19.冒険者クラス決定試験 でござる
翌朝。
いつもの袴に、腰の物を差して部屋を出た。
「道に落ちている食べ物拾って食べちゃ駄目ですよー! ネコの集会が終わったら寄り道せずに帰ってくるんですよー!」
「拾い食いの趣味はないのでござる。これから向かうのはネコの集会場では無く、冒険者ギルドでござる!」
混雑が予想される早朝を外し、そこそこの時間に「銀の森亭」を出て、冒険者ギルドへ向かった。
昨日申し込んだ冒険者手札を受け取りにきたのである。ワクワクするでござるよー!
例の受付嬢がいた。
「はぁ? 試験は午後からですよ? 今、Eを発行して昼からまた別の階級を発行するの? 二度手間するの?」
正論であるが、こちらから聞かない限り説明をしないという態度はいかがな物か?
「もっとも、Eのままで良いっていうんなら、早めに昼の試験をキャンセルしてね」
このおなご、いつか組み伏せて後ろから犯してやる!
くそっ! そのためのお道具が無い!
仕方ないので町をブラブラしながら、適当な所で昼飯を取る事にした。
町の皆が皆、某をジロジロ見るのである。これが差別であろうか!?
『ネコ耳族だからじゃないからですか? それと――』
「拙者が美少女であるからでござるか?」
『知ってるならタチが悪い、もとい……いいですか? 変なのが来たら、まず叩きのめしてから話しを聞くようにしてください』
そんなこんなで二、三人を叩きのめしてお話を聞いていた頃に、丁度いい時間となった。
「ではこれより、見極めテストを始める!」
ギルドの裏庭は高い塀で囲まれている。
剥き出しの地面は、そこここが抉れていたり、焦げた跡がついていた。
ここに来るまでに身体検査をされ、防具以外の武器となる者は全て預けさせられている。腰の物が無いと、なんか寒い。
『魔法の護符が貼り付けられていますね。各種魔法対策用ですね。あ! あれは、音が外へ漏れない護符!』
なにやらミウラの琴線に触れるのがあったようだが、某にはさっぱりである。
試験官のボリスと検査官が二人。都合三人による試験。
検査官の一人は剣士のようであるが、もう一人が解らない。頭巾と外套が一体となった黒くて怪しげなのを羽織っている。
『あれが魔法使いです。わたしの同類ですね。敵じゃ無いけど気をつけてくださいね』
呪術師、祈祷師、神通力の使い手であるな。ネコでも成れる職業であるからして、大したことないと思うのでござる。
試験を受けるのは某を入れて五人であった。
三人が男。残り一人が女。
長くて綺麗な白髪を――『イオタの旦那、あれが銀髪でございます』――ほほう!
イセカイとは珍しい色の髪を持つ者が多いのだな。
「金に銀か。そのうち桃色の髪の毛を見るかもしれぬな、ハッハッハッ!」
『普通にありますよ。あと、青とか赤とかも』
青い髪に赤い髪?
ミウラよ、某がモノを知らぬ故からかっておるのであろうが、面白い冗談であるな!
婀娜っぽい女の呼吸に合わせて男共も呼吸している。……某もだが。
『大四畳半大先生が描く美人画そっくりです!』
ほほう! 400年後の世界ではそのような浮世絵の大先生がおられるか!
女……胸、おっきい。
目、色っぽい。
「瞼に色が付いておる。赤紫? ご病気でござるか?」
『アイシャドウですね。女子の定番お化粧です。陰影を付けて顔を立体的に見せる効果が有ります。元々は魔除けだとか眼病予防だったんですよ』
さすが元女子。化粧にはちとうるさいか?
髪、クリクリして大人っぽい。唇、ぽっちゃりしていて助平っぽい。唇右下のホクロが高評価。
足も放り出して……さ、左様に乳を強調して何か意味がござるか!? 男共は乳しか見ておらん! 某もだがっ!
『乳は旦那の負けですね』
「敗北上等!」
張り出した尻と合わせ、なんとふしだらな!
けしからん!
どうにかしてお友達になれないものであろうかっ!
どこかのお大尽の妾か愛人でござるろうか?
大人の女性でござる。二十歳は超えている。少なくとも十八は越えている。でないと、これほどまでの色気は噴出するまい!
この愛人娘、気になるのか、某をチラチラと切れ長の色っぽい目で見ておった。
まさか! 某を誘っておるのでござるか?
間もなく試験は開始される。
こうなれば致し方なし!
もののふたる者、立つべき時は今!
「ここは拙者に任せて、その方らは先に進むが良い!」
帯をゆるめにかかる。
「え? 何? 何ですか?」
色気過剰体質の女子が狼狽えている。その仕草一つで男を誘うのがまだ解らんのか!
