*温泉旅行
「ジェイムスン教授! 下宿先候補が出そろいましたよ!」
「相変わらず仕事がはやいな、ニール君!」
今日も今日とて――。
イオタ研究第一人者を自他共に認める考古学者ジェイムスン教授と、その助手のニール君が、朝から騒いでいる。
「第一候補は、ここから車で30分の所、タネルって海水浴の町にある古い家の二階です。寝室用に1部屋、研究用に広い部屋を1つ。2部屋都合出来て家賃はこれくらい」
「ヨシ! なるべく早いうちに見に行こう」
ニール君が提示する額に、大きく頷くジェイムスン教授。こなれたお値段です。
「それとニール君、こんな記録を見つけたぞ」
異世界ネコ日記の一部を手にした。
「なんですか?」
期待の籠もった目をしたニール君。教授が差し出した資料を読んだ。
「へー、二人は仲がいいな」
二人とは、イオタとエランのことだった。
⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰
秋も終わりを迎えようとしている。イオタとミウラの仕事が一段落する時期だ。
丘の上の白いイオタ邸。その自室にて、なにやら騒がしい声が聞こえてくる。
『では身長に首周り、トップバスト。次ぎにアンダー。腰回りに、ヒップっと。はいはい、計測終わりました』
ミウラが、裸にひん剥いたイオタの各所サイズを測っていた。
実際に測っていたのは、オートマタの女郎奈であるが。
「もでる、になってくれと頼まれたから脱いだが、何に使うのでござるかな?」
前世の影響で、イオタは裸になる事に抵抗が少ない。
『テキスタイルでございます! この世界の服飾文化は、現世の中世より遙かに進んでいますが、平成どころか昭和にすら手が届いていません。そこに隙がある。そこに金儲けが転がっている!』
ミウラは、クリームパンのような手を握りしめ、鼻息を荒くする。
「てきすたいる? 金儲けの材料になるなら、反対はしないが……」
イオタは、腕を袖を通しながら、頭の上に?マークを浮かべていた。
『よし! ネコミミプロジェクト株式会社、略してネコ耳(株)のテキスタイル部、立ち上げの立ち上げです! そうとなればこうしちゃおれん! 女郎奈!』
「おいミウラ!」
ミウラを抱えた女郎奈は、急ぎ足で部屋を出て行った。
「新しい部を立ち上げるって……それにしては、やたら興奮しておったが、大丈夫でござろうな?」
そこはかとなく嫌な未来を予感するイオタであった。
そして、ミウラは……
地下秘密研究所にいた。
「女郎奈ーッ! フェード、フェード、ううんん! フェードッ・インッ!」
魔法の呪文を唱えると、作動音を上げで女郎奈の胸カバーが開き、そこへミウラが吸い込まれるようにして収まった。
「各部フュージョン!」
女郎奈とミウラの神経がシンクロ!
「ミシーン・GO! 我が女子力よ、目覚める時が来た!」
なんという事であろうか! 女郎奈と一体化したミウラは、足踏み式ミシンを動かしたのであった!
⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰
一方、ヘラス王都の王宮では――
「むうぅぅぅぅ!」
漆黒の宰相エランは、ご機嫌を斜めにしていた。
ややこしい諸問題をどうにか片付けたのだが、後味が悪く、溜まったストレスがどうにも抜けきらないのだ。
「エラン様、いかがでございましょう、かねてからの問題も解決いたしましたことですし、休暇を取られては? あまり根を詰めますと、お体に差し障ります」
そっと言葉を差し挟んできたのは、エランが己の右腕とするべく育てている有能な男、ロッシである。ふくよかな癒し系の男だ。
「いやしかし!」
「後始末や日常のアクシデントくらいなら、私でも対応可能です。たまには仕事を預けてくださいよ」
そういう風に言われると、エランも弱い。
そこへ、テオドロス国王が顔を出した。
「話は聞かせてもらった! エランよ、予からも助言しよう。何日か休むがよい」
王に言われては反論できない。
「で、では、明日から3日ばかり……えー、そうですね、タネラの海でも見に来ますかな?」
タネラにはイオタが居る。
ピンと来た王とロッシ。アイコンタクトを交わし合った。
「エラン様、3日と言わず、10日ほどゆっくりしていけばよろしいのに」
「いやしかし、ロッシよ。10日は長いだろう?」
「ハッハッハッ! 生真面目だなエランは! なにタネラはすぐそこ。何かあれば伝令を飛ばす。その時に、慌てて帰ってくればよいではないか。一日ぐらい、予とロッシで何とかできると思うぞ。他の者もどうじゃ?」
王がエランの逡巡を笑い飛ばした。
その場にいるのは騎士隊長と、国王親衛隊隊長となったデイトナ。そして国務相。国の重鎮ばかりだ。
みな、ほっこりした笑顔で首肯する。
「宰相殿、ここは我らにお任せを!」
どんと胸を叩く騎士隊長。
だが次の一言が余計だった。
「イオタ様とごゆっくり」
それまで、にやけていたエランの顔が硬くなった。
「ネコ耳の所へは行かぬ! 誰が行くといった?」
このやろう!
