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*悪党3-2

 その夜。

 一番上等な部屋で浅い眠りにはいっていた。十手を握りながら。


「急に用意できる部屋がここだけだったんだ。他意は無い」

 だそうだ。


 下心見え見えでキッショ!


 いよいよ深い眠りに入ろうかという刻限。

 そ奴は現れた。


 進入路は、施錠した窓。無音で解錠し、無音で窓が開いた。

 無音と申しても、人の耳には無音でござるが、某とミウラの耳だと、目を覚ますに十分な音でござる。

 鍵が開いた時点でミウラが気づいた。窓を開けた時点で某も気づいた。

 腹の上に乗っていたミウラが、一瞬で攻撃魔法を練り上げる。


「やれやれ。夜這い案件でござるかな?」


「そう言われますと、たいへん恥ずかしいのですが。お恐れながら、手前に害意はございません。天地神明に掛けて」


 腰や懐から、ガチャリと音を立てて何かを取り外し、こちらに向けて床を滑らせた。

 たぶん、武器だとか、忍び込む道具とかだろう。丸腰ですよと主張しておるのだ。


 ……それを信用する様なネコは、この部屋におらぬ。


 現に、ミウラは魔力を弱めたが、消す様な真似はしていない。


「さすがネコ耳の勇者イオタ様でございます。手前も(いささ)か腕に覚えがございましたが、今宵で自信が無くなりました」


 声を変えておるが、男のもの。闇に溶け込む様に姿を隠しておる。


『この顔。昼間、尾行していた犯人でございます』

 ただし、ネコの目には無効!


「はて? 深夜、美少女の寝所に忍び込む男に心当たりはござらぬが?」

『ヒント=先生』


「これは手厳しい。ご無礼の段、心よりお詫び申し上げます。手前は盗賊集団『黒ミスト』のまとめ役、闇のガットと申します」

 頭を下げる気配がした。


『どうせ偽名です』


「まあよい。して、闇のガット、何用でござるかな? 内容によっては、――斬る」

「では斬られない様、注意致します」


 再び頭を下げる男。某の目にも男が見える。ミウラほどではなかろうが、戦うに支障を憶えぬほどには目が見える。


「話というのは他でもございません。昨今、皆様方のお悩みの件、外国より流入激しき盗賊の件でございます」


「話を聞こうか」


「そちら様もお困りのご様子ですが、手前共も困っております」

 盗賊が困るとはこれいかに?


「盗賊の人数が増えれば、犯罪も増えてしまいます。犯罪が増えれば、取り締まりも厳しくなります。現に市中警備の人員が倍に増えました。余所者の行為で迷惑を被る。これは由緒正しき盗賊にとって看過できぬ事態!」


「由緒正しき盗賊でござるか? 面白い男でござるな、黒のガット」

「闇のガットでございます。手前共、黒ミストは、余所者の盗賊共と違い、身の程をわきまえております。人を殺しません。暴力は全面に否定します。被害を受けた店が傾く様な稼ぎは致しません。盗むのは余剰分だけ。金が無ければ物品で。それが我等の掟で有りポリシーでございます」


 なるほど! 由緒正しき盗賊の所以でござるな!


『バカ言っちゃいけません。犯罪は犯罪です。それだけの努力をする暇があったら商いに精を出せばいい。行商なんかうってつけでしょうに!』


 そ、そうでござる! 某も今それを思っていた所!


「綺麗事にしか聞こえぬでござるな」

「そうでございましょう。イオタ様がおっしゃる通りでございます!」


 嘗めた口をと思いつつも一方、真剣な空気もうかがい知れる。いかに!?


「手前共の仲間は……職にあぶれた連中。孤児や浮浪者上がりばかり。就職する上での必需品である保証人も、まともに雇ってくださる店もございませんや」

「そのための冒険者ギルドでござろう?」

「いやいや」

 手をパタパタと振るガット。


「斬った張ったの荒事は苦手な連中ばかり。第一、ヘラスは軍がしっかりしています。北の要塞がある限り、魔物討伐の依頼は少ない。とても食っていけません」


 あー……。


『シルエッタ様が有能すぎる件について』


「この世の人間は、全てまっとうな心を持ているとは限らないのです。もうずいぶん昔の事です。連中を取りまとめていて、そこに気がつきました」


 話が別の方向へ流れたような?


