*刀狩りが出た.2-2
「たのもー! 一手ご指南頂きたい!」
『道場破りですね。一度聞きたかったセリフベスト3に入る名文句です』
夕暮れ前。「バラン流剣術指南所」と書かれた看板が上がった石造りの門。そこをくぐったイオタは、敷地の中に向かって声を張り上げた。
これで5軒目だ。
刀狩りの剣筋は剛剣にて愚直。修練に修練を重ねた剣士であるはず。冒険者のようなヤクザな剣法使いじゃない。ちゃんとした剣術を学んだ者。
イオタはそう睨んだ。
なので、めぼしい道場に押しかけ、剣を交えて流派の太刀筋を見極めることにした。これ見よがしに、腰の物を見せつけながら。
……過去の4軒共、たいしたことなかった。四天王と名乗る剣士と、道場主を片っ端から撃破した。どれもこれも、刀狩りの太刀筋とは大違いであった。
口止め料と称した金子により、懐が暖まってしょうがなかった。
そして、5軒目の道場「バラン流剣術指南所」。あまり期待は出来ない。
なぜなら、当道場は貧乏そうで、選手層が薄い様だから。
今までの大きな道場とは違って、規模が小さいというか、こう、小ぶりの民家?
但し、庭が広い。広い庭で、剣士風の若い男たちが素振りしていた。
これまでの道場は屋内で修行していたが、ここは屋外? 雨天中止?
若い男たちは4人。練習の手を休め、イオタをガン見した。
「あ、いらっしゃいませ! すぐ道場主を呼んで参ります!」
一番の先輩格らしき男が、大変愛想良くイオタに対応。その間に、一番下っ端ぽい男が家に向かって走る。ずいぶん気の利く男たちだ。
「今、お茶を用意してます。どうぞこちらにおかけになってお待ちください」
「あ、どうぞお構いなく!」
後頭部をポリポリと掻くイオタ。なんだか申し訳なく、尻の座りが悪かった。
「これはこれは、ネコ耳の勇者殿! お待たせ致しました。私がバラン流剣術指南所道場主のカプリ・バランです。どうぞよろしく!」
早足でやってきたのは、道場主だった。年は30前。背は高い方だが、2メートル越えじゃない。肉の付き方も細マッチョで、ゴリマッチョじゃない。
『外れですねぇ』
残念そうなミウラ。何だか面倒くさそうな態度。
「……できる」
イオタの表情が引き締まった。
「あの足運び。普通じゃないぞ。久しぶりに心眼!」
道場主のカプリ。零フレームで停止した。心眼を使われた相手は、イオタより殺気に似た何か違う、こう……、殺気みたいなプレッシャーを感じるのだ。
「こやつ、某とあまり変わらぬ腕前でござる。あと、性癖の所、『剣の鍛錬』となっておる。鍛錬のどこに興奮するのか全く理解できぬ所が恐ろしい」
両者表情はにこやかなまま、睨み合うという気まずい雰囲気。このままでは話が進まない。イオタが動いた。
「えー、拙者、ネコ耳族の剣士イオタと申す者。たまに剣を振るわぬと腕が鈍ってしまうため、軽くお相手願いたいと思い、まかりこした」
カプリも動き出した。
「はてさて、ネコ耳の勇者殿の練習相手が務まりますか。務まればこれ幸い。まずは、当方の太刀筋をお見せいたしましょう。剣を交えるのはその後で」
なかなかに親身な道場主である。普通、流派の太刀筋はどれもこれも秘されるもの。流派毎に工夫が為されているので表に出したくない。いわゆる初見殺しを狙ったもの。
今まで門を叩いた4つの道場は、いきなり実践だった。(模擬刀か木刀による)
それがここでは、自派の太刀筋を見せるという。
自信があるのか、単に親切なのか、あるいはイオタに対して自暴自棄になったか。
カプリの腕前を考慮するに、前者2つであろう。自信があって、なおかつ親切。
と言うことで、4人の弟子による型稽古を見せてもらった。
それは剛健とほど遠い、緻密な剣技の集合体であった。
「面白そうな剣であるな!」
刀狩りのことを忘れ、バラン流に興味を持ったイオタ。ここは、江戸で通っていた道場の空気に似ていたのだ。
「ではイオタ殿。お相手いたしましょう」
「よろしくお願い申す」
カプリ、イオタ、双方とも木刀による練習試合が始まった。
礼をし、構え、即打ち合い。
初手はカプリから。
殺気の無い面打ち。
イオタは誘いと知りつつ、これを受け流し、胴に打ち込む。
カプリには織り込み済みのようだ。流れるように後ろへ下がり、イオタに空を切らせる。
イオタは剣を振り切らず、途中で突きに変化させる。
カプリは、さも当然と突きを木刀の側面で受け流し、イオタの肩口に打ち込んだ。これが本命!