非難の目が、騎士隊長に集中した。
「行かんと言ったら絶対に行かん! なにより、ネコ耳に会う必要性を全く感じない!」
こうなったエランはテコでも動かない。頑固というか、へそ曲がりというか!
めんどくせぇ男である。
「あ、そうだ!」
デイトナがポンと手を打った。起死回生の策を思いついたようだ。
「イオタちゃんに頼まれていた香水があったんだ! 兄上、タネラへ行ったついでに、イオタちゃんに渡してくれませんか?」
ナイスアイデア!
「う、うむ、頼まれ事なら仕方ないな、行ったついでだ。顔だけ出しておこう」
もう一押し欲しい!
「あ! そうだ!」
国務相もポンと手を打った。
「顔出ししたついでに、イオタ様が新しい商品を作ってないか、そこはかとなく調査していただきけませんか? 高級ブレンドウイスキーを作ったり、固形シャボンを作ったり、シャボン専用泡立てタオル作ったりと、目を離せないお方ですからなぁ。あくまで、ついでに!」
「う、うむ。ついでだから。ちょっとくらい話をしてもいいだろう」
エランの臍は真っ直ぐになった。めんどくせぇ。
「では、王宮のことは我らにお任せを!」
「じゃ、お言葉に甘えようとする、かな?」
相好を崩すエラン。もう彼のキャラ設定はどっかへ行った。
こうして、エランは遅い夏休みを取ることとなった。……先々月、しっかりイオタん家で夏休みは取っていたが!
てか、もうメタ視線の持ち主はエランを涙無くして見る事が出来ない!
そして翌日の午後一番。
地球時間で1時頃。
イオタん家にて。
場所は一階サンルーム。ミウラが試作品を持ち出してきた。イオタがモデルとなって試着するのだ。
「急遽エランの馬鹿が夕方にやってくる。それまでに、仕事を片付けておくでござる! なんで、エルミネタのお婆は勝手に予定を入れてしまうのでござろうな?」
『婆様も権威に弱いのでは? それより、早くお着替え下さい!』
ミウラが取り出したのは……ぶらじゃ、と、おぱんちゅ? どちらも清楚な白がベースになっている。その清楚さが逆にセクシー。
さあ、スケベビッチ・エッチーナ神崇拝のお時間です。皆様、正座のご用意はお済みですか?
『素材はガス焼きした木綿です。シルクのような風合いと光沢が特徴!』
胸を寄せて大きく見せるワイヤー入りブラ。レースがポイントポイントにあしらわれ、たいへんセクシー。
おぱんちゅは大胆なカット。スケスケ素材がサイドに用いられ、可愛いリボンとレースのヒダヒダで飾られている。
いわゆるセクシー下着。バブリー時代のデザイン?
「ずいぶんと凝った造りでござるな。さて、仕事に戻ろうか」
イオタはさっさと背を向けた。
『これをデイトナさんが身につけるとしたら……、どうでしょう?』
立ち止まるイオタ。
『旦那で予行練習しておきませんか? 旦那とは胸以外、同体型であるデイトナさんが身につける予定の下着です。その名も「セクシィ勝負下着」。いかがです? 前もって着心地を堪能しておきませんか? 旦那が試着した後のをデイトナさんが肌に付けるのですよ? 着回し?』
セクシー勝負下着。着回し。
この言葉に、イオタのスケベ心が揺れ動くッ!
