10.イオラン城 でござる
あけましておめでとうございます!
今年も皆様にとって良き年でありますように。
翌日、時間通りに馬車で出発。
大人しく馬車の中のネコ耳となる。
今日のおべべは小豆色の筒袖に紺の袴。大小は(収納に)捨てた。代わりに十手を腰に差してある。
北の城、イオラン城へは、ここからだと案外近い。
近いと言っても、一時やそこいらではない。
「今からだと、日が暮れるまでには着くだろう」
何故かエランも同乗しておる。
「私が行かなくてどうする? ネコ耳、お前一人で政治的な駆け引きができるか?」
できぬでござる。
「それとイオランの奥方様は女傑と呼ばれているお方だ。前回の寝返りは、奥方の決定によるものだ」
ほほう! 鍵は奥方様か。
「悪く言えば、意地悪なババア。良く言えば女将軍。敵が一番嫌がる作戦を立て、最も嫌がる場所に戦力を投入し、絶対来て欲しくない時間に襲撃をかける」
「優秀な将でござる」
「良くも悪くも機微を見るに聡いお方。人を見抜く目が良いお方。他人に厳しく自分に厳しい。あと、礼儀作法にうるさい。時間を守らない者や、言葉遣いのなってない者、食事時にお喋りする者なんかは、無言で斬り殺されるともっぱらの噂」
唇の端をひょいと上げるエラン。腹立つ!
「フッ、これでも一人で行くか?」
「ご一緒お願いもうす」
石部金吉は苦手でござる。
ってか、それを黙っておったな! エラン!
「フッ、相手のことを聞かなかったからだ。聞けば教えたやったのに」
こ奴とは、近いうちに刀を交える予感がする!
タネラより山の温泉町を抜ける道を使うと、イオラン城までほぼ真っ直ぐな道でござる。
そこそこ整備されていて道幅が広い。馬車でも楽ちんでござる。
『タネラは保養地。山の温泉がイオラン城の保養施設になってるそうです。魔獣との戦いで怪我をした兵士達を後方のタネラへ送り込んで、温泉で治療していたそうです。それがそもそもタネラの保養地としての出発点だとか』
ミウラはネコなのに情報収集能力が高い。ネコ集会で仕入れてくるのでござろうか?
『伊達に伝助の子孫を名乗ってはおりません!』
だからでござる! 伝助の子孫がここまで優秀なのが解せぬ!
温泉町を抜け、山を抜け、何とか言う町で昼飯を掻き込み、北へ北へと進む。
いい加減、デスパルト山脈が大きく見えてきた頃、イオラン城を望むイオランの町へ入った。
「あれがイオラン城だ」
エランが教えてくれた。まるで自分の城のように教えてくれた。
「おお! 壮大でござる!」
マセラティ伯の城より大きい! 質実剛健! 戦の為の城!
『これは難攻不落です! 敵に回さなくてよかった! 城主が旦那のミーハーでよかった!』
あのミウラが感嘆するほどでござる!
堀は水が激しく流れ、泳ぐなんて問題外。船でも渡れぬ。
城壁は高く厳しく、これでもかと防御設備が主張し、攻撃設備が目を見開いておる。物見櫓に死角がござらぬ。
城への入り口は一カ所のみ。高い橋桁に支えられた一本道。搦め手は、あるにはあるが、外から攻められぬ特殊構造。
『通常の攻城兵器は役に立ちません。対策がとられています。メテオストライクでもどうでしょう? 連発できれば別ですが、果たしてそれほどの術者がどれだけいるか? 正面からホーキング放射で……うーん! これだけの広さですから水や食糧の対策もバッチリとられているでしょう。抜け穴から攻撃されたら、攻城側が根を上げること間違いなし。だいいいち魔獣対策の城ですから、人間の能力ではいかんともし難い。うーむ!』
天才軍師にして知能集団ニートの一角を担うミウラをして唸らせるイオラン城。敵対すれば攻めあぐね、味方にすれば心強い。恐るべし! イオラン城! どうやって中に入ろうか?
