*水着審査会1
夏真っ盛りの今日この頃。皆様如何お過ごしでござろうか?
某は暑気あたりにも負けず、日夜汗を流して頑張っておる。
『タネラを擁するヘラス王国は典型的な地中海気候です。それでなくとも旦那の体力、特殊性を鑑みれば、万に一つも暑気あたりなんざに負けるはずがございません!』
なんやかんやで、――新型海上旅籠の再開業喧伝評定をここ、我が家の明るくて広くて、あれだ、最上のサンルームで執り行っている最中である。
評定衆は某とミウラの二名でござる。
実を言うと、最初に作った海上旅籠だが、急造かつ中古故、痛みが激しく、新たに作り直す事とあいなった。新装再開店を記念して、一丁派手に盛り上げようと画策しているのだ。
「さて、話の前に……」
『何でございます?』
気になる事が少々。
「今日、エランの馬鹿者がやってくるのだが、受け入れは大丈夫でござったかな? あやつ、腐ってもこの国の宰相でござる故」
『大丈夫です! 爺婆コンビが捻り鉢巻姿で準備万端、これ恙なく取り仕切っております。そんなことより――』
前足でペシペシと机を叩いているミウラ。なにやら、黒い布切れが机に乗っかっておるのだが? はて?
『海上ホテルのイベント、……つまり集客用催しとして、ご婦人方による水着モデル審査会などは如何でございましょう? 綺麗な花を飾っとけば紳士諸氏の鼻の下……もとい、好評を得られる事、間違いなし!』
「ミズギ? ミズギとは何でござるかな? なにやら武人の心を揺さぶる強力な言霊とみたが?」
『さすがイオタの旦那。その通りでございます。水に着ると書いて水着でございます! ちなみに旦那! 夏、池や川で泳いだ事ありますか? どんなお召し物で泳いでました?』
「褌でござるよ」
前髪のとれぬ頃、水練に力を入れておったぞ! 母上の強引な教育は嫌だったが、夏の水練は楽しみでござった。
同じ年頃のガキ共と泳ぎまくって、唇を青くしておったわ!
「みな褌一丁で飛び込んでおった。へたに着物を着ると手足に纏わり付いて溺れてしまうのでござるよ」
『上半身裸のショタが褌姿で大勢。じゅるり。もとい、水着とは効率よく水練をする為のお召し物でございます。ビキニ、ワンピース、競泳、紐、ホタテ貝。未来の世界ではいろんな種類がございます』
なにやら、……こう! ……こうだ!
『未来では伸縮性に優れた化学繊維を生地として用います』
ぽりうれ? ぽりえ? え?
『現世でのお話。地中より汲み出した油から、人の知恵だけで取り出したる糸、化学繊維です。魔法の類いは一切使っておりません』
さすが未来人! 化学繊維とは、また心躍る言霊でござる! よく解らん事に全力疾走する事にかけては刮目する事しきり!
『ポリウレタンとは伸縮性に優れた細い糸でございます。まるで蜘蛛の糸ですから、原料をあっさり蜘蛛に求めて良いのではなかろうか、と、思考するに至り、女王蜘蛛を狩り、腹割っ捌いて糸袋を取りだし加工した次第。いやーさすが王種。体高25メートル……えっと、大体100尺です。討伐は苦労しました。――5分くらい掛かりましたっけ? 特別に丸編み機も製作しましたよ。口径可変型型式番号F14。15ゲージ仕様。最終型獣王丸とエールウラカンの技術を惜しみも無く投入した結果がこちらです!』
黒い……おパンツと胸当て? でござるかな?
『お着替えくだされば、性能が一発で理解できると思いますじゅるり』
手にとって広げてみると……。
ほほう! 面積が褌より少ない布きれでござるな。
『さあさ、脱いで脱いで!』
ぬぎぬぎ。
「脱いでから言うのもなんでござるが、真っ昼間から、かような事をしてて白い目で見られぬか?」
『なーにをおっしゃる兎さん! ここは我が家。素っ裸で闊歩してどこから文句が付けられましょうや?』
それもそうだ。そもそも、風呂から出て素っ裸で二階の部屋に上がって、そこで着替えとるからな! 場所が一階のサンルームになっただけの話、
これは褌代わりでござるかな? おぱんつと大して変わらん。
「下着とどこが違うのでござるか?」
『生地が厚くなっております。ご不安でしたら、その下へさらに一枚ホントの下着を着ける事もできますよ』
なら安心だな!
上は、ぶらじゃと同じ構造でござるな。
水中で足捌きが良いように、股グリも深い。
尻尾は後ろの布の上から出る様になっておるか? 尻尾がなければケツの割れ目が見えておったな。いやはや尻尾までが意匠に取り込まれておるとは! ミウラ、貴様天才か?
