*だんじょんあたっく.6-4 順調
魔晶石のダンジョン。
それは、4階層から容貌が変わるダンジョン。
イオタ一行は、4階層の地を踏みしめていた。
「目標は最大3階層までだった。Bランカーが潜れる最下層。気の利いたCランカーなら何とかなるレベル。いわば、冒険者レベルの分岐線でもあるんだ」
説明してくれているのはベテラン組「蒼天の猛者」のリーダーにして戦士職、バルテルス・バッフ。
仲間内に丁寧語は要らぬとイオタが断りを入れたので、全員がタメ口となった。冒険者達は、いたく感嘆していたが。
順番で前衛組となった「蒼天の猛者」の斥候も、この階層から本腰を入れるようになった。皆より10メートル先を行く。
前方、並びに角や死角を探査してから、本体が前進する。今までの様にサクサクっとはいかない。
「出てくるモンスターも、ラミアやワーウルフ、上位のオーガなど、一筋縄ではいかない連中ばかり。戦闘に手こずって囲まれでもしたら、Aランクパーティーといえど、生還は難しい」
なるほどなー、と頷いているイオタ。
『旦那!』
「うむ」
ミウラとイオタの耳がぴくりと動いた。遅れてサンダーの耳が動く。ルチアは先ほどから鼻に皺を寄せている。
曲がり角で身を低くしたスカウトから、ハンドサインが入った。この先に魔物がいる様だ。
二つのパーティが武器を抜いた。緊張が高まる。
「ホブゴブリン・ウォリアーが5匹。全員防具と剣を手にしている」
ハンドサインに、ここまでの情報が詰まっている。
「奇襲さえ受けねば何とかなる相手だ。行くぞ!」
音を立てず走り出すAランカー達。見ていて頼もしい!
今回も、勝利に間違いはなさそうだ。
多少の反撃は食らったものの、それは防具を通さない程度のダメージだった。
使ったのは体力と、魔法使いの魔力を少々。
前衛は後衛に配置を換え、体力の回復に努める。こんな時、同程度の実力を持つチームが、2組いることが心強い。
『これ、行けそうですね!』
ローテーション作戦が功を成し、速いペースでダンジョンを進んでいく。
そして、柱の最下層6階へ続く階段を降りている一行。
各層の柱は徐々に太くなるだけで、魔晶石が劇的に増えるという訳ではなかった。目だった無属性魔晶石を何個か掘り出すのみ。
ここまでの被害は、無視して良い程度しか受けなかった。
「実力が拮抗した2チームによる攻略。これは作戦として有効だ! 何で今まで思いつかなかったんだろう?」
バルテルスが興奮気味だ。新しい攻略法を見つけたのが嬉しいらしい。
『各パーティーは、各々がライバルなのです。助け合ってダンジョンを攻略するって概念を持ち合わせていなかったのでしょう』
トントンと、足音も軽く階段を下りていく一行。状況が悪くなるのに、雰囲気は明るい。
いよいよ6階フロアに足が付く。といったところで――
ミウラの耳がぴくっと動いた。イオタも物音に気づいた。
「イオタさん!」
サンダーがイオタの袖を引っ張った。
ルチアが臭いをかぎ取っている。嫌な顔をしていた。
何だ? とばかりに、バルテルスがネコ耳兄妹に視線を向ける。
「バルテルス! 階段を下りた角に魔獣がいる。おそらく3匹。種類がわからぬ。これまで無かった臭いだ」
「不意打ちに警戒! 敵、接近!」
バルテルスが小声で警告を発する。それだけで2チームは、有機的に反応した。
待ち伏せしていたのは、巨大なハンマーを手にしたバトルオーガ3匹だった。
前もって分かっていたので、十分対処できた。危ないところだった。
この手のモンスターに不意打ちを食らったら、Aランカーといえどただでは済まない。
ここで一組が壊滅していても、おかしくはない事態であった。
「今のは危なかった! 経験豊富な高レベル冒険者のイオタさんがいなければ、どうなっていたか……」
バルテルスが額の汗を拭う。楽観視している者は一人もいない。
「拙者は最終Bレベルでござった。ダンジョンは未経験でござるよ」
肩をすくめるイオタ。
