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13.逃走中でござる


 走れるだけ走り続け、一旦息を整えてから、さらに早足で歩き続ける。

 おかげで「加速」の「れべる」なるものが一段階上がった。


『レベルとは段階だとか腕前なんかのことですがね。あ、剣術の段みたいなものか!? 加速できる時間と回数が増えたようですね。最終的には世界時間停止(イオタ・ザ・ワールド)に至るまで昇華できるはずです。知らんけど』


 忙しいのでミウラの言はこの際無視し、日が昇ってきても歩き続けた。

 貞操の危機に、黙々と歩いていた。たぶん、必死の形相であったろう。


『イオタの旦那、処女膜は人間とモグラにしかないって知ってました?』


 余計な情報はいらないでござる!


 お日様は中天を過ぎている。お昼を回ってしまった。

 街道から少し外れた所に小川があった。河原に腰掛け、昼飯にする。


 夕べの肉の残りをアイテムボックスより取り出す。冷えていてやや固い。

 火に炙ってやろうと、枯れ木を集めた。


『火でしたら私が付けましょう。弱めのファイヤーボール! ほらついた!」


 なんと! 火口を使わず火が付いた!


「魔法とは便利でござるな。拙者よりミウラの方が強いのではないか?」


 穴を掘られて蹴躓き、炎に巻かれて吹き飛ばされる。勝てる気がしない。

 

『ところがどっこいですよぉ! 旦那は居合が得意だと我が家に伝わっておりますが?』

「むう! 確かに! 居合いの腕だけは道場仲間と肩を並べる事が出来たでござる!」


 腰を落とし刀に手を掛け、居合いの構えを取る。


『魔法を発動させるには、どんな魔法を使うかを決め、魔力を高めつつ呪文を唱え、やっと魔法が炸裂します。このように手順が多く掛かる時間も長いので、遅さが弱点となります。とてもじゃありませんが、余程うまく持っていかないと剣士の速度に敵いません。ましてや速さに特化した居合いには敵いませんよ』


 鞘を突き出すようにして抜刀。突きをくれてから納刀。

 一対一の試合であれば、剣術が有利であるか? 魔法とは弓矢のような扱いであるな!


『それとミウラ個人として、旦那と共に居なければ生きていけないでしょう』

「と言うと?」


『わたしはネコです。夕べの旦那のように長距離を長時間走ったり出来ません』

「なぜだ? 猫は人より早く走れるではないか?」


 魚をくわえたどら猫を追いかけたことがあるが、捕まえることは出来なかった。


『それは短時間限定です。走れば体が熱くなるでしょう? 毛皮を持たぬ人は、着物をはだけるだけで、熱が風に乗って逃げていきます。また汗をかくことで簡単に体温を下げることが出来ます。毛皮を纏ったネコにそれは無理な話。激しい運動をするとすぐに熱が籠もって動けなくなってしまいます』


 夏に綿入れを羽織ってする剣の稽古は辛い。そういうことか。


『おわかりでしょうか? わたしは旦那の懐に入れて頂かないと移動することもままならぬのです』


 ネコも難儀よのう。


『だから、わたしが旦那の懐へ入るのもそういう意味であって、けして下乳の感触が気持ち良いとかそういう下心は持っていませんから!』


 えーと……。


「……ミウラよ。その方、確か前世は女子(おなご)であったよな?」

『はい! 今はオス猫ですが。それが何か?』


 ちょっとミウラのことが判らなくなってきたでござる。




「ここにおいででしたか! もう少し先においででしたら馬が倒れてましたよ」


 ミッケラーと再会したのは、火を通した肉を二つに切り分けようとしたところだった。


「ミッケラーか。よくここが判ったな?」

「イオタ様がおられませんと、賞金首に掛かった賞金が換金できません。商人はお金の為なら地獄までの道筋すら見つけ出しますよ」

「それはたまらんな」


 ニヤリと笑うと、ミッケラーもニヤリと笑った。


「じつのところ、お腹が減ったなーと思ってた所、美味しそうな匂いがしましたので。ここが知れたというオチでして。はい」


 仕方ない。腰の刀を抜き、三つに切り分けた。小刀や包丁をマジックボックスに入れておいたのでござるよー。マジックボックスを見られる訳にはいかない。


「器用というか、よく切れる刀ですね。まるでカミソリだ」


 ミッケラーは感心しているが、某はトホホな気分である。


「後の手入れが大変だがな」


 洗って研いで拭き取って。よく切れるのは良いのだが、手を抜くとすぐ使い物にならなくなる。


「便利な魔法で何とかならぬものか?」

『なりますよ。エンチャントウエポン系で手入れいらず。ただし、肉を切る前の手入れした状態でですけどね』


 早く言えよ、トホホ。




「村は大変な騒ぎになっていましたよ!」


 大変と言ってる割に爽やかな笑顔を浮かべているミッケラー。


「村人が寝静まってから脱出されると踏んでおりましたが、まさか、時を開けずに逃げられるとは。そして一晩でこの距離。見事な逃げ足ですね。ここまで徹底されるとむしろ清々しく思います」


