*トリック.2-2
ババ抜き。
この世界では「道化抜き」と呼ぶ。ややこしいので、ババ抜きと現代日本語に意訳させて貰う。
皆様ご存じのように、同じ数字が合わさると場に捨てていき、先に手札を無くした者が1番の勝ち。2番目が2番の勝ち。以後順番で勝ち順が続き、最後にジョーカーを残した者が負け。……まあ、あれだ。子どもの遊びだ。
このゲームの醍醐味は、誰がジョーカーを持っているか判らないところにある。
しかし、今回、プレイヤーは2人。どっちが持ってるか一目瞭然。
「え、ええ、ああ、うむ。ではそれで……」
面食らったポルセオ男爵は、目を泳がせながら了承した。だって、何でも良いよって言ったの彼だから。
「カードは男爵が用意した物でござったな。それでは! 拙者がカードを切るといたそう!」
「あっ! でしたら、新しいカードを出しましょう! イオタ様と遊ぶのですから、新しいカードを使いましょう!」
慌てて新しいカードをポケットから出す男爵。テーブルの上のカードはイカサマで使っている。同じカードが何枚か含まれているのだ。
ババ抜きで使えば、カードの不備が一目瞭然。公衆の面前でのイカサマ露見を防ぐため、仕込み無しのカードと交換する。
「昔しょっ引いた博徒が申しておったのだが……。カードゲームにイカサマは付き物だと。しかも、イカサマを立証するには、証拠を出さないといけない事を。証拠が無いとイカサマと呼べぬ。怖い所だと、イカサマだと主張した方が袋叩きにされて放り出されるとか、ホントでござるかな?」
「ええ、私もそう聞き及んでおります。証拠の無いイカサマはイカサマじゃないんですってね。ですが、本当に強いプレイヤーは、イカサマを使わずとも強いそうですよ」
「ははは、一つお手柔らかにお願いいたしますぞ、男爵!」
ポルセオはイカサマを使う。だから、イカサマに対する強固な理論で武装している。たとえ疑われても、何とでも言い返す自信がある。
イオタは、新しいカードを表に向け、テーブルに広げた。そこより2枚含まれているジョーカーを見つけ出し、脇に置く。
適当にカードを混ぜて揃え、すべてを裏向きにしてから、トントンと叩いて揃える。ジョーカーを一枚、ポルセオに見せてからカードの束の一番上に置く。
……考えれば、ババ抜きは単純なルールである故に、カードのすり替え系イカサマが使えない。
こ、これは! 子どもの遊びとタカを括っていたが、2人対戦のババ抜きは、イカサマを使う隙が無い!
ポルセオが逡巡している間に、イオタはカードをシャッフルしだした。
「え?」
その手際が良すぎる!
器用スキル+エラン相手に散々練習してきた成果である!
通常のシャッフル方法であるヒンズーシャッフルは使わない。バラバラってやるリフルシャッフルと、手品のプロがよく使用するオーバーシャッフルだ。
……どちらもカードコントロールが容易い方法。
フォースルーシャッフル(カードをシャッフルしているように見せかけながら、実はカードの順番が全く変化していないシャッフル)が可能。
で、イオタは遠慮無くそれを使った。イオタの目から見て素人同然の男爵は、それを見切れない。
イオタの華麗なテクニックに、言葉を無くす男爵。
イオタはシュッシュッっと音を立て、カードを飛ばしながら配った。
ちょっ、これ、ポーカー未経験の者が使えるテクじゃないんですけど!
嵌められた?
ポルセオの正直な感想だった。
それをおくびにも出してはいけない。ギャンブラーは驚いても驚いてはいけない。自称プロのポルセオは、表情筋を引き締め、自分のカードを手に取った。
ペアーを見つけ、場にカードを捨てていく。イオタも同様に。
どんどん手札から減っていくカード。最終的に、二枚だけになった。
ジョーカーと剣(スペードに相当)のA。その2枚だけ。
……その2枚だけ。
普通、2枚だけ残るだろうか? もっと手札が残っているはず……。
しかも、剣のA。よりによって剣のA。1番目立つ文様だ。
そして、もう一枚はジョーカー。
これは偶然だろうか?
イオタの手を見る。当然のことだが、1枚だけ。貨幣か酒器か棍棒かのAだろう。
「男爵、先ほどの続きでござるが……」
指先で軽く摘んだ一枚のカードを前後に煽っている。
「拙者の私見でござるが、イカサマには大きく分けて3種類がござる」
ポルセオに語りかけるイオタ。雰囲気が、こう、がらりと変わり、真剣勝負する剣士の気配を放っている。これが気というものだろうか?!
「1つ目は、カードを自在に操る技術。いわゆる手妻でござるな。先ほどの博徒に聞いたところ、上級者にもなると、思い通りの手札を配れるとか。いきなりストレートフラッシュを出せるそうな」
ごくり。
ポルセオが、粘っこい唾を呑み込んだ。
疑惑が湧いた。イオタは、カードを自在に操れるのでは?
