*収穫祭
「今も昔も変わりないな、ニール君!」
「今度は何ですか? ジェイムスン教授?」
今日も今日とて、イオタ研究の第一人者を自他共に認めるジェイムスン教授と、助手のニール君の会話から始まる。
「いつの時代も、実りがあればお祭りがあるというお話だよ」
教授は「異世界ネコ歩き」の一部をニール君に手渡した。
「どれどれ?」
いつものように読み始めるニール君。実に楽しそうだ。
「麦の収穫祭に、家の使用人と参加して、踊ってメシ食って酒飲んだ……ですか? へー、イオタも踊る事あるんだ!」
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季節は秋。まだ、暑さが残る頃。
ここ数日のこと。イオタとミウラは早朝に家を出、夜遅くに帰ってきていた。
泥だらけの服をリュックにしまって。
何をしているのだろうか?
「おかしいんじゃけーん!」
さっそくゼファ子が目を物理的に光らせていた。
3日目の朝。日も昇らぬうちに、イオタとミウラが家を出ようとしている。背に荷物を抱えて。
見送るのは、ゼペルとエルミネタの妖怪爺婆。
「ほやっほやっほやっ! 最終日は、お楽しみでございますな!」
「最終日は、お祭りでごじゃりましゅるからな! キシェーシェッシェッ!」
「楽しみというか何というか、複雑でござるが、楽しみでござるな!」
『大丈夫ですよ! 祭りを楽しみましょう』
エルミネタ婆様が家のドアを開けると――
「現場を押さえたんじゃけーん! わたしもお祭りに連れて行くんじゃけーん!」
表で、小綺麗なスカート姿のゼファ子が待ち構えていた。腕を組んで胸を張って!
イオタとミウラは目を合わせた。
「……別にいいんじゃない?」
「え?」
イオタは、あっさりとゼファ子の参加を認めた。
「そうと決まれば、おべべを用意しなければ! キシェ!」
「今、婆様がキシェって笑ったけん? じゃけん、おべべって、お祭りにこれじゃ駄目なの?」
「さあさあ!」
お婆は、人間業を軽く凌駕したスピードで荷物を作り終え、ゼファ子の背に装着した。
「ほやっほやっほやっ! 行ってらっしゃいませ!」
「キシェーッシェシェシェ!」
「では行くでござるよ、ゼファ子」
「あ、え、行ってきますじゃけーん」
こうして2人は、海と反対側、山手の方へ歩いて行った。
そっちは、タネラの穀倉地帯であったりする!
そして季節は秋!
「さあ、これがゼファ子の得物でござる」
「鎌、じゃけん?」
鎌を手にして立つゼファ子。エルミネタお婆に用意して貰った、野良着が似合う。
黄金に輝く麦畑。収穫は最終日。大人数が忙しく働いている!
村人総出で刈り入れているのだ。この3日で、かなり刈り込んでいた。残りは少し。夕方までには片付くだろう。
イオタは何年か前から、タネラ穀倉地帯の総刈り入れに参加し続けていた。
刈り入れには旅の楽団一座も参加している。収穫祭を狙って毎年やってくる。村人達も毎年楽しみにしている一大イベントだ。
一座が奏でる陽気な音楽に合わせ、作業もいきなりクライマックスだ!
「さ、刈るでござるよ!」
言うなり、イオタはサクサクと刈っていった。手慣れたものだ。
そんなイオタを唖然と見送るゼファ子さん。
「モタモタするな!」
「じゃけーん!」
現地農家の方に技術指導を受けるゼファ子。
「のみ込みがいいね、この子」
「産まれ持っての才能があるようだ!」
「顔も守備範囲内だし。……ケバいけど」
「うん、ケバいけど、充分綺麗だ」
等と、農家の方々にはウケがすこぶるよろしい!
