



気に入ったというそこのお方、

是非お気に入り登録お願い致します。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