先ほどのテクニック・この現状。イオタが、カードを自在に操るテクニックを持っていると言ってるようなもの。
「2つ目は、仲間の存在。カードすり替えや、自在技術を使わずとも、仲間同士で合図を決め、仲間の誰かを勝たせる手法が有名でござるな。あと……、カモを勝負に引き入れる時にも使われるのでござるよ」
エラン宰相だ! 彼がイオタの仲間だ!
ポルセオの動揺が止まらない。
「この場にいる皆様が拙者の仲間だったら、大変なことになるでござろう? 例えば、男爵の後ろに立った者が、拙者に合図を送るとか?」
だったら男爵の勝ちは無い。
「それは男爵にも言えること。そのようなイカサマを防ぐ為、見物客は全員、道化を持たぬ者の後ろに控える、という案は如何でござろうか? どうせ1対1。道化を持っている者がどちらかなのか、駆け引きには使えぬし、秘密には出来ぬ故」
「それもそうだ」
真っ先にエランが頷いた。なぜ、エランがそれを言う?
ポルセオの心臓が激しく動き出した。
「では、皆さん、イオタの後ろに移動しましょう」
ぞろぞろと、イオタの背後に移動するギャラリー。
ポルセオの心中は穏やかじゃない。この中の誰が、或いは全員がイオタのイカサマ仲間なのかもしれないのだ。
「そして最後のイカサマ。これはイカサマと言って良いのかどうか? 誘導によって、相手に望みのカードを選ばせる、または相手を操る技。」
誘導によって望みのカードを? 相手を操るだと?
この意味が解らなかった。
「一般に心理学と呼ばれている学問でござる。もともと、人の心の動きを、その人の動作の組み合わせで推し量ろうという学問。心を読むと言い換えても良い。戦場における敵軍を誘導したり、剣の立ち会いにおける駆け引きに利用できる学問でござるよ」
こ、これは! イオタは剣の達人。SS級を飛び越えた、Zクラスの剣技の持ち主。対戦相手の心を読むことにかけて、余人は及びも付かぬだろう。
わ、私の思考はすべて読まれるという事か!?
「では、早速始めようか? 拙者のカードは1枚故に、引かれるとそこで勝利が決定する。それでは面白くないので、最初に拙者が男爵のカードを引くこととしたいが、異存は無かろうな?」
正論である。でも、すでにイオタの術中にはめられてしまったかもという、嫌な予感がする。だが、それを可としなければ、男爵の負けが決定する。否定できないことを提案することがおかしい!
「……それで結構です」
ポルセオ男爵は、手札2枚を前に出した。
「さて、これから心理学を用いた高度な心理戦を展開する訳でござるが……どちらでござろうかな?」
イオタは自分の手札を場に置き、左手をポルセオの手札に伸ばした。ポルセオから見て右の手札だ。
イオタが掴んだのは、ジョーカーだ。
必死で、それこそ人生最大の精神力で、表情を押さえるポルセオ男爵。
「む? このカードを摘んだ途端、男爵の指に力が入ったでござるな?」
ゆ、指か? 表情ではなく、指の動きを見ていたのか!?
「さてさて、これは道化か、アタリか? まだ判らぬでござるな」
良かった。イオタ様は、指の動きに気づいただけ。まだ判断できていない。
「ではこちらは?」
左手が、左に動く。剣のAだ。
それを引かれては一発終了。王室ですら制限される海上ホテルの長期予約に匹敵する代償を払わねばならない!
冷静に、平常心を!
「今、やや深めに呼吸をなされたでござるな?」
「ぐっ!」
喉から出かけた声を押し殺す。
「ふふふ、のど仏が2回、上下したでござるな。果たして、こちらは道化かアタリか? どちらでござろうな? ふふふ、ご安心召されよ、まだ拙者には解らぬでござるよ。情報を集めておる最中でござる」
勝負を楽しんでいる様なイオタ。彼女の目は、これまで一瞬もポルセオの目から離れていない事に、いまさらながら気がついた。
剣の達人は、相手の剣など見ない。目だけを見ると聞く。
胸が空気を求め、荒くなる。いけない! 息苦しいが、呼吸は自然に、自然に!
イオタの左手は、右のカードを摘んだまま。このプレッシャーが重い!
「ではでは、改めて」
こんどは右手を伸ばすイオタ。ポルセオから見て、左のカードを摘む。イオタは両手を伸ばし、両方のカードを摘んでいる。
「さてさて、これまでの情報を使って、男爵の心理を分析しよう! 右でござるかな?」
ポルセオは、顔の力を抜いた。何も考えないようにした。
「或いは左かな? と見せかけて、実は右だったりしませぬか?」
イオタの揺さぶりが続く。
はやく、はやく! 右のジョーカーを引いてくれ。そして、こちらから攻撃させてくれ!