イオタの作業もどうに入ったもの。足腰の強さがここに発揮される。
ミウラは……
『私の受け持ちは「可愛い」ですので。子守ですかな!』
小さい子を見守り、あやすネコ。たまに尻尾をもたれて宙ぶらりんになる。そこだけ癒やしの空間が広がっていた。
「じゃけーん! なんで、この高貴な種族であるゼファ子様が、麦の刈り入れ作業なんじゃけーん!」
文句を言いながらも、専門家顔負けの手際とスピードで、次々と刈り込んでいくゼファ子。人は見かけによらぬ才能を持っているものだ。
「三日前から刈り入れを手伝ってるのでござるよ。今日は最終日。早く終われば早く祭りが始まるでござる。食い放題、飲み放題のお祭りが待っているでござるよ!」
「頑張るじゃけーん!」
ゼファ子のがんばりもあって、麦の刈り入れは予定より早く終了した。
『楽団の演奏に乗せられた感がヒシヒシと』
「祭りじゃけーん! うおぉぉーっ!」
ゼファ子の遠吠えが、夕日にこだまする
広場の中央に高々と丸太を使った薪が詰まれ、火が付いた。
日は轟々と燃えさかり、天を焼く勢いだ。
楽団が演奏を始めた!
さあ、お祭りだ!
村人達は思い思いの服に着替え、酒を用意し、この日のために、丸々と太った豚を何頭も潰した。
音楽に合わせ、くるりくるりと舞う女の子。楽団の若い踊り子だ。たいへんけしからん服装で踊っておいでだ。
村の若い男共の食いつきが尋常でない。
「さて、今年こそあの子を落としてみせるでござる!」
『そうやって今まで、まともに声を掛けられていませんけどね』
イオタが踊りに飛び入り参加した。あかね色のワンピースに、ワイン色の帯を締めている。若い男衆のテンションが高いぞ!
踊り子の手を取ったり、体を密着させ……ようとするが、うまくあしらわれている。
どうも、踊り子はイオタから、ダンス勝負を挑まれていると勘違いしている模様。
プロの威信に賭けて勝負を受ける! で、このようにスカを喰らっているのだった。
「イオタを叩きつぶすチャンスじゃけーん!」
そこへ、ゼファ子も飛び入り参加した。オレンジの提灯袖に、膝丈の赤いスカート。
正直、センスがキツイ。
「ふん! ふん! この! このっ!」
ゼファ子も踊りにかこつけて、イオタの足に攻撃を開始する。
これは踊り子のプライドを傷つけることとなった。
ゼファ子は、プロのダンサーである踊り子を無視。全く視界に入ってない。素人のイオタにばかり注意を向けている。
わたしは眼中に無いと? 踊り子のプライドに火が付いた! ゼファ子に戦いを挑む!
踊りながら上着を脱いだ。ほぉー! と男共から歓声が沸き上がる。
「ほぉーっ!」
『旦那まで!』
上着を腰にくくりつける。ヒップが上着の嵩だけ、膨れあがって大きく見える。相対的に腰が細く見え、体のラインにメリハリが付いた。いわゆるキュッ! バァーン! 状態。
踊り子さんは本気を出した。
ここに――、
イオタ→踊り子。
踊り子→ゼファ子。
ゼファ子→イオタ。
上記、三角関係が成立ッ!
踊り子に挑むイオタ。華麗な舞いを見せる踊り子。超高速ステップに見える足捌きのゼファ子。
三人の美女による妖艶で激しく、かつ、ハイレベルなダンスが繰り広げられていた。
そして負けじと、村娘達が参戦! イオタ達三人を中心にした踊りの輪を作る。
若い男衆の目が尋常でない! 今年はいつもと違う! 例年比較でお色気3割増しだ!
『男共の注意が女に行ってるので、いつもより肉の分け前が多い。うまうま!』
ミウラは食い気に走った。豚のモモ肉にかじりついている。
きっつい酒が入り、肉汁じゅるりな肉が配られ、音楽は徐々にテンポアップ。
嫌が応にも盛り上がる収穫祭である!