 そこでミッケラーは一息ついた。


「ところで、その長柄武器(ポールウエポン)はどうしました?」

「これか?」


 脇に立てかけておいたバルディッシュの太い柄をポンと叩いた。オーガンの所有物だったバルディッシュだ。戦利品として頂いておいた。

 こいつは突く斬る断つの基本に加え、引っかけるという動作が加わる得物。

 引っかける動作は剣術にないのだが、某は使える。身近な捕り物道具に、袖搦(そでがらみ)という下手人の着物を引っかけるための得物があったからだ。

 そいつを足下へ突きだしてやると、面白いように転がっておったわ!


「村人に追いつかれたら確実に殺し合いになる。そのための抑止力でござるよー」

「それは容易に想像できますが、今まで何処に仕舞っていたのですか? 見たところ」


 こやつにアイテムボックスのことは言えぬ。絶対言ってはいけない相手だ。

 どうしよう。


『ハイ・エンシェント・ネコ耳族の手品だ手品。言いきった者勝ちです』


 うむ。


「ハイ・エンシェント・ネコ耳族に代々伝わる手妻だ。ちょっとコツが要るがな」

「はあ、そうですか? ま、まあ、ハイ・エンシェント・ネコ耳族ですからねぇ」


 ミウラの言う通りで押し切れたでござる!




「荷台にお乗りください。町までお送りしましょう」

「それで良いのか?」


 共犯になるぞ、と言う意味での問いだ。


「あの村人とは何も約束してませんよ。だいいち、賞金を受け取るのにイオタ様がおられないとそれも出来ません。そもそも、町まで送る代わりに用心棒を引き受けて頂く契約です。違反はいけません」


 それもそうだ。


「では遠慮なしに、揺られるとするか」


 賞金の三割も抜かれるのだ。遠慮などするつもりはない。




 はっきり言って馬車は荷物の運送専用。大八車よりマシと言うだけ。

 ケツが痛い。

 ミウラが前足で某の膝をトントンした。尻尾がパタパタと左右に揺れている。


『イオタの旦那、少しおかしいところに気づきました。ミッケラーに聞いて欲しいことがあります』


 なんだろ?


『この地域にモンスター、鬼だとか天狗の類いですが、は、出てこないのかと聞いてください。普通出てきます。ミッケラーは用心棒も付けず一人で旅をしています。これはおかしい』


 イセカイでは怪物の類いが頻繁に現れるのか? 確かに、そのように物騒な世界で護衛を付けずに旅をするのは常識外である。


「ミッケラーよ、このあたりに、もんすたぁは出てこぬのか?」

「モンスターですか? あれ、ご存じない?」


 知っていて当然という顔をするミッケラーである。何を知らないと言っておるのか?


「このあたりの山脈には、神聖なる(ドラゴン)が住んでいます。ここは強力な竜の縄張り。ですから、他の生物に害をなすモンスターの類いは住み着いておりません」

「ほほう、龍がな?」


龍って、あれだな。体がでっかい蛇で、やたら迫力のある顔に、頭から鹿の角が生えていて、手には玉をギュッとしている。

 雨や雷を伴って現れる怪物であるな。水神として崇められてもおるが。

 そんなおっかないのが住んでいたら、悪い怪物なんぞ住めぬであろう。

 ちなみに、龍虎相打つとの言葉で引き合いに出される虎であるが、龍には勝てぬと思うぞ。

 清正公(せいしようこう)が虎を退治したという逸話は残されておるが、人が龍を退治したとされた逸話はとんと覚えがない。

つまり、龍最強である。諸説有り!


『納得ですね』

「納得である」


「モンスターは出てきませんが、野盗はたまに出てきます。怖いのはモンスターではなく、人間だって事ですね」


 なんかうまいこと言えた感を顔面一杯に溢れさせるミッケラーである。商人同士の会話ならお愛想笑いを浮かべられるだろうが、噺家と昵懇の間柄であった某に言わせると、いまいちサゲの強さに欠ける噺である!


「ここからスベアの町まで3日の距離です。町としては大きい方です。ここで賞金を換金しましょう。ああ、海を渡る船もその町から出ていますよ」

「港町であるな。新鮮な海の幸を食べられるであろうか?」

「海老と蟹料理がスベアの自慢ですよ」


 それは楽しみである。海で捕れる蟹は、川蟹より大きいのだろうな? ……ネコ耳族の体になった故、より海の幸を食べたく思うのであろうか?


『旦那、イセカイじゃ刺身とか、生魚を食べる習慣は無いと思っておいてくださいね』


 某、煮魚が好物であるが……イセカイには醤油がない故、期待も半分なのである。


  


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