*悪党3-1
ある日、エランより誘いがあった。
「なあネコ耳。美味いモンでも食わないか? 超高級レストランで」
「いくいく!」
そしてヘラス王都。早朝より、王宮の会議室にて御前会議に参加中。
参加者は幾人かの大臣と、各都市の有力貴族。商業ギルド長に冒険者ギルド長。どこかで見た事ある、各種大商人達。そして、香箱座りで寛いでいるミウラ。等々。
どうしてこうなったのでござるか!?
「政治的にヘラスが安定したので、外国より盗賊および、その類いが多数入国しているとの情報を裏付けできた」
情報部を取り仕切るマンモルテル伯爵でござる。
「時期を同じくしフェ、窃盗犯罪が右肩上がリュで増えてきュ、きました!」
王都防衛を担当する若き男爵でござる。緊張しまくりにおカミまくりでござる。
見るからに頼りなさそう。
「そういうことだ」
腕を組んだままのエラン。偉っらそうに!
「主にメガロード山越えのルートを使われている。主要街道なので封鎖する事ができない。何か良い案はないか!」
某、発言を求めて挙手致す。
「なんだ? ネコ耳? イカ耳で威嚇しても無駄だぞ!」
「なにゆえ、拙者はここにおるのかな? 戦が終わった平和なヘラスで、いまさら勇者だの調停者だの必要無いでござろう?」
「あのなぁネコ耳ぃ――」
なぜかあきれ顔のエラン。溜息をつく有力者達。そして、え? って意外そうな顔をしている商人達。
「石鹸とか、高級酒とか、いろんな物を作って売ってるだろ? ネコ耳の『新型商会』が!」
『ネコミミプロジェクト(株)の企画商品ですね』
――ネコミミプロジェクト株式会社――
それは出資者一般公募、という新方式の金策で立ち上げた商店の屋号でござる。
名目上、某が社の長となっておるが、実質的な社長はミウラでござる。ネコが組織の長にござる。
「商店設立の資金集め方法も斬新だ。商店の設立が増えて世の中に金が回る様になるやもしれん。それから最近生産を始めた包帯。あれだけ伸び縮みして柔らかい布は今まで無かったぞ。抱き合わせの悪徳商法で売り出した高機能消毒液! 軍部で好評だ。どれもこれも長期保存が利くから輸出に適している。ヘラスの将来を左右しかねない商品郡だ。ネコ耳はヘラス王国躍進の鍵、重鎮、実力者なんだぞ! 立場をわきまえろよ!」
なるほど。よく解った。
茶虎ネコが、ヘラスの未来を握る鍵だったってことがよく解った。
『ヘラスに盗賊ギルドってないんですか? 鍵開け、諜報、侵入など、盗賊の技術を売りに出すギルドの事ですが……』
ミウラの言う事も解る。水清ければ魚は住まぬ、という故事でござる。
『アマゴだとかイワナだとか清流にしか住めない魚も――』
脱線しそうな話は横に置いといて――
それをエランに聞いてみた。
「そんなのあったら、国を挙げて壊滅させておるわ! 一国に二つの政府は要らぬ!」
エランが眉を吊り上げて怒っている。会議の参加者も不快感を表明してくれおった。
「もっとも、ヘラスには殺人以外の盗みを主とする仮称『黒ミスト』の一味が暗躍しているから偉そうな事は言えない。首領が闇のガットと呼ばれている事ぐらいしか解らぬ謎の組織だ。これがなかなかに小癪な連中で、取り締まりの網に引っかからない。黒ミストと流れてきた盗賊達が癒着しているとの情報すら入っている」
エランがマンモルテル伯爵に目で同意を求めた。伯爵も小難しい顔で頷いている。
「流れの盗賊が盗品を地元の一味に渡し、それを換金する。そのような流れができつつあるらしい。ゆゆしき事態だ。それあっての緊急会議、ならびに相談会だ!」
なるほど。
だからといって、某から決定的な名案が出てくるとは限らぬでござろう?
『わたしも専門外でございますからね。相手を特定できたら、旦那とわたしとでなんとかできるでしょうが』
で、ある。
「ならば拙者に出る幕は無いでござろう? そろそろお暇を願っても良いかな?」
「フッ、とぼけても無駄だ。おまえ、昔、犯罪関連の専門職に就いていたと自慢してたよな?」
「市中警邏の実戦部隊に所属しておっただけでござる! そんな事で御前会議に拙者を呼ぶとは場違いも甚だ迷惑!」
「やるきか?!」
「拳でござるか? 刀でござるか?」
「表に出ろ!」
必至で止めに入るマンモルテル伯爵とその他大勢。
『マンモルテル伯爵は苦労人と化しましたな。再就職者は辛いですねザマア』
そんなこんなで、特に有力な案も出ず、要約すれば「しっかり頑張ろうね!」っといった内容の議決が取られ、初日の会議は閉幕。翌日に続く。と、なる。
王宮で、さしてお高くもなく美味しくもない質実剛健な昼をお呼ばれ。けったくそ悪い思いを抱きつつ、ヘラス市中を散歩中でござる。
「昼間は屋台も閉まっておるか。日の高い内から酒もアレだし。市場調査でもして今後の商品開発に生かすとしよう!」
『ですね。その先でフリーマーケット、えーっと市ですかね? 開かれてますから、冷やかしに行きましょう』
行こう行こう!
