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12.一日城主 でござる

 カフェー、美味しかった。夜、なかなか眠れなかった。

『子どもですか?』


 さて翌日でござる。

 着替えでござるが、いつもの小豆色のは、旅で擦り切れが目立つ。予備として取り置いておいた浅葱色のに袖を通す。

 この小豆色の、そろそろお別れでござろうか?


『旦那と言えば小豆色。無くなると寂しいですね』


 まあね。でも改めて手配は難しい。作れる者がいるだろうか?


 さて、質実剛健質素倹約を絵に描いた城、イオラン城。朝の始まりは日の出と共に。

 常日頃から蝋燭等、明かりの類は一切用いず、お日様と共に行動する。


 食事の用意も、燃料節約のため、城主家族、一般兵共、同時刻に料理する。献立も一緒。本日より、仮にも某は城仕え故、一般兵と同じ献立で食する。


 城主にしてイオランの領主、エスパーダ様とシルエッタ様。三人のお子様と共に食卓に付く。

 ご家族全員で食卓に付く、というのが決まり。それを徹底しているそうだが、武家とたいして変わらぬ。


 献立はそこそこ堅いパンと、豆と肉片が浮かんだスープ。量は満足するだけあった。


 食事が済んだら、エランは王都タネラへ帰る。

 馬車をお見送りでござる。


「では、ネコ耳、私はこれで帰る。……粗相をするなよ!」

 エラン、貴様は一言多いのだ。


「それとネコ耳……」


 何やら言いよどむエラン。らしくないな。

 はにかんでおるのか?


「ネコ耳の事をマツタロウと呼んでかまわないか?」

「お断りいたす。では、道中恙なきよう。さらばだ!」

「ちょ――」

 皆まで聞かず、馬車の戸を叩きつけるようにして閉める。


 男に名前を呼ばれるのは気色悪い。これまで通り、家名のイオタで通してほしい。……エランからは、何故かネコ耳と呼ばれておるが。


『気恥ずかしいんでしょうね』

「今さら変更など、し辛いのでござろうな」


『違います。先生は、イオタの旦那のことが好きなんです』


 ほー………………。


「え?」


『先生は、旦那に恋をしてしまったんです』

「コイ? 某と鯉釣りをしたいのでござるか? エランもお子様でござるな! 海に鯉はおらぬでござるよ? ハッハッハッ!」


『勘違いしないよう、懇切丁寧に説明いたします。先生ことエランは、イオタマツタロウ氏と、好いた好かれたの仲になりたい。男女の交合(まぐあい)を希望する。情を交わしたい。同衾したい。枕を重ねたい。理想の女としてみている。結婚して子供を産んで欲しい。幸せな家庭を築きたい。旦那を妻として正式に迎えたい。まだ勘違い要素は残ってますかね? ああっ! イオタの旦那が吐いたぁー!』


 御ゲロ御ゲロ御ゲロー! イセカイ初めての嘔吐は、七色に光っておった。


 ピンコ立ちした尻尾の先から、毛が波打つように逆立っていく。波は尻で足と背中に別れそれぞれ突き進む。背中の産毛が逆立ち、腕の産毛が逆立ち、耳の毛まで逆立った。いっこうに収まらぬ!


「ミウラよ。ストラダーレライフルの魔弾に魔力を注入せよ! 今から城壁に上がれば馬車を狙い撃ちできる!」

『全力で拒否します! 理由は今後の展開が面白いからです! ちなみに、わたしは先生の味方です! カッコ笑カッコ閉じる!』




「まあまあ、マツタロウ殿はお仕事熱心でございますわね!」


 シルエッタ様から最上級のお褒めの言葉を頂いた。

 あれより、エスパーダ様に場内を案内されたのだが、そこかしこに駄目出しと改善目標を出しまくっていった。某、無性に仕事をしたい気分でござる! 今なら傾いた国家ですら運営できそうな気分でござる!


「満点でございます! さあさあ、根を詰めると体によろしくありません。ひとまず休憩いたしましょう!」


 自らお茶の用意をしてくださるシルエッタ様。

 某、まだまだ働き足らぬでござる!


