黒猫さんのお手紙
時間は遡る。
ここは北の国、スベア。その冒険者ギルド。
イオタが「やらかし」て、この地を去ってから2年が過ぎていた。
ネコ耳の勇者イオタの名は、最北の田舎町まで、ボチボチと聞こえてきていた。
魔王復活を阻止したようなしてないような?
ドラグリア帝国の進行を止めたとか止められなかったとか?
どちらも、北大陸の者達にとって、生死を決める一大事なのだが、情報の伝わりが遅かった。その情報も、デマの多い不正確なものばかりで、どれが真実なのかが判断できないのだ。
王宮、冒険者ギルド、共に正確な情報をもっていない。「何々らしい」程度のあやふやな情報しか集まってこなかった。
スベアの人々は不安を抱きながら生活をしていたのだった。
とある日、冒険者ギルド止めで封書が届けられた。
よくあるギルド止めの封書である。
連絡書類整理担当者は、いつもの業務で封書を手に取り、いつものように宛先を確認した。
いつもと変わらぬ事務的なお仕事でつまらなかった。
ただし、それは一通の手紙の差出人を確認する事で、平穏は終わりを告げるのであった。
「依頼終了です」
赤い鎌とハンマーのリーダー・ヘイモは、いつもように絡んでくる生意気な新人共を無視し、受付の前に立った。
いつもなら、直ちに確認手続きに入るハズなのだが――
「ヘイモさん! あなた方宛に封書が届いております!」
受付嬢は、上擦った声をだしながら、後ろの書庫より、下にも置かない丁寧な仕草で封書を取り出した。
「え? 何で俺たちに?」
ヘイモが後ろのメンバーを振り返る。アウボも、エサも、ヨーナも、イサクも、心当たりがないと言っている。
「誰から?」
「ネコ耳の勇者、イオタ様からです!」
「ええー!」
「なんだって!」
ヘイモ達は驚いた。ギルドにたむろする冒険者達も驚いた。しつこく絡んでくるメンヘラ後輩に至っては顔色を青く変えてまでいる。
「え? どれ? え?」
封書を手にするヘイモ。覗き込むメンバー達。その外側で輪を作る冒険者達。
「読めヘイモ! 早く!」
最年長のエサがヘイモをせっつく。
「お、おお!」
ヘイモは、おぼつかない手つきで封書の封を切る。
取り巻いている冒険者からは、「本当だったんだ」「ヘイモ達の言うことは事実だったんだ」などと、動揺した声が聞こえてくる。
イオタがヘイモ達と行動を共にした件を証明する者が、とある事件が原因でいなくなってしまった。それ故、イオタの件は、ヘイモ達のハッタリだとされ、からかいのネタにされていた。
ヘイモ達にとって、事実に代わりはないので、全く取り合わなかったが。
「えーっと……」
中から取りだした便箋には、びっちりと細かい文字が書き込まれていた。
「えーっと、俺、あんまり字が読めなくて……」
どひゃんとずっこける冒険者達。
そこで、メンバーの頭脳たるエサが一計を案じた。
「受付嬢、あんた字が読めるだろ? ヘイモに変わって読み上げてくれ!」
「はっはぃ!」
受付嬢も食い気味に手紙を覗き込んでいた。あのイオタの手紙を読める。願ったり叶ったり。早速声に出して読み始めた。
『親愛なる、赤い鎌とハンマーの皆さん。ヘイモ殿、アウボ殿、エサ殿、ヨーナ殿、イサク殿、みなおかわりなかろうか?』
「「「「「はい、はいはいはい! 元気です元気!」」」」」
メンバーが挙手をしてまで物言わぬ手紙に元気よく返事をした。
『拙者もミウラも元気にござる。デイトナ嬢を交えて、皆と冒険した日が、昨日のように思い出される』
「ほんとうだったんだ」「だれだ、ヨタ話だなんて言ってたのは」
あちらこちらから、小さな声が上がる。しつこく絡んでくる後輩は、姿を消していた。
『拙者、スベアを立った翌年の春、無事タネラに到着したのでござる』
「思ったより早く着いたんだね……タネラが何処か知らないけど」
異世界の文化文明レベルでは、正確な地図は作成されていない。イオタとミウラが向かったタネラとは海を渡って世界を隔てる山脈を越えて辿り着く、ものごっそ遠い土地としか認識できないのだ。
『ヘイモ殿達には、色々とご心配をお掛けして申し訳なく思う』
「イオタさんがヘイモに気遣ってるよ!」
『皆との冒険は、思い出す度懐かしくなるのでござるが、今にして思えば、死を身近に感じた危ない仕事でござった』
「ええー! ヘイモ達ってネコ耳の勇者イオタが命の危険を感じた冒険に加わっていたのか!」
『全てを語るには紙面が足らぬので、簡単に申し上げるが、魔王四天王の一人、神祖のヴァンティーラ伯爵と戦った時と、ドラグリア20万を背にしょったカレラ皇帝と対峙した時も死を覚悟したでござる』
