*ジェイムスン教授と助手のニール君
新規投稿、2話のうち最初の1話です。
アナザーストーリーです。固いこと言いっこなしです。
以下注意点です。
・多少、設定が弄られています。
・時系列バラバラです。
・第三者視点です。
・本編とは別の、IF物語としてお読みください。
時は未来。
あれから……、百年単位で時が流れ去っていた。
時代は、イオタの存在が半ば伝説と化し、歴史の専門書にその名を留めるだけとなった。
人類は一度、暗黒の世紀と呼ばれる文明の後退期を迎えたが、のち、現代地球の昭和末期に近しい文明の発達を遂げるに至る。
石油や電気に代わり、生活基盤を支える物は、無属性魔晶石であった。
――ちなみに、最大産出国は魔王国。ブッチの生産量を誇り、人間種のキンタマをニギニギしていた――
ここ、アメリアル合衆国イェーガ大学の、一考古学研究室にて。
年の割に黒髪が豊かな人物と、金髪の若者の2人が、まったりとグリーンティーを嗜んでいた。
金髪の若者が、一枚のメモをコピーした規格紙に目を落としている。
「何ですか? 『異世界ネコ歩き』? これ何ですか? ジェイムスン教授?」
「ずいぶんふざけたタイトルだと思わんかね、ニール君!」
ゾールジン・ジェイムスン教授はヒョイと腕を伸ばし、助手のニールの手から、乱暴にコピー用紙を取り上げた。用紙を掌でパンパンと叩く。
「ニール君も業界内で、真しめやかな噂となって広まっている、ネコ耳の勇者・イオタが書いたとされる日記の存在を耳に挟んだ事くらいあるだろう? いままで不明だった日記の題名がこれ。……らしい」
「らしい? ですか? 都市伝説を信じるので? 教授?」
「日記の存在を記述した文書が、メテオラで見つかった」
「メテオラ共和国ですか? 青いヘラス海、白い家、古代遺跡、破産財政と高い税金! 憧れのリゾート地!」
「……ソースは、メテオラ在住のいかがわしい友人筋だがな」
「それ詐欺です。偽物です。相手にしてはいけません!」
「考古学に身を堕とした者。偽証贋作とイカサマを友とせよ! ここに、メテオラでの調査費用がある。上から引き出した。二人分だ」
「不詳、このニール・ジョンズ。喜んでお供致しましょう!」
旧ヘラス王国があった、とある田舎道を走る一台のタクシー。
乗客は2人。ジェイムスン教授とニール助手である。
それとお喋り好きな運転手。
曲がりくねった田舎道をグネグネと進んでいく。
ジェイムスン教授は腕時計を見た。もう間もなく、いかがわしい友人宅へ到着し、この苦痛からも解放される事であろう。
「――ってなワケでね、従兄弟ン家がもうすぐ見えるんですけど――」
どうでもいい話が延々と続いていて、二人はヘキヘキしている。これは田舎のタクシードライバーなりのサービスらしいので、無碍に中断させられない。お人好しな二人である。
「あ、ほらそこ! 丘の上の古くて汚い倉の家! 貧乏なんで修理費が捻出できない!」
ハンドル片手に指をさす。古い石造りの倉が目印らしい。
右手の丘の上。ゆっくりと通り過ぎていく。一応は考古学者の目で追うジェイムスン教授とニール助手。後期中世の造りだ。このあたりじゃ珍しくない。
「先週ね、倉に金目の物がないかと、黴臭い中で整理を手伝ってたんですよ。そしたら、大量の帳簿と証券が発見されましてね! 但し、500年は昔の証券でして、現在まで引き継いだ会社は皆無というオチで! ただ働きー!」
ここ、笑うところかな? と思った二人は、口だけを歪めておいた。
「でもって、扉の壊れた金庫……あれ金庫かな? いやいや箪笥だよ、ってねーっ!」
劣悪なノリツッコミは、考古学者とその卵の心を衰弱させる働きがある。
「中から『異世界ネコ歩き』って表紙の紙束が――」
「車を止めろーッ!」
「バックスピンターンだ! ハンドルを貸せッ! 運転を代われーッ!」
急ブレーキ+急ハンドル。
荒れる車内で、運転手の身分証明書が大きく揺れた。名前の欄にデミトリオス・パトレーゼと書いてある証明書だった。
師弟二人は、丘の上の倉にいた。
運ちゃんと、彼の従兄弟にして、ここの地主を入れれば4人だが。
「おおおお! こ、これは! 見ろ! ニール君!」
「特徴的な中世前期の文字です。確かに『異世界ネコ歩き』って書いてありますよ教授!」
大きさは、小ぶりのキャリアバッグ程。キリの木で作られた立派なケース。蓋を開けると目に付いたのは、墨痕鮮やか『異世界ネコ歩き』の中世文字が!
