*だんじょんあたっく.6-2 いざ、エピロスの町へ
エピロスの町。
魔晶石のダンジョンが主要産業。現代で言うところの鉱山の町。ダンジョンの門前町として栄えている。この地に領主はおらず、国から天下りの代官が治めている。よって、気風はおおらか。
二匹は宿で一夜を過ごし、空が白みはじめた頃より行動を開始した。いそいそ。
『そう言えば、わたし達、ダンジョンに潜ったことないです』
「捨てられた地下王国は、門から中を覗いただけでござったな!」
首を傾げるネコ2匹。
「うーむ……」
冒険者ギルドへ向かう道すがら、珍しく考え込んでいるイオタ。普段は即決のくせに。
「どうせなら某もダンジョンに潜りたい。幸い、ここは簡単な部類のダンジョンでござる。案内人として、レベルの低い冒険者を雇おう。依頼料も安くすむし、某らが新たに購入する装備が要らなくなって、大助かりでござるよ!」
『それで参りましょう!』
ってことで、足取りも軽く、冒険者ギルドへ向かうネコ2匹。
ところがどっこい!
伝説の勇者・イオタ来所!
いよいよッ! あのッ! あのッ! イオタがッ! ダンジョン攻略に乗り出したッ!!
冒険者ギルド、大・混・乱! である!
「いや、それは、そこ元の勘違いでござる! 拙者らは、あくまで魔晶石の見本採取が主目的。ダンジョン攻略などまったく考えておらぬ。故に、魔晶石を安全に採掘できる最も浅い階層までの案内で充分にござる」
用件と名を告げると、ギルマスの部屋へ強制的に連れ込まれた。ギョックロ茶を出されてすぐ、ダンジョンの情報を開示されていたのである。
「そうは仰っても、イオタ様に変な冒険者をお付けする訳にはまいりません!」
なんか、こう……、「イオタ」というネームバリューに対し、脅迫概念に取り付かれた様なギルマス。死にそうな目をして、いっぱいいっぱい汗を流している。
「またれよ! 予算もそう多く用意はできぬ。B級かC級で、地理とモンスターに詳しいパーティーで良い! 依頼内容はダンジョンの道案内だけ。戦闘は避けるか逃げる方向で。予定は明日早朝出発の日帰り! そう考えておる」
「あー、えー……」
強硬なイオタの申し入れに、何か言い返したそうにしていたギルマスであるが、少し考える素振りを見せた。
「ではこう致しましょう! ご依頼内容は承りました。ご予算の範囲でなるべく高スペックのパーティーを冒険者ギルド・エピロス支部の栄光と名誉と歴史にかけ、命がけでご都合致しましょう!」
そこはかとなく勘違いの疑いと共に、嫌な予感がするものの、こちらの要望は満たしてくれた。それで契約書をまとめることとした。
契約内容。
1.メンバーはギルドマスターの責任で保証するので、依頼主の面接は無し。
明日の朝、現地集合。時間は日の出時。拘束時間は1日。但し、不可避の緊急事態などにより、延長も有り。
2.ダンジョンの地理に詳しい者。依頼主護衛の為の戦闘も条件。荷物運びも依頼の内とする。
3.手に入れた魔晶石の扱いについて。無属性はすべてイオタの物。属性付きは冒険者の物。
4.ドロップアイテムは冒険者の物。
5.必要経費は各々が負担のこと。
6.依頼は後払い。失敗でも支払う。成功の場合は、上積みボーナス有り。
そんなわけで、新しく買い足す装備は、食糧と水程度で済んだ。安上がりで、うまうまでござる。昼過ぎには、ギルドを後にできた。まずは順調な滑り出し。
『時間が余ったことですから、ダンジョンの下見にでも参りましょうか』
「左様でござるな」
そして、ダンジョンへ。
ダンジョンへは、現世時間にして15分ばかり歩いたところにある。
イオタは、目深に被った編み笠を手で押し上げ、辺りをゆっくりと見渡した。
「門前町の賑わいでござるな! ウキウキするでござる」
『食べ物の出店だとか、イカサマ臭い鑑定士だとか、あやしいアイテム販売所だとか、立ち上がる湯気とか、あれは銭湯ですか? ごった返してますね!』
人混みに紛れ、各店々を覗いて回るネコが2匹。