時刻は現世時間で10時になるかどうか。まだ午前中。なんせ進軍速度が速い。
『何処のミッターマイヤーさんですか?』
この先は用心して、スカウト2人体制をとる。それぞれのパーティーからスカウトを出し、30m先行させる。
今回の一件で、イオタがマウントを取った形となった。冒険者達はイオタの配下に入ったことを自覚している。この事により、2つのパーティーは1つとなった。イオタ配下、とりまとめ役は、自然とベテランのバルテルスが引き受ける事となる。
何度か戦闘を繰り返し、ポップしてくるモンスターを退け、もうすぐ柱の基部と言ったところ。
「イオタさん!」
また、サンダーがイオタの袖を引いた。ミウラもイオタも、すでに天井壁を凝視している。
「警戒!」
バルテルスが短く叫ぶ。
2度目である。斥候が抜かれたのは。
先行した斥候と、本体の中間。イオタが小柄を天井壁にむけて放つ。
岩と思われていた場所から、ヌルリとそのモンスターが姿を見せた。
大型のスライムである。
待ち伏せ型のこいつは奇襲専門。対象者をすっぽりと覆い、痺れ毒の粘着体液で窒息させ、体を溶かして養分とする。最初に溶かすのは防具と服というお約束つき。こいつに捕まれば無事に済まない。精神面からも!
スライムは壁に擬態していたのだ。視覚による捕捉は不可能な擬態。微かなベチャつき音と、臭いだけは隠せない。
「火球!」
魔法使いが火魔法を放つ。この辺、阿吽の呼吸だ。
スライムは焼けてボトリと落ちた。あっさりとケリが付いた。
「斥候! 何やってる! それでもチームイオタか!」
「チームイオタって何でござるか?」
「ほら! イオタさんも怒っておられる!」
「いやいやいや!」
バルテルスに怒鳴りつけられ、項垂れるスカウト2人。叱られるまでもない。スカウトとしての面目丸つぶれなのだから。
「すまねぇイオタさん。もう安全は保証できない。引き返そうか?」
バルテルスは慎重になっていた。
「もうすぐ柱の基幹部でござる。それにこれまでの経験則から、外と違って雑音の無いダンジョン内は、拙者らの耳と鼻がよく利く」
イオタは、サンタルチア兄妹の頭を撫でる。
「魔獣出現の察知が可能でござる。まずは柱まで進みたいと思う。……ダンジョンの先駆者として、如何思われるか?」
暫し考え込むバルテルス。
「おい、ジャン! お前はどう思う?」
若手リーダーのジャンに意見を求めた。バルテルスの意志は決まっている。おそらくジャンも同じだろう。それを知った上でジャンに判断を振った。こういうところが、ベテランたる所以だ。
ジャンは即答した。
「まだ行ける。イオタさんが斥候を受け持ってくれたら、これほど心強いものはない!」
「それだと契約違反にならないか?」
「拙者はかまわぬ。最前列に立たなくとも斥候の真似事はできる様だ。……ならば、こうしよう。戦士を拙者らの前に立たせてもらおう。それで安全は確保できるでござろう?」
「それで行きましょう!」
またしても即答したのはジャンである。
それを苦笑いで受けながら、バルテルスも賛成した。全く同意見だった。
「では、進退の判断は私がするという事で。私の判断で強制的に終了する。それでよろしいか?」
バルテルスの提案に、皆頷いた。
「では参ろうか」
先頭に両チームの重武装戦士が盾を立て、スカウトが弓を手にし、その後ろで守られる様に、イオタとサンタルチア兄妹が付く。接敵すれば、イオタ達が後ろへ下がり、戦士職が飛び出す段取りとなった。
「この足音は、鎧を着けたワーウルフですニャー」「ホブゴブリンの臭いがチゅるニャー」『えーっと』「ネコ耳族の能力、侮りがたしでござる!」
サンタルチア兄妹の能力。水を吸い込む海綿のように、経験値を増やしていった。
ミウラとイオタも、舌を巻く上達ぶり。レーダーを装備したダンジョン探検隊は、今までの遅れを(いや、遅れてないし!)取り戻す、脅威の進行速度を実現した。
でもって一時間も掛からず、6階層中央部・魔晶石の柱基部に到着できた。
