*刀狩りが出た.2-1
「下宿先の件なんだけどね、ニール君!」
「なんですか? ジェイムスン教授?」
今日も今日とて……ちょっと出だしが違う。
「明日、スケジュールを空けたら下見に行けるかね?」
「交渉相手は、その家の主婦ですんで、ずっと家にいるから大丈夫ですよ。念のためアポ入れときますね!」
「任せたよ。ところでニール君! これは面白いぞ!」
「今度は何ですか? ジェイムスン教授?」
イオタ研究第一人者を自他とも認める考古学者、ジェイムスン教授がまたもや興奮している。
手にしているのは、イオタが書いたとされる手記「異世界ネコ歩き」。
「ここに、イオタが連続殺人犯を検挙したという記録が記されている! エラン宰相が泣いて感謝していた、と書いてあるぞ!」
「へぇー! 凄いっすね! あの漆黒の宰相として辣腕を振るったエランが、ですか? 血も涙も無い非情な男って、異世界ネコ日記の人物紹介欄に書かれていましたよね?」
イオタさん、私情を挟むのはやめてあげて!
「歴史上の人物の内側を見られただけでも第一級史料の価値がある!」
「読ませてくださいよ! どれどれ?」
⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰
「王都に新しく美味い店が出来た。私のおごりで飲み食いしていかないか?」
イオタは、王都ヘラスに滞在することになった!
「料理は確かに美味かったでござるが、ここは居酒屋と言わぬか?」
ワイワイガヤガヤとやかましい中、ふと我に返ったイオタであった。
「フッ、高級レストランだとは一言も言ってない。騎士連中が喜んでいるのだから、それで良いじゃないか!」
かっこつけて酒を口に運ぶエランである。
『騙されたのは、これで何度目ですかね?』
イオタとミウラは、内戦で轡を並べて戦った騎士連中と一緒に飯を食っていた。
特に仲がいいのはキョレツ男爵兄弟。
無役の男爵から騎士隊長に出世したゴーライと、弟のゲキド兄弟。兄は細マッチョの管理職タイプ。弟は横幅が蟹みたいに広い、豪腕タイプだ。
その他、武功を上げて王国騎士団へ入団した連中が集った。
ぶっちゃけ、見た目山賊と変わりない。
「さて、ネコ耳に折り入って話がある。この一月で、無差別殺人鬼の被害が甚大なものになってしまってな。王都警護隊では人手が足りぬようになって、明日から騎士団も動かすことが決まった。ネコ耳、お前以前、王都の警護隊にいたって言ってたよな? 力貸せ!」
王都の警護隊とは、江戸の北町奉行所定廻り同心の事。イオタの前世の職業であった。
「なにかと思えば。断るでござる!」
「総責任者が親衛隊長のデイトナだ。解決できなければ、妹が悲しむ。解決できれば褒めてもらえるぞ!」
「貴様と某の中ではないか。任せられよ!」
『あ! 扱い方は理解してるんだ!』
「まあ飲め!」
「では遠慮なく」
そんなこんなで、宴会も盛り上がっていく。
「さて!」
まだ宵のうちだが、騎士隊長のゴーライが席を立った。
「俺は、そろそろ失礼するよ。明日の用意がある。ゲキドもそこそこにしておけよ!」
「兄者は心配性だな! そんなことじゃ息子を騎士に育てられないぞ! ガハハ!」
底が抜けたバケツみたいに酒をあおる弟ゲキドである。
「ああ、シャーキンの事か? あいつはお前んところに修行へ出そうと思ってたんだ。鍛えてやってくれ! じゃあな、後は楽しんでくれ!」
「「お疲れーっす!」」
直属の部下二人を連れ、居酒屋を後にするゴーライ。
「殺人鬼が彷徨いておるのに大丈夫でござるか?」
「なーに! 兄者の腕は俺より上だ。共も二人連れているんだ。殺人鬼が可愛そうなくらいだよ! ガハハ!」
「過剰戦力でござるな! 飲もう飲もう!」
気を遣う相手である騎士隊長の退場で、遠慮がなくなった。羽目を外すのはこれからだ!