『起承転結の転の部分でございますよ』


「労働に真面目に取り組めない。だのに盗みになら真面目に取り組める。そんな人間もこの世に大勢いるのですよ」


 うん、全く理解できない。某、仮にも江戸市中の平穏を守る同心の端くれに連なっていた者。そのような者共を片っ端からひっくくるのが仕事でござった。


『一種の変質的収集癖。あり得ますね。特に異世界だと。これから申し上げる事に一切の差別はございません。それを前提に致しまして――、もうね人体の構造的に働けないけど仕事以外の努力量は、真面目人間以上って人間がいるんですよ。病気なのか、人類が生存競争を勝ち残る為のシステムなのか。真面目な狂気って存在するんですよ、旦那。わたしも……いえ、なんでもありません……』


 歯に物が挟まった物の言い方。時々ミウラは難しい事を言う。それは己の過去に関係する事柄が絡んだときに限って顔を覗かせるものだ。

 ミウラにもミウラの人生があったって事だ。それが無ければ、某が愛し、頼りに思うミウラはいなかったと言う事でござる。

 理解はできないが、飲み込む事と致そう。ガットの言葉と共に。


「あい解った。それで拙者は何をすれば良いのでござるかな?」


 黒のガットは、言葉を飲み込んでいた。

 なんだ? 迷っておるな。


「飲んで頂けるとは思いもよりませんでした」

 おっさんの声。

 おや、地声でござるな。


「手前には、これぞといった解決策がございません。イオタ様の寝所へ忍び込んだのも、ひとえに手前共の理念をお伝えしたかった事が第一義」


 解決策、ないのかよ!

 心で突っ込んだ。


「余所者は、手前共の方で何とか致します。ですから、貴族の方々に今しばらく、ほんの半月だけ、手控えて頂けるよう工作を! 平にお願い致します」


 居住まいを正し、頭を床につけた。

 こいつ、血で血を争う抗争に出るつもりだな。


「……約束はできぬが、努力しよう。但し、くれぐれも拙者の顔に泥を塗る真似は致すな」

「有り難きお言葉! 万が一の場合は手前の首を差し出します。それを持って行けば、丁半になるやと思いますので」


 うーん、覚悟だけは天晴れであるな。


「話はそれだけか? ならば下がれ。窓は閉めて帰れよ黒のガット」

「闇のガットでございます。ではこれにて」


 言うなりガットの気配が窓へ移り、外へと移る。窓が閉められ、ご丁寧に鍵が閉められた。


 ミウラは、ガットが潜んでいた床から、窓まで、忍び足で移動してみている。ミウラの方が遅いでござるよ。


『おやおや、放り出した道具類がございません事よ。きっちり回収していきましたね』

「まさに凄腕でござるな。黒のガットとやら」

『闇のガットさんでございますよ旦那。憶える気、無いでしょう? でも一月も行動を遅らせられませんよ。兵は拙速を尊ぶと言いますからね。特に先生は気が短いので』


 ならばこちらも、すぐに行動に移るとしよう。 

 





⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰ ⊱φωφ⊰


 町の中心より外れた地区。ごく普通の小さい雑貨店。

 ここが黒ミストの拠点だった。


 中に居るのは闇のガットただ一人。


 半時も過ぎた頃からだろうか。時間をずらして一人二人と男達が入ってきた。

 その数、都合五人。 


「お頭、お疲れ様です。して首尾は?」


 五人の部下に囲まれ、闇のガットは装束を解き始めた。ようやく気を緩められたのだろう。


「首尾は上々。ネコ耳の勇者様は話の分かる御仁だった。清濁併せ持つ大人だ」


 部下の一人が、戸口に向かった。

「用心しに越した事は無いが、逆尾行も問題無い。ありとあらゆる手管を使った。ここに入る前に、五軒のアジトを回った。そこはもう使うな。いいな!」

「はい! 皆に通達致しますが、用心しすぎじゃございませんか?」

「ふふふ、相手は常識外れの超人。エンシェントネコ耳族の勇者だぞ」


 そこへ、酔っ払いが四人入ってきた。


「おう! レストア兄弟か! すまねえな、手間掛けちまったな!」


 内、一番恰幅の良い男が片手を挙げてヒラヒラした。


(かしら)の頼みを断る野郎は居ませんと断言致しやす!」 

 四人とも全く酔ってなかった。酔っ払いの芝居だ。


「物見と隠蔽の専門家、レストア兄弟まで出しましたか!」

「何度言わせる? ネコ耳のイオタ様を侮るな!」

 ガットは厳しく部下をたしなめる。


「まあまあそれまでに」

 レストア兄弟が仲裁に入る。なかなかに気の付く男だ。それと組織での立場が上の方なのだろう。


「頭の通った道は、屋根の上、家の中、地下、全部、四半時の間、誰も通りませんでしたよ。尾行はありませんでしたと断言いたしやす」

「お前がそこまで言うのなら安心だな!」


 ガットは拳で肩をトントンする。疲労が溜まっているのだろう。


「さて、一眠りしたら話し合いだ。良い案を出せれば上々。ふうー」


「良き案が無ければ、こちらから提案させて貰うでござるよ」

 しのび働きを専門とする盗賊らしくない、がたんと音を立て盛大に飛び退った。


「だれだ!」


「ふふふ、拙者でござる。ネコ耳のイオタでござるよ」

 そう、ミウラと共に黒霧のガットの後をつけて、この拠点に忍び込んでいたのだ。




『イオタの旦那、闇のガットな』 



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― 新着の感想 ―
[良い点] 装備を整えて技術を磨き、困難に挑戦して成果をもぎ取る(窃盗) [一言] みんなゲーム好きだし非合法のにそういうもん見出しちゃうのでは
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