*聖竜アルフレデイーノ(ディーノさん)
連続投稿2話の内、後半の2話目です。
前半をお読みでない方は、8章1話目から読んでくださいね!
ジェイムスン教授と助手のニール君は、パトレーゼ氏の倉で籠もったままだ。今日は徹夜になるだろう。未発見の第一級史料を独占してしまった考古学者は、寝食とトイレ実行の成功率が下がってしまうバッドステータスが付与されるのでしょうがないよね。
助手のニール君が資料を一枚一枚手に持って並び替えていた。
「教授、どこかで一度ぶっちゃけたみたいですね。時系列がバラバラになってます」
イオタが残した日記「異世界ネコ歩き」は、綴じられておらず、バラバラになっていたのだ。
「日付も書いていたり書かなかったり。月だけとか季節だけとか、かなりいい加減に書いていたようだ。私くらいになると、サインの変化具合でおよその順番がわかる様になっているがね」
管理は出鱈目のくせに、毎回日記の最後に花押が入れられている。物ぐさなのか几帳面なのか、わからないネコ耳族の勇者であった。……まあ、ネコだからね。しょうがないか。
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ストーリー的に前後するが、今回のお話、イオタとミウラが過ごす時は進んでいた。
どれくらい進んだかというと、北の要塞の真の主、シルエッタ様の三男・ヴェクター君(未成年)を養子に迎え、仕事を手伝わせている程に進んでいた。
メタリックレッドの珍しい髪を持つ好青年である。珍しい外見は商談に有利である。
ヴェクター君は、イオタにもっともベッタリしていた。イオタと相性がとても良い子だ。本人も望んで養子に出て行った。ミウラに次ぐナイスコンビとなった。
シルエッタ様曰く、「人の使い方を徹底的に仕込んでおきました。人使い特化型です。剣は必要ないでしょうから、通り一遍しか教えていませんので荒事を期待してはいけません」とのこと。お言葉通り、管理職として即戦力であった。数字や文に明るいのも嬉しかった。
それはさておき、とにかく忙しい。御養子様が忙しい。
チャトラ猫のミウラが影の社長を勤めるネコミミプロジェクト株式会社、略してネコミミ(株)の手がけた事業の内、8割が成功。残り2割も潜在能力が高く、じっくり仕込んでるところ。ネコミミ(株)グループは、右肩上がりで成長しているのだ。
となると、今の人員では回しきれなくなる。大きな商談も増え、大手商会との付き合いも増える。この時代、商談にも社屋の規模と見た目を必要と認識される風潮がある。
本社社屋(築120年の借家)では古くて狭くて使い勝手が悪くなってきたのだ。
よって、迎賓館機能を持たせた新本社社屋を、ただっ広い遊休地を有する丘の上のイオタ邸横に建設した。
これを機に、ヴェクター君に社長職を譲り渡す。ヴェクター君は、特徴的な髪を振り乱しつつ、より一層仕事に励んだ。
さて、新しい館、それも大きな館を機能させるに当たり、社員は元より維持管理のための使用人が必要とされる。
泥縄になったが、幾人か募集した。
必要数のいくらかは、知り合いの伝手を頼って紹介してもらったが、あと数名、メイドが足りない。そこは一般公募とした。
飛ぶ鳥を落とす勢いの、ネコミミ(株)の募集である。むっちゃ大勢が応募してきた。
採用の可不可をエルミネタ婆を補助に付けたヴェクター君に丸投げし、イオタとミウラは大事な商談の為、短期出張の用意を始めた。
「旦那しゃま。ご相談がごじゃりましゅ」
困り顔をしつつ、嬉しそうなエルミネタ婆が入ってきた。
「どうした? 問題でも起こったでござるか?」
「メイドで面接にきた一人が、どうしても旦那しゃまに直接お使えしたい、と強情を張るもので。ご相談に参りました」
「婆様が相談にくるようなメイド候補でござるか?」
「年は自称17。見た目アラサー。美人で明るい子でしゅが、これがなかなか個性的なおなごにごじゃりましゅる。ニヤリ」
『婆様の悪戯心が垣間見えますねぇー』
それほどまでに言うのならと、ここへ通させる事にした。
で、やってきたのが、17と自称するには無理があるけど、ビックリする様な美人さん。大きな胸の谷間を強調したミニのワンピース。正直、きつい。
より目立つのは腰まで伸ばした綺麗な髪。
色が真っ白。
『ヌメッとした光沢を持つ白い髪。異世界でも珍しいですな!』
「光の加減で虹の様に光る。白蛇の鱗の様でござるかな?」
見た目、いかにもできそうな女子である。黒のアンダーフレームにタイトスカートが似合う狒々オヤジ付きの秘書といった印象。ちなみに目は邪悪な青。
「旦那様にご挨拶をなしゃい」
促された白い美女は、一歩前に進み出た。
「メイド候補じゃけーん! メイド候補のゼファーカイ・G・ストライダーバリオス・ガンマデス・ペラードビュエ・ル・ト・ライアンフじゃけーん!」
……イオタとミウラは固まってしまった。
濃ゆい?
