*トリック.2-1
「ニール君! 君、トランプは詳しいかい?」
「今日は何ですか、ジェイムスン教授?」
今日も今日とて、イオタ研究において第一人者と自他共に認めるジェイムスン教授と、助手にニール君の会話から始まる。
「トランプは普通ですね。大富豪とか、ザブトンとか、七並べとか」
「ギャンブルは?」
「しませんよ! 僕のギャンブルはせいぜい宝くじですね。そんなのに金掛けるくらいらなソシャゲに課金しますよ。月10万までなら」
「ニール君、その課金の件は後でじっくり話し合おう。それより、これを読みたまえ」
異世界ネコ歩きの一ページに目を落とすニール君。
「へぇー! イオタもトランプするんだ」
ニール君は目を見開いた。
「この頃は、どんなトランプが流行ってたんでしょうね?」
「それを垣間見る貴重な資料だ」
⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰
「早いところ、ハナの嫁入り先を決めねばな」
「アポロノームじゃけーん!」
全身黒で白の靴下をはいた柄、――まあ黒ネコですね――、の雌に、ゼファ子が付けた名前がアポロノーム。
だが、だれもアポロノームとは呼ばない。それ長すぎでござる。ってことで、イオタが付けた名前がハナ。
誰もが彼女をハナと呼ぶ。ハナと呼ばれた子ネコも、可愛い顔をこっちへ向ける。
「はっはっは! ハナじゃないけん。この子はアポロノームじゃけん!」
「シャーッ!」
バリバリバリ!
とある日の夜。
イオタにしては珍しく、王宮での立食パーティーに参加していた。
ドラグリア帝国の、駐ヘラス王国大使新任歓迎会であったからだ。
イオタと、ドラグリア帝王カレラの関係を鑑みて、この歓迎会に出席しないわけにいかなかったのだ。これが大人の付き合いというものである!
とはいえ、ドラグリアの風習だと、気さくな立食パーティーとなる。イオタにとっては堅苦しくなくて願ったり叶ったり。なぜ立食か? と問われても、ドラグリアの風習なんだから仕方ない。
たまには昔なじみ(トライデアル平原の戦いにおける戦友。脳筋騎士)の顔でも見るか! あれから騎士隊長に就任したゲキドは、元気にやってござるかな? といった気軽な感覚で参加したのだ。
お召し物は、イオタの制服、小豆色の筒袖と濃紺の袴姿。新調品だ(シルエッタ様謹製)。
「何でドレス着ないかなー?」 エラン談。
「ドレスは女子の着物でござるよ?」 イオタ談。
『うんそうだね! プロテインだね!』 ミウラ談。
一通りの挨拶も済ませ、いよいよ本格的にガっついていたところ――
「おいネコ耳! 折り入って相談がある」
『あ、先生だ!』
例によって例のごとく、エランと絡むこととなった。
「何でござるかな? いつものように金の無心なら――」
「だれがいつネコ耳に金を借りた? わたしがネコ耳のヒモみたいな言い方は止してもらおう!」
『否定してる割に、ヒモって所で、まんざらでもない顔してますが?』
最近のエランと、彼のキャラ設定との相違について、今さらもうどうでも良いが、問題は彼が連れてきたご婦人の方である。
「ポルセオ男爵夫人だ」
「え?」
めっちゃ美人! ウエーブのかかった栗色の髪が、お淑やかさを醸し出している。
いいトコのお嬢様が、良家に嫁に行かれたらこうなる。
20代後半。イオタ的には、どストライクの年齢と容姿ッ!
瞳の色に合わせたエメラルドカラーのドレス。胸元が刳られていて、目のやり所に困る。イオタも女なんだが……。
ウエストが絞られていてセクシー。なにこれ? 噂に聞くコルセット?
