*デイトナの婚約
「ほほう! これはまた微笑ましい!」
「どうしました、ジェイムスン教授?」
今日も今日とて――
考古学者にしてイオタ研究の第一人者、ジェイムスン教授と、助手のニール君の会話である。
「イオタが姉と慕うデイトナが、高位の貴族と婚約したのだが、そのお祝いに勇者の鎧を纏って参加したようだ」
「へぇー! 伝説の勇者の鎧ですか! そりゃ相手方も喜んだことでしょう!」
「粋なお祝いじゃないか。読んでみるかねニール君?」
「是非に。ジェイムスン教授!」
二人はホッコリした空間に包まれていた。
その実は!
⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰
ある日。書斎でイオタとミウラが魔法の鏡(ミウラ作)を覗き込んでいた。
『……とまあ、このようにして、裏口の動画と音声をここの部屋で見聞きすることができます』
「部屋にいながらにして裏口を見張る。防犯は完璧でござるな!」
二人が覗き込んだ鏡には、裏口の様子がモノクロで映されていた。
「おや?」
裏口の戸を開け、ゼファ子が顔を出した。キョロキョロと辺りを見渡している。
『なにやってんでしょうね?』
なにかを見つけたのか、皿を下に置いた。皿には、残飯や未使用の食材が山になって乗っている。
途端、わらわらと集まってくるネコたち。早速、残飯をがっつき始めた。
それをにこにこ顔で見つめているゼファ子。
『あ! これだったのか!』
「なにがでござる?」
『最近、町ですれ違う野良ネコ達が、わたしを見ると「ごちそうさま」ってニュアンスで感謝してくるんで、おかしいなーって思ってたんです!』
「感謝するならゼファ子にであろう? 何故ミウラに?」
『おそらく、ゼファ子はネコ達に、わたしの下僕と思われているのです。わたしが下僕にエサを出させていると勘違いしたのです。だから、ゼファ子にではなく、わたしに感謝の意を表していたのでしょう!』
「では、ゼファ子の献身は?」
『下僕に感謝なんかするものですか』
「可愛そうになってきた」
そんな悲劇があった昼。イオタの元に一通の手紙がよこされた。
『この匂いは先生のだ!』
「確かにエランでござるな? また暑くなってきたとか寒くなってきたとか、どうでもいい下らん内容でござろう。どれどれ?」
『最近、扱いが酷いですね』
便せんを取り出し、胡散臭げに目を通すイオタ。
っと、その目が真剣みを帯びる。肩に力が入る。
眉が立ち、顔つきが厳しいものとなった!
『どうしたんです! 旦那!?』
「一大事でござる! 馬ひけーぃ!」
『だからどうしたんです旦那!』
物置に封印しておいた各種武装を収納に放り込み、借愛馬ヴァイスリッター(小松林の親分の所有馬)に跨り、鞭を入れた!
『だだだからからからかどうしたどうしたんですんです!?』
馬に乗せられ、激しく揺さぶられるミウラ。まだ騒動の理由を聞いていない。
「デイトナ殿がッ! 何処の馬の骨とも知らぬ貴族と政略結婚させられるのでござるッ!」
『へー、そういや愛人さんって、そろそろなお年頃ですものね』
駿馬は、一路ヘラスの王都へと駆ける。
「どうせっ! どうせ相手は中年のいやらしい禿でぶイヒヒのキモ親爺でござるッ! ある意味お似合いでござるが、待っておれデイトナ殿! デイトナ殿を妾にしてイヤらしいことをするのは拙者でござる! 拙者がお助けもうす!」
『救出目的が言葉になって出てますよ、旦那!』
そんなこんなで――、
異様な速さで王都ヘラスへ着いた。
「きさまー! エラン! 覚悟ッ!」
「いきなり何かな? ネコ耳よ」
上段からの面打ちに、慌てず騒がず愛剣で受け止めるエラン。冷静だ!