邪念。性欲。悪。3つの正しき心が攻めぎあう!
「これでよいのでござるかな?」
結局、屈した。
で、姿見の前に立つ。
『おうっふ! ネコ耳に尻尾。そして、バブリー時デザインのアンダーウエアー! 男に見られたら組み伏せられること確実!』
「まさにまさに! 某の姿でござるが、某が押し倒したくなってきたでござる! ふんすふんす!」
白い生地が不思議な光を放ってる!
『未来で流行っていたセクシーポーズを伝授致します」
「ふんす! ふんす!」
『腕をこうやって、足をこうして、そうそう、チョイ股を開いて丸みを――』
「入るぞ、ネコ耳――」
ドアを開け、一歩踏み込んだのは、夕方着予定のエランであった。
「フッ! 知ってるぞ。それ、水着だよな?」
「下着でござる」
『時よぉーッ! 止まれぇー!』
ミウラの時間操作魔法が炸裂した。いや、魔法でも何でもないんだが。
目を合わせたまま固まる二人。周囲より色彩が消えた。
『1秒、2秒、3秒。そして時が動き出す』
「ノックしたでござるかな? エラン?」
「失礼したー!」
勢いよく閉じられるドア。何かがドアにぶつかる大きな音がした。
世界に色が戻ってきた。
「キシェシェシェシェーッ!」
「エランの頭辺たりからしたな?」
『目の上……辺りでしょうか?』
「お婆が一枚噛んでおるかの?」
『(小遣い稼ぎですな)』
何はともあれ、無事にエランはイオタ邸に到着した。
事件が起こったのは到着後だから、警備的に無問題だ。
さて、場所は移動して、タネラの北に位置する山間の温泉街。
夜行狼の件で、騒ぎがあった街だ。
町の一角にネコミミ(株)が企画運営するスーパー温泉があった。
そこの「混浴」露天風呂にて。
イオタとエランが入浴していた。あと、ミウラと。
イオタは、タオルを頭の耳と耳の間に載せ、上半身を湯船より出してくつろいでいる。
「この湯は塩化鉱泉でござる。傷、打ち身、神経痛、筋肉痛、消化器病、痔、疲労回復、そして婦人病の効用あらたかなのでござる」
同じく、上半身を湯船より出したエランは、左目を手で覆っている。
「今日中に腫れが引けばよいのだが……」
『皆様ご安心下さい。二人とも、水着着用の上、混浴風呂に入っているのです。風紀の乱れ防止のため、入り口でチェックが入ります。また、フロントで水着の貸し出しが行われています』
余計なことを……。
イオタは、以前、物議を醸し出した美女コンテストの時の黒いワンピース型水着を着用している。。
ちなみに、エランは、普遍的な男子用膝上丈海パン。どーでも良い情報であるが。
何でここにいるのかというと……、
さすがにエランが可哀想になって、彼の治療のために山の温泉に、連れだってやって来たのだ。
エランは、タオルを湯に浸して(湯船に付けてはいけないという風習がない)、左目の周りに出来た青タンを拭っている。
『医学的には冷やす方がよろしいのでしょうけど、ここは温泉の効能ワンチャン! さらに異世界の不思議効果で治療率75%UP(期待値)!』
昔の人は、温泉で何でも治したからね。
「長風呂すると湯に当たるでござる。そろそろ出よう」
『学習しましたね』
ざばりと音を立て、湯船より立ち上がるイオタ。
水が飛沫となって体の各所より滴り落ちる。例えば、お股からとか……。
エランに背中を向けて湯船から出る。背中を向けるとはお尻を向ける事。
丸いお尻からも、温泉の湯が雫となって滴り落ちる。
この雫は、温泉の湯であって、イオタの体内から漏れ出た液体ではない。
万が一、何らかの体液だったとすれば、衛生上、温泉の湯を全部入れ替えねばならないので、そんなわけはないからご安心を。
イオタをじっくり観察、もとい……湯船より出たのを確認した後、エランも出た。
目に当てていたタオルを股間に当てつつ。
『そして、ここが当店自慢のマッサージルームです』
温泉の熱を利用した、簡単な温調が付けられた部屋。寝台が6つばかり並んでいる。
その寝台に、イオタとエランがうつぶせで寝転んでいた。
各人に、綺麗なマッサージ嬢が一人ずつ。肩胛骨辺りや、腰上部辺りを丁寧にもみほぐしていた。……もちろん、水着の上から。
ここは健全な揉みほぐし店なのである!
