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11.冒険譚 でござる

 某の冒険談。ウラッコの創作話を全否定する良い機会でござる。


「拙者、国元よりとある事故でここまで飛ばされたようでござる」


 どうやってイセカイへ来たか? 第三者の邪推を防ぐ為、過激派による魔法暴走に巻き込まれた結果らしい、とやらの設定をミウラが作ってくれた。


「スベアの山奥にある。いや、山奥にあったネコ耳の村が始まりでござった。そこでミウラと出合ったのでござる」

『ゴロニャーゴ』


 十人の盗賊とそれを率いたバルディッシュのオーガの一件だ。

 噂じゃ五十人を素手で倒した事になったいるが、刀を用いて対応し、斬った数も十人である、と数も強調しておく。


 あの時手に入れたバルディッシュのおかげで、旅がずいぶん楽になった。


「前のネコ耳族の村で、『子どもを産んでいけ~』と言われたときはゾッとしたでござる」

「まあ!」

 シルエッタ様が、目を丸く見開いた。このお方、こういう顔もできるんだ。


「それで? どうなされたのです?」

「文字通り裸足で遁走いたした。夜通し走り通したでござる! 前にも後にも、あれだけ走ったのはあの時だけでござる」


「まあ! まあ! まあ!」

 驚いてからコロコロと笑うシルエッタ様。目尻に涙まで浮かべている。


 あの頃は、人生最大の危機と考えていたが、時が過ぎた今となっては、持ちネタの一つと成り果て申した。


 そしてミッケラーに高い授業料を払った話しは、眉根に皺を寄せて聞いておられた。

 お話の味付けとして、スベアの町でエリンコに見せた手妻を披露した。

 話題の一つにと仕込んでたのでござるよ。


 シルエッタ様は「一」を選ばれた。

 袖の下より取り出したるは、折り鶴でござる。


 シルエッタ様は折り鶴を見て、また目を丸くした。


『驚いて当たり前。折り紙はイセカイじゃオーバーテクノロジーにして芸術品なんですよ』


 折り鶴を開いて「1」の文字が出てきたときは二度ビックリ。エランもビックリ。場が盛り上がったでござる!


 赤い鎌とハンマーとの共同依頼の件でデイトナ殿と知り合った話もした。

 この仲間と総掛かりでトロールを討伐した話しに及ぶ。討伐数は百匹ではなく、二十六匹だと念を押しておいた。ここでもウラッコの実名を出し、全面否定しておく。


 続いて、スベアの冒険者ギルドに累が及ぶ話に繋ぐ。


「そんな小男のことなど気に掛けなくてよろしい! 商業ギルドも小物ね。オホホホ!」


 ボリスを一刀両断にしたシルエッタ様は、途端に笑い出した。

 話と違って愉快な人でござる。


 海を渡る船で知り合った吟遊詩人のウラッコに関し、酷評しておく。

 シルエッタ様は、指名手配しておくと約束して頂いた。有り難い事でござる!


 セイレーンに対し、一泡吹かせた事。

 大道芸をしていたグレイハルトでエランと知り合った事。

 グレート・ベアリーンのビラーベック商会の事。

 イシェカ元会長との確執を事細かに説明。シルエッタ様は某の身になって怒ってくれた。その場で、イオランにおけるビラーベック商会の調査を命じた。――旦那さんに。

 

 そこで起きた誘拐事件。行きがかり上、再会したデイトナ殿を救い出した事。行きがけの駄賃にエランを斬った事。


 シルエッタ様は手を叩いて喜んでくれた。


 一方、苦虫を噛みつぶした顔のエラン。生き別れの妹を助けたのだから、文句は言えない!


 こうやって話すと冒険でござるな!

 ここまで、無我夢中で命の危険を顧みず突っ走ってきた。危なければ危い程、面白い話になっていた。


 これは全て、過ぎ去った時間がなせる技。

 まこと時間とは、摩訶不思議なものでござる。 


 

 冒険譚はまだまだ続く。

 お茶の時間はとっくに通り越し、夕餉の時間も話し通しでござった。


 行商人ナントカ殿『ナントルカさんです』の護衛中に遭遇した野盗五十人との戦い。これは何故かシルエッタ様に怒られた。無謀であると。


 これは某の身を心配しての事。感謝でござる。


 恥ずかしながら、怪傑ネコ頭巾のお芝居。夕餉の席に着いた全ての人に笑われたでござる。メイドや執事にも笑われたでござる。


「いや、笑い事ではござらぬ。あの時は演者観客全員を叩っ斬った上で腹を切ろうと真剣に思うたのでござるよ!」


 深く心に傷が付いたそれを自ら話したのだ。心の傷が癒えていたからだ。いったい、いつ癒えたのでござろうか?