身につけてみると、これが臍下二寸までの丈。
胸は――乳房を納める器に紐が付いている? なに? 紐を首に通して、脇から回した紐と背中で止める? 見た目、乳房だけが覆われておるのな。
「どうだミウラ? 似合うか?」
『1980年代デザインのビキニでございます。ビキニは眩し――おうっふ! 破壊力抜群でござる!』
ネコが身もだえておる。それとミウラ、いつから武士になった?
「褌に比べれば、羽織袴を身につけているようではないか?」
『無自覚美少女、乙! でございます!』
ミウラは元女ではなかったか? ネコの考えはよく解らんな?
あ! 大事なことを思い出した!
「なあミウラ、エランっていつやってくるんだっけ?」
昼前とは聞いていたが、精確な刻限を聞いておらなんだ。
『もうちょっと後のハズです。そんなことより――』
ミウラがエランの事を脇によけるとは、珍しい事もあるものだ。
『異世界初のお召し物ですから、ソファに足をかけて、見得を切ってくださいよ!』
「む? こうか?」
歌舞伎役者さながら、足を開き腰を落として大見得を切ってやった。
その時でござった!
「キシェシェシェシェ! 旦那様、エラン宰相がお見えになりました」
「入るぞ! ネコみm――」
いつもの騎士三人を後ろに控えさせたエランが、無遠慮に部屋へ一歩踏み込んだ。
「おお、エランか? どうだ、似合うか?」
ちょい気になっていた肩紐を指で修正し、一カ所だけ裏返っていた股の布を指ですくって元に戻した。
エランからの反応がない?
部屋へ一歩足を踏み出した状態で固まっておる?
「どうしたエラン?」
「失礼したーッ!」
護衛の騎士を脇と口に抱えて、部屋を飛び出しおった。
『グッジョブです。至高のグッジョブです! 今晩至高るネタでございまする!』
なあミウラ、いくらネコの体が柔らかいからと言って、二回転も捻ってはいかんぞ。
「ネコ耳ッーっ!」
いつもの筒袖へ着替えた後、再びエランが部屋へ侵入を開始した。その第一声がこれである。
「お婆! お前もお前だ! レディの着替え中に案内するな! おかげで……手打ちにしてくれる!」
腰の刀を抜きにかかるエラン。
エルミネタ婆様はキショキショと笑っている。が、間合いは刀の外側一寸先。できる!
「落ち着けエラン! アレは水着といって、海水浴をする為の衣装でござる。海辺を歩いても大丈夫な様に作らてござるよ」
「な、なんだと? あんな破廉恥なのが! ヘソが出ていたぞ!」
「拙者のヘソは変な形でござったか?」
筒袖の合わせ目から手を入れてヘソを探る。
「いやッ! そんな事はないッ!」
『先生の赤面ゲット! 無自覚美少女テンプレ乙!』
「キショショ! 旦那様が開発されたお召し物でござやましゅる。よって、なんの偏見もなく宰相様を案内した次第でごじゃりましゅる。キショショ!」
「いや、そうは言うがなお婆――」
なにを取り乱しておるのか? エランってこんな性格でござったか?
エルミネタお婆はいつも通りなんだが?
「宰相様の御身を考えて、このタイミングでご案内いたしましたでごじゃりましたが……御不興であれば……宰相様、こちらへ」
婆に免れて部屋の隅に移動するエラン。ゴニョゴニョと内緒話を二言三言。
すると……エランの懐からスッと小袋が取り出され、お婆の手にチャランと金属音を立てて乗せられた。それは、金貨と金貨が触れ合う際に発する音っぽかった。
「うむ、まあ、今回は不問とする。ゴホンゴホン!」
『先生とお婆様の間で商取引が発生した模様。うーん、この時代の人々にとってビキニは刺激が強すぎるようですね。デザインの変更をいたしましょう』
うむ、「びきに」とやらは、男衆にウケが悪いようだな。
「意匠を変更するのでござるか?」
「あのデザインを変更するのか!?」
どうしたエラン? この世の終わりみたいな顔して?
『お腹とか臍とか、胸の谷間とかもいけないんでしょう。ですがご安心下さい。直球勝負ばかりがセクシー水着ではございません。極細伸縮糸が我が手に……肉球にあるからには心配ご無用の助。見せないが故の色気、そのこだわりの職人技をお見せいたしましょう! ふんすふんす! 前足が鳴りますねぇ!』
なんにしろ、人間、もとい……、動物もやる気が一番でござる。これが海上旅籠集客増に役立つなら、良い傾向でござる!
「さて、エランよ。今日は何用でござるかな?」
「えーっと――」
言葉に詰まるエランであるが? 何しに来た?
次回へ続く。