「早い!」
「最短記録では?」
ジャンとバルテルスが目を剥いてしまった程だ。
一方、影の探検隊隊長ミウラは、興ざめていた。
『せっかくですが、今までと変わりありません。ただ太くなっただけ。う~ん……』
とりま、屑魔晶石を袋いっぱいまで集めて、どうしようかと言うことになった。
ここまで危機は一度だけ。それも事前回避できたので、危機といえるかどうか。
時間も、まだ正午になってない。6階層到達時間の新記録樹立。
要は、時間が余っている。予定より早く着きすぎた。予定より深部に進入しすぎた。
「なあ、イオタさん。提案があるんだが……」
バルテルスと目配せし終えたジャンだ。
「最下層の7階層への階段は、この部屋を出たところにある。ここまで来たんだから、覗くだけ覗いてから上がりましょうや。そこのネコ耳兄妹も、最下層到達者ってハク付けてやる事ができますし」
バルテルスとジャンは、ネコ耳兄妹をすっかり気に入ってしまったようだ。
ネコ耳兄妹は、期待に満ちた目でイオタを見上げている。
「たしか最下層はワープゾーンとやらが有るそうでござるな?」
『魔法使いとして、後学のため、覗くだけ覗きたいですね』
ミウラも賛成派に回った。
正直、イオタはワープゾーンに興味はない。何処かへ飛ばされる穴ぼこ、と認識しているだけ。それって、結構恐くない? 的な?
しかし――
「みんなが言うなら、覗くだけ覗くとしよう」
背中を押される感じで、最下層を目指す事となった。
そして最下層。第7階層。
「部屋へ入る前に忠告しておきます。命に関わる大事なことです。ですが、簡単なことでもあります」
バルテルスが、今までにない真剣な顔つきになった。
「第7階層で魔法を使ってはいけません。攻撃魔法、防御魔法、治癒、生活に至る全ての魔法は使用禁止です。なぜなら――」
強調のため、一旦言葉を切る。
「ワープゾーンの魔法陣が起動してしまうからです」
「それ聞いてないでござる!」
『私が一番危ないのでは!?』
「とは申しましても、滅多なことでモンスターはポップしません。万が一現れたら、剣で倒すか、あっさりと逃げてしまえばいいのです」
用心していれば安全だ。用心さえしていれば。(参:絶対押すなよ!)
これまでとうって変わり、狭い部屋(比較的狭い)が一個有るだけ。幼稚園の運動場程度か? 小学校程ではない。
聞いていたとおり、そこに魔性石の柱は存在しなかった。
変わって、柱の真下とおぼしき場所に、中学校のプールほどの大きさで、複雑な魔法陣が刻まれている。
イオタ一行は、魔法陣まで半分の距離で足を止めた。
万が一のため、すぐ脱出できる距離。念のため、イオタが持つ魔道提灯も明かりを消してある。それでも部屋全体が薄く発光していて、夜明け前程度の明るさは保持できていた。
視覚に問題はない。
「来るだけ来た。見るだけ見たでござる。さあ、帰ろう!」
最初から及び腰のイオタ。見栄だけで先頭に立っているが、すぐに回れ右をする。
「では帰りますか」
バルテルスがイオタに道を空けた。180度方向転換である。
この瞬間、一時的に隊列が乱れた、といえよう。
『あっ!』
「むっ!」
「イオタさん!」
頭頂に三角の耳を持つうち、三人が反応。
7階層入り口付近でモンスターがポップした!
高まる緊張!
小柄な魔獣が1匹。ゴブリン! 楽勝!
ホッとした……のがいけなかった!
そのゴブリンはメイジゴブリン。魔法使いだ。
イオタ達の初動が遅れた!
メイジゴブリンが簡単な魔法を発動させるには、十分な遅れだった!
『いけません!』
「いや、発光したのは魔法陣だけだ! ここは光と魔方陣の範囲外!」
よかった!
ところがどっこい!
光の速さで部屋全体に拡大する魔法陣。イオタが加速を使う暇などない。
ここにいる全員が魔法陣に飲まれ、何処かへ転送されてしまった。
『旦那のーッ! 運はぁー! 異世界ィ、イチィィィィ……(フェードアウト)』