*新商品
ジェイムスン教授が作り笑顔を浮かべている。
「君たち、お知り合い?」
「はい!」
元気よく、奥さんが返事した。
「ニール君は、昔の知り合いというか、仕事仲間でしたね」
「10代の頃、同じアルバイトしてまして。その縁ですね。綺麗な人でしょ?」
ニール君が後頭部を掻きだした。
「2人共通のアルバイトって……、2人とも何してたんだい?」
「読モです」
「死ねよ!」
ニール君の襟を両手で掴んで振り回しはじめるジェイムスン教授。鬼気迫るものがある。
「まあまあ、お二人とも、じゃれるのはそのへんでおやめくださいな!」
強引に二人を引き千切るように分ける奥様。男二人でもかなわない腕力。
「ちなみに、教授は何の研究をなさってるのですか?」
「これだよ!」
研究者という者は、自分の仕事を自慢したがる者と同義語である。
ジェイムスン教授が鞄より取りだしたのは、ネコ三つ巴の印が押された表紙に、古代語で書かれた表題の、極秘扱いにしなければならないアレ。
「難しいと思うのであるが――」
「うへぇー、『異世界ネコ歩き』ですか。どこにあったのかしら?」
「ここから30分ばかり車で走った……」
ジェイムスン教授の顔色が変わった。
「これを、知って、いる? のかね?」
⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰
ネコ耳プロジェクト株式会社、略してネコミミ(株)新社屋応接の間にて。
ジャコビニ商会会長コリード・ジャコビニと、ネコミミ(株)社長ヴェクター・イオタが膝をつき合わせていた。
2人の間にはテーブルが1つ。
テーブルの上には、紅茶のカップが2つ。
小さな模型が1つ。おもちゃかな? 現代日本で言うところのブランコに似た構造。
「なんですかな? これは?」
コリードの知らない物がある。商人として、商談相手のペースに飲まれるのが悔しいが、ここはあえて乗ってみようと思った。
「イオタの手作りです。ペンデュラムウェーブという、まあ、おもちゃですね」
ヴェクターが、コリードの反応を見て肩をすくめた。
そのおもちゃは、三角柱の骨組みを横倒ししたと言えば視覚的に解って頂けるだろうか――、
両サイドに足が有り、双方の天に棒が一本通っている。その棒から紐に吊された金属の球体。それが10個並んでぶら下がっている。見たところ、振り子が10個ばかり一列に並んでいるだけなんだが。
そのおもちゃの横に、物差しが一本置かれている。
イオタが普通のおもちゃを作るはずない。コリードは、次の言葉を待った。
「百聞は一見にしかず。動かしてみましょう」
ヴェクターが物差しを手にし、10個の振り子を同時に押し上げ、一度に離した。
同時にブラブラと揺れ出す、10個の振り子。
「これが何か?」
「まあ、60数えるまで待ってください。59、58、57……」
ヴェクターがカウントダウンしていく。
何が起こるのだろう? 解っているのだが、コリードはヴェクターの世界に引きずり込まれていく。
何はともあれ、振り子を見ておこう。
仲良く並んでいたのは最初だけ。すぐ各自の動きにズレが出る。それは、蛇がうねるように波打って見せ。そして、またズレていく。
バラバラな動きになった後、左右2列に並んで動きだし、また蛇のように波打って動き、その波がだんだんと揃いだし……これだけでも目を引くのだが――。
「4、3、2、1、ほら!」
10個の重りが揃って動いた!