『何やってんですか旦那! だれか! 旦那を止めてください!』
「女は下がっていろ!」
剣士が立ち上がり、ベルトを緩めだした。
『お前も獣かい! 誰か止めろや!』
「まてぃ!」
斧を持った戦士がベルトをガチャガチャ鳴らす。
「貴様のような青二才にこの場は任せられぬ。一番長生きした者が先頭に立たなくてどうする?」
『獣フレンズ共め! どうしてこんな時だけ協調性があるの?』
「まて、みんな! シコリスト20年にして30才を超えたこの魔法使いが、止めろと言ってみるテスト!」
象牙色の上着に青い布製のズボン。背負った背嚢から紙の筒が何本も飛び出している。額に浮かぶのは青白き怪しげな文様。
魔法使いだ!
「なんだと!?」
某を含めた三人が魔法使いに殺意を向ける。
対して魔法使いは、狼狽えない。
「みなさん、色っぽいお姉さんと、ネコ耳美少女の絡み。見たくはないですか?」
「ネコ耳の! ここは譲ろう」
「お前の犠牲は無駄にはしない」
「後は任せろでござる」
『通報しました。ギルドマスター、性犯罪者はこっちです!』
「おまえら、何やってる?」
ギルドマスターに激しく叱られた。
「一旦、みんな控え室へ戻れ。名を呼ばれた者から入ってこい」
一人二人と呼ばれて中に入るが、さほどの時を掛けず、皆うなだれて出てくる。
それぞれ、肩や腕を痛そうにさすっていた。
「情けない男ね。あなたもそう思うでしょう?」
初めて、銀髪の女が某に声を掛けてきた。
と、吐息が! 某の髪とミウラのおひげを揺らす。
『なんて攻撃力の高い愛人さんなんだ!』
「次! デイトナ!」
「はふん」
威勢良く「おう!」と言いたかったのだろうな。声が滑っておる。
おかげで敗残兵共が元気になってしまった。
「見ていてね!」
デイトナは意気揚々と試験場へ入っていった。
すぐに出てきた。
目が潤んでいる。頬が紅潮。額にはうっすら汗。
「Cクラス確定。一月後にはBクラスよ」
別の意味で一戦交えてきたのではござらぬなッ!
「次、イオタ!」
いよいよである!
「てっきり、真っ先に呼ばれると思っていたでござる」
目の前に立っているのはボリス。不敵にも笑ってさえいる。
「一番美味しいものは最後に食べるタイプでね」
「疲れてはおらぬか?」
「あんな連中、準備運動にもならぬわ!」
両刃の長刀を振り回し健在を訴えている。
言葉通り、ボリスは汗どころか息一つ乱れていない。
手強そうだな。
「では試験を行う。イオタは剣士だったな。そこに片刃の剣もある。好きなのを取れ!」
お言葉に甘えて、適当に片刃の直刀を取る。某が使う剣より拳一つ分短いが、まあ、そこはどうでも良いのだ。
「懐のネコは降ろさないのか?」
乳の下から顔だけ出してぬくぬくしているミウラのことであろう。
「拙者とミウラは一心同体。密かに忍び寄る敵を感知してくれる頼りに相棒である。危なくなったら、勝手に逃げるので心配はご無用に願う」
「そういうことなら良いが……。ネコの可愛さにかまけて胴を撃てぬと言う防御も有りか?」
どこか後ろ髪を引かれる体のボリスであった。可愛いは最強であるな。
「念のため、もう一度要点を説明する」
試験官の武人の方が声を張り上げる。
「正々堂々と戦うのも良し、汚い手を使うも良し。能力を出し惜しみするな! 魔物を相手に戦い生き延びる覚悟で行け!」
そして口の端だけで笑う。毎回同じ事を言い、相手の反応を楽しんでるのであろう。
「もっとも、試験官もその心がけで挑んでくるからな。怪我しても当方に責任は無いと心得ろ!」
毎回挑戦者の意表を突いてきたのだろう。
ただし、某は先手を取らせて頂くが。
「準備は良いか?」
某は模擬刀を何度か振って手応えを掴む。
ボリスは様子を見る為か、余裕の表れか、得物を肩に担いでいる。得物の長さが解らない工夫であろう。
これも、某の工夫に影響は無い。
「拙者の国では、勝者が敗者の首を狩るのが流儀でござる」
「おいおい、殺したら失格だぞ!」
「だから、手加減が難しいのでござるよ」
手加減という言葉に、むっとした表情を顔に浮かべるボリスであった。
印象は最悪であろうな。これは挑発でござるよー。
武人の検査官が片手を上げた。振り下ろしたら試合開始である。
「はじめ!」
先手必勝! 構えた模擬刀を放り投げる!
「え?」
ほーら、筋書き通り狼狽えた。
「get.are.バルディッシュ!」
大声で呪を唱える。
ボリスがポカンと口を開けた。
ミウラの世界では、由緒ある武器召喚の呪文だそうだ。
某とボリスの間。地面に光り輝く魔法曼荼羅とやらが派手に現れ、文様を変えながらくるくると回転する。やたら派手である!