「お話を聞きましょう! きりりっ!」
『また一緒のお風呂を狙ってるよ、このネコ』
「? 何はともあれ、やる気になってくれて助かるよネコ耳。相談というのはな、ご婦人の旦那、ポルセオ男爵本人についてだ」
「できれば、直接ご婦人に語って頂きたいのでござるが……」
エランが強制的に語るに、旦那のポルセオ男爵は、ヘラス国内の鉱山開発の重要人物である。元々有能な人物であったが、最近、身を持ち崩しつつある。
悪い人達に接近している。ここでいう悪い人とは、法の支配から外れた処罰対象者だ。
男爵は、何処で覚えたか、カードにはまったのだ。カードローンではない。この時代、まだクレジットカードはない。
カードゲーム、いわゆるトランプ。
さらにタチが悪いことに……、
「イカサマぁ?」
「シッ! 声が大きい!」
口元に指をあてがうエラン。もちろん、自分の口だ。イオタの口に持ってければ、別の話の進展もあったろうに。いや、殴られるか、無反応かのどちらかだな。
立食パーティーといえど、立ちっぱなしは疲れる。目立たぬ場所に、体を休める椅子が置かれている。椅子があればテーブルもある。
そこにポルセオ男爵本人がいた。
数人相手に、カードゲームに興じている。……なにもこんな場でしなくてもいいだろうに。
どうやら、現世のポーカーに相当するゲームに熱中している様子だ。
「本人が有能すぎるのだ。仕事が順調なので、空いた時間をもてあましたのだろうな。夫人が仰るには、もともと無趣味なんだそうな。酒も呑まないし煙草もやらん。庭を弄ることもない。もちろん女にうつつも抜かさない。そんな無趣味の人間が、カードゲームにはまった。そんなところだ」
この時代、カードゲームと賭けは、切っても切り離されない。深みにはまって領地を売りに出した貴族もいるくらいだ。エランがヘラスへ戻ってくる前の、腐った貴族社会で現実にあった。
エランが暴力的手段を用いて一掃したが。
ただ、今回の対象を掃除することは叶わない。ポルセオ男爵を排除すれば、ヘラス王国の鉱山経営が、たちまちのうちに破綻する。
「手を出してまだ半年だ。深みにはまる前に、引っ張り上げてやりたい」
「なぜ某に頼むのでござるかな?」
「ネコ耳、お前、ポーカー強いじゃないか!」
『先生はまだ、旦那のイカサマに気づいていません。当分カモが続きそうです』
「ポーカーに強いからと言って――」
「わたくしからもお願いいたします!」
ポルセオ夫人の目に涙が溜まる。
「むうぅ! エランのお願いは無視するとして、美しき女性の涙は見たくないのでござる!」
何はともあれ、エランと2人、近場で男爵を観察する事にした。
ゲームを見るやいなや、イオタがエランの袖を引いた。……袖を引いてもらえてちょっと嬉しい。
「マズイでござる。あやつイカサマを使っておるでござるよ。それも袖口や襟に仕込む手口でござる!」
「イカサマだと!? それは重罪だ! 貴族といえど罪は逃れられぬ!」
『あ、この時代、コンプライアンス的に賭けは合法なんですね?』
「おまけに下手くそでござる。イカサマに慣れた者なら、すぐ見抜いてしまうでござるよ!」
『旦那のようなイカサマ師にね』
「とにかく! 相談でござる」
イオタとエラン、そしてポルセオ夫人の3人による密談が始まった。
しばらくの後……
ポルセオ男爵を囲む人の輪に、イオタが居た。興味深そうに、カードゲームを眺めている。
「ネコ耳、ずいぶん熱心に覗いてるなー」
「拙者の里には無かった遊具でござるからなー」
「遊んだことはないのかー?」
「多少はできるが、子どもの遊びでござる。ここまで本格的なのは初めて見た。凄いと思うー」
「なら、今度私とプレイしてみるかー?」
「それも面白そうでござるなー! 拙者、初めてでござるよー!」