「デイトナ殿が! ヒデブ親爺が――!」
「ちょっと落ち着こうなネコ耳。座って話をしよう!」
『紫賢者!』
大人の話し合いにより、イオタは落ち着いて経緯を聞くことになった。
「デイトナが嫁入りする先は、ヘラスの西部に多大な影響力を持つ侯爵家、ザンボーニ家の当主だ。相手にとって不足は無いし、向こうからの申し入れだ。こっちとしても、ザンボーニ家を我らの陣営に引き込みたい。断る理由は無い」
「ちがう! 問題はデイトナ殿の意思でござる! デイトナ殿は立派な大人の女性!」
『正論ですが、旦那をよく知るわたしの耳には、一部性的単語が混じっているように聞こえます』
「例え兄といえど、デイトナ殿の気持ちを踏みにじることは出来ぬでござる!」
「だからっ! デイトナに選ばせたんだよ! 会って話をして、デイトナが決めろって! デイトナが良し、としたんだから、兄として話を進めざるを得ぬだろう?」
「某が許さぬ! デイトナ殿を嫁に欲しければ、某を倒してからにせよーっ!」
「どこの父親だよ!」
それほどまでに言うのなら――ってことで、王都のザンボーニ侯爵屋敷へ向かう事にした。
今日はデイトナがザンボーニ家へお邪魔してるお陰か、エランとイオタの訪問は快く迎えられた。
「ふんす! ふんす!」
ザンボーニ家屋敷の長い廊下を歩く二人。イオタの鼻息が荒い。
「ネコ耳よ、本当にその格好で良いのだな!」
「武人としての正装でござる! なんら文句を言われる筋合いは無いのでござる!」
「一応、私は止めたぞ」
イオタは勇者の全身鎧に身を固めていた。先の内戦で、エランの勝利を決定的にしたトライデント平原での決戦において、イオタが纏った有名な青い全身鎧だ。
「確かに、騎士の正装はフルアーマーだが。サムライとやらもフルアーマーだったか?」
イオタを見つめるエランの目が冷たい。
「鎌倉の時代より、武士は鎧を纏ってこそ武士にござる!」
イオタが熱い。うざいくらい熱い。
「こちらでございます」
「失礼致す!」
案内人を押しのけ、勢いよくドアを開けるイオタ。大股のまま、部屋へ踏み込んだ。
「あら、イオタちゃん! 今日はずいぶん勇ましい格好ね!」
奥のソファーにやんわりと腰掛けるデイトナ嬢。体の線を強調する赤いドレスが悩ましい。男を本気で殺しに来ている!
ソファーの横に、簾禿げ油肥満キモ親爺が、にこやかな顔で立っていた。
「拙者、伊尾田松太郎と申す者。先の大戦でデイトナ殿にお仕えした武辺者。永の暇は頂いたが、此度その縁あって罷りこした。ザンボーニ家の御当主はどちらかな?」
腰の刀に手を掛け、凄むイオタ。目がデビルマンの勇者アモン並に吊り上がっている。
「こちらが当主のミルコ様です」
デイトナが紹介した男。
男というか……。
デイトナ殿と並んで座っている、年端もいかない男の子。
きょろーん! とした顔と目でフル武装のイオタを見つめている。
「ミルコ君はね、8歳になったばかりなんだ!」
心底嬉しそうな笑みを浮かべるデイトナ嬢。
「8歳で当主になったって、すごいよね! お姉さんと結婚しようねー!」
「うん! するー!」
てへへ、と無邪気に笑うミルコ君8歳。半袖の白シャツに、紺の半ズボン。そのズボンをサスペンダーで吊っている。完璧超人!
「えーっと……」
刀の柄に手を置いたまま、二の句が継げないでいるイオタ。
「かわいいねー! お姉さん、だいちゅき! すりすり!」
妾オーラ全開! サブウインドウに習得された、「雌の性的誘い(強)」までフィールド展開されている。全世界の雄が違法行為に出た!
『ははー、ショタですな! デイトナさん、ショタへの扉を開かれましたな! 解ります! このミウラには充分解ります! ようこそ、こちら側へ!』
「イオタちゃんとお兄様、今日は何の御用ですか? あ、二人ともミルコ君に会いに来たんでしょう? お食事はまだかしら? だったら、一緒に食べてゆきませんか? ギャリソン、お食事を二人分追加でご用意して」
「畏まりました、奥様」
『既に奥様扱いなんだ。そして、簾禿げ油肥満キモ親爺さんはギャリソンって名前なんだ。有能な執事さんなんだ』
人は見かけによらない。
さて、その後、イオタは……
勇者の鎧を纏ったまま、夕食を咀嚼し、
勇者の鎧を纏ったまま、カードゲームに興じ、
勇者の鎧を纏ったまま、館を辞し、
勇者の鎧を纏ったまま、エラン家に泊まり、
勇者の鎧を纏ったまま、ベッドで寝た。
『最後のは対先生対策で完璧ですが、……イオタの旦那の目からハイライトが消えたままです。このままでは! どうしよう?』
しくしくと枕を涙で濡らすイオタ。勇者の鎧を纏ったまま被ったお布団の上で、ミウラがウロウロしていた。
『そうだ! イオタの旦那! デイトナご夫婦を我が家へ招待致しましょう。新婚旅行とか、海上ホテルに泊まらせるとか理由を付けて!』
イオタに反応は無い。
『先だって開発に成功した監視カメラ。あれをデイトナさんの部屋にこっそり設置しましょう。フルカラーの暗視付きで! 精通も未だな少年と、成熟した大人の女性との絡みをじっくり堪能する。如何――』
「それな!」
イオタは復活した。