「保存状態は良好です! 本物だったら超1級資料ですよ教授!」
「本物か否かだって? ここを見ろニール君!」
丁寧に、それでいてバサバサとめくっていたジェイムスン教授が、とある一枚を指した。
「三つ巴の猫文様? イ、イオタの家紋!? 今確認します!」
慌てて荷物をひっくり返すニール。
「確認するまでもない! 私を誰だと思っている? イオタの研究第一人者を誇る私が保証しよう! 偽造防止の仕掛けがすべて描かれている。これは本物だよニール君!」
興奮冷めやらぬジェイムスン教授。叫ぶ。唾を飛ばしながら!
「パトレーゼ氏!」
「はっはい!」
倉の持ち主である若い地主が素っ頓狂な声をあげた。教授の勢いで腰が引けている。
「1億ドラッド出そう! ここにある資料、すべて譲ってくれ!」
断れば頭から食われる!
「1億! はい喜んで!」
金に困っていた地主と、商談が成立した。
そのまま黴臭い倉の中に座り込む二人。明かりは古い魔道ランタンだけ。環境を整える手間や、倉から資料を持ち出す時間すら惜しい。
「ニール君、冒頭の文書を読み上げるぞ! 『徒然なるままに日暮らし硯に向かいて、日記といふものを、女もしてみむとてするなり』だ。何ともオリジナリティ溢れる気品に満ちた美文ではないか! 読みやすい綺麗な文字だ!」
絶対に本物である。確かにイオタが書いた日記的なナニカであった。
「この美文は、歴史の教科書に載りますよ! 生徒達の暗記する分量が増えますね!」
イオタもミウラも、まさか何百年も先の生徒達に迷惑を掛けるとは、夢にも思わなかった事だろう。
「そしてここを見たまえニール君!」
教授が指さすポイント。前文が書かれたページ。その最後に――。
「……猫の足跡ですかね?」
丸で囲まれた足跡へ引かれた矢印の根元に、『犯人はミウラ』と、殴り書きされていた。
「地の文は綺麗な文字なのに、ここだけ汚い字ですね?」
イオタの怒りが垣間見られる。
「イオタが飼っていた愛猫ミウラ! 生々しい! 実に生命力溢れた一文だ! イオタの私生活、そして生活臭が垣間見られる! まるでイオタが隣に座っているような感覚! この瞬間を私は生涯忘れないだろう!」
当時のイオタの感情を横に置いといて、感動と興奮に包まれるジェイムスン教授。イオタの素顔を覗いた気分なのだろう。
「第一級史料の連発です! そして猫は昔から人類に迷惑を掛ける為に存在する説が、ついでに立証されました!」
二人のボルテージは鰻登りだ!
「ふむふむなるほど、初めに書かれていたのはエランの事だ」
「教授、エランと言えば当時のヘラス王国における漆黒の宰相と呼ばれた超大物ですよね」
「そうだよニール君! ヘラス中興の祖にして『イオタの想い人ではないか説』の該当人物だ!」
恋人だってよ! 良かったな、エラン君!