「さすがヘラスの首都ヘラス。市が賑やかでござる。江戸より人が多いのではないか?」
『江戸の人口は当時の世界でも有数……野暮な事いいっこ無しで楽しみましょう』
あるわあるわ。石畳に敷物を敷いて、およそ雑多なガラクタ……商品が並べられておる。
某の肩に乗ったミウラが目を丸く見開いていた。
『古着だとか骨董品が多いですね。中には新品も混じっている……ような? あれ? これって……』
一理ある。
某、腕を組んで小首をかしげる。長い尻尾が勝手にユラユラ揺れ出す。
ミウラの言。一理どころか、命中でござろう。
浮かんだ言葉は「盗品」。
木の葉を隠すには森の中。盗品を隠すにはガラクタの中。で、ござるかな?
「ここから黒ミストなる連中につなげる事ができそうだな……」
『捜査には頭数が必要でございますね』
それは明日にでもエランと話をしてみよう。
今日は気になった商品を幾つか買っておくだけにする。
盗品ではと目星をつけた物中心に、気に入った茶碗や古物『前衛的なデザインですね』を混ぜて買い上げた。
「さて、充分楽しんだし、仕事をした感も得た。早めに宿を探すとするか」
『王宮とか、先生の家には泊まらないんですね?』
「ああ、あそこら辺は逃げにくいからな」
『何から逃げるおつもりですか?』
疲れたと言ってだらしなくデロンするミウラを肩に担いで市を後にする。
尻尾と尻を前に向け、頭が後ろ。猫の死体を担いでいる気分でござる。
ぶらぶらと食い物屋を冷やかしながら旅籠街へと向かう最中――。
『旦那、つけられてますぜ』
気配に気づかなかった!
ネコ耳、ネコ鼻、ネコ感をもってして気づかなかった尾行者とは、如何ほどの腕前でござるかな?
ミウラが後ろ向きに乗っかっていたのが幸いした。いつもの様に懐にいれておったら気づかぬところであった。
運が良い!
『いえ、これはわたしの運が使われたのです。もっとも、引き寄せたのは旦那の運ですが』
その通りだよッ!
「で、どの様な御仁でござるかな?」
『長距離尾行の鉄則から外れていますね。ずっと一人です。直接視認するまで、わたし達ですら気づかなかったんですから、腕前に自信がおありなのでしょう』
「玄人でござるな」
さりげなく振り向く、などと素人みたいな真似はしない。ミウラが見ているのだから某が見る必要は全くない。
向こうも、ネコに見られているなんて思いもしないだろう。
『人と成りは、男で初老かな? 老人とするのは失礼に当たる微妙なお年頃。ありきたりな服装。貧乏でも金持ちとも違う。強面系の顔ですが、にこやかな雰囲気が普通っぽさを演出。でも、仲間に合図してるんでしょうね、時々素を出しています』
匂うな!
『ふふふ、なんでしょうね? 凄腕なんでしょうけど、一人働きに拘ってます。趣味人の匂いがプンプンしてきます。そういうところ、嫌いじゃありませんね。うふふふ』
ミウラが笑った。しっかりバレているのに、いたって真面目に尾行している。そこんところが面白いのだろう。
「どこまで尾行するつもりでござろうな?」
『宿まででしょう。今夜辺り、訪問客が現れるかもしれません』
「では、今宵は市井の宿を諦めよう。敵の腕前を計る為、侵入が難しい宿を求めるとするか」
『では、一国の宰相たる先生のお家で』
「そうしよう」
串焼き鳥の店で二人分の焼き鳥を買って、見回りを終了とした。
ミウラを懐につっこみ、エランの屋敷へ向かう。
「お! おう! 仕方ないな! いや、えーとデイトナが喜ぶだろうから泊めてやる。ゴニョゴニョ……」
エランの屋敷にて。
突然だったのであまり良い顔はされなかった。
『旦那は一切男を見ませんからね。さて、今夜はご馳走かな?』
某の大好物パリジャ『パエリアですね』でござった。
その夜。
ヘラス王国宰相の家に、不審者が侵入した。