対して、イオタは足首の力だけで横っ飛び。見た目水平移動。身体能力だけで本命の攻撃を避けた。
言葉にすれば長くなるが、全部で一秒もかかっていない。両者の動きを目で追えたのは、ネコの動体視力を持つミウラと、カプリ四天王の筆頭だけだった。
「今のが噂のネコ耳流奥義・波動砲稲妻三段返し!?」
「違うでござるよ」
今度はイオタが初手をとる。激しく打ち込んだ。
イオタは舌を巻いた。
カプリの腕は、心眼で見た数値以上だった。
一撃一撃が必殺にして、次ぎに繋がる連撃。と思えば、イオタの動きを誘導して、数手先で仕留めるという、詰め将棋のような剣捌きを見せる。
カプリの剣は、イオタの剣に似た流儀だった。故にイオタも対処は可能。
技術はカプリが上。体捌きと素早さはイオタが上。
双方激しく打ち合うも、決着がなかなか付かなかい。4人の弟子達も、ほうと溜息を出す。二人の打ち合いは、長期戦の様相を呈してきた。
それまで鍔迫り合いを挑み続けてきたカプリが、突然距離を取った。
「それまで!」
カプリが剣を下げた。このままだと、どちらか体力を無くした者の負けとなる。それではつまらないと考えたのだろう。
それはイオタも同じ。
「有り難うございました」
イオタは刀をおさめ、頭を下げた。
「イヤー、さすがネコ耳の勇者殿。手の握りの工夫が至高でした。振り下ろしてからの伸びに何度肝を冷やしたか。勉強になります。わたしはまだまだ工夫ができる。喜ばしいことです」
「なんのなんの! カプリ殿も凄まじい。まるで大工のような太刀筋、感服いたしました」
「大工? ああなるほど! イオタ殿は面白い例えを出される。ハッハッハッ!」
心の底から面白そうに笑うカプリ。憎めない男だ。
『ねえ、旦那。大工ってどんな例えなんですか?』
博識家にして最強知識集団所属ミウラの弱点は剣道。イオタの例えが解らなかった。
「絵図面を引いて、きちきちと組み上げていく。そこに無駄は無い。カプリ殿はそんな剣でござった。このお方、刀狩りとは真逆の剣でござるな」
『はあ?』
まだミウラは首を捻っている。
「ではシメとして、恒例の総掛かりと参りましょう。皆さん、用意は良いですか?」
「「「「はい!」」」」
「え?」
弟子4人対イオタ1人のデスマッチが開催された。
まあ、勝ったけど。
「えー、ではバラン流剣術見学費として500セスタ。道場主指導料として、2,000セスタ。指導員との練習試合費として1,000セスタ。合計3,500セスタ頂きます」
「お高いでござるな!」
『ジョニ赤が30本買えるお値段ですな!』
道場破りを4軒繰り返してきたから、差し引きで幾ばくかの黒字だが、なんか釈然としない。……いや、商売してた訳じゃないが!
「ではこれより、初道場破り撃退未首尾記念として、居酒屋へ繰り出しましょう。イオタ殿も如何ですか?」
「ご相伴にあずかりましょう!」
『ネコの立ち入りOKの居酒屋でお願いします』
イオタとカプリの、リビドーの方向性が似ているッ!