「エランよ、先ほどはサラリと見逃したが、連続殺人事件とは穏やかではないな?」
「フッ、これが変わった殺人犯でな。冒険者から貴族まで、剣を持った者にしか挑まぬのだ。全ての被害者は、剣を奪われている。よって『刀狩り』と呼ばれているのだ。既に10人も被害に遭っている」
「物騒でござるな。で、犯人の手口は?」
「被害者は皆、一直線に脳天をカチ割られている。中にはヘルメットを被った者もいた。ヘルメットごと、頭を割られていたよ」
「むぅ、となると、凄まじい剛剣でござるな! 犯人は、腕が立つうえ、背が高く、体重も重く、腕力にも優れていると見た! 見た目に目立つな、犯人!」
『ゴリラですな!』
「フッ、だから、すぐ見つかると思ってたのだが、今日に至るまで該当者なし。尻尾を出さぬ。用心深い男だ」
「ふーん。何処に隠れておるのでござろうな?」
『これがフラグだったりして。アハハハ!』
そして夜は更けていく。
翌朝。
騎士隊長、殺害されるの報が入ってきた。
『まさか、わたしに予知能力があったとは!』
「兄者ーっ!」
ゴーライの遺体に取りすがり、泣きわめいているのは弟のゲキドだ。
蟹のような幅広の肩が揺れている。
奥さんはへたり込んで。息子さんは拳を握りしめて泣いていた。
現場は、飲食街から貴族街へ抜ける近道。市民街との間で、家がまばら。短い距離だが、寂しい場所である。
防犯用であろう、頑強な塀に囲まれた空き家の前でやられていた。
『犯人は空き家に隠れていたのでしょう。不意打ちでしょうか?』
ゴーライだけでなく、共の騎士二人も殺されていた。ゴーライを含め、3人に抵抗の跡は見られない。
「3人もいて……騎士道不覚悟」
誰かがぼそりと呟いた。「恥」という言葉が皆の脳裏に浮かぶ。
「騎士隊長を殺られたとあっては、国家の名折れ! ヘラス王国は、全力をもって犯人検挙に当たる! 犯人は、必ずや報いを受けることとなるであろう!」
エランが恥という言葉を大声で覆い隠した。
もっとも、エランだって激しい怒りが心の中で渦を巻いていたのだ。ゴーライ騎士隊長は、内乱戦争の立役者の一人であり、潜伏時代からの協力者で気心の知れた間柄だったのだから。
「これまでと同じ手口でござるな? ゴーライも手口は判っていたはずなのに。ゴーライほどの者が、何故不覚を取ったのでござろう? それも一人ではなく三人も」
遺体検分にイオタも立ち会った。
ゴーライはさすがに騎士隊長であった。致命傷は肩口からの斬撃だが、頭への一撃をかろうじて避けた結果である。
鎖骨はもとより、肋骨までぶつ切りにされている。騎士として鍛え抜いた体を、こうも易々と斬ってしまうとは!
「こうでござるかな?」
イオタは刀を持った風に手を頭上後部で組み、踏み込みながら振り下ろしてみせる。
高く振り上げられた剣が、迷いのない超高速度で振り下ろされた。
『示現流ですか?』
「さすがミウラ。よく知っておるな。おそらく、示現流に似た剣術の使い手でござろう。昔道場で示現流を使う者と立ち会った……のを見た事あるが、あれは駄目だ。今の某でも勝てる気がしない」
改めて傷口を見る。傷口が汚い。これは切られたと言うより、圧し砕かれた?
『そこがちょっと引っかかりますね』
「うむ。ま、いっか」
イオタの興味は別の所にある。下手人のプロファイリングだ。
「剣も重くないとならぬな。そしてこの太刀筋。拙者の身長では、この角度で入らぬ」
切っ先から入り、鍔元で抜けている。背丈の高い者が、低い者に対し、切り下ろした場合でないとこうならない。
「犯人はゴーライより頭一つ以上は高くないと……」
『ゴーライ氏の身長は約195センチ、えーっと、約6尺半。犯人は2メートル10以上、えーっと、7尺はないと。え? 大男すぎません? スベアのゴブリン事件の犯人?』
あの時と被害者の状況が似ている。あの時は……大柄なトロールの犯行であった。
そして、お供の騎士達2名のご遺体。
この者達は、胴を薙がれていた。
「縦の一撃を振り下ろしきり、下段の構えから、かち上げて胴を払う。もう一回払った。鮮やかな奇襲により、反応が遅れた。そんなところか。理には適っておるが? ちと違和感を覚えるな? ……まいいか!」
検分は終わった。イオタはしゃがんだまま、手を合わせた。
犯行現場は、色々。
高い塀に囲まれた裏路地であったり、貴族街のド真ん中であったり、岩場であったりと、共通点は見当たらない。人気が少ない点だけが共通点であるが、それはどの犯罪にも当てはまること。
内、何カ所かは左右を高い塀に囲まれ、隠れる場所も無く、真正面からぶつかるしかない場所だった。
「イオタ殿ッ!」
「どわっ!」
ゲキドがイオタの下半身に抱きついた。安定の悪いしゃがんだ姿勢だったので、押し倒された。
ゲキドは、精神的にアレして抱きついてしまったに過ぎない。性的な事件案件ではないので問題はない。
「剣がっ! キョレツ家当主の証たる剣が盗られたぁーっ! 俺は、剣を甥のシャーキンに渡さねばならぬ! このような恥をかいたことはない! イオタ様! どうかお力をぉー!」
「わかった! わかったから離れるでござる! ゴーライの仇は、このイオタが必ず取ってみせるでござる! 卑劣感にふさわしい末路を与えてやるから、先ずは落ち着くでござる!」
「ゲキドよ、犯人は王宮が責任を持って検挙する」
二人の間にエランが割って入ってきた。抱きついていたゲキドをイオタから丁寧に剥がした。
「宰相の名において、ゲキドを騎士団長代理に任命する。騎士団の掌握に努めよ!」
『旦那は気づいてませんが、先生が冷たい目でゲキドさんを睨んでます』
「目立つはずの犯人が、いまだに尻尾も掴ませていない。これは、見方を変えてみるでござるかな?」
イオタは別行動を取ることにした。
ミウラが、誰にも聞こえないような小さな声で呟いていた。
『こうも考えられます。ゴーライ隊長を殺害して一番特をする者。加えて、ゴリラもどきの犯人像。まさか、ゲキドさんってことは? あ、アリバイ有ったっけ!』
博識人ミウラは、推理小説の犯人捜しを苦手としていたのである。
⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰
「さてではニール君。下宿先の下見に行こうか」
「はい、ジェイムスン教授!」
二人は車に乗り込んだ。