勝負が付いたところを狙っての会話。エランとイオタによる、これ見よがしな三文芝居である。
「おや? ネコ耳の勇者イオタ様ではありませんか!」
イオタというワードに、ポルセオ男爵が食いついてきた。あと、カード未経験という言葉が利いた。
ここですかさずエランが二人を紹介する。
無難な挨拶の後――
「どうですか、イオタ様。私と一番、勝負しませんか?」
案の定、食いついてきた。男爵の相手をしていた者も、気を利かせて席を空ける。
……どうも、こいつらが悪い仲間のようだ。
「良いのでござるかな? いやしかし、拙者、ポーカーなるゲームのルールを知らぬ。それにポーカーとは、高度な腕前が必要と聞く。拙者には難しすぎるのでござるよ」
耳を萎らせるだけで、それっぽい表情になるネコ耳族は、ズルイと思う。
「ならば、イオタ様がご存じのゲームで勝負致しますよ! なにせ初めてなのですから、お得意のゲームから始めるべきです!」
「そうでござるなー」
どうしても、イオタの初ゲームの相手という栄冠を手にしたいらしい。
思ったより食いつきが良い。この前傾姿勢、良いカモの条件であったりする。
「そこまで仰るなら……」
萎れた耳をキープしながら、イオタは対面の席に腰を下ろした。
ポルセオが勧め、イオタが席に着く。これで、ポルセオはゲームを降りることが出来なくなった、と言えるだろう。罠に絡め取られたのである。
「男爵、時間と場所を考えれば、1回のみの勝負となるでござろう。それでよろしいかな?」
イオタの耳はまだ萎れたまま。嫌々感と、及び腰を演出する。
「はい! もうそれで喜んで!」
「フッ、ど素人のイオタとポルセオ男爵の勝負か。これは面白そうだ。よろしい、私が立会人になろう!」
この勝負を公式であると、エランがこれ見よがしに宣言した。
エランの声が大きかったからか、それを聞きつけた見物人が大勢集まってくる。その中には、ドラグリアの新任大使までいた。
「うーん……どうせ遊ぶなら、何かを賭けねば面白くあるまい。さりとてさほど大きな物を掛けるのも興ざめというもの。うーん……」
唸りながら、場のカードを雑然と切りだすイオタ。イオタが乗り気になった雰囲気を出したので、ポルセオは益々身を乗り出してくる。
「こういうのは如何でござろう? 拙者が出すのは、海上ホテルの優先予約。好きな日時で、滞在日数の制限無し。ちなみに、王族の方々でも一泊が限界でござる。ヘラス王国の腹黒宰相エランに至っては、お断りしている次第」
「おい!」
エランの嘆きはおいといて、ポルセオは身構えた。ちょいと掛け金が大きすぎやしませんか? と。
ポルセオの心の声は、ギャラリーのざわめきでかき消された。それほど海上ホテル利用権は魅力的なのだ。
「男爵は、拙者の願いを二つばかり聞いて頂ければ。なに、財産や人間関係などという大それた願いではござらん。ちと、男爵にご助力願いたき義がござってな」
「その願いとは?」
「それこそ……勝負が終わってからのお楽しみにしては如何でござるかな? 男爵は強そうなので、拙者の分が悪いことに変わりはない」
そのわりに、イオタの掛け金は大きい。その代償に何を請求されるか?
不安だ。
しかし……、ネコ耳の勇者とまで言われ、ヘラスの調停者とも言われたイオタが、無茶な要求をするとは思えない。いやしかし――。
裏に何か有るのか無いのか。
ポルセオは、無言の圧を感じた。大勢のギャラリーが、彼の答えを待っている。OKという答えだけを。
これだけ注目されて、勝負せずにはいられない。
「よ、よろしいでしょう。この勝負受けます!」
おおー!
ギャラリーから感嘆の声が上がった!
「ではイオタ様、何で勝負しますか?」
「ババ抜きで」
「は?」