14.あれから…… でござる
仕事始めでござる!
月曜日から仕事とは粋ではござらぬ!
旅が某を呼んでいる故、これにて御免!
『逃げてんじゃねーよ!』
エラン対王宮の戦があった年から数十年経った。
「ミウラも大きくなったな。姿勢がしゃっきりするようになった」
『旦那はあまり変わってませんね。むしろ落ち着いた雰囲気になられた』
あれから……、
事業の失敗も多かったが、成功も多かった。だいたい七割の勝率でござったかな?
会社を立ち上げ、軌道に乗ったら信頼できる人物に仕事を任せ、某は会長になり、一線より退く。社長の頃より給金は安くなるが、幾つもの会社を持っているので総額はそれなりだ。
紀文の大尽みたく豪遊さえせねば、そこそこ余裕ある生活が送れるようになった。
財産管理は、息子に丸投げでござる。
『息子と申しましても養子でございますがね』
養子となったのはシルエッタ様の三男坊。
『父でもなし、母でもなし、ましてや旦那でもご主人様でもない。旦那の事を何て呼ばせるのか興味津々でしたが、まさかあのような呼び方があったとは!』
「ふふふ、江戸時代の人間を嘗めるでない」
伊尾田家の将来も安泰でござる!
でもって、季節は秋。
夏の客は捌け、冬の客を迎えるにはまだ早い。
海辺の安旅籠に客などいない。
その一室を数日貸し切って黄昏れるネコ二匹。某とミウラで、先の雑談を交わしていたのでござる。
ここ数年、秋に部屋を取って、二~三日、なにもせず黄昏れるというのが二人の密かな楽しみとなっている。今日がその最終日でござるが。
夏の仕事が一段落した故の慰労会。これから冬の仕事に向かう為の気合い入れ。いつの間にか、そのような習慣となっていた。
通りに面した二階の一室。窓の枠に腰掛け、白波を立てる海を見つめる。
土用波にしては季節が遅すぎる。天気は良いのに波が高い。
ここから聞こえる波の音が心地よい。某らの家からは波の音が聞こえぬのでな。
『ですから、聞こえたら津波で家ごと流される覚悟をしてくださいと』
空はもう秋の色でござる。
『旦那と出会う前と、旦那と出会ってからと同じ長さになってしまいました』
「ほほう! そう言えばそうだな」
『わたしの寿命は、おそらく人間と同じくらいでしょう。まだまだ一緒にいられます。これからも面白い事、いっぱいしましょうね!』
「まだネタがあるのか! さすがミウラでござる! 素晴らしきかなニート!」
『じゃ、そろそろ帰りますよ!』
「うむ、名残惜しいが、我等の家へ帰るとするか」
『そうですね。わたし達の家へ!』
そしてまた数十年が経った。
「ミウラの背も丸くなったな。姿勢が悪いぞ」
『旦那はあまり変わってませんね。年相応の雰囲気を醸し出されています』
某とミウラは、老境に入って久しかった。
あれから……、
会社の殆どを息子と孫達に任せ、某は相談役となった。もう、経営に口出ししていない。そうさな、斜めになった会社の引き際を告げる程度かな?
給金は小遣い程度になった。
贅沢せねば生きていける。年一回くらいはミウラと旅行に行ける。
でもって、季節は秋。
今年は冷夏だったので客が少なかった。
例年のように海辺の安旅籠に逗留している。
今年は長くなった。七日ばかりの逗留だ。
夏の仕事が一段落した慰労会が始まりだったが、ここ十年ばかりは長年の習慣を引きずっているだけの宿泊だった。
冬の仕事へ向けての気力を得る為だったが、その冬の仕事がない。すでに人手に渡しておるからな。
名実共に隠居でござる。
ここまで色々あった。
見送った人も大勢いる。
イセカイで母と仰いだシルエッタ様。死に目には会えなかったが、最後まで凛とした御婦人でござった。惜しむらくは、母と呼ぼう呼ぼうとして結局呼べなかった事でござるかな?
ああ、エランの糞バカヤロウも死んだ。あやつ最後まで嫁をもらわなかった。
ホント、馬鹿な男でござった……。
『旦那に操を立てたんでしょうな。ふぅ』
きっしょ!
だが、まあ、……悪い奴ではなかったな。
もう一度、ズル無しで立ち会いたかったでござる。
王も代替わりした。テオドロスの息子が王位に立った。
エランが病で引退したのもそのすぐ後でござったな。
またぞろ奸臣が取り付いて王を傀儡にしかけおったが、某がすぐ首をはねてやったので解決でござる!
『あのまま連座だと難癖付けて、新王も斬って捨てましたね? 手加減はされたようですが、止血が遅れたら死んでいましたよ!』
「死ねばそれまでの者。生き残れば偉大な王となろう。現に、賢王と呼ばれておろう?」
『おかげで善政が敷かれる事となりましたが、王様は旦那にPTSDを刻みつけられました。ふう……』
ここしばらく。ミウラは喋った後に息を吐くようになった。声を出す事が体に負担をかけるのだろう。老いたのだな、ミウラも。……某も。
通りに面した二階の一室。例年のように窓の枠に腰掛け、白波を立てる海を見つめる。
波の音に耳を傾けていると、心が穏やかになる。
『旦那と出会う前より、旦那と出会ってからの方が長くなってしまいました』
「ほほう! そう言えばそうだな」
『昔を思い出しますね。ほら、旦那と初めて会ってから、一年旅した頃。ふぅ』
「ははは! そういう事もあったでござるな。あの頃は恐い物を恐いと思わなんだからな。今思えば相当無茶したぞ!」
『ですね。良く死ななかった。あんな冒険はもう二度としたくありませんね。はぁ』
「必死であればあるほど、苦境に立たされれば立たされるほど、後から思い返せば楽しい思い出となる。鉄板の笑い話にできる。不思議だのう。年をとるという事は」
『不思議ですね。時を刻むという事は。ふぅ……』
それから二人は物言わず、寄せては返す波を見つめ続けていた。
苦難を乗り越え、憧れの地タネラへと、苦労を重ねた道中を思い出していた。きっとミウラも某と同じでござろう。
なにせ某とミウラは――
『一心同体でございますからね』
間もなく二人だけの慰労会が終わる。
『旦那、わたしは旦那と出会って幸せになりました』
「偶然だな。某もでござるよ」
『今まで秘密にしてましたが、旦那、わたし、旦那の事が好きでした』
「考える事は同じでござるな。どこか別の世界で男女として……いや、そんなだったらイセカイで冒険はできなかった。野暮はよそう」
『ですな!』
「来世があれば」
『来世があれば……贅沢ですかね』
「贅沢だ」
波の音が聞こえる。
夕日が岬の端にかかった。
『イオタの旦那、帰りましょう。わたし達のお家へ!』
「うむ、名残惜しいが、我等の家へ帰るとするか」
『帰りたい! わたし達の家へ!』
まだ予定は二日残っていたが、その日その時、宿を払って丘の上の家に帰った。
それから三日後。
ミウラが死んだ。
出会いがあれば別れは必須。
次回、最終回でござる。
「侍たる者、死に様すら勉強でござる。フフフ、御身は如何にして死ぬつもりでござるかな?」