16.賞金でござる
受付の女子が言う。
「騙されてますよ」
――と。
「公証人の取り分は、1割が相場です。わざわざ同行して頂いたなら別ですが、そちらは行商人の方、旅費や経費は掛からないはずですが?」
経費は依頼者持ちという意味であるな? ならば、同じ道すがらのミッケラーに必要経費が発生するはずも無し。損害分は奥のネコ耳村で略奪ゲッフンゲッフン! 残った資材を回収することで丁半となったはず。
ミッケラーを信じ始めていたのにな……。
所詮――。
視線を感じて役所の中に視線を走らせてみた。
ニヤニヤと笑うゴロツキ共と目が合った。
「ネコ耳の姉ちゃん。俺たちが取り戻してやろうか? 料金は一割で良いぜ!」
腐れ坊主のように、金色の髪を短髪にまで刈り込んだ益荒男が声を掛けてきた。
三割が二割になるか。さほど美味しくないな。
「皆さん」
ミッケラーがゴロツキ共に声を掛ける。
「皆さん、私はビラーベック商会の者です。トラブルが発生するとビラーベック商会の専門家を相手にする事になりますが、よろしいので?」
「ビラーベック商会か! チッ!」
ゴロツキ共が温和しくなるほどの名なのか? ビラーベック商会とは?
そして、どうだ? この手慣れたあしらい方は? もう何度も繰り返しているようだな。
ミッケラーの笑顔は仮面だと推測していたが、その下でもう一枚の仮面を被っていたようだな。こやつの本心は何処にあるのだ!?
「これはどういう事でござるかな? 拙者、その方を信じていたのでござるよ!」
ミッケラーは、浮かべていた笑みをさらに爽やかに昇華させた。
「悪いことを考えた訳ではございません。言葉が足りませんでした。イオタ様は商人を善人と誤解しておられるだけなのです。商人は売れる物であれば親でも友人でも売るのですよ」
『信じられない! こいつ何考えてるの? ゲスを極めし人なの? ほんと信じられない!』
ミウラが怒りを募らせている。怒っているのは某のほうが上である!
「3割と申しますが、これはサービス価格なので御座いますよイオタ様。騙されたと思うか、たった2割のサービス価格で勉強ができたと思うか、人それぞれ」
ミッケラーの笑みは作られた笑顔。つまり商人の武器。武士に置き換えると、人を斬る為の刀に相当する。
不覚にも、某はミッケラーという商人にバッサリ切られたのだ。
「3割か1割か、それを知らなかったのはイオタ様の不覚。イオタ様がそれを知らないと知った私が一歩秀でていただけの事。商いだけをを10年も続けた者に、2割程度を余計に払っただけで済んだのです。悪どい商人に引っかかってしまえばケツの毛まで抜かれる事もしばしばあるのです。それもこれもひっくるめて、私とイオタ様の仲を考えればお安い値段だと思いますがね。適正な値段で、この世界の事柄を勉強なされたと思えばどうでしょう? いわばサービスで御座います」
よく回る口である。何度もミッケラーの口上を頭の中で反芻する。
もう、どうしようか?
信頼とか失望とか怒りとかいろんな感情が吹き出てきて、それを抑えるのに苦労している。それをミッケラーは分かっているのであろうか?
ここは役場。落ち着け、某。
ゆっくり息を吸い込み、丹田に力を溜め、またゆっくりと息を吐き出す。剣術道場で習った初歩の呼吸法である。
「……なるほど。これは勉強になった。二度と騙されないよう工夫しよう」
「それはようございま――」
居合いで抜刀。首筋にピタリと刃を沿わす。
ヒューと口笛を吹くゴロツキ共。こやつら、手を出すより観客として見物したがっている。
ミッケラーは笑顔を顔に貼り付けたままだ。でも顔が紙のように白い。
「貴殿が商売の道に十年費やしたように、拙者は『人を殺す為だけ』の訓練を二十年してござる」
この御仁には格安でご教授頂いた恩がある。恩は恩で返すものと相場が決まっている。
「お、お戯れを。私の後ろにはビラーベック商会が――」
「ビラーベック商会とやらは聞いたことがない。三井より大きいのか?」」
ミッケラーは口をぱくぱくさせていた。三井を知らんのか? こやつ?
『異世界を知らぬ旦那に、ビラーベック商会のご威光は通じませんね』
ミウラが口の中だけで笑っていた。
「そ、そうです! イオタ様とは、私を護衛する契約を交わしております。あなたに私は殺せませんよ!」
なるほど、そう来たか。表情は変わらないが、声が微妙に震えているおるぞ。
『こんなシーンで肝が太いと言うか図々しいというか! どこまでも商売事で考える男だ!』
商人同士の戦いならミッケラーの勝ちだろう。だが、相手は商人じゃない。ただの武士だ!
