14.スベアの町 でござる
スベアへの道すがら。ミッケラーとは、お互いの簡単な経歴を話し合うまでの仲になっていた。
「私、今年で25才になるのですよ」
「拙者も二十五である。いや、ほんと、こう見えても!」
ミッケラーの疑り深い目を初めて見た。こやつ、こういう目も出来るのだな。
「私の将来の夢は、自分の店を持つことです」
ミッケラーの商人としての才能はあると思う。店もすぐに持てるだろう。某が保証しよう。
「拙者は、父の跡を継いで同心――えーと市中見回りとか警備の仕事についていたでござるよー。すでに一人前だったでござる。ふふふ!」
ミッケラーは修行中。某は見習い同心を終え、既に中堅として頑張っていた。
「私が商人の道へ入ったのは15の時です。かれこれ10年を商売に費やしております」
十年修行すれば一人前であるな。経験も豊富だし、どこかの町で御店を持っていてもおかしくない風体である。
「拙者は武士である故、剣の道を邁進しておった。五つの頃からであったから、二十年になるかのう? むふふふ!」
『イオタの旦那は負けず嫌い! と』
ミウラが何か言っておるが、意味不明なのである。
『旦那、ミッケラーに今は何月か聞いてください。あと一年は何日かとか、何ヶ月なんだとか! 前の村で聞きそびれていましたから』
お天道様の位置が低いので影が長い。気候は暖かい。目に映る木々は力強い緑。状況から見て春ではないか?
とりあえずその旨、ミッケラーに聞いてみた。
「今ですか? 6月の17日です。1年は360日で12ヶ月。1月は30日。4年に一度、閏月がはいります。閏月はまだ2年位先だと記憶してますが? ……イオタ様の国とは暦が違うのですか?」
「……大体似ているが、細かい所が違うでござるよ」
ごまかしておいたが……六月の半ばと言えば、夏真っ盛り。だのに、ここは春先のようなぬるい暖かさ。そして長い影。
イセカイとは不思議な所である。
『旦那が使う歴で6月半ばって事は、グレゴリオ暦で7月の終わりです。夏至が間近の夏真っ盛りであの太陽高度』
ミウラが首をかしげている。不思議に思って首をかしげているのではない。これは何かを考えている仕草だ。
『この土地は思いっきり北なんですよ。蝦夷の北の端っこよりずっとずっと上』
お天道様が低いのだが?
某の疑問を見透かしたかのように、ミウラが答えてくれた。
『ちょい乱暴に説明しますとですね。江戸城の天守閣のテッペンを見ようとしましょう。近くからなら、顔を真上に向けて見上げねばなければなりません。でも、遠くからなら、少し視線を上げれば良いだけ。天守閣の高さは変わらないのですが、距離によって見上げる角度が違ってきます。一方、お日様は南で高さは変わりありません。遠くへ、つまり北へ行けば行くほどお日様は低い空に浮かぶのです」
なるほど! 相変わらずミウラの高説は理解しやすい。
天守閣は先の大火で燃え落ちたので、今は富士見櫓しかないが!
『だとすると、この土地で冬を越すのは賛成できませんね。どうにかして南の土地で越冬しましょう。むっちゃ寒いの嫌だし!』
某も寒いのは苦手である。
有無有無と頷いておったら、ミッケラーが変な顔で見ていた。
うわ! 小っ恥ずかしい!
そして三日後。
人の通りも多くなってきた。ここに来るまで、何本もの道が交わってきたからだ。
見る者見る者、全てミッケラーのような人間だ。ケモの耳や尻尾を生やした者はおらぬようだ。どうやらケモノの耳族は少数派らしい。
あと、旅人は全部男ばかり。美年増はおろか、美少女すら一人も見かけない!
なんだか不安になってきたでござる。
例の館で手に入れておいた編笠を被っておこう。
「イオタさん、スベアの町が見えてきましたよ」
ミッケラーが、荷台で寝転がっている某に声を掛けた。
御者台に顔を出すと、白っぽい壁が見えてきた。
「あれがスベアの町ですよ」
町というか……巨大な城のようであるな。石で出来た壁が見える。あれは物見櫓だろうか? 壁の向こうから尖った屋根が覗いている。
「モンスターに襲われることはまれですが、過去に人間が襲撃してくる事件が多くありました。傭兵団とか海賊だとかですね。あれはそうした勢力に対抗する壁です」
堀は無いが、頑丈そうな壁である。籠城戦に持ち込めば滅多なことでは落ちないだろう。
「あれは城ではないのか?」
「いえいえ! あれは城壁ではなく、スベアの町の殆どを囲っている壁なんですよ。だからあの壁の中がスベアの町です」
「にゃんと!」
「『ニャンと』頂きました!」
いかん、ついうっかり。
それにしても、珍しいものを見せてもらった。イセカイとは面白い所であるな!
「きっと領主様も一角の人物でござろうな!」
「ところがどっこい!」
ミッケラーの相づちが予想に反していた。これほどの国を治める領主が……暗君である例が無きにしも非ず。
「おっとり領主と、口の減らぬ者に名付けられていましてね。何にせよ行動が遅いので有名です」
「後手後手に回るという悪しき例でござるかな?」
「そのようで」
それきり、領主の悪口は封じた。壁に耳あり障子に目あり。何処で誰が聞いているかわからぬ故。
道は城門へと続いている。多くの人により行列が出来ていた。
「町へ入るのに簡単な検査があります。それを受ける為の行列です。今日は少ない方ですよ。良かったですね」
なんと! スベアの町には関があるのか!
あ、いかん!
「ミッケラー! 拙者、道中手形を持ってないでござる。どうしよう?」
「手形? ああ、身分証明書のことですか? それなら心配いりません。わたしが保証人になりますので、大丈夫ですよ」
「その方、この町の顔役であったか?」
「そんな大それた者ではありませんよ。これでも商人として顔と名前は売れているんです。私が保証すれば、入れますよ」
胸をドンと叩くミッケラー。こやつになけなしの肉を分けておいて良かった。
「ですが、今後のこともありますので、この町で身元を保証する証明書を作っておかれることをお勧めします」
「定住しておらぬのに作れるのか?」
「簡単に作ろうとするなら、冒険者ギルドに登録するのが宜しいでしょう」
ぼうけんしゃぎるど? なんだそれ?
『キター! 冒険者ギルド! 剣士の枠はあるのか?』
ミウラが興奮して叫んでいる。さすが博士。頼りになる!
『トミー・ヤマケイが解説しよう!』
だれそれ?
『ギルドとは「座」とか「組合」のような物でして。この場合、「冒険者という職業の座」ですね。そこに所属するとギルドから様々な恩恵が受けられます。仕事は多肢に渡って。下は薬草摘みから、上は怪物退治まで。一般市民、市井の人々が苦手とする仕事を請け負うのが仕事。荒事が殆どですがね』
「身分は低そうでござるな」
『ランクが上がれば貴族、もとい……直参旗本相当の身分になれますよ! タネラまでの旅費は稼げるし、経験値は積めるしで言うこと無しです。是非登録に行きましょう!』
そこまでミウラが勧めるのなら、某としても文句は無い。早い内に冒険者ぎるどとやらへ足を運ぼう。