「うぉっ!」
ボリスが後ろへ飛び退いた。そりゃびっくりするだろう。
「なにいぃー! 獣人なのに魔法を使えるのか!」
「見たことも無い魔法陣だ!」
魔法使いの検査員が慌てている。
残念なことに、この曼荼羅は見た目が派手なだけで、まったくの無意味だそーだ。
魔法を使ったのは懐に忍ばせておいたミウラである。体を接触させているから、どこから魔力が出ているか、判別は不可能との事。
魔法陣の中央から長物の柄がヌッと顔を現した。
何のことは無い。魔法曼荼羅と位置を合わせた某の収納より、バルディッシュを取り出しただけである。
柄をグイと掴み、ズルリと引きずり出す。
「おい! 狡くないか?」
「何でもありと言ったのはボリス殿であろう!」
派手目に振り回しながら、ミウラに教えられた第二の呪を唱える!
「むーん、くりすたる、ぱわー! めいく、ふるばーにあん!」
これも未来の世界で古い歴史をもつ呪である。ミウラに教えてもらった。
バルディッシュ全体が青白い光を放つ! ミウラが放つ、体に無害な「発光」の呪文である。
「まほうのねこみみしょうじょ、まじかる☆イオタ! てぃたーんずに変わってお仕置きよ!」
意味は不明だが、これも古式ゆかしき呪らしい。意味は解らぬが、ミウラがこう言えと言ってた。しきたりだそうだ。
光が先端の刃に集約されていく。集約された分、刃が目も開けられぬ光を放つ。
「ま、眩しい!」
ボリスが怯んだ。
その隙を逃さぬ! バルディッシュを大上段で構えるッ!
「氷河粉塵! ゴォールデェーン・バルディーッシュ!」
由緒正しい掛け声(ミウラ談)と共にボリスの足下へ振り下ろす!
バルディッシュの刃先が地面に食い込む。
地響き。そして地面が揺れる。
これにボリスと検査員が足をすくわれ、呆気なく倒れ込んだ。
ミウラが言うに、初歩の転がし魔法らしい。
この隙を見逃す某ではない。
もう一度バルディッシュを頭の上に振り上げる。
「その首ッ! もらったー!」
「うわーっ!」
ボリス必死の形相。
その顔に向けて振り下ろす!
飛び散る土砂!
バルディッシュの斧部分が食い込んだ!
――ボリスの真横の地面に!
「殺してはいけない規則であったな。危うい所であった」
うつろな目でハァハァと荒い息をつくボリス。転がったままだ。
「それまで!」
検査官が大声で静止。
ゆっくりとバルディッシュを引き抜く。
ミウラが作り出すニセの魔法曼荼羅に収納を合わせ、バルディッシュを収納した。
「こう見えて、腐海の森より湧き出た巨蟲の大軍をトルメキアの第四皇女様と共に薙ぎ払った経歴を持つのでござるよ。もっと真剣に相手をして頂きたかったでござる!」
ミウラがこう言えと言っていた。
「聞いた事のない国名だが……」
ようやく起き上がるボリス。
「くそっ! 対人に特化した剣技というのは見せかけか? いや、それもイオタの技の一つに過ぎんのか?」
「手の内を明かせとおっしゃるか?」
「うっ!」
冒険者にしろ剣士にしろ、己が太刀筋を明かす馬鹿はいない。それを聞く馬鹿もいない。
ぶっちゃけ、バルディッシュは使いこなせてないが、騙される方が悪い。……と、ミウラが言ってた。
「イオタをクラスAと認める。Bクラスから始めろ。一月後にはAクラス冒険者だ!」
心が折れたようである。
「どういう事だ! 獣人は魔法を使えないハズだ!」
ボリスと検査官が詰め寄ってきた。これもミウラとの想定していた範疇だった。
イセカイだと獣人は魔法が使えない。これは規定事項らしい。
対して、万事怠りなく模範解答を持参している。
「拙者の今の体を作ったのは親ではない。真名は伏せねばならぬが、大地母神様に頂いた命である」
ここまで真実しか言ってない。
「噂通り、神創世初代種か!?」
これは彼らの知識力を逆手に取った戦術であった。
某、うっすらと笑うだけに止め置いている。肯定も否定もしない。
「くっ! 知っていたはずなのに!」
言葉は少なめに。相手が勝手に勘違いしてくれる。
知識を豊富に持つ者は憐れである。知恵の働く者にいいようにあしらわれる。
そうミウラが言っていた。
未来の学問、心理学と呼ばれているそうな。神への信仰に変わる学問だと言う。
うむ、ミウラが予言するとおり、勝手に勘違いしていく様は見ていて爽快である。
「ではBランクカードを頂くとするか」
こうして、全てがミウラ(ネコ)の肉球の上で転がされたのであった。