30分揉みほぐしコースで290セスタ。1時間で400セスタと、かなりリーズナブル。
「うー……、きくー……、あうん、そこ、イイ! コリッとしたところ。尻尾は触るな! そこは尾骨と大して変わらん故に! あぅ、気持ち良い!」
イオタの台詞を聞いて、居心地の悪さにモゾモゾと体を動かすエランである。
チラリと横目でイオタを見ると……。
目がトロンとしている。耳に力が無く、左右水平に伸びていた。半開きの口からは、今にもヨダレがこぼれそう。
がんばれエラン! 夜までがまんしろ!
「えーっと、ちなみにだな、ネコ耳よ……」
「何でぁ~ござるかなぁ~?」
イオタは、片足を黒甜郷裡に突っ込んでいた。
「ネコ耳よ、おまえは結婚? とか? しないのか?」
どさくさに紛れ、大切なことを聞き出しにかかるエランである。
「あー、……某はハイエンシェント・ネコ耳族でござる。いー、……結婚の相手はエンシェント以上と、お上より決められてござる。うー、……種族の血統を守る為だとか。えー、……近場にハイエンシェントは居らぬ。おー、……故に、生涯結婚は考えておらぬ。証拠に、間もなくシルエッタ様の三男を養子に迎える予定ぇ~」
『わたしと打ち合わせしたとおりの結婚概念設定ですね。旦那はTS体ですから、男と結婚なんか無理ですからね』
女性の体に引きずられるという話をよく聞くが、イオタにそういう気配は全くない。サムライの精神力は強大である!
「……だもんで、それで答えにはならぬか? エランよ」
ハイライトの消えた黒目をエランの頭の遙か先に据えたままのイオタ。第三者から見て、イオタがまともにエランの目を見られないような雰囲気だ。
「フッ、よく解ったよネコ耳」
『期せずして、旦那の無意識悪女ムーブにより、勘違いしてしまった先生。お互いに害は無いんだから、このままで良いかな? あ、そこ、気持ち良い』
ミウラにもマッサージ嬢が付いていた。顔周辺をもちもちしている。
「うむ、気持ち良いなッ! 急所を心得ている。上手なマッサージ師に当たったようだな」
エラン、超ご機嫌。日頃の鬱憤が吹き飛んだ。みるみる青タンが薄くなっていくッ!
温泉とマッサージの効果は絶大だ!
「何ならエラン、その子を口説くか? そこから先は個人の自由でござるよ」
イオタは、モヤッとした目をエランに向けた。
目を丸くするエラン。マッサージ嬢は妖艶に微笑む。
「なんなら、3人で小汗をかいてみるでござるか?」
「3人ッ!」
エランの声が裏返った。
「エランと、そこのお嬢と、某の――」
「イオタの?」
「某の受け持ち嬢との3人で」
これはイオタの真面目な冗談。自分が混じることなど、毛頭、頭にない。
それ以前にここは健全なマッサージ店。いかがわしい営業は禁止されている!
「あー、うー、うん! 風俗営業法違反の現行犯で、ネコ耳を拘束する」
「面白いでござる! 表に出ろ!」
エランはこの後、いつも通りに絡んで、温泉街特産の牛乳を並んで一気飲みして、一泊してから王都ヘラスへ帰って行った。
まだ、目に青タンが残っていたが、王宮のみんなは、見て見ぬ振りをしてくれた。
おしまいッ!
次話「トリック」
お楽しみに!