「イオタさんが死を覚悟した3つの出来事の一つに、ヘイモのとが入ってるんだ……」
『ちなみに、全てを語るには紙面が足らぬので、簡単に申し上げるが、魔王は封印いたした。安心めされよ』
「噂は本当だったんだ!」
「ネコ耳の勇者イオタが、魔王を倒したんだ!」
当事者の直筆お手紙にであるから信憑性は高い。この情報は金貨一千枚に匹敵する。
「だれか! 王城と商業ギルドに使いを出せ! マウントを取るチャンスだ!」
『ドラグリアの件も、全てを語るには紙面が足らぬので、簡単に申し上げるが、何とかなった』
「なんとかなったんだ!」
『カレラ皇帝に侵略の中止、廃案を約束していただけた。今後、こちらの国々へ卸す砂糖の量を増やしてくれるとのことでござる』
「戦争が回避された!」
「砂糖の量が増える!」
「だれか! 王城と商業ギルドに使いを出せ! マウントを取るチャンスだ!」
『カレラ皇帝との会見を終えた足で、南下してヘラス王国へ向かったのでござる。道中の難所、メガロード山は目も眩む大きな山にござった。隣の国からもその姿が見えるほどにござる』
「へぇー!」
「世界は広いね。そんな大きな山があるんだ」
『途中、レッドドラゴンを倒して路銀の足しにいたし……』
「ちょい待ち、ちょい待ち!」
「いまなんて? ドラゴンを倒して小遣い稼ぎした様に聞こえましたが?」
「俺もそう聞こえた」
『ヘラス王国へ入ってみれば、国が荒れておる。いきなり革命に巻き込まれたのでござる。しかも、前王の御落胤が、あのデイトナ嬢にござる。義を見てなさざるは勇無き成! デイトナ姫のため、大奮戦いたした』
「王国の方々も、イオタさん相手にたいへんだったろうね」
「20万の兵力揃えてもページ数の都合で省略されるしね」
『全てを語るには紙面が足らぬので、簡単に申し上げるが、どうにか少ない被害で王城を制圧。悪を懲らしめ、御政道は元に戻りもうした。デイトナ殿からの感謝もひときわにござる』
「へー、デイトナさんはお姫様かー」
「イオタさん、デイトナさんに頼られてるのかー」
『終戦のごたごたを全てを語るには紙面が足らぬので、簡単に申し上げるが、王国は何とかなった。落ち着いた頃を見計らって政職を引退し、タネラへ引きこもり今日に至ったのでござる』
「へー、なんとかなったんだ」
「波瀾万丈な旅だったんだね」
『今はミウラと共に小さな旅籠屋を立ち上げ、ぼちぼちと生活費を稼いで暮らしておる。立ち上げに際し、パトレーゼ商会にお世話になったでござる。もし、スベアにパトレーゼの縁者が訪れた際には、なにか買ってやっていただきたい。ビラーベックは倒産しろ』
「そういやー、パトレーゼって名乗ってる商会の店があったよなー?」
「ビラーベックが大きすぎて目立たないけど、贔屓にしてやろう」
「ビラーベックって結構えげつない商売してるらしいからな。イオタさんも一度引っかかったって言うし」
『話はこれで終わるが、拙者、デイトナ殿やヘイモ殿達とした冒険は一生忘れぬ。赤い鎌とハンマーの一員であれたことを誇りに思う』
ギルドにいる全員の目が、ヘイモ達赤い鎌とハンマーのメンバーに注がれていた。
尊敬と憧れの光に満ちた目で。
『皆の健康とますますの発展を日夜祈っておる。簡単であるが、これにて失礼いたす。イオタ・ミウラ』
長い手紙は、イオタのサインと、ミウラの肉球スタンプで終わった。
スベアの冒険者ギルドは、熱気に包まれていた。誰もが熱い情熱を身のうちに沸き立たせていた。
「すごいや! なあ凄いことだよな、ヘイモ! あれ? ヘイモは?」
ふと我に返ったイサク。ヘイモの姿が見えないことに気づいた。
イサクの肩にポンと手が置かれた。最年長のエサだ。
「しばらく気づかないことにしてやれや」
ヘイモは、港に一人立っていた。
客船の船着き場だ。
2年前のあの日、ヘイモはここでイオタと共に笑い、別れ、涙した。
「イオタさん。元気でやってるんだね……」
ヘイモは、南の海を見つめていた。
さっそくの翌日。
スベアの冒険者ギルドは、「ネコ耳の勇者イオタが冒険者登録をした御用達ギルド」と書かれた看板をあげた。
イオタの勇者発祥の聖地(自称)としてスベアを売り出しを始めた。
道が露骨に整備された山の中には、イオタが腰掛けて休んだという「イオタ腰掛けの岩」や、イオタが勇者の剣を突き刺したところ、温泉が湧いてきたという「イオタの湯」など、いくつかの観光名所が作られ賑わいを見せている。