てなわけで、イオタとカプリたちは、昼から安酒安料理のお店でどんちゃんしていた。
もうすっかりカプリと意気投合していた。それはそれ、これはこれ、とあっさりしているところがネコ的で気に入ったらしい。あと、剣にしか性的興奮を覚えないところが良い。
流れで、イオタが刀狩りを探していることも伝えた。
「うーん! 太刀筋は、私もイオタ殿の推理に同感します。ただ犯人は、技術は二の次で、力任せにぶった切る素人の匂いがしますね。だって、相手に剣を抜く隙を与えず、先制攻撃で仕留めているのでしょう? 犯人は、奇襲でしか勝てないという自覚を持っている、とは考えられませんか?」
「それも一理ござる!」
ヘラス名物となったカマボコを食べながら、頷くイオタ。
「道場剣法を当たっても、犯人には至らぬ……か?」
「想定の体格が体格ですから、肉体労働者関連を当たっては如何でしょう? なんなら、私達も捜査に協力しますよ。剣に対する目だけは確かですから。弟子たちにも走らせましょう!」
「頼めるでござるか?」
「もちろん! おっと、そろそろ資金が尽きたようです。今日はこの辺でお開きとしましょう」
弟子たちは飲み足らなさそうにしていたが、師匠がお開きと言えば従うしかない。
「では、明日朝、お迎えにあがるでござる」
「イオタさんのお泊まりはどちらで? 宰相の館でしたか! 近くまでお送りしましょう」
ってことで、弟子たちと分かれたイオタとカプリ。
『今頃、ゲキドさんは何処にいるのでしょうね? あと、カプリさんも神がかり的に器用そうですが……』
イオタとカプリは、繁華街から貴族街へと続く、寂しい並木道を並んで歩いていた。
「それはそうと、イオタさんのお腰の物は珍しいですね? 片刃ですか? カミソリのように切れる割りに強度に優れている。おまけに、しなりまである。そいつでドラゴンを斬ったのでしょう?」
カプリは、先ほどの居酒屋で、イオタの刀を見せてもらったのだ。
「某の剣はカタナと言って、片刃の剣でござる。ドラゴンとは、レッドマンの事でござろうかな?」
などと軽口を叩きながら、並木道を歩いていた。背中から吹く微風が心地よい。
「あの時は――む?」
『旦那!』
イオタとミウラは気づいた。カプリはまだ気づいていない。
曲者が、並木の上に潜んでいることを!
そいつが飛び降りた風切り音をネコの耳のみが捉えたのだ!
イオタとミウラが、同時に上を見上げる。
すぐそこに、大刀を振り上げ、宙に躍る小さい男を目で捕らえた。狙いはイオタだ!
この瞬間、イオタは理解した。
この身軽な小男が刀狩りだと。
推理はすべて外れていたと。
怪力ではなく位置エネルギーだったのだと。
理解した。
脳で考える事はなく、単に理解した。網膜に映像が映った光の一瞬で。
そして、この一撃への対処法も同時に理解していた。
横へ避けては駄目だ。ゴーライがそれを教えてくれた。
後ろへ避けても、長剣の攻撃範囲内。
ならば!
剣の刃が無い唯一の部分。
柄の部分を両手で受ける。
その為には、一歩、いや半歩だけ前に踏み出す。
イオタの体は既に動いていた。
片膝を折り曲げ、体が半歩分前に進む。両腕を頭上で交差させ、柄の部分を受ける!
両者が重なった。
そこで予測不可能の事態が起こる。
突きだしたイオタの膝に、上手いこと小男の股間が合わさったのだ。
グチョリ!
イオタの膝に伝わる、柔らかくれ丸っこいのが2つ潰れるムホッとした感触。
両者は離れ、互いに第二撃を狙って――、
刀狩りが転がった。
股間を押さえて、ゴロゴロして……たちまちの内に動けなくなった模様。
『必殺ナッツ・クラッシャーッ! そういえば、スベアの対トロール戦でもナッツをアレした個体が多数いたっけ。旦那のスキル去勢値がグングン伸びています!』
いち早く剣を抜いたカプリが、イオタの前に立つ。やや内股の姿勢で!