「なになに、えーっと……」
ジェイムスン教授は、文章を読み進める。
書かれている文章は簡潔にして短文。ほぼほぼ箇条書き。万が一、読まれる事も考慮してか、ミウラとの会話も書かれていない。
んで、実際は…………
該当ページを読み終わったジェイムスン教授と助手のニール君。
「「いや、いい加減わかってやれよ!」」
息の合ったツッコミであった。
⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰
黒の帯を締めた紺色のワンピース姿。長い黒髪。頭頂に三角のネコ耳。黒くて長い尻尾を機嫌良く揺らすその美少女が、丘の上の白い家のドアをくぐった。
「今帰ったぞミウラ! 今日は大漁でござるよ!」
まだ朝と言える早い時間帯でイオタが帰ってきた。お出迎えはチャトラ猫のミウラだ。
『先生が来る日に、夜明け前からイソイソと出かけていったと思ったら、朝釣りでしたか』
ネコが喋っているようだが、彼の声はイオタにしか聞こえない。
『で、釣果は――数は多いようですが、小骨が多い雑魚ばかりですな!』
「そこが問題でござる」
腕を組むイオタ。ここが悩みどころとコテンと首を傾げてみせる。ここんところ、時折イオタが意識せずに見せる男心くすぐりムーブである。中身を考えると大変タチが悪い。
「おやおや、旦那様。お早いお帰りでキシェ!」
もう一人のお迎え。女中のエルミネタ婆様だ。
「今日は性懲りもなくエランのバカがやってくる。あ奴のせいで、久々の釣りが押しになってしもうた」
『今日の夕方でしたね、先生がお泊まりで遊びに来るの。3ヶ月ぶりですかね? 楽しみですね』
ミウラはエランを先生と呼ぶ。なんでもミウラが生きていた時代で最強の剣士が「先生!」と呼ばれていたらしい。その先生とエランがそっくりなので、こう呼んでいる。
「楽しみなのはミウラだけでござる! なんであ奴、いつも夕方にやってくるかな? 午前中に来ればその日のうちに帰れるでござろうに!」
猫とお婆。シンクロして溜息を一つ。ヤレヤレと肩をすぼめて首を振っていた。
「ごめんください! エラン宰相の先駆けで参りました!」
細かい揉め事が起きようとしていたイオタ邸に、軽装の騎士がやってきた。
「予定が早まり、我が主エランは、お昼前に到着する事となりました!」
「え? 夕方だと聞いてござるが?」
『気が焦ったのでしょうねぇ』
「どんだけ早く家を出たのでごじゃりましょうか?」
顔を見合わせるイオタ達3人。ばつの悪そうな顔で立ち尽くす使者騎士。
「逆に考えればちょうど良い。この雑魚田雑魚之助をエランに食わせてやろう!」
魚籠に収めた小骨の多い魚を見て、ニヤリとほくそ笑むイオタである。
「これはアレでごじゃりましゅ。骨取りと下拵えに時間が掛かりましゅゆえ、早速料理に取りかかりましょう。腕が鳴りましゅる!」
イオタの手より魚籠を奪い取ったエルミネタ婆が、いそいそと台所へ入っていった。
『ちなみに旦那、先生の好意について、旦那なりにケリは付いたんですかね?』
「ケリ?」
何の話だ? とばかりに惚けた顔のイオタ。
『ほら、まえに、北のイオラン城で、先生が、旦那にほら! 告白したでしょう? その時、盛大に嘔吐なされて!』
「何のことでござるかな? まったく記憶にござらぬが?」
『あれ? 先生が旦那のことを愛していると』
「ハッハッハッ! ミウラはおかしな事を言う。エランが某のことを? あやつは某をいつか斬ろうと企んでおるのでござるよ! 真逆でござる」
『あれほど衝撃的な出来事だったのに……あれ? この人、精神的外傷を負ってしまったんで、自己防衛のため記憶から消した? はっ! まさか旦那のスキル「超回復」が精神的外傷にまで作用したとか? だとしたら、旦那が受けたメンタルの怪我は痛恨のダメージ!?』
「あれ? そういえばなんか別れ際にあったような……痛て、痛ててて、あ、頭が錐で刺されたように痛い!」
『これはいけません! 精神に負った傷口がパッカリと開いたようですね。話を変えましょう! 旦那! さっき釣ってきたお魚は何匹でしたか?』
「う、ううう、7……7匹。はぁはぁはぁ」
『タキ少年には会いませんでしたか?』
