*だんじょんあたっく.6-6 回天
「「イオタさん!」」
ジャンとバルテルスの声が重なった。
こちらに、ゆっくりと歩いてくるイオタ。
「むっ! これは! 拙者がノビていた間に何があったのでござるか!?」
普段、表情を顔に出さないイオタであるが(武士はむやみに感情を顔に出してはいけません! という母上の強い教えの賜)、さすがにこれは驚いた。珍しくビックリ顔だ! 尻尾がぱんぱんに膨れている。
あの無敵を誇ったAランカー達が、魚河岸に上げられた魚の様に、床で転がっているのだ。
「お主か! お主がやったのか!」
刀の柄に手を置き、オーガを憤怒の顔で睨み付ける。長い犬歯が顔を出してすらいた。
イオタを見下すオーガ。剣を上段にびたりと構えた。全くの揺れなし!
「オーガが――」
「――初めて剣の型をとった」
ジャンとバルテルスが見守る中、二人の距離が縮んで行く。
「イオタさん気をつけろ! そいつ、稲妻の様に素早いぞ!」
「おまけにタフだ。タンク二人をはね飛ばすパワーの持ち主だ!」
オーガが持つ長剣の間合いに入る直前。イオタは足を止め、低く低く構える。まだ剣は抜いてない。
オーガは頭上に剣を構え、さらに後方へ構え、剣筋を隠し、かつ力を溜めた。
「ガッ!」
長剣の間合いに踏み込んだオーガ。生物の目に捉えられぬ高速の振り下ろし!
負けぬ速さでイオタが抜刀。片手突きの体勢で――イオタが消えた!
イオタが再出現した場所は、オーガの後ろ。剣は突きの体勢のまま、伸びきっている。
先に振り返ったのはオーガ。
ただし、首が胴から離れていたが!
コロコロと転がるオーガの首。ジャンの足下まで転がっていった。
「い、一撃? あれを一撃?」
ジャンが目を剥く。
ドウと地響きを立て、オーガの体が地に叩きつけられた!
ダンジョンの魔物は血を流さない。
『幻獣に分類されるのでしょうかね? あるいは、天然と違って養殖物?』
イオタは、14歳の時に、仲間と共に開発した格好いい納刀の作法・第一の法で鞘に収めた。
「こやつ、むっちゃ速いでござるな! それよりお主達、体は大丈夫か? 怪我をしておるな!」
「イ、イオタ――」
「――さんッ!」
呆気ない幕切れを見たからだろうか、腰を床にストンと落とすジャンとバルテルス。腰が抜けていた。
――あんなに苦労したのに――
――この人の腕前、なに級なんだ?――
伸びていた連中も、ギシギシと体から音を立てて起き出した。意地でもイオタに不格好なところを見せたくないのだろう。……無茶しおって。
『メディカルサーチ! 怪我も酷いけど体力の消耗によるへちゃばりですね。何か口にすれば回復しますよ。オーガが遊んでいてくれてて助かりました』
「怪我と言えば、アレは痛かったでござる」
皆の無事に安心し、脇腹をさするイオタ。
イオタにとって、オーガの特殊体は二の次であった模様。
「折り重なりは事故なので仕方ない……おや?」
オーガの巨大な胴が鈍い光を放ち出す。その光はすぐに終息した。胴は消えていた。頭も消えていた。
胴があった場所に、赤子の頭程もある赤黒い魔晶石が1つ転がっていた。
「何でござるかな? おっ!」
不思議なことが立て続けに起こる。
明るくなり、部屋全体が震え出す。
見る間に部屋の左右に扉が出現した。
「ちょいと覗いてくるでござる」
「待って! ちょっと待って!」
気安く斥候に出ようとしたイオタを止め、冒険者のシーフ2人を斥候に出した。
2人とも、歩けているが、やせ我慢している。脂汗が全身に湧いている。歩く度に激痛が体に走る。もっと横になっていたかった。二人を動かすのはスカウトとしての意地である!
「こちらは上に階段が続いてまして、7階層に繋がってます!」
「こっちは、下でしたね。9階層です。新しい階層へ繋がりました」
すぐに報告が上がってきた。
「そうか! あいつは迷宮の主ではなく、中ボスだったんだ。あいつを倒すことで下の層へ続く道が開かれるんだ」
「手の込んだ事しやがって! いててて!」
バルテルスとジャンが、何となくまとめに入った。
「時間も時間でござる。そろそろ帰りたいでござるが?」
反対する者は居なかった。
帰りは寄り道せず(してる余裕は無い)、最短距離で地上に向かう。
中ボス攻略。さらなる下層の発見。特殊魔晶石入手。ハイ状態になった冒険者の足は速い。途中で遭遇したモンスターなんぞ、蹴散らしながら上を目指していく。
サンダーとルチアは、中ボスが変じた大きな魔晶石を大事に抱えてる。この魔晶石、価値はいかほどであろうか? 金貨で取引される値なのは確かだ。
二人の兄妹は、落としたらこの世が終わるかもしれない、といった顔付きをしている。それが微笑ましくもあるのだが。
イオタ一行がダンジョンを出たのは、日が西に沈んだ頃。あれほどの危機をくぐり抜けてきたのに、予定通りの帰着であった。
そして冒険者ギルドに依頼完了の報告。
と、共に、中ボスのオーガ等諸々の報告。証拠は、赤子の頭ほど大きいオーガの魔晶石。
冒険者ギルド、大・混・乱!