 ビラーベック商会とケリを付けるお芝居に、エランとデイトナ殿、それにウラッコまでグルになってイシェカ会長を嵌めた話もした。


 エランはいつも通り口の端に薄ら笑いを浮かべたまま、某の話を黙って聞いておる。


 シルエッタ様から六十点を頂いた。攻めが足りぬと何点かご指摘を頂いた。


「その方面は専門家ですからね」

 ここ、笑う所でござるよな?


 さて、ビエナから始まる川下りの旅は、名物料理の話と相成った。


 注文した客の拳より大きい肉を出さねばならない決まりの料理。

 香草を練り込んだ挽肉料理。

 鶏肉の揚げ物。甘いソースをかけて食べた料理。

 葡萄の葉で刳るんだ挽肉料理。トウモロコシの粉が使われている粥っぽい何か。

 ナスに切れ込みを入れてそこに肉とか野菜とかハーブをブチ込んで焼いた坊主殺し。


 いろんな料理を堪能したっけ。


 そして川オークキングの一件。ダヌビス川衆の総力を挙げた大脱走劇!


「ネコ耳、おまえ何やってきたんだ?」

 エランに呆れられた。


「そこは満点です」

 シルエッタ様よりの評価が高い。十才若ければ一緒に冒険したかったと仰せられた。


 ジベンシル王国の川オークエンペラーの件。そしてベルリネッタ姫との出会い。身分が身分なので多少濁しておいたが。


『主に体重の項目です』


 ディーノ殿の件は、……話さない訳にはいかないか? 不都合な所は隠しておいたから良いだろう。

 マオちゃんの話は、……さわりだけだな。イオタちゃん人形の事は墓まで持ち込む所存。


『怪傑ネコ頭巾をはるかに凌駕する、恥ずかしい出来事ですからね』

 うむ! 代わりに吸血鬼の話を盛り盛りで話しておくか。


 王宮城塞の結界を打ち破った鉄砲『ストラダーレライフルです』との出会いも話さなければな。

 ヴェグノ軍曹や不死王エスプリ殿の件。くされエルフの話も付けとけ! あと、ウラッコの評価を落とす事を忘れずに!


 マセラティ伯・ボーラ殿には世話になった。

 カール君の出産騒ぎは皆して大笑い。良いのでござる。出産は吉祥。喜び事を語るには、笑顔に限る。


 ボーラ領とヘラス王国間で、是非とも友好関係を結んで頂きたい。カール君が成人する辺りで。家督を譲り受けた景気づけに!


 クロダ村の雪崩の話。これは迷ったが、ぼかして説明しておいた。ストラダーレライフル『だからストラダ……いえ何でもありません。ストラダファイブ!』の秘密にかかわる一件でござる故。


 ドラグリアの和平に関して……、石化は死にかけた。

 今から思えば、あれはディーノ殿にまつわる不思議な話でござったな。


 人と人の『ネコとドラゴンの』(えにし)。その不思議さを実感いたした。


「それはイオタ殿が一生懸命生きてこられた証しです。人の縁は正直者。真面目な者には真面目な縁。つまらぬ者にはつまらぬ縁。それを因果応報とも呼びます」


 シルエッタ様の真剣な顔。その顔の中に、優しく見つめる目があった。


 通り魔竜レッドマンの記憶は新しい所。うっかり討伐してしまったが、結果、人々より喜ばれた事が嬉しかった。


「まあまあ! イオタ殿は、なんてお勇ましいお方なのでしょう!」

「フッ! うっかりで片付けられたレッドマンが可哀想だ」


 ふふふ、シルエッタ様、惚れられても困るでござるよ!

 死ねよ! エラン! 