さすがカプリ。イオタに遅れること僅かで事のすべてを理解した。
「これがネコ耳流奥義・波動砲稲妻三段返しですか?」
「違うでござる!」
「えーっと、イオタさん。こいつ、戦闘力が極限なまでにマイナスです。このままとっ捕まえましょう」
「う、うむ、ゴーライや被害者のこともあるが、なんか、悪い事したなーって感じでござる」
って事で、簡単に捉えた。イオタが持っていた縄で縛ったのだが、両手は縛らず自由にしておいた。股間から引き離すのが、男として(元男として)耐えられなかったからだ。
「イオタ殿ッ! 有り難うございます! 無事、家宝の雷電も帰ってきました! 兄貴の面目も立ちました!」
下手人を前に、キョレツが仁王立ちしている。やや内股で。
「いや、まあ……」
「下手人への見事な天罰! さすがイオタ様! このザマを見て、あの世の兄貴も、さぞや胸がすいたことでしょう! ガッハッハッハッ!」
「まあ、その……」
「フッ! さすがだな。ネコ耳に依頼して、たった一日で解決するとは! フフフ、見直したぞ!
キザったらしく前髪を掻き上げるエラン。やや内股の体勢で。
「その、あの……」
ここにヘラス国王、テオドロスが加わった。
「イオタにナニをツブされた刀狩り、との看板を背負わせて、王都引き回しの上、磔の刑に処そうと決めていたが、さすがに可哀想なので、即、磔にする事とする!」
やや内股で。
『あ、旦那が泣いた!』
調査の結果。
犯人は痩せた小男。
職業はC級冒険者。長所は、イオタ並みの俊敏さ。欠点は腕力と体重。
犯行の動機は、逆恨み。戦士職に馬鹿にされ続け、恨み辛みが積み重なった。そこで、腕が立つ剣士や戦士に意趣返しをして、日頃の鬱憤を晴らしていたのだ。
剣を奪ったのも、被害者に恥をかかせる為。
武器は予想通り肉厚の長剣。結構重い。
犯行の手口は、高いところに登って獲物を待ち、飛び降りた勢いで相手の頭部に大剣を叩きつける、というもの。身軽さを生かしたオリジナルの剣技と言っていた。
そういえば、犯行現場はすべて高い塀や木々の側であった。
人間の死角、真上よりの一撃。しかも無音の奇襲。いかな剣豪・剣聖といえど、これは避けられない。
イオタとミウラが気づけたのも、小男が飛び降りる際、勢いよく蹴った枝のしなり音をネコ耳の超聴覚が捉えたからに過ぎない。普通の人間だったら関知は不可能。もしも、狙いがカプリだったら、一手遅れで防ぐことが出来なかったろう。
運が良かった!
『いえ、これは旦那の貧弱な運が犯人を呼び寄せ、カプリさんの強運が犯人を避け、わたしの運で素早く気づくことが出来たのです!』
道理!
こうして、王都を震撼させた「刀狩り」は、一件落着となったのである!
⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰
「ほほう! ここが下宿の物件か?」
「古いですが、丁寧に使われていて、おまけに最新の改修も加えられています」
小さな丘の上。古い家ばかりだ。そこはちょっとした集落になっていた。
入り口の家が最も古く、最も大きかった。
ここが下宿先である。
「なかなか風情があるじゃないか、ニール君!」
「いい物件でしょう? ジェイムスン教授。若い夫婦が2人だけで住んでいるんですよ」
ニール君がドアをノックした。
「はーい!」
ドアが開き、中から、奥さんが出てきた。
世の中の希望を信じている素直な目。茶色の長い髪。
白とピンクを基調とした服。胸がふくよか。女性にしては背が高い。
金持ちの家で飼われいるであろう白猫を連想させる美人だった。