「えーっと、ゼファなんとかさん? でござるかな?」
「ゼファーカイ・G・ストライダーバリオス・ガンマデス・ペラードビュエ・ル・ト・ライアンフじゃけーん!」
なぜか自慢顔のゼファなんとかさん。鼻の穴を膨らませ、勢いよく息を吹き出してる。
『名前を呼んでる間におでこに出来たたんこぶが引っ込む、って言われません?』
「え-、ゼファなんとかさん――」
「ゼファーカイ・G・ストライダーバリオス・ガンマデス・ペラードビュエ・ル・ト・ライアンフじゃけん!」
眉を吊り上げ声を荒げ、自己主張するゼファなんとかさん。
「じゃ、めんどくさいからゼファ子さん」
「ゼファーカイ・G・ストライダーバリ――」
「不採用にしようか? エルミネタ婆様よ」
「採用条件の一つに、素直という項目がごじゃります」
「ゼファ子でいいじゃけん。ギリッ!」
奥歯を強く噛みしめながら妥協するゼファ子。案外と融通が利く模様。
「で、なんで会社じゃなくて、拙者の所で働きたいと思ったのでござるかな?」
イオタの問いかけに、ゼファ子はクイっと大きな胸をせり出した。
「多人数の使用人の中でシノギを削るより、少ないところが楽できるじゃけーん! ショボイ商会よりイオタブランドの方が、箔が付くじゃけーん! 面白そうじゃけーん!」
堂々と!
胸張って。鼻を高く掲げている。
『なんか、こう、イラッとくる女ですな!』
「初めてでござる。あれだけ立派な胸なのに、まったくトキメかぬ女は!」
「なんか腹立ってきたじゃけーん!」
二人の会話は、他人には聞こえない。イザナミ様が作った防諜性は完璧なはず。魔王マオちゃんも神祖ヴァンテーラもミウラの言葉を聞きとることはできなかった。
唯一、この世界の神格者、聖竜ディーノ、正式名称アルフレディーノだけが、ミウラの言葉を理解する存在として認識されている。
ゼファ子さんに聞き取れるはずがない。たぶん勘働きであろう。
「わたしを採用するにあたって、最低条件が三食昼寝付きじゃけーん! 優秀なメイドになる予定じゃけーん! まだ一度も働いたことないけどぉー!」
耳の穴をかっぽじる行為が、なんとも世を嘗めくさった態度である。
『どうにかして、この女に天罰を与える事が出来ませんかね?』
「天罰が下る現場を金払ってでも見学したいでござる!」
イオタも同意見であった。どうにかならぬものかとエルミネタ婆様に視線を送ると――
「おうっ!」
エルミネタ婆様が、歯の欠けた口を開き笑っていた。でも笑っていなかった。
「気が変わりましゅた。わたしめがお預かり致しゅましょう。血筋もたいへんよろしい様で、鍛え甲斐のあるお嬢様とお見受け致しましゅ」
握りしめた拳に、太い静脈を浮き上がらせる婆様。アップを始めた模様です。
気がつけば、イオタが半歩下がっていた。
『イオタの旦那を下がらせるとは!?』
イオタの脇が汗でじわりと湿っていた。
「で、では仮採用として婆殿に預けようかな? 婆殿が合格を出したら本採用といたす」
「仮採用などせずに、即刻本採用するじゃけー、はっ!」
いつのまにかゼファ子の両手を握っているエルミネタ婆様。その動き、イオタの、ネコ耳族の動体視力でも捉えきれなかった。
「あなたは・この婆様が・みっちりと・教育・いたしましゅる。キシェ-! シェッシェッシェーッ!」
「う、うひぃー」
婆様を見つめるゼファ子の顔が真っ青となり、言葉をとぎらせた。
イオタから見ると婆様は後ろ姿だった。だから婆様の顔は見えない。何があったのだろうか? 婆様は何をしたのだろうか?