7階層までの中級ダンジョンだとされていたのだが、さらなる下層の発見により、上級への格上げは確実! 冒険者が増える!
それをやり遂げたのが、あのネコ耳の勇者イオタ。
騒ぎにならないのが、どうかしている。
当のイオタはと言うと……
「ダンジョンのことはギルドにお任せでござる。拙者が手を出せる問題ではござらぬ故」
知らぬ顔を突き通していた。
それでも知らぬフリができない案件がある。中ボスの残した魔晶石だ。
誰に所有権があるのか? 事前契約では、イオタに所有権は無い。しかし、物が物である。ジャンとバルテルス達の所有物とするには、対象物が高価すぎる。
「無属性魔晶石はすべて頂くでござるが、この魔晶石は必要ない。拙者は放棄するでござる。ブツは冒険者ギルドに預け、冒険者ギルドマスターに一任するでござる! では後払い金を支払うでござる。これで失礼するでござる。ジャンとバルテルスよ、ご養生なされよ。また機会があれば、一緒に仕事をしよう。サンダーとルチアによろしく伝えてくれ。ではさらば!」
「あ、逃げた!」
一目散に冒険者ギルドを後にするイオタである。
とっておいた宿に逃げ込み、面会拒絶。夜中にエピロスの町を後にした。いつもの手口だ。
加速のスキルが、また上がった。
とんでもなく短い日数で、タネラのお家へ到着。
「ふー、えらい目に遭った。とはいえ、スベアからタネラへの道中に比べれば大したことなかったでござるがな」
『ですね! さして被害も出ませんでしたもんね! 目的を達成しましたし、サンタルチア兄妹にも箔が付いたことですし、まずは無難に事が運んだと言えましょう!』
確か、8対の死体が転がっていてもおかしくない状況だったと思うのですが……。
こいつら、感覚が麻痺しているとしか思えねぇ!
『早速、魔性石電池化の研究です。これだけあれば捗りますよー!』
その頃、
サンダーとルチアは、冒険を孤児仲間の語り、興奮していた。
バルテルスは、イオタとの冒険で得たものを考えていた。
ジャンは、いつ手に入れたのか、イオタの尻尾の毛を大事に巾着に入れ、首にぶら下げた。
⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰
イオタが姿をくらました翌日。
サンタルチア兄妹は、相も変わらずダンジョン前で仕事を求めていた。多少の収入があったが、すぐに尽きてしまう。こんな最低の生活――、安心は敵だ。
「おい、ネコ耳兄妹!」
サンダーとルチアのことだ。
誰か、と声の主を見上げるサンダー。
バルテルスだ。
「お前ら2人とも、俺のパーティーへ入れ! 斥候で使ってやる!」
「ニャ?」
正式採用。正社員内定のお知らせ。
いまいち理解が及ばなかった。突然すぎたから。条件が良すぎたから。
「俺はよぉ、複数のパーティや有望な新人に声を掛けてクランを作るつもりだ。イオタ戦法だな。お前ら有望株だ。これから家へ来い。メシを食わせてやる。屋根付きの寝床も用意してやる。少ないが給料も出してやる。反論はゆるさん!」
食うか食わずの生活を送っていた兄妹に、それは福音でしかなかった。
「はい! 喜んでニャ!」
「有り難うございまちゅニャ!」
2人そろって深く頭を下げる。
「よせよせ、俺に頭を下げるならイオタさんに下げろ。付いてこい!」
すたすたと大股で歩いて行く、大柄のバルテルス。なぜか顔がにやけている。
チョコチョコと小走りで付いていく、小さなネコ耳兄妹。
「そうだなー。クランの名前も考えなきゃなー。俺の家名がバッフだから、バッフクランってどうだろう?」
『それは危ない!』
どこからか猫の鳴き声が聞こえてきた。
あれから幾年たっただろう。新生魔性石の魔宮は、バッフ・クランの手により完全攻略された。
そのメンバーの中に、凄腕斥候のネコ耳兄妹がいたという。
イオタも完全攻略のお祝いに顔を出したのだが……どうやら、その辺で情報が交差したらしい。
後世に伝わる伝説。魔性石の迷宮完全攻略にイオタが参加していた、と。