そして再び乱れだす。同じ動きを繰り返すのだろう。
「ほ、ほう! これは面白い! 何か仕掛けがあるのでしょうか? 魔法を使ったとは思えない!」
コリードは、両手をテーブルに着いて、ペンデュラムウェーブを覗き込んだ。
「答えは単純。振り子1個1個の長さが違うんです。60回数えた後に合わさるよう各紐の長さを微調整したのです。いや、その微調整が大変でしたけど、一度作れば適切な長さが解るので、後は簡単。量産も可能です」
「でも、重りの重さを均一化するのは大変でしょう? 重さによって紐の長さも変えなければ!」
「それがですな。私も理解してませんが……、イオタが言うには、重りの重さは関係無いんだそうで。周期がどうとか、重力加速なんとかだとか言ってましたね。なんやかんやで、紐の長さだけで調整できるそうです。イオタの受け売りで申し訳ありません」
イオタもミウラの受け売りなので、気にしないでください。
「ほおぉー! 私にも理解できません!」
「紐と重りになる物を用意できれば、子どもの夏休みの工作レベルだとか。……夏休みってなんでしょうね?」
「さあ?」
互いに首を捻るヴェクターとコリード。
「貴族相手に売ってみますか? コリードさん」
「是非にも! ヴェクターさん!」
こうして、和やかな雰囲気の元、商談が開始された。
「ヴェクターさん、このほかにも、御社でいろんな商品が開発されているのでしょうね?」
「ええ、開発中なので内密にお願いしたいのですが、これまでの10倍は長持ちする蚊取り線香だとか、お風呂の湯船に溶かして使う香料がありまして、これが夏のあせもによく利く。それと、これをご覧下さい。試作品です」
ヴェクターが取り出したのは掌サイズのオルゴール。金属製で、可愛いレバーが付いている。
「このレバーを回して……ほら」
有名な曲の一小節が流れる。ゼンマイを利用したオルゴール。それも世界最小。
「試作品ですよ、試作品」
「あなた方ネコ耳(株)は世界の最先端技術をお持ちだ。是非ともお付き合い願いたい」
「もちろんよろこんで!」
両者代表は、がっちりと握手した。
「ちなみに、ヴェクターさん。これら商品はパトレーゼ商会にもお話をされているのでしょうな?」
パトレーゼ商会とネコミミ(株)の付き合いは深い。有名な話だ。
「ええ、西側諸国はパトレーゼ商会に委ねねばなりませんが、南諸国はこれからヴェクターさんと話を致しましょう」
「それは有り難いことです」
西側諸国とは、イオタが先の冒険で歩いてきた地域。レブリーク帝国やジベンシル王国があるところ。アトラウス山脈の北側だ。
パトレーゼ商会は、西側諸国と商業ルートを持っている。
付き合い上、西側諸国方面は、彼らと組まねばならない。
だが、アトラウス山脈の南側、ヘラス王国が含まれる、東西に長い南諸国は手つかず。この地域でジャコビニ商会と組もう。西側諸国に目を向けているパトレーゼ商会も承知の上だ。そういう話なのだ。
ジャコビニ商会は船も持っている。流通と店売りを兼ねる形態を持つ。
薫り高いウイスキーやブランデー。固形石鹸やこれら新商品。ネコミミ(株)の商品は目玉になる。
コリードは無意識に揉み手をしていた。
商談はこれからだ。ヴェクターはまだ若い。手の内を先に晒してしまった。
ここからだ。ここからが商談だ。ネコミミ(株)より絞るだけ搾り取ってやる!
「にゃーん」
どこからかネコの声が。
「え? ミウラですか?」
希望に顔色を喜色で埋めるコリード。
姿を現したのは黄色いトラジマのネコ。小さい。
「ミウラの子供で、ムギですね」
「おおおおおお! 今日は具体的なところまで踏み込みましょう!」
コリード氏は感動癖が付いてしまった模様。
チビチビと小出しにされていることに気づいていない。
商談は成功するだろう。
⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰
「うへぇー、『異世界ネコ歩き』ですか。うちの旦那が探してたんですよ。どこにあったのかしら?」
「ここから30分ばかり車で走った……」
ジェイムスン教授の顔色が変わった。
「これを、知って、いる? のかね?」
考古学者の間でも、これを知る人は2人しかいない。ジェイムスン教授と助手のニール君だけだ。
これを異世界ネコ歩きだと看破した。表題からか? この奥さん、古代語が読める?
こんな田舎の専業主婦が? そんなはずない! 疑わしいのはニール君だ。
「まさか、ニール君。君は……?」
「僕は喋ってませんよ。彼女とは、もう何年も会ってませんし。下宿の件で再会したのも偶然です!」
ニール君は、両の掌と首をブンブン振って、関与を否定した。
「表紙に書いてあるじゃないですか『異世界ネコ歩き』って」
奥さん、古代語を読めるんだ。
「うちの旦那の受け売りですよ。もうすぐ帰ってきますから、お話ししてやってくださいな。イオタさんの『日記』の件を」
壮大な悪戯が成功したような笑みを浮かべる奥様。
「な! 『異世界ネコ歩き』がイオタの日記だって知ってるのか? 旦那さんは何者だ!?」
奥さんは、フッっと片唇を上に曲げる。
「旦那の正体? イオシス・クルス。ただの中学校教員さ」
ドヤ顔が決まった!