「左でござるかな? おや? 瞼が緩くなった」
どっちに判断した? イオタはジョーカーかAか、どちらと判断した?
2つのカードに、イオタの両手が掛かったままだ。
「アタリは右でござるな?」
イオタの手に、初めて力が入った。そうだ、そちらがジョーカーだ!
引け! 引け! 早く引いてくださいよ!
ズズ、ズズズとジョーカーが引き抜かれつつある。ポルセオの指からカードが離れれば、イオタがジョーカーを引いたこととなる。
勝ちだ! 勝ちを拾った!
「おっと危ない。こちらでござったか!」
スっと、Aのカードが引き抜かれた。
それはそれは呆気ない幕切れだった。
ポルセオの反応が付いていかない。口を半開きにしたまま固まる。間抜けな幕切れだった。
「おっ! 揃ったでござる」
イオタが手札2枚を場に出した。イオタの手にカードは無い。
「誘導どうこうは、ただの振りでござるよ。男爵が勝ちを意識した瞬間を待っておった。その一瞬の反応だけに掛けていた拙者の勝ちでござる」
おおーっ!
2人を取り巻くギャラリーから歓声が上がる。
ポルセオは放心していた。汗がどっと出た。襟がズクズクに濡れている。
真剣勝負とは……、こういう事か……。
「さて、敗者に対する勝者の権利でござるな。拙者の小さなお願いを2つ聞いてもらうという」
「で、ですな。な、なんでございましょうか? 私に、出来る範囲であれば、幸いですが」
声が出た、奇跡だ。
「なに、簡単なこと」
ニコニコ顔のイオタ。ふと気がつくと、イオタの横に妻が立っていた。
手に大きなゲージを持って。
「この中の――」
檻になった部分をポルセオに見えるように向けた。
「ニャー」
中には小さな黒ネコ。ミウラの娘、ハナである。
「子ネコを1匹引き取ってもらいたい。里親をお願いしたいのでござるよ」
「ネコの里親!?」
ズリッと音を立て、ポルセオが椅子を滑らせ沈んだ。
「そ、そんな事でございましたか?」
「初めての方にもすぐ飼える、拙者直筆の秘伝書をお付けいたす。用法分量は、よく読んでからお使い下され」
至れり尽くせり。
「それともう一つ」
ああ、願いは2つ。こちらが本命か!
「これは奥方から」
まさか、離婚の願い出か!? カードゲームに熱を出した為か!?
「あなた。これを機に、金輪際カードに手を出さないでくださいまし」
「え?」
ポカンと口を開けるポルセオ。
そうか、イオタの仲間に、わが妻も加わっていたのか……。
「は、ははは!」
乾いた笑い声しか出てこない。
「男爵は、カードゲームの才能がまったくござらぬ。火傷せぬうちに手を引き、代わりに、ネコの世話に手をだして頂きたいのでござるよ」
「ネ、ネコの世話、ですか?」
「ポルセオ男爵!」
エランだ。エランがこの国の宰相の顔をしている。
「ネコと小馬鹿にするなかれ。この子ネコはイオタの相棒ミウラの子ども。加えて、この子の兄妹を私も飼っている。あだや疎かにするまいぞ!」
あ、このネコ、私より身分が上だ!
ポルセオ男爵は子ネコの入ったゲージを受け取った。
「ハナの世話が新しい趣味となってくれればよいのでござるが」
エランに目配せするイオタ。
エランは、ポルセオ男爵に寄り添う男爵夫人を見つめていた。
「うん。夫婦はいいな。ポルセオ男爵も、元通り真面目になってくれるだろう」
ちょっと台詞に脈絡が無かったけど、一件落着となった模様。
『目出度し、目出度し』
ちなみに、いままでミウラはどこにいたのかというと……
ポルセオ男爵の後ろ。壁に押しつけられたワゴンの上に乗っていた。
イオタに、男爵のカードの中身を教える為に……。
あれだ。イオタに心理戦なんかできやしない。
ちなみにこの後。
ポルセオ男爵は、きっちりネコに嵌ってしまった。
無趣味の男がハマると始末に負えない。しかも対象は完全生物ネコ。もはやこの沼から抜け出すことは不可能。
カードに手を出す時間など、どこにもなかった。
奥方もハナを大いに気に入り、2人して、手厚く世話を焼いたとか。
「残ったのはアンタレスだけじゃけーん!」
「シャーッ!」
バリバリバリッ!
⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰
「ジェイムスン教授、ここに『秘伝書』というワードが出ているんですけど?」
「どれどれ? むぅ! 『ポルセオ男爵に、ネコと一緒に秘伝書を渡す』とな!」
「ええ、秘伝書って何でしょう? ネコというキーワードも気になりますね?」
「ネコは何かを揶揄する隠語と見て良い。ミウラメモに続く、第二の秘文書……かもしれぬな!」
「注意して解析を進めましょう!」
「そうだな、ニール君」