13.始動! でござる
シルエッタ様と……いえ、イオラン城での仕事、つまり一日城主を終え、帰途についた。
別れ際、某、不覚にも涙を浮かべてしまったでござる!
たった二泊三日。たったそれだけの間でござる。某、このお方をイセカイでの母として見てしまうまでになった。
母との別れ故の涙でござる。
一方、
さすがシルエッタ様でござる。最後まで毅然とした態度。江戸に残してきた母上も、背筋を伸ばして別れに臨んだでござろう。
「ホホホ、別れと申しても同じ国に住む者同士。会おうと思えばいつでも会えますよ。そうそう、正月には遊びに来なさい。歓待致しますよ!」
「では、共に年末年始を迎えましょうぞ!」
「その時は、マツタロウ殿の世界式で新しい年を迎えましょうね」
楽しみでござる――
『――テな感じでお別れ。用意して頂いた馬車に乗り込み、今はタネラ山の温泉、タネラテルミ温泉で入浴中でございます。はー、ほっこり!』
岩風呂でござる。露天温泉でござる。
季節は夏。『間もなく6月です』
温泉の盛りはとうに過ぎた。閑散期に入った温泉街は某とミウラの貸し切りにござる。
なんとか狼退治で恩があるとかのなんとかの理由で、特別待遇でござる!
むっちゃ熱い湯でござる。直射日光が容赦ないでござる。
『旦那、そろそろスポドリを飲む時間です。てか、もう出ましょう。湯あたりでぶっ倒れますよ!』
「うむ。ゴクゴク! ぷはー! この程度の熱さ、こちとら江戸っ子でぇ!」
何回飲んだでござろうか?
ミウラが作った甘じょっぱい水でござる。なんでも暑い日でもぶっ倒れにくくなる飲み物だそうな。
そのおかげで、ぶっ倒れなくてすんでいる。
『いや、スポーツドリンク神話にも限界が……。根性と気合いですね。ちなみに、わたしは桶に張った水風呂に入ってます。日陰で』
愚かなりミウラ。温泉を訪れて温泉に入らぬとは――バタリ!
『熱中症ですね。えーっと、日射病? 霍乱? 中暑? 日の光と熱を頭に浴びて倒れる病気です。下手うつと死にますよ』
「うう、めんぼくない……」
『激しく運動すると体が熱くなるでしょう? 風呂に入って体を熱くしたら、激しい運動をした事になるんですよ!』
「めんぼくない……」
『確か去年も一度湯あたりしましたよね? 懲りてないんですか?』
「めんぼくない……」
『濡れタオル替えますね!』
部屋の窓際、風通しの良い涼しい所で、頭に冷たい手拭いを乗せて寝転がっている次第。
ミウラに看病されているのでござる。
『ネコに手当てされている時点で恥ずべき事です』
「めんぼくない……」
病人に対し、容赦ないネコでござる。
『タネラへ帰ったら6月。約束通り働いてもらいますからね』
「それはもう……」
元々そのつもりで体調や精神を高めていたのでござる。
『で、湯あたりでヘロヘロになったんだ』
「めんぼくない……」
『各種固形石鹸の販売に、鱗取り機の販売。フライパンの量産体制。竹輪の製造工場建設。回転式スピード干物製造器。パスタマシン。テコ式爪切り。洗濯板。食品はマシュマロ、ブランデー。カステラ。プリン。茸竹の子の里山。乾燥パスタ。オランディーズソース。味噌醤油の生産に目処が付いたし、ああそうそう! 生姜の栽培実験とか、貴族向け高級海上ホテルの設計開発! ボーッとしてると10年くらいすぐ過ぎてしまいますよ!』
鬼でござる。ミウラは鬼でござる。
『どれもこれも、すぐに真似される商品ばかりです。真似されるまでのアドバンテージでどれだけ儲けられるか、どれだけ手を打てるか。ふんすふんす!』
やけに鼻息の荒いミウラでござる。
『現代社会のチート知識を使った金儲け。イセカイの醍醐味の一つでしょう!』
「うう、風鈴、冷やし飴、金魚、朝顔……」
『イセカイ人にとって風鈴はやかましいだけ……。でも、個人的に開発するのもいいですね。うん、やっぱわたし達は日本人なんだから』
「納豆……」
『却下!』
一時も寝ていたら元に戻ったでござる。
晩ご飯をばくばく食って寝て、翌朝、タネラの我が家へ向け、出発したのでござる!
いつの間にかタネラ川に沿って歩いていたでござる。
山道から平たい道へ。畑の景色から町の景色へ。
そして見覚えのある丘が目に入る。
「さあさあ、我が家でござる!」
『早速明日から。まずは軽く慣らし運転です』
便利商品や新しい食べ物を販売して金を儲けようというのだ。
だがしかし! ここは、りぞーとタネラ。
観光産業に力を入れずしてなんとしょぞ!
タネラの夏を楽しむ人達。所得階級により二つに分かれる。
まずは普通の民。
まず間違いなく海水浴だ。水に濡れても良い服に着替え、海に浸かって波と遊ぶ。
海辺に近い旅籠に泊まる者達。料金は安くて食い物が美味い。
この者達には、浜に掘っ立て小屋を立て、雑魚寝できる有料休憩所を提供した。
簡単な食べ物や飲み物を提供する。
『いわゆる海の家です。休憩代は安いんですが、飲食費はお高めに設定しております』
もう一つは金持ちや貴族の方々。
こやつらは別荘を持っている。タネラの住民が小間使いとして季節労働に精を出しておる。タネラの女共にとって貴重な現金収入源でござる。
この御貴族様用に、高級海上ホテルをご用意致しました。
艀と船を二艘くっつけて、真っ白に塗りたくり、見た目だけ豪華な浮かぶ旅籠でござる。
二階建ての屋上付き。動力が付いているので、緊急時は移動できる。安全性に優れた施設でござる。そこも御貴族様に気に入られた点でござる。
一階は飯屋。海に浸かったり上がったりしやすいように工夫してある。
二階は宿泊施設、但し部屋が小さい。
『海上ホテルってのが珍しくていいんです。部屋は小さくても珍しさが勝って文句なんか出てきません』
そこそこ儲かった。
アツイ夏でござった。
冬は……、タネラの閑散期でござる。かわって、山の温泉地はかき入れ時でござる。
おこぼれを頂戴致したく候。
よって、蟹料理で集客する。
『蟹鍋は無敵です』
庶民向けの安旅籠を料理旅館と名打ち、豪華料理をお安く提供できる、って、ヘラスで宣伝しまくった。
そこそこ客が集まった。冬の料理旅館経営はこれからでござる!
怒濤の如く、月日は流れ――
なんだかんだで数十年経っていた。
毎年恒例行事。某所での振る舞い雑煮でござる。
感謝しておかわり四杯はでふぉるとにござる!