「う、うむ、まるで待ち伏せされていたようにして会ったぞ。あの子の言うとおりに仕掛ければ、面白いように釣れるのでござるよ!」
『それは何よりでございましたな!』
「風が強かったのでスカートが捲れまくり。押さえるのに大変でござった」
『それはタキ少年的に何よりでございましたな! ノクターン作家ミウラ・ピュア、封印解除の予兆ですかな!』
「何でござるかな? それは?」
『そろそろ頃合いですな! わたしたちも先生のお迎え準備に勤しむと致しましょう!』
「で、ござるな! あやつ骨を喉に詰まらせないかなー」
『えー……。ちなみに、旦那と先生の関係は?』
「腐れ縁でござる!」
『よし!』
握りしめられたクリームパン。
ってな感じで、事なきを得た。主にイオタのメンタル面で。
でもって、お昼。イオタ家ダイニングで食事会。主賓はエランである。
「フッ! なかなかに旨い魚だった! 何より新鮮だ!」
エランはご機嫌であった。
「さすがエランしゃま。よくぞお見抜きになられましゅた」
皿を下げるエルミネタ婆。さりげなくエランを持ち上げる。
「新鮮なのは当たり前。この魚は、わざわざイオタ様が、今朝、日も出ぬうちに海へ赴き釣り上げたものでございましゅ。誰の為に吊り上げたのでしょうか? フシュシュシュシュ!」
つと、狐の目でエランの様子をうかがうエルミネタ婆様。
「う、うむ、そうか、それはわざわざ手間を掛けたな、ネコ耳」
勘違いしたエランは目を泳がせる。勘違いするよう仕向けた婆の一本勝ちであった。
「大したこと無いでござるよ」
一方イオタは、「ちっ! 骨の一本も刺さらなかったか!」ってな思いを胸に押し込め、顔の表情が変わらぬよう努力した。武士とは、表情の変化に乏しい職業。イオタの演技は完璧だ。
『でもって旦那、この後、何します? いつもならイカサマカードやりつつ酒飲んで夜が更けたらそれぞれ部屋にすっこんで朝までひたすら眠りこけますが。……先生はなぜか寝付きが悪いみたいですけどね』
エランのランチョンマット前でご飯を食べているミウラ。エランがやってきたとき、いつもの定位置である。
イオタは、どうもそれが気に入らぬらしい。表情こそ変わらぬが、黒くて長い尻尾は、不機嫌そうに揺れている。
「なあエランよ」
「なんだネコ耳?」
イオタは一国の宰相を呼び捨てにしている。当のエランもその事を気にしてない。
周りの者は、……そう言う事かと、間違った気を高速で回している。
「昼からの事でござるが、何かしたい事があるのかな? 早めに着いたという事は、何か目的があったのでござろう?」
「うむ、その事だが――」
手を顎に当て、表情を引き締めるエラン。
『何も考えてませんでしたね? 先生』
ミウラが目を細めている。
「あー、仕事に疲れてね。それで、えー、タネラの海を見たくなって。ネコ耳が案内してくれると助かるんだが」
『上手く繋げましたな!』
「海?」
イオタはキョトンとしていた。
「あ、そうでござるか!」
なんぞ思いつく事があったのか、ポンと手を打つ。
「それならそうと早く言えば良いのでござるに!」
『それ、たぶん間違っていますよ旦那!』
「某が運営している海上ホテルに行きたいのでござるな?」
「え? いや――」
「某、自慢の施設でござる!」
イオタの機嫌が良い。ミウラと共に力を入れた初の事業。おかげさまで大繁盛。思い入れの大きい施設を自慢したくて仕方ないのだ。って、子どもか?
「予約は来年まで埋まっていて、日帰り客も予約制となる程の賑やかな場所でござるが――」
「いや、人が多いより少ない方が――」
「某とエランの仲でござる。日帰りなら融通できるでござるよ! これから行くでござる!」
「いや、あの、その――」
エランの腕を胸元に抱えて(ここ大事)引っ張って出ていった。
「男女に関してニブしゅぎる旦那様でございましゅるなぁ」
残された一行は、何ともいえない顔で見送っていた。せめて、エランの為、二人にしてやろうとの思いだけであった。
その現実は――。
『先生を立てれば旦那が立たず。旦那を立てれば先生が立たず。結局、無意識の悪女ムーブになってしまうんですよ、まいったなこりゃ!』
人はミウラの叫びをニャァとしか聞き取ってなかった。
遅まきながら、皆様明けましておめでとうございます。
またしばらくお付き合いお願い致します!