「その通り。契約とやらが終わるまで、その方に手が出せぬ。だから!」
「だ、だから?」
ミッケラーは視線を刃に沿わせ、唾を飲み込んだ。
「早く三割を受け取れ! それで契約は終了する!」
そう、ミッケラーを護衛するという約束期間が終了する。
ミッケラーはその事を知り、笑顔の仮面を脱ぎ捨てた。
「さあ、早く!」
恐怖を顔に浮かべたまま、取り分の三割を自分の財布に入れていく。命と引き替えにしても儲けを手にする。こう言うのを何と呼んだっけかな?
だが、相手が悪かったな。
「財布を膨らますのは良いが、首を動かすなよ! 拙者が軽く動かすだけで首の太い血管がチョン切れるぞ!」
首を動かすと切れちゃうよ、と言っておいたのだ。首を縦に動かす事も、横に動かす事も出来なくて、さらに返答することすらできなくて、さぞや困っているだろう。
「さあ、金は手に入れたか?」
全身全霊を持って殺気を吹き出させた。本気で殺しやってもいいのだが。
「この刀がカミソリの刃を持つことは貴殿も知っていよう。なに、貴殿と拙者の仲でござる。痛くなく死なせてご覧に入れよう。それ!」
手慣れた仕草で刃をスっと手前に引く。
唇をわななかせるミッケラー。
「ご安心めされい。あてがっておるのは峰でござる。拙者の腕を持ってしても首は斬れぬ」
手元で刀を一回転させ、素早く鞘に収める。14歳の頃、仲間内で切磋琢磨した格好いい納刀法その三だ。
「先ほどの『さーびす』の礼でござる。今回の授業料は無料にしておこう。一つ忠告でござる。武士に対し、喧嘩を売ってはいけない。で、ござる」
某なりに精一杯努力して、商売用の笑顔を浮かべておいた。
「おいおい、役所で剣を抜いてただで済むと思っているのかい?」
短髪男が絡んできた。ニヤニヤしながら近づいてくる。こやつ、荒事になれておるな。
「その方ら。ビラーベック商会とやらが詐欺を働いたと証言して頂けるのでござるかな?」
「むっ」
男が言葉に詰まった。ここは一気に畳み込む。
「拙者、故郷で訴訟事を取り扱う仕事をしておる身でござった。故に訴訟事は素人ではござらぬよ」
それこそ幕府の犬だったからな。いまはネコだけど。
「な、何が言いたい?」
「ここに居る皆を巻き込んで、超めんどくさい訴えを起こす。わざと回りくどい訴えを幾つも起こす。それこそ、ここに居る皆が、日頃の仕事に差し障りが出る訴えでござるよ」
「うっ! このネコ耳、めんどくせぇ女だ!」
「ビラーベック商会も巻き込んで――」
「もういい! 俺たちは無関係だ!」
短髪の男が諦め、仲間達が屯する場所へ戻った。
窓口の向こうから顔を出している役人共も、うんうんと首を縦に振っていた。
「ならば、口出しはご無用」
そして某の分け前を巾着に詰める。ずしりと重い。
へたり込んでいるミッケラーを一瞥しておく。
「さて、これで拙者と貴殿は赤の他人。これより町中で見かけても挨拶は無用。それでは御免!」
編み笠を被り(これ以上表情を読ませると碌な事にならぬ気がするので)、ミウラを拾い懐にしまい込み、役所を後にした。
日は既に西の空へ傾いている。……イセカイでもあちらが西で良いのだろうな?
『宿のあてはあるんですか? ミッケラーなら良い所知ってると思ったんですがね』
「もはやあいつはアテにならぬ。あやつの言葉の何を信じて何を疑えば良いのか、拙者の勘じゃ判別できぬ。宿は自力で探す」
黙々と大通りを歩く。とにかく役所から遠く離れたかったからな。
『その辺のNPCに聞いてみますか?』
「えぬぴぃしヰ?」
『失礼。わたし達の間で使う専門用語で、「町人」という意味です』
専門用語! 心揺さぶる言霊!
相変わらずの博識ぶりである。もうミウラしか信じられぬようになってきたわ!
「……ふむ、どうせ町人に場所を聞くなら、冒険者ギルドの場所を聞こう!」
『なんでそうなるんですか?』
さて、そうと決まれば――
『旦那、さっきの受付嬢を心眼で見てなかったでしょう?』
「心眼? 使う必要が……あーっ! しまった! 一生の不覚!」
大声を上げてしまった。道行く人がこっちを見てる。恥ずかしい!
『性癖の項目、見とけば良かったですね』