「では失礼いたしましゅる。出張の道中お気を付けて。キシェシェシェシェーッ!」
「じゃけーん!」
ゼファ子はエルミネタ婆に引っ張られていった。
「久しぶりに気合いの入った笑い声であったわ!」
『ゼファ子の運命やいかに!』
額の汗を拭うイオタとミウラ。
「とりま、出張準備の続きをはじめよう」
『オヤツは30セスタまでですよ』
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「バラバラになってて時系列の整理に骨が折れますね、ジェイムスン教授」
「やや! ニール君! このページを見たまえ! イオタが聖竜アルフレディーノ様と会合した場面が書かれているぞ!」
いままでもテンションが高かったが、より一層高いテンションで助手のニールを呼ぶジェイムスン教授である。血圧は180越えだろう。
「なんですって! ではあの伝説は正しかったと!」
この時代。どこをどう転んだのか、ディーノ氏は神格化されていた。ちなみに、ディーノ氏は今も健在である。年二回の渡りを続けており、春と秋の風物詩となっている。会いに行ける神様として信心を集めているのだ。
「そしてニール君、大発見だ! アルフレディーノ様の妹竜の存在が明記されている!」
「いままで存在があやふやで考古学界は元より、宗教界ですら意見を二分させてきた、あの妹竜の存在が!?」
大発見に次ぐ大発見。
「一部で伝承されていた通り、妹竜は白竜だ!」
「教授が所属する派閥の説通りですね!」
「うーむ、謎となっている妹竜様の名がわからぬかぁー。残念ながら、異世界ネコ日記にも名前が書かれていない。妹の白竜としか書かれていない。なぜだろう?」
「考えられることとして、もともと名前が無いのか、あるいは……」
首を捻るニール君。
「あるいは?」
「名前が長すぎて、イオタが憶えきれなかったとか?」
「両説とも一理あるな。ニール君、考古学者として腕を上げたな!」
「光栄です。ジェイムスン教授」
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そして出張の帰り。
イオタとミウラは、都市間定期運行馬車サンライズ号に乗っていた。事前に往復便を予約しておくと、1割引になってお徳なので、よく利用している。
そして明け方近く。案の定、野盗の大軍に囲まれていた。安定のトラブル体質である。
『旦那の運はーッ! 1のままーッ!』
怯える乗客を守る為、外へ飛び出すイオタとミウラなのだが……。
「そこの特徴あるネコ耳! おまえ、ネコ耳の勇者イオタだな?」
普通の野盗なら、イオタのネームバリューにビビって逃げの一手だが……。
「野郎共! 名を上げるチャンスだ! 一気にやるぜぇ!」
「おおーっ!」
野盗達は散開した。
野盗の構成員は300人の大所帯。さすがのイオタも、この人数にばらけられては手こずってしまう。
その時、空から大きな影が降ってきた。
音も立てずふわりと着地。イオタを凶相が睨む。
『息災にしておったか? イオタ、ミウラ』
「ディーノ殿!」
小山の様な巨体。聖竜アルフレディーノ事、ディーノ氏である。
『話をする前に――』
野盗のお頭に向け、大きく口を開くディーノ氏。
口中に光の粒子が尾を引いて集約されていく。
『拡散型ドラゴンブレス(小)!』
地響きと大気の唸りを伴って、青白い光が発射された。
盗賊のお頭に直撃。ホーキング放射により、これを熱量的消滅。そのあと、ブレスが無数に分裂。散らばった300人の野盗共をホーミング。全員をイオンに分解し、終息した。
『では、イオタの冒険を聞かせて貰うぞ!』
呆気にとられる乗客をよそに、イオタに鼻を近づけ大きく息を吸う。
『ぶふっ!』