ダンジョンの入り口には、頑丈な門が作られ、武装した兵士っぽい者が警備に当たっている。
『あの子供ら、何ですかね?』
「某も気になっていたところでござる」
2匹が視線を向ける先。そこには、幼子から十代初めまでの子どもが、群れを成していた。
よくよく観察すると、どうやら子供達は、中に入る冒険者達に声を掛けているようだ。
そろって、ズタ袋を手にしている。
その理由を手短な人に聞こうとして――。
「おや?」
『あれ?』
2人は同時に気づいた。
群れた子供達の勢いで押し出された、とある子供が2人。
『あの耳と尻尾!』
「ネコ耳族でござる!」
イオタとミウラは、2人にさっと近づき、編み笠を取った。
「やあ! このような場所で同族に出会えるとは」
『にゃーん』
あっけにとられたのか、口を開け、ぼうっとした表情で見上げるネコ耳族の子供2人。
7歳に成らぬか成ったか? 大きい方が男の子のネコ耳。5歳程が女の子のネコ耳。
耳とか尻尾の形状で、エンシェントでないことは明白。北の村のネコ耳族と同程度であろう。
服がぼろい。男の子の方はあきらかに小さい服だ。2人とも穴だらけ。おまけに埃と垢で薄汚れている。
「あああ! 旦那様! 同じネコ耳族のよしみですニャー! どうか俺たちを雇ってくださいニャー! 重い荷物でも持てますニャー! 足も速いですニャー! 妹は鼻が利きますニャー!」
大きい男の子の方である。目が必死だ。片方の耳に切れ込みが入ってる。大きな傷跡だ。過去、なんらかの荒事があったのだろう。
「ミウラよ、何のことでござろうか?」
『そういう事か! この子達は、ダンジョンに入る冒険者の荷物持ちで生計を立てているストリートチルドレン、子どもの浮浪者です! 小銭をもらって、重い荷物を持ってダンジョンを歩くんです!』
「ほほう! それで袋を持っているでござるな」
イオタが子供達の群れを見る。ちょうど契約が成立したのか、袋を手にした子供が冒険者に連れられ、ダンジョンの門をくぐっていく。
「お主ら、ダンジョンへ入ったことはあるのかな?」
「もう何度も! こう見えて俺たちベテランなんですニャー! 経験豊富な俺たちを是非使ってくださいニャー!」
ベテランだったら、先ほどのように爪弾きにはされぬだろう。
「拙者は嘘を見抜くことができる。正直に申せ!」
「えー、あー、すみませんニャー。二度しか潜ってませんニャー。妹は一度も潜ってませんニャー」
耳を萎らせる兄ネコ耳。
『うくっ! SAN値-1。腐の血が疼く! 素直なところがイイ!』
ミウラに、追加ダメージが入った模様。
「確かに素直なところは見込みがある。残念ながら、今の拙者はダンジョンへ潜らぬ」
途端に残念な顔をする兄ネコ耳。
「だがしかし、ダンジョンの情報を聞きたい。報酬はそこで売ってる白パンでいかがかな? もちろん、妹さんの分も奢るでござるよ」
「有り難うございますニャー!」
現金なものである。白パンと聞いた途端、三角の耳がピンと立ち上がり、尻尾が直立した。
『腐っ! 腐が人の入れ物を得たとき、意識が芽生えるッ!』
1080度ばかり捻れているミウラは、そっとしておくとして……白パンを買ったイオタは、腰を掛けられる場所まで移動した。
「聞きたいのは、このダンジョンの中身でござる」
「ふぉふぉっふぉふぉ、ふぉっふぉふぉ、ふぉふぉー」
「……食べてからでよい。急ぐと口の中の水分を全部持って行かれるぞ」
眉を吊り上げ、大急ぎでパンを飲み込んでいく兄ネコ耳。一心不乱に食べている妹ネコ耳ちゃん。こっちは、まさに小動物で可愛い。おもわず、イオタは妹ちゃんの頭を撫で撫でした。
『サンタルチアぁー、サンターーーァルチィーーアー♪ ……はて? 何処かで聞いた名前?』
兄の名前はサンダー。妹ちゃんの名前はルチアということだ。
「特徴は、一階一階の面積が広いって事でニャー。このダンジョンの階層は地下7階まで。迷宮の主の居る部屋は、まだ発見されていませんニャー。7階層にワープゾーンがあって、何組か挑んだ冒険者がいましたが、全部帰ってきてないニャー。今は誰もワープゾーンに入らないニャー」