此度は招待だからね。あっさりと門をくぐれたのでござる!
城の中をたぶん応接間に向け案内されておる最中。無骨な廊下を、案内人の背中を見ながら歩いておる。
某、こう見えて小心者でござる。なにせ前世はしがない同心。鉄砲組の出でござる。
エランはくっそ偉そうに歩いている。くっそ偉そうなエラン。頼んだぞ!
経験則上、及び礼節上、応接間に案内され、領主様か領主代理の登場を待つのでござろう。
登場の後、此度の説明が入ると思われる。
『それが常識でございましょう』
ミウラがいなければ緊張でエランを斬り殺して逃げていたかも知れぬ。それほどイオラン城は無骨な造りにござる。
「こちらでございます」
案内人が指し示す先。さらに別の案内人が戸を開けて待っている。
「し、失礼いたす」
低姿勢で戸をくぐる。
「あなたがイオタ、殿ですか?」
いきなりでござる。いきなり上品な御婦人から声をかけて頂いた。
この方、おそらく噂の怖い奥方。待たせると殺されるという噂の女傑。
そのお方を待たせてしまったでござる! 斬られるでござる!
「わたしはシルエッタ。シルエッタ・イオラン。ここにおりますイオラン城の主、エスパーダ・イオランの妻でございます、どうかお見知りおきを」
あれ? 全然怒ってない? 笑顔? むしろ歓迎?
どこか母上に似た雰囲気の御婦人。背筋がピンシャンして、大変凛々しい。
年の頃は四十前でござろうか? 飴色の金髪に緑の目。大変美しい御婦人でござる。
あと、大変苦手な雰囲気の御婦人でござる!
「丁寧なご挨拶、痛み入ります。拙者、元北町奉行所定廻り同心伊尾田松太郎と申す者。此度のご招待、いたく感謝いたす次第でござる」
「イオタ、マツタロウ、殿……」
シルエッタ様が感極まったご様子で某を見つめておる。目がウルウルしている。
ひょっとして、このお方が某のふぁんとやらでござろうか?
「シルエッタ様、いつぞやの馳走、かたじけない。改めて礼を言う」
「エラン様、礼には及びません。わたくしはイオタ殿を援助しただけに過ぎませんので」
「は、はは……。奥ゆかしいお方だ……」
エランにも苦手な人が居たんだ。
「明日一日の城主代行、よろしくお願い致します。それとここにいるのが、わが夫にしてこの城の主、エスパーダ。後でお城を案内させますわ」
「エスパーダです。よろしく」
うっすい! 扱いも反応も薄いでござる!
薄味なご主人と握手を交わす。
「なあ、ミウラ、ご主人って奥方の尻に敷かれてないか?」
『夫は奥さんの尻に敷かれてるくらいが丁度いい。その代わり奥さんは外で夫を立てれば良い。……って、有名な結婚式の挨拶ですが、この奥方、対外的にも旦那をデスってますね?』
「いま、そのネコ、わたくしのこと変な目で見てませんでした?」
おう! 鋭い! 切っ先のような鋭い目力でござる!
これが奥方の本来の力?
『ニャゴ? ナーゴ。ニャゴニャゴ? ニャーン!』
ミウラ渾身の甘えた声! 体が硬くなってるでござる!
「あらまあ、今更猫なで声を出しても遅うございますねぇ」
目が怖い目が怖い目が怖い目が怖い目が怖い。
「……良いでしょう! 可愛いは正義ですから」
脅かしてからの上げ。女傑恐るべし!
「こっちいらっしゃい」
慈母が如き微笑み。
『はっ! 喜んで!』
右前足と右後ろ足を同時に出して歩くミウラ。ぴょんと跳び上がり、抜重してお膝に着地。
あのミウラが掌でグッルングルンでござる!
「さあ、イオタ殿」
こっち来た!
「お茶を飲みながら、あなた様の冒険譚をお聞かせくださいな」
「はッ! 喜んでッ!」
ミウラ、お前一人で踊らせはしない!