「笑うでない! ディーノ殿!」
大勢の乗客がいるので、ディーノ氏はこれでも遠慮したのだ。紳士である。
『イオタの旦那の冒険談。ドラグリア帝国を離れ、赤い通り魔竜レッドマンを倒すシーンから、革命に参加。商会を立ち上げ今日に至るまでのコメディ、えーっと、喜劇が一機に上演された模様ですね』
感慨深げに頷くミウラは大人である。
「喜劇ではござらぬ!」
『良い物を見せて貰った。寿命が1万年延びた思いだぞ、イオタ。ぶふっ!』
横を向くディーノ氏。前足を目元に当てた。たぶん涙がこぼれたのだろう。ドラゴンの涙はレア素材だ。
『ではさらばだイオタ。よい子にしておくのだぞミウラ。また近いうちに会おう』
『ははっ! その時までにネタを作っておきます!』
「ネタは作らんでよい! 作る気も無いでござる!」
ディーノ氏はブワサと翼を広げ、羽ばたく――、羽ばたかない。
『そうだイオタ。言っておかねばならぬ事があった』
長い首を曲げ、イオタに顔を向ける。
「なんでござるか?」
『我にはお転婆な妹がおるのだ。あやつ、イオタと戦いたがっていた。たぶんイオタの話を聞かせたからだろう』
「余計なことを!」
『ディーノ様、妹君のお名前は?』
ミウラが可愛く小首を傾げて尋ねる。
『忘れた』
「妹君の名を忘れたとおっしゃるか?」
『我等竜には、名前を付ける習慣が無いのだ。へそ曲がりな妹は、それが気に喰わぬらしく、自分で名前を付けた。格好いい語感の単語を沢山作って、選べなくて、結局全部繋げたのだ。その名前は、憶える意味も無ければ憶える気力もない。妹が1万と14歳の時だ』
『その年頃は人も竜も方向性を見失う次期ですよ。おそらくホルモンバランスの加減でしょう』
ミウラが頷いていた。思い当たるフシがあるのかもしれない。
『あやつは珍しい白竜だ。白竜を見かげたら一撃で仕留めよ。ではさらば! ブワサ!』
ディーノは飛び立った。
「ちょっと待つでござる! 一撃で仕留めよとは、いかなる事でござろうか?」
『妹さん、どんな性格をしてるんだろう? 少なくともディーノ様から見限られているようですが?』
興味津々のミウラであった。
そして、イオタとミウラは自宅へ到着。
「やれやれ、えらい目に会ったでござる」
『無事帰ってこれたのですから、文句はないです』
「エルミネタ婆様、只今帰ったでござる!」
待っていたかの様に玄関ドアが開いた。
「お帰りなしゃいませ旦那様」
婆様がお迎えに出てきた。
「お帰りなさいませ、じゃけーん」
礼儀正しくお出迎えするゼファ子。やつれている。
(注).エルミネタ婆様の尽力による。
彼女の白く滑っているかのごとく艶やかな髪がこぼれ落ちた。その白い髪は、光の加減でトカゲの鱗の様にいろんな色彩を放っていた。
「そう言えば旦那しゃまは、聖竜アルフレディーノしゃまが手を焼いていた、通り魔竜レッドマンを単騎で討ち取られたお方」
「ぎくっ、じゃけーん」
ゼファ子の体がビクンと震えた。
「聖竜しゃまの荒御霊・レッドドラゴンタイプと戦って、生きておられるお方」
「じゃけーん」
ゼファ子の頭からタラタラと汗が流れ落ちてきた。
「ここまでくると、イオタの旦那しゃまは、竜族に対して何らかの特攻スキルをお持ちと考えねばなりましぇんね」
「で、でも戦ってみないとわからないじゃけーん」
「もし、もしもイオタの旦那しゃまが、愚か者に命を奪われた場合。聖竜アルフレディーノ様が、黙っていないでごじゃりましょう」
「黙ってないって、どういうことじゃけーん?」
「愚か者はアルフレディーノしゃまが全力をもって殺しに、……キシェーッシェッシェッ!」
「じゃけーん!」
『ところで。ディーノ氏の妹さんは、どこで何しているのでしょうね?』
「さあ? 某にはまったく」