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⊱φωφ⊰ 江戸 其の二 ⊱φωφ⊰

最近、ウラッコが登場しませんねぇ?

体調でも崩したのでしょうか?




 目が覚めました。

 苦しかった息も、今は楽になっています。

 気分もすこぶるよろしい。


「母上、お目覚めになりましたか?」


 枕元に竹太郎が座っております。

 隣には嫁のお菊、梅太郎、そして伝助までもわたくしの顔を心配そうに覗き込んでおりました。


 ……ああ、そうでしたね。


「竹太郎、わたくしはどれほど眠っていたのですか?」

「五日ですね。母上」


 今回は五日ですか。


 この気分の良さ、これはもうアレですね。


「竹太郎、母はもうダメです。次に目を閉じたらそれが最後です」

「ハッハッハッ! 母上に限ってそんな事ありませんよ! 血色も良くなりましたし、これから快方へ向かう証です」


 その気持ちが嬉しいですね。


「よくお聞きなさい竹太郎。気分良く喋ってますが、指一本動かせません。これが死に行く者の証です」


 皆が口を(つぐ)みました。


「松之進は?」

「松之進は仕事です。迎えを走らせましょう!」


「いけません! お城の仕事を! たかが身内に死によって放り出す事はまかりなりません!」


 また皆が口を噤みました。いえ、一人だけ空気を気にしない男がいました。


「へっ! 大奥様らしいや!」

 伝助らしい軽口ですね。おかげでその場が和みました。


 もう十年以上前になりますか、松之進が見た夢によると、松太郎はイセカイとやらで大躍進を遂げたとか。

 最後は大きな戦に加わって大勝利の後、短い間ですが城を任された、とのこと。

 夢でもかまいません。あの子はイセカイで元気にやっていると信じたい。


 目から流れ出た涙が、頬を伝い枕を湿らせます。


「母上、何処かお苦しいので?」

「何でもありません。竹太郎、伊尾田家を頼みましたよ」

「母上、何を気弱な事を?」


「梅太郎、お家大事に。伊尾田家より梅太郎のお家を一番に考えるのですよ!」

「そんな……いえ、判りました!」


「伝助!」

「へい!」


「食べ過ぎは良くありません。あなたも、もう年なんですよ」

「うへぇ!」


「そして最後にお菊さん」

「は、はい!」


 竹太郎の嫁はいつになってもぎこちありませんね。


「これまで良く尽くしてくれました。あなたは嫁の鏡です。伊尾田家の奥を任せます。あなたの好きなように仕置きなさい」

「え、あ、お母様!」


 ああ、眠くなってきました。

 どうやら、命の蝋燭が燃え尽きたようです。

 重い瞼がゆっくりと降りていきます。

 面白いわ。まるで人生というお芝居の幕が下りるようじゃありませんか。


 一生懸命生きました。伊尾田家の為に人生を費やしました。

 もはや思い残す事はありません。


 ああ意識が……。


 それでは皆さん、永久のお別れ――





 

 松太郎!


 もう一度あなたの顔を見たい。あなたとお喋りがしたい!

 それが心残り。死んでも死に切れ――


 

 気がつくと真っ白な場所を歩いておりました。

 黄泉の国への道でしょうか?

 目の前に神々しい女人が立っておられます。

 

 神様です! 解ります!

 神様! お慈悲です!

 どうか松太郎と会わせてください! 

 黄泉の国ならば松太郎と会えるはず!

 お願いです! 松太郎に! 松太郎に!

 ああっ! 神様! 私は諦めません! 噛みついてでも松太郎に――

 

 




 鏡の中の少女。

 シルエッタ・バイエリッシュ。

 金色の髪を持つ六才の少女。


 いきなり記憶が――どこからともなく湧いて出てきました。

 そうです、わたしはシルエッタという少女ですが、同時に江戸で寿命を全うした一人の女でもあったのです。


 これは……噂に聞く転生でございましょうか?


 お部屋の様子、人の姿、建物、風景、習慣。長崎に住む異人さんの国でしょうか?


 なぜ、前世の記憶を取り戻したのか解りません。もう一度、この国で生きよと神様か仏様が命じられたのでございましょう。


 勉強を頑張りました。躾けられるまでもなく、自ら礼儀作法を身につけました。

 一所懸命生きるのは得意です。それ以外の生き方を知りませんから。


 十六になった時、親の命でイオラン家へ嫁ぎました。

 イオランの町を領地とする、イオラン家の若き跡継ぎエスパーダ様が新しいご主人様です。新居は無骨なお城です。お城住まいでございます。


 生前の主人への操はもう充分尽くしました。

 今生は、エスパーダ様に尽くそうと思います。


 主人は、武の方は全くですが、領地経営に関して素晴らしい才能を持たれております。

 わたくしは、主人が苦手とする城の運営と兵達の仕切りをお手伝いいたしておりました。


 子供も三人生まれました。前世と同じ、男と三人です。因縁を感じますね。


 徐々にお国が焦臭くなってきた頃でした。

 ネコ耳の勇者イオタの噂話を聞いたのは!


 イオタですと? この世界で、イオタという名はまずありません!


 その噂話とは、村人の敵討ち。たった一人で山賊を討ち果たした。

 オークのコロニーを壊滅させた。


 なんと言う事でしょう!

 松之進が言った通り。松太郎はこの世界にいる!


 早速、詳しく調べましょう!


 丁度、わたしの息がかかった優秀な調査員が、西側諸国で活動しています。

 トリ羽族のウラッコです。


 報告が上がってきました。


 曰く、世界的誘拐組織を壊滅させた。

 曰く、ダヌビス川で川オークを殲滅。川オークキングの首を多数討ち取り。エンペラー討伐に成功した。

 曰く、魔王を封じた。

 曰く、不死王を攻略した。

 曰く、ドラグリアと西側諸国の和議を纏めた。


 赤い筒袖に、変わったデザインのズボンは紺色。ネコを連れて旅をしている。


 ま、松之進が言っていた夢の話そのまま!

 だんだん、こちらに近づいて来る!


 

 ああ、神様仏様!

 イオタは女という事ですが、転生したときに男女が入れ替わっていてもおかしくありません! それは些細な事でしょう。


 彼の者は伊尾田松太郎に違いありません!

 松太郎に会える。松太郎と話ができる!


 松太郎! 今度は必ず守ってあげますからね!


 そうとなれば、グズグズしていられません。

 イオラン城の戦力を強化しましょう!


 お国を二分している勢力を調査しなければ!

 ザッカルドの取り巻き達に手を伸ばしておきましょうかね?


 といっても、反乱軍側に勝ち目はなさそうですけどね。


 まずは、モンマンテル伯爵に手紙を出しましょう。あの者は、政略に関してわたしの弟子ですからね。教育を施していた頃、わたしのメイド共を散々食い散らかしてくれましたから、その時の借りを返してもらいましょう。


 

 ……もし松太郎が反乱軍に付いたとしたら、……イオランの全戦力を投入し、現王を倒す!

 いえいえ、それくらいの気持ちで事に当たろうという例えですよ!


 顔だけは広い人脈を利用して、いろんなところへ手紙を出して、備蓄食糧や武器の手配も!

 ああ、それと事情を知りすぎたウラッコの始末も考えないとね!


 さあ、忙しくなってきましたよ!


    

鏡開きでござる。

固くなった餅は善哉に限るのでござる!

アンコは粒あん。これは定説でござる。他の意見は認めぬ!

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― 新着の感想 ―
[良い点] そうか、こしあんはウラゴシつまり、ウラッコ死。 つまり粒あんは生存を仄めかす作者からのメッセージだったんだよ!!
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