「はぁはぁ! はぁはぁ、今年も駄目だったでござる! はぁはぁ!」
額の汗を拭いながら、踊りの輪から抜け出すイオタ。強い酒を水で割ってがぶ飲みし、肉に食らい付いた。
「一人だけズルいんじゃけーん! はぁはぁ!」
ゼファ子も水を……いや、ゼファ子さん、それは強い酒の原液だ!
「じゃけーん!」
頬まで真っ赤に染め上げるゼファ子さん。温度計みたいで見てて楽しいかも!
「いやいやいや! 楽しくない! 水飲めゼファ子! それと腹に何か入れた方が良いでござる」
『肉! 肉を口に突っ込んどきましょう!』
目がうつろなゼファ子。そこだけ別の生き物のように、口だけモゴモゴと動かし、肉を咀嚼している。
そうこうしている内に、辺りが闇に包まれていく。日が暮れた。
「一番、ゼファ子! イッキやるんじゃけーん! ごくごくごく、ぷはー!」
濡れた口元を腕でしごく。そしてドヤ顔。
「「「おおーっ!」」」
高得点ゲットだ!
『どっかで見た光景!』
ゼファ子の芸を皮切りに、村人総出で一発芸大会が始まった。
『負けてはおれません。二番ミウラ。旦那とのツーショット!』
ミウラがイオタの口元に付いた豚の油を舐めた。
どよどよどよどよ!
今宵の最高点が叩き出されました!
『次、旦那の番です』
「某、いたって無芸故……」
『そこのソーセージを端っこから囓ってください。それだけでOKです』
「三番、イオタ。ソーセージ食べるでござる!」
ぶっといソーセージを吸い込むように口に入れるイオタ。
ちょい、吸引が強すぎたようで、ひょっとこ顔になった。
どよどよどよどよどよどよどよどよ!
記録が塗り替えられた。
今年の収穫祭は、いやが上にも盛り上がっていくのであるッ!!
『旦那!』
「もぐもぐ、むっ?」
ミウラがイオタの注意を引いた。口の中の物を無理矢理喉へ押し込むイオタ。
「そろそろ潮時でござるかな?」
村の若い衆たちの目が、夜行獣の如く光り出していた。
『野生開放のお時間が参りました』
一年で一番の大仕事と、明るい未来が約束された収穫の終わり。浮かれた人々。羽目を外しても許される唯一の日。
若い男にとって、意中の女子を人気の無い所へ誘い込むチャンス。
若い女にとって、ガードが緩くなる一日。
実際、裏の森の中で、いかがわしい行為が始まっている。
これは地方の風習である。言わばお見合い。地方公認、結婚に繋がる行為ですから、なんら、後ろめたい行為ではありません。
「名残惜しいが、撤収するとしよう」
『そう致しましょう。……ところで、ゼファ子は?』
二人が辺りを見渡すと……
「モテ機到来じゃけーん!」
アルコールでハイ状態になったゼファ子に、男たちが群がっていた。女にあぶれた男たちが。
「正直ケバいっす、ゼファ子さん!」
「彼女にしたいけど、嫁さんには絶対したくないタイプ」
「いや、俺はいける! なぜなら俺が酔ってるから!」
「酔ってるなら大丈夫だ! 顔と体はいいんだから!」
おおむね、男共の感触もいい模様。
『なんか楽しそうですね?』
「某、考えるに……、ゼファ子もいい年だ。ここらで身を固めても良いのではござらぬか?」
『ですね。うざい女ですが、悪い人じゃないし』
「では、後は若い者に任せるという事で」
『年寄りは散歩でも致しましょう』
二人顔を合わせて頷いた。
「『撤収!』」
「なんとか逃げおおせたんじゃけーん! 頭が痛いんじゃけーん! 我が種族を二日酔いにさせるあの村の酒、おかしいじゃけーん!」
翌朝。ボロボロにやつれたゼファ子が帰ってきた。
さすがに可哀想だったので、その日一日は有給扱いとなった模様。
めでたし、めでたし。