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*内緒のミウラ君

 今日も今日とて――


「ニール君、頼みがある。早急にこの国でアパートか下宿先を探して欲しい」

「どうしてですか? ジェイムスン教授」


「言うまでもなくこの資料、超一級品だ。そして我等の本拠地は、アメリアル合衆国。よって、この資料を国外に出すとなると、複雑な手続きが必要となる。つまり、必然的に資料の存在が外部に漏れる。ならばそれを阻止したい。だから、この国のなかである程度研究を進め、他者に先んじたいのだ」


「ああ、なるほど! 『異世界ネコ歩き』の存在が公表されると、他の研究者に公開せざるを得ませんからね! さすがです、教授! 急ぎ探しましょう!」


 こういった細々な作業は、助手のニールが得意とするところ。ジェイムスンがニールを重用する主な理由である。


「それと教授、何か面白いのは見つかってませんか? 僕はこれから外へ出る機会が多くなりますので、僕にも情報を流して欲しいところですが……」


 ニール君も考古学者の端くれ。新たな発見に対する興味は尋常じゃない。


「面白いのといえばこれかな?」

 ジェイムスン教授は、付箋の貼られた日誌を取りだした。


「イオタの飼い猫だったミウラ。計算上、70年は生きている事になる。様々な説が飛び交っているが、どうやら決着が付きそうだ。これを読みたまえ。答えが示唆されている」

「ほうほう!」


 いつも通り、一枚にまとめられた日誌の情報料は少ない。それを読み進めると……


「つまり、こう。イオタは同じ柄のネコを何代も飼い続けたという事ですね?」

「ニール君もそう読み取ったかね?」


 その実……




⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰



 

 最近、ミウラの様子がおかしい。


 今日もお昼ご飯時――


『研究が山場に差し掛かりましたので、残りの食事は仕事場でとります。いつものように邪魔が入らないようご配慮お願いしますね!』


 一通り食事(エサ)を食べ終えると、残ったご飯を咥えて外へ飛び出していく。裏の倉庫を改造したミウラ専用要塞研究所へ行くのだろう。


 ここでゼファ子がニチャっとした邪悪な笑みを浮かべる。

「あのババタレ猫、お行儀が悪いじゃけーん。きっと何処かの猫を孕ませて、そこへ通ってるじゃけーん! 生まれた子猫は殺処分するじゃけーん!」


 ミウラに限って、そんな事はなかろうから、ゼファ子の推理は妄言として、頭の片隅で軽く処理しておく。


「少し前から食事の量を増やしてくれって頼まれてるから、体調が悪いってことはなさそうでござるがなぁ」


 こないだまで、「研究が煮詰まってきたので」だとか、「微妙にややこしいところなので」などと、手を変え品を変え、倉庫へご飯を持ち込むようになった。


「ミウラなりに考えての行動だと思うでござるが……健康が心配でござる」

 心配顔のイオタであった。






『ふうー! 毎回毎回イオタの旦那を騙すようで、いえ、実際騙してますから心苦しいのね』


 物置(地下が秘密研究所)の最も奥に、ぼろっちい木箱が置かれている。

 ミウラはご飯の残り(今日は鳥肉)を口にくわえ、トコトコと木箱に近づいていく。


 木箱の中に柔らかい布が幾重にも敷かれていた。そこから小さな声が聞こえてくる。

 か細い鳴き声だ。

 メスの黒猫が1匹横たわってる。そして母親のおっぱいを咥える子猫が4匹。

 子猫は黒猫が2匹。残り2匹は、ミウラそっくりの茶トラだったりする。


『ほら、ご飯だよ。いっぱいお食べ』

「にゃぁー」


 ミウラが運んできたご飯をさも当然のように食べる母猫。

 子猫は先日生まれたばかり。やっと目が開くようになった。性別もまだ不明な状態。


『ふう、どうしてこうなっちゃったんだろ?』

 肩を落とすミウラである。



「事情は承知した」

『うわっ!』

 毛を逆立て飛び上がるミウラ。


 いつの間にか入り口が狭く開けられ、イオタが中に入っていた。


「ミウラの子か?」

 いつになく真剣な顔のイオタだった。耳はイカ耳に、尻尾が不機嫌そうに揺れている。


『うっ、うううっ!』

 言葉に詰まるミウラであった。






 ここでミウラに対し、弁護を試みようと思う。


 まず、この子猫はミウラと黒猫の間にできた子で間違いない。

 なぜ、あのミウラが易々メス猫などに手を、もとい……前足を出したのか?

 性の対象は美少年か美少女、最低でも二本足と豪語していたミウラが、である!

 問題は、いや! 根本は、猫の肉体的種族的習性にあったッ!


 ご存じの方も多いであろうが、猫の生殖活動は、人のとは大きく違う。

 メス猫には決まった発情期があるのだが、オス猫には決まった発情期がないとされている。

 オス猫が発情するのは、メス猫の発情期によるメス猫のお誘いである。

 メス猫の発情期特有の行動(これがここで表現してはいけない、もの凄くエロい行為であったりする)に誘発されて、オス猫は発情するといわれている。


 生殖可能年齢まで成長したオス猫にとって、それは抗いがたいものであろう。

 元人間の転生者であるミウラにも、猫故にそれが当てはまる。

 ましてや、ご近所で最強を誇るボス猫のミウラである。ミウラ出現と共に、ご近所猫の強さレベルが自動的に一つランクダウンしたのだッ!


 人間に置き換えれば、歌って踊れるアイドル系男子。しかも細マッチョにしてゴリマッチョを簡単にKOする実力者。そして甲斐性が良いときた。

 メス猫からモテないわけがない。これが発情期ともなると、甘いお誘いがひっきりなし。メス猫が列を成すほど。


 過去数年にわたり、理性とニャゴニャゴにより退けてきたミウラであるが、今回は油断した。いままで対処しきれていたという自信が、油断を誘った。勝ったと思ったときが負けの始まりィィ!


 大層なことを書き連ねたが、要はメス猫の誘いに負けたってことだ! 出会い頭のカウンターを喰らった的な? 後ヒントとして、メス猫がイオタ似の黒猫だった。わかりづらいヒントであろうが。





「我慢できなければ、今まで通り、至高ればよかろうに!」

 イオタさん、怒りのボルテージがチョイ高めです。


『魅惑的かつ、性的な挑発的態度をとる女性に、後ろ手で部屋(現場ココ)の鍵を掛けられ、睡眠誘導剤を飲まされたあげく、使用限度を超えた媚薬を注射されて転がされたイオタの旦那自身を想像してください。』

「そ、それは仕方ないでござるな!」

 いつもながら、ミウラの説明には説得力がある。


 ……あらかじめ明記しておきますが、あくまで現実の動物・猫の生殖状況の説明です。なろう運営の方々におかれましては、もしも表現方法に違反があると判断された場合、アカバンする前にご一報下さい。即座に対処いたします!


「済んでしまったことをあれこれ言っても仕方ないでござる。ましてや、新しく生まれた小さな命に罪はござらぬ」

『ううっ、有り難うございます、旦那』

 耳と尻尾を垂れ、項垂れるミウラである。


 茶トラの1匹が兄弟にはじき出された。まだ飲み足らないのか、さかんに潜ろうとしている。

 イオタがその子をヒョイと抱きあげた。


「生まれたての子猫は初めてでござるが、なんとも可愛いもの!」

 片方の掌に収まる小ささ。鼻面がまだピンク。ヒクヒク動いている。


 ドアが、バンと大きな音を立てめいっぱい開いた!

「見つけたんじゃけーん!」


 逆光の中、目を光らせて立つ怪しい姿。ゼファ子だ!

 勝ち誇った笑いを口に浮かべ、ズカズカと踏み込んでくる。


「うちにネコを飼う余裕は無いのじゃけーん! 早速河原に捨ててくるんじゃけーん!」


 口をポカンと開けたままのミウラ。

 ゼファ子は、あっけにとられるイオタの腕から茶トラの子猫を奪い取った。


「ババタレ猫の子は鳶にでも――じゃけーん! 指を吸うんじゃないじゃけーん! こそばゆいんじゃけーん!」


 子猫は母猫の乳首と間違えたのだろう。ゼファ子の指先をチュウチュウ音を立てて吸いだした。ゼファ子は眉をフニャリとさげて戸惑っている。


「まあまあ、ゼファ子。確かに多頭飼いはできぬ。いずれ子を外に出すとしてもだ。せめて乳離れして、大人と同じご飯が食えるまで待ってやろうではござらぬか。でないと生きていけぬ」


「ま、まあ仕方ないじゃけーん。こいつらにもアフッ、生きるチャンスを与えてアフッ、あげても良いじゃけアフッ!」


 吸われる指先が何ともこそばゆい。指をどければいいのにどけない。子猫の吸い付き攻撃をむっちゃ気に入った模様。たしかにアレの攻撃力はすこぶる高い。生きようとするエネルギーの直撃だ!

 子猫の頭を愛おしげに撫でまくるゼファ子。これはたぶん無意識の行為だろう。


「ギリギリッ! いい加減に離れるじゃけーん!」

 ゼファ子は、奥歯を軋ませながら子猫を離した。


『そんなに離したくないなら、もっと抱いてればいいのに』


 はあはあと肩で息をするゼファ子。大きなダメージが入った模様。


「乳離れしたら放り出してやるけん。今のうちに精々可愛がっておいてやるがいいわじゃけーん!」

 あきらかに敗者の風体で走り去るゼファ子であった。




「里親は責任もって見つけてやる。それとも全部飼うか? ミウラ?」

『いえ、責任持ちきれません。てか、このままだと私の精神が崩壊するかもしれません。親という概念は全く持てませんが、せめて良い里親にもらわれて欲しいものです』


「母猫はいかがいたす?」

『ああ、このネコは子供が一人前になったら何処かへ行きますよ。心配要りません』


 ずいぶんあっさりしたミウラであった。それも当然。出自が出自故、ネコの雌にはアレ的に全く情が湧かないのだ。





 そして時は経ち、子猫は大きくなった。大人のエサを口にするようにまでなった。


「出合った頃のミウラと同じ大きさでござるな。あの頃を思い出すでござる」

『あの日は雨が降っていましたね。お互い素っ裸でしたっけ?』


 ミウラが言っていたように、母ネコは姿をくらました。この町の何処かにいるだろうから心配はご無用。


「さてと、二人ばかり里親も見つかったことだし、さっそく送りだすでござる。あの二人なら子ネコを大事にしてくれよう」


「じゃけーん! なんで手放すんじゃけーん!」

 ゼファ子が4匹の子猫を懐に抱きかかえ、しゃがみ込んだ。


『「早く大きくして放り出すけん、いっぱい食べるじゃけーん」とか言いながら、エサ係やってましたからね。こいつ、すっかり情が移ってしまって』


「まだ小さいじゃけーん! お外へ出すのは早いじゃけーん、イテテ!」

 抱きかかえた子猫に牙と爪を立てられるゼファ子。本人渾身のお世話にかかわらず、何故か子猫たちに嫌われている。渾身過ぎの構い過ぎによるものであろう。


「まずは2匹でござる。手元にまだ2匹残るでござるよ」

「ずぁ、ずぁけーん!」

 涙声のゼファ子。里親話は、自分で言い出したんだから仕方ないよね。






「フッ、これがミウラの子達か?」

 かっこつけるエラン。


「うわー可愛いー! この子欲しー!」

 デイトナが、イオタによく似た黒猫をその豊満な胸で抱く。


「むっ!」

 この世の終わりそうな、情けない顔をするエラン。

「あっ!」

 はっと気がつくデイトナ。


「この黒い子、なんか、お兄様が気に入ったようですよ」

 気を利かせ、黒い子をエランに押しつけるデイトナ。ちなみに、黒い子はお腹と手足の先っぽだけが白い。


「う、うむ、子猫が私を気に入ったならしかたない。その子は、私が責任を持って引き受けようではないか」

 イオタに向かって見得を切るエラン。


「その子は女の子でござる。さすがエラン。女たらしでござるな!」

 口の端だけで笑うイオタ。もうちっと手加減してやろうな!


『見え見えでございます、先生。ああ、わたし、あまり大きな顔はできなかったんでしたっけ』


「じゃ私は……この黄色い縞の子。ミウラちゃんに似て、一番やんちゃですもの」

「それはオスでござる。デイトナどのにはまだ早い!」

『オス猫に焼き餅ですか?』 


「アキレスー! アルデバランー! じゃけーん!」

 口から血を吐き出しながら子ネコの名を叫ぶゼファ子。諾々と涙を流している。

 対してアキレスとアルデバランは、シャーっと牙を剥いて威嚇している。


「この女、名前を付ける感覚がおかしいので、違う名を付けることをお勧めするでござるよ」 


  

 4匹のうち2匹は、お持ち帰りと相成った。

「アキレスーっ! アルデバランーっ! 幸せにじゃけーん!」

「「シャーッ」」




 

 残りは茶トラと黒の雄と雌が1匹ずつ。


「えぐっ! うぐっ!」

 顔をぐちゃぐちゃにして泣きじゃくるゼファ子。いい年をして子供みたい。たいへん見苦しい。


「一匹は飼っても良いでござるかな。ただし名前は変える」

『ゼファ子が、ちょっとだけ可愛そうになってきました。ちょっとだけね』


「旦那様! じゃけーん!」

 子猫にガバリと抱きつくゼファ子。何かに付け、動作が速くて大げさだ。


「「シャーッ」」 バリバリバリッ! 




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