 その後は、エランとの再会。パトレーゼ商会に世話になった事。モンマンテル伯爵による騙し討ちを機転で切り抜けた事など、ついこの間の出来事でござるが、ずいぶん昔のような気がするでござる。


 後は言うまでもない。

 戦争と狙撃。

 一番つまらぬ話でござる。


「そしてリゾート・タネラに引きこもり、今日ここに至る。のでござるよ、シルエッタ様」


 いつの間にか夕餉の時間は過ぎ、すっかり暗くなってしまった。今はシルエッタ様と二人で、ベランダの椅子に座っておる。


 シルエッタ様のお膝には、うずくまってるミウラ。


 食後のカフェーなる、豆の香も芳ばしい茶をいただいている最中でござる。

 何でも炒ったカフェー豆を水から煮だした上澄みだそうな。


「ああ、面白かった。ずっと、こうやってイオタ殿から直接冒険譚を聞きたかったのです。ずっと!」


 シルエッタ様は、感動して頂けたのか、感極まってしまわれたのか、ハンカチを目に当てておられる。

 お茶の時間から夕食、そして食後のお茶までずっと喋りっぱなし。礼儀も味噌も糞もあったものではなかったと反省。


「この城で、イオタ殿は礼儀を気にする必要など無いのですよ。自分の家と思って寛いでくださいな」


 食事に関して礼儀作法の厳しいお方だと聞いていたのだが、……相反してざっくばらんなお方でござった。


「失礼な事をお聞きしますが……」

 シルエッタ様は居住まいを改められた。


「お国にご家族は?」


 国か……日本でござるな。


「弟の竹太郎ともう一つ下の梅太郎。そして、母を残してきた……のでござる」

「まあ……それはご心配な……ことで……」


「いや、ご心配ご無用。竹太郎はフラフラしているように見えて芯の強い男。某の抜けた伊尾田家を立派に背負ってくれると信じておる。梅太郎は甘えん坊で利かん坊でござるが、ここ一番を心得ておる。外に出ても生きていける男でござる。そして母上……」


 母上。実は心残りなのでござるよ。

 その思いを振り払う為、首を左右に振る。


「母上は気丈夫なお方。きっと……大丈夫でござる。母上なら、某に心配をかけるような生き方はしないはず」


 母は日本一強いお方でござる。


 ふと、ある事を思いついた。

 

「これは誰にも言ってない事でござるが……」


 言って良いかな?


「たっ、たまに夢を見るのでござる! 顔も見た事の無い、竹太郎の子どもでござる。たまに夢に出てきて、某とお話をするのでござる。叔父上……こほん! 夢の中で懐かれているのでござる。その甥が言うに、残された家族は元気で過ごしていると。故に某、心配はしておらぬ!」


 言ってしまった。

 誰にも、ミウラにも言った事の無い夢の話。


「……それは、……ようございます。きっとイオタ様を憐れに思われた神様が、せめてもと思われた末の奇跡でございましょう」

「伊耶那美様に感謝でござる」


 おや? シルエッタ様の目が泳いでおられる。印象が違ってござる。


『イセカイの神様と違う神様の名です。怖がって当然です。奥方様の態度はさらりと無視しましょう。奥方様もさらりと忖度してほしいはず』

 で、あるか。


「イオタ……マツタロウ。マツタロウとは、珍しい御家名でございますね?」

 これは習慣の違いでござる。


「某の国では、家名を先に表記し、名前を後に表記するのでござる。この場合、イオタが家名。マツタロウが名前でござる。間違いに気づいた頃は既にイオタの名が通り名として根付いており、今更替えられなかったのでござる」


「そうですか……そうですか」


 なんだろうか? 悲しげなシルエッタ様でござる。名と家名を取り違える事を嘆いておいででござろうか?


「ご案じ召さるな。伊尾田家の名がイセカイに轟くのもまた良いかと思い、そのままにしてあるのでござる」


「……マツタロウ殿」

「は?」


 正直、戸惑った。良い方で戸惑った。

 イセカイで、初めて名を呼ばれた。

 それは懐かしさ。一番多く我が名松太郎を呼ばれるは、某の母でござる。

 懐かしい。懐かしい。

 あ、いかん! 目に映る光景が滲んできた。

 くっと顔を上に向け、涙を堪える。


「イオタ殿をマツタロウ殿と呼んでもかまいませぬか?」


 う、あ、う! 特に拒否する理由も見つからぬ。


「かまいませぬ。シルエッタ様にならそう呼ばれてもかまいませぬ」


 シルエッタ様は、某の目を見つめ、一度視線を外し俯いて、意を決したようにもう一度某の目をお見つめになった。 


「マツタロウ殿。改めて、ようこそ我が家イオランへ。ようこそマツタロウ……殿」


 にっこりと笑うシルエッタ様。そのお顔、まるで……菩薩様でござる。



今日は親戚回りの日。

酒飲むぞー!

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