兄ネコ耳が言うには、チルドレンの横繋がりは強いらしく、ダンジョンの情報はすぐに回ってくるそうだ。お互い寂しいから、自然とおしゃべりになるのだろう。
『無事帰還した子供達が、興奮醒めやらず自慢話をして回ってる。それも一因でしょうね』
「拙者らは無属性の、えー、透明な魔性石を求めてここに来たのでござる。よく採れる場所とか知っておるか?」
「えーっと……すみません。よく知らないニャー」
再び耳を萎らせるサンダー君。ルチアちゃんはまだ食べ終わらない。
ミウラの捻れが止まらない。ネコ液体説は、この辺から来てるのかもしれない。
『旦那! この子達を雇いましょう! この子達は大いなる逸材です!』
「落ち着けミウラ! この子達を拾って帰ることはできぬのだぞ。一度でもそんな事すれば、際限なくなって孤児院を開く羽目になるでござる!」
『目の前! 目の前の腐だけでも救いたい! この掌……肉球でつかめる者だけでいいから!』
「家へは連れて帰らぬぞ!」
コホンと咳払い。イオタはサンダーに向き合った。
「あす、拙者は冒険者を仕立て、潜る予定でござる」
期待が膨らんで、サンダーの目が輝き出す。
「その時、荷物持ちとして2人を雇いたい」
「よろこんでお供いたしますニャー!」
まだ食べ終わらない妹の頭を手で押し下げ、二人して頭を下げた。
「まずは、垢を落とそう。風呂屋へ行こうか!」
銭湯は男女別になっている。サンダーは男風呂。イオタとルチアは女風呂。
『ロリとネコ耳美少女の肌色シーンです。どうぞご堪能ください!』
「あがったぞ、ミウラ」
髪の毛をタオルでふくイオタ。既に着込んでいる。ルチアちゃんも、ぼろっちいながら服を着て、プニプニつやつやになった肌をひけらかしている。
『ちがう! そうじゃない! 前もそうだった! みんなはそこへ至るまでの道程をじっくり咀嚼したいんだ! だいたいこのシリーズ、肌色成分が足りないのよー!』
クリームパンみたいな手で頭を抱え、脱衣場をゴロンゴロン転げ回るミウラ。他のお客さんに迷惑な行為は、禁止されているというのに。
「バァーンな大人のお姉様でもあるまいし、なんで子どもの入浴状況を描写しなければいけないのでござるかな? 某にはさっぱりでござる」
『この人、幼児趣味のかけらもない! なんてつまらない人生なんだ!』
床にバンバンと叩きつけられるクリームパン。ミウラの心情を知らぬ他のお客さん方は、ホッコリした目でミウラを見守っている。
「じゃ、次は二人の服でも買うか。その成りでは、いかんともし難い」
「そんにゃ! 服まで買ってもらえるなんて、贅沢すぎるニャー!」
何にビビッたのか、サンダーが慌てて後ずさりした。
「服といっても、求めるのは古着でござるよ」
古着は安い。イオタの経済力から見て、子ども二人分の古着代など、無視して良い程の出費である。
「期待するな。さほど高いのは買えぬ。ダンジョンへ潜れる様、丈夫な生地狙いでござる。意匠や模様は二の次となるで、そこは我慢せよ」
吊るし売りの古着屋へと向かう一行。
二人ともゴツイ麻生地のシャツとズボンを買った。成長を見込んで、大きめのを選ぶ。袖と足首を折り込んだら、何とか見られる様になった。
「明日、日の出の頃、ここへ来るがよい。少ないがこれは前金だ。これで晩ご飯と朝の分を買っておくがよかろう」
「あ、あの、こんなにしてもらって。俺たち明日来なけりゃどうするつもりなんですかニャー?」
イオタは、片方の眉をヒョイと上げた。訓練の賜である。
『片方の耳も、同時にピクってますが』
「後金が入らなくなって、妹にメシを食わせられなくなるのはサンダーではないか? 連れの冒険者に、気に入ってもらうかもしれぬ機会も逃すのでござるかな? もし来なければ、拙者の懐から出る金が少なくなるだけ。痛くも痒くもござらぬ。では、明日の朝、日の出と共に」
翌日。
朝日が昇る前から、兄妹はズタ袋を抱えて待っていた。