「昨日もお話し致しました通り、本日一日の城主代行ではございますが、体を壊されてはわたくし共が世間様に顔向けできません。御身の事をお考えください」


 丁寧にピシャリと注意された。


 優しい言葉と裏腹に、発散される気がビリビリと空気を振るわせている。

 大変怖い。逆立っていた毛と、立ちまくっていた尻尾が大人しくなった。


「あなたもあなたです。まめに休憩を挟むよう気をつけてしかるべき!」

「うっ、あ、いや、それなりに感づいていたんだが……」


 怒りの矛先がエスパーダ様に向いてしまった。これは某の手落ち。


「シルエッタ様、これは拙者の不注意でござる。エスパーダ様は関係ござらぬ。ご自身の旦那でござる。人前で責めてはいけない!」


「マツタロウ殿、誤解無きよう」

 シルエッタ様がお笑いになった。


「エスパーダは、武に関してマツタロウ殿の足下にも及びませんが、領地経営に関しては、わたくしやマツタロウ殿が逆立ちしても勝てません。立派な経営者でございますよ!」


 むふふ、と恥ずかしそうに笑うエスパーダ殿である。

 シルエッタ様、鬼嫁と見えて、旦那様を立てておられる。

 気はきついが、貴族の奥方として理想のお方でござったか!


「適材適所。得意な分野で頑張れば良いのです」

 でござるか?


『わたしが魔法で頑張って、イオタの旦那が剣で頑張って。そうやってピンチを乗り越えここに至ったのです。真理ですね』


 ミウラ、良い事を言う。さすが博士(ニート)でござる。


 以後、ゆるりと仕事を進める。

 昼から書類仕事をこなす。無難な案件を扱った書類に、某が署名を致す。そんな誰にでもできる簡単な仕事です。


『この署名(サイン)した書類に価値が出るんです。後年、高値でオークションにかけられますよ!』


 それ欲しい!


『公式書類ですから、手に入れるのは難しいでしょうね。だったら、お家で何らかの書をしたためられれば如何? 今日の日記なんか付けとけば貴重な歴史資料として300万セスタくらいになりそうです。200年ほど寝かせれば』


「これで某も大金持ちでござる!」

『そんな所が大好きです、旦那!』 




 そして暮れ六つ『午後5時ですね』でござる。

 皆さん揃って晩ご飯でござる。


「明日でお別れですね。どうです、うちの息子達」

 シルエッタ様が両手を広げ、ご子息を見せびらかす。


「なにがどうでござるかな?」

「どうせマツタロウ殿は結婚しないのでございましょう? 養子に一人持ち帰られませんか?」

「ぶふぉぉ!」


 咽せてしまった!


「イオタ家を一代で潰すのはもったいなくございませんか?」

「そ、それもそうでござるが、考えた事もござらぬので!」


 シルエッタ様の提案も一理ある。イセカイとはいえ、伊尾田家を某の代で断絶させるのは、しのびない。いつかは某もミウラも死ぬ。死んだ後、菩提を弔ってもらう者が欲しいところ。


「では、いずれお考えください。なんならこの子らの子供、孫でもかまいませんよ」


 晩ご飯は特別に豪華なのを出して頂いたようだが、全然味を覚えていなかった。

 


 食後、シルエッタ様に呼ばれた。


「これをお渡ししたくって――」


 渡されたのは……小豆色の筒袖でござる!


「伝え聞いたお話を元にお作り致しました。さ、丈が合うかどうか、袖を通してくださいませ」 


 袖を通すと、だいたい丈が合ってる!


「ちょっと直すだけで使えますね。明日までに仕上げておきましょう」

「おおお、これは有り難い! 遠慮無く頂戴致す!」


『これだけの格式を構える家ですから、お裁縫担当の使用人の一人や二人は置いてるんでしょう。ここまで着物を再現するとは、恐るべし情報収集力!』

「あるいは、元の着物を作った店を探し出したか?」

『どちらかでございましょうね』


 シルエッタ様のご厚意に頭が上がり申さぬ。

 その後、シルエッタ様と、遅くまで取り留めのない雑談を交わしていったのでござる。




 翌日は、お優しいシルエッタ様とお別れの日でござる。

 


今日は地元の有名神社へ初詣。

帰りは有名な饂飩チェーンで四川風味噌煮込み定食を所望する次第